韓国『反日』政治の背景と日本の対応  ―日韓の政治的葛藤をどう管理するか―

韓国『反日』政治の背景と日本の対応 ―日韓の政治的葛藤をどう管理するか―

平和外交・安全保障
はじめに

 戦後の日韓関係は紆余曲折を経てきた。国交正常化交渉には10年以上を要し、慰安婦問題や元徴用工問題、竹島問題など、日韓は今も様々な懸案を抱えている。
 振り返れば、1998年の「日韓共同宣言」(小渕首相と金大中大統領)により、日韓両国は未来志向の新しい関係を築くとともに、共同で国際社会に貢献することが期待された。しかし、良好な関係は長続きせず、2005年を前後する竹島問題やその後の慰安婦問題、元徴用工問題を契機として、日韓関係は戦後最悪と言われるまでになった。
 本稿では、「日韓共同宣言」以降に日韓関係が険悪化した経緯を返るとともに、韓国における「反日」政治の背景について明らかにする。加えて、日本の対応について提言したい。

1.近年における日韓関係険悪化の経緯

(1)未来志向の「日韓共同宣言」とその後の挫折

小渕首相と金大中大統領による「日韓共同宣言」
 金大中大統領は就任以来、日韓関係の発展に強い意欲を持っていた。1998年10月、小渕首相と金大中大統領は「日韓共同宣言-21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ-」に調印。共同宣言では、過去の日韓関係を総括するとともに、未来に向けた日韓関係の再定義を試み、安全保障や経済、文化など幅広い分野で高次元の協力関係を築くことなどが謳われた。
 宣言において、小渕首相は植民地支配に関して反省とお詫びを表明し、それを受ける形で、「金大中大統領は、(中略)両国が過去の不幸な歴史を乗りこえて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるために、お互いに努力することが時代の要請である旨表明した」。さらに、日本の安全保障政策や経済支援など、「国際社会の平和と繁栄に対し日本が果たしてきた役割を(金大統領は)高く評価」、「両首脳は、日韓両国が、自由・民主主義、市場経済という普遍的理念に立脚した協力関係を、両国国民間の広範な交流と相互理解に基づいて今後さらに発展させていくとの決意を表明した」と続いている。
 日韓関係の将来についても、「両首脳は両国のパートナーシップを、単に二国間の次元にとどまらず、アジア太平洋地域さらには国際社会全体の平和と繁栄のために、また、個人の人権が尊重される豊かな生活と住み良い地球環境を目指す様々な試みにおいて、前進させていくことが極めて重要であることに意見の一致をみた」とある。このように両首脳は、日韓関係をアジア太平洋地域と国際社会の平和と繁栄のための重要な礎と位置づけた。
 しかし、その後の日韓関係は政治的緊張状態に陥り、戦後最大といわれるまでに関係が悪化することとなった。その経緯と背景について振り返ってみたい。

盧武鉉政権時代に竹島問題で関係が悪化
 金大中政権に続く盧武鉉政権(2003年2月発足)も、発足当時は良好な日韓関係に努めていた。盧武鉉大統領の初来日直前、麻生太郎・自民党政調会長(当時)が「創氏改名は韓国人が望んだもの」と発言、韓国内で反発が広がった。しかし、盧大統領は韓国世論の反発を押し切る形で初来日し、「就任中は過去に触れない」と発言。翌年の小泉・盧首脳会談でも、「任期中は歴史問題を公式に争点として提起しない」と明言した。
 しかし、両首脳の意に反して、日韓関係は竹島問題を期に急速に悪化した。その経緯は以下の通りである。
 発端は、2002年8月に韓国政府が竹島周辺海域を国立公園に指定することを検討し始めたことにあった。韓国政府の動きに敏感に反応したのは日本政府ではなく、竹島を管轄する島根県であった。島根県議会は同年10月、「竹島領土権確立島根県議会議員連盟」を超党派で発足させ、翌2003年には6年ぶりに「竹島・北方領土返還要求運動島根県大会」を開催、過去最大の盛り上がりを見せた。直後の12月定例会において、島根県議で同議員連盟の事務局長が国による「竹島の日」制定を提案した。
 提案に対し、日本政府は韓国との外交関係を考慮し後向きであったため、澄田島根県知事(当時)は独自の条例制定を視野に入れ始めた。こうして、2005年2月議会で「竹島の日」条例案が議員提案されることが確実となった。日本政府は、自治体の決定には直接介入できない。「竹島は日本固有の領土」との公式見解を繰り返すのみであった。
 韓国では、島根県の決定を「日本政府と国民の総意」と捉えた。韓国国民にとって、「竹島」(独島)は愛国の象徴となっている。しかも、2005年は、日韓国交正常化40周年を記念する「日韓友情年」(小泉首相・盧大統領による「日韓首脳共同宣言」による)であったため、日本への不信感が一層増大した。
 世論の悪化を受けて、盧政権の対日外交は一転することとなった。2005年3月には対日外交を転換する旨の大統領談話を発表、竹島問題に加え、靖国問題や歴史教科書問題にも積極的に取り組む姿勢を明らかにした。
 急激な対日外交の転換には、国際情勢も影響していた。当時の韓国は日本だけでなく、中国との間でも「高句麗の帰属」に関して歴史問題を抱えていた。北朝鮮との関係を最も重視する盧武鉉政権にとって、日本よりも中国との関係がより重要であった。「注目すべき歴史問題は高句麗ではなく、独島」とナショナリズムの方向を集約させたのである。

慰安婦問題に関する違憲判決と李明博政権の展開
 続く李明博政権(2008年2月発足)下では、発足から3年間、日韓関係は比較的安定していた。日本では、福田・麻生・鳩山・菅・野田と政権が頻繁に交代した時期である。
 麻生首相と李大統領との首脳会談(2009年1月)を受け、日韓が国際社会に共に貢献することを念頭に、「第1次日韓新時代共同研究プロジェクト」が発足。続く、野田首相との首脳会談(2011年10月)でも「第2次日韓新時代共同研究プロジェクト」で合意し、両国政府に報告書が提出された。この間、李大統領は歴史認識や領土問題での積極的発言を自制していた。
 大きな転機となったのは、2011年8月30日の「韓国憲法裁判所」による慰安婦問題に関する決定であった。この裁判は2006年に、元慰安婦109名が憲法裁判所に提訴したことに端を発するものである。日本政府に対する賠償請求権の有無を問うもので、「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が牽引し、当時下火になっていた慰安婦運動の再興という政治的意図があったと言われている。
 韓国の憲法裁判所は、法律の違憲審査のほか、憲法請願審査などを管掌している。憲法請願は、公権力の行使または不行使によって基本権を侵害されたとする者が行う。国家機関(立法・行政・司法などすべての機関)が基本権を侵害しているか否かの判断を求めるものだ。この規定に基づいて、憲法裁判所は「日本軍慰安婦」と原爆被害者をそれぞれ請求人とする2つの憲法訴願審判に対し、6対3で「韓国政府の不作為を違憲とする」決定を下したのである。
 憲法裁判所の見解は以下の通りである。「日韓間には、1965年の請求権協定の解釈に大きな違いがある。韓国では、慰安婦問題・サハリンへの強制動員問題・原爆被害者問題は請求権協定に含まれないと解釈しているが、日本では『一切の請求権は無効である』との解釈である。そのために、この協定に係る当事者の利益が損なわれた状態が続いている。韓国政府は憲法と請求権協定に基づき、この状態を解決すべく努力する義務を有しているが、実際にはその努力を怠っている。韓国政府の不作為は違憲である」。
 この判決を受けて、同年12月の首脳会談で、李大統領は初めて慰安婦問題を取り上げた。しかし、野田首相は「請求権協定により問題は解決済み」として、これを拒否した。その後、両政府は水面下で協議を続けたが、合意には至らなかった。
 一方、2012年には、韓国国内の政治力学に大きな変化が起こった。ライバルの朴槿恵氏が与党内で勢力を拡大、朴氏主導のもと国会議員選挙で単独過半数維持に成功した。以来、与党内の主導権は朴氏が握り、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)も、朴氏の勢力が難色を示したことで直前にキャンセルされた。さらには、実兄の李相得議員が逮捕された。レイムダック化が進む中で、李大統領は8月15日の直前、竹島に上陸し、天皇謝罪発言に至った。
 前半期の李政権は、日本と韓国が国際社会にともに貢献していくことを念頭に、日韓の研究者による「日韓新時代共同研究プロジェクト」を発足、同時に日韓が有する懸案事項について積極的な発言をしないことで、日韓関係の統制に努めた。しかし、憲法裁判所が李政権の慰安婦問題での不作為を違憲としたことで、同政権は対日外交を転換せざるを得なくなった。憲法裁判所の決定は、朴槿恵政権の対日外交にも大きな影響を与えた。

朴槿恵政権時代に日韓膠着から「日韓慰安婦合意」へ
 朴政権(2013年2月発足)は、慰安婦問題解決を日韓関係改善の前提条件とした。三・一節(日本の植民地支配に抵抗した独立運動)や八・一五節(光復節、日本では終戦記念日)における記念演説だけでなく、首脳外交の舞台でも慰安婦問題を積極的に取り上げ、日本では「告げ口外交」と揶揄された。朴政権の主張は、日本に一方的譲歩を求めるものであったため、日本政府は受け入れを拒否。この間、日韓の外交全般が滞った。
 日韓関係を大きく動かしたのは、米国による仲介と圧力である。オバマ米政権は中国の膨張主義へ対抗すべく、アジアへのリバランス政策を開始していた。当時の朴大統領は、人民解放軍の軍事パレードに参席する(2015年9月)など、親中ぶりが際立っていた。米国は日米韓連携を強化すべく、日韓関係の改善に努めるよう朴政権に強い圧力をかけた。こうして、「日韓慰安婦合意」(2015年12月)と「日韓軍事情報包括保護協定」(2016年11月)が締結されるに至った。
 「日韓慰安婦合意」には、両国内で少なからず異論が出た。日本では、安倍政権を支持する一部保守層が合意に反発。合意実現は、安倍首相の政治的決断によるところが大きかった。韓国側も米国の圧力を受けて、当初の主張から大きく譲歩した。
 合意では、「政府の法的責任」や「軍の強制性」を日本政府は認めていない。「政府の責任」「軍の関与」など、日韓双方が都合の良いように解釈できる曖昧な表現が用いられた。一方、「和解・癒やし財団」への日本から拠出金10億円は、民間資金ではなく政府予算から出されており、間接的に国家としての責任を認めた形になっている。両国が妥協できるギリギリの線で合意した内容と言ってよい。
 慰安婦合意はその後、元慰安婦の意向を汲み、一定の成果をあげた。合意に基づいて設立した「和解・癒やし財団」から、多くの元慰安婦が現金を受け取った(2018年12月時点で元慰安婦48名中、本人34名と遺族58名)。
 現金支給作業では本人やその家族・遺族に対して、女性家族部と外交部で計3回説明し、その後財団担当者が説明した。本人や家族・遺族などの目の前で、意思を確認する作業を進め、音声記録も残すなど、財団が押し付けたという誤解を防ぐことに努めた。財団は元慰安婦の意向を尊重しながら現金支給に努め、7割を超える元慰安婦が現金を受け取った。
 朴政権下では現金支給の他に、継続作業として追悼事業の計画も進められていた。韓国だけでなく、日本も受け入れられる内容を検討し、記念碑案はある程度固まりつつあった。他には、遺族などの証言を収集する記憶事業や遺骨返還事業の案も上がっていた。しかし、理事会の決定と女性家族部長官の了承が得られる前に政権交代をむかえた。

(2)文在寅政権(2017年5月発足)の「親日残滓の清算」と元徴用工判決

文在寅政権下における慰安婦合意の形骸化
 文在寅氏は大統領選挙期間中に、日韓慰安婦合意を認めない立場を表明していた。大統領就任後も、「この合意では慰安婦問題は解決できない」「当事者や国民を排除した政治的な合意である」(2017年12月)と述べた。女性家族部は、2018年11月に「和解・癒やし財団」の解散を発表、翌年1月には財団の設立認可を取り消した。
 財団の解散発表時、2 名の元慰安婦と13 名の遺族が現金の受け取り申請中で、結論を待っていた。しかし、理事の定足数が不足していたため理事会が開かれず、そのまま解散に至った。文政権が「被害者中心の解決」を本当に目指すのであれば、元慰安婦2名や遺族の意思を尊重し、財団が機能するように努めることもできたはずである。しかし、文政権は朴政権下で成立した慰安婦合意や財団を「積弊」の筆頭とし、「人権」よりも「政治」を優先させた。
 文政権は、8月14日を「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」として公式記念日に制定(2018年以降)。第2回記念日には、「慰安婦問題を国際社会と共有していく」などの大統領談話を発表した。慰安婦合意には「国際社会で互いに批判・非難することを控える」と謳われているが、有名無実化している。
 2021年1月にはソウル中央地裁が元慰安婦の訴えを認め、日本政府に賠償を命じる初めての判決を下した。主権国家は外国の訴訟で裁かれないとする国際法上の「主権免除」の原則がある。しかし、裁判長は「組織的、反人道的犯罪行為には適用できない」とした。「1965年の請求権協定や2015年の日韓慰安婦合意では損害賠償問題は解決していない」とも述べた。
 判決の10日後に、文大統領は「慰安婦合意は政府間の公式合意」と認める発言を行ったが、訴訟に関する具体案は示さなかった。

元徴用工問題に対する大法院判決
 元徴用工問題は、2012年の大法院(最高裁)判決に端を発している。大法院は2012年5月24日、元徴用工らが起こした三菱重工業と新日本製鉄を相手にした損害賠償請求訴訟の上告審で、原告敗訴判決の原審を破棄、高等裁判所に差し戻した。
 この判決で大法院は、「日本の植民地支配や徴用工を働かせた企業活動は不法だが、日韓請求権協定は植民地支配の違法性を前提としていない。そのため、違法性を認めてこそ発生する損害賠償請求権は同協定の対象外である」という論理を組み立てた。2013年にソウルと釜山の高裁もこの趣旨を汲んだ判決を下した。
 大法院は2018年10月30日に被告(新日鉄住金)の上告を棄却、原告の勝訴を確定させる判決を言い渡した。7名の裁判官が2012年判決を踏襲し、「請求権協定の対象外」とした。3名が個別意見で「請求権協定の対象だが、外交保護権が放棄されただけで、個人請求権はなくなっていない」とした。2名が反対意見を述べ、「個人請求権は消滅していないが、裁判上では個人請求権を行使できなくなった」とし、日本最高裁判決(2007年4月27日)と同じ見解だった。同年11月29日には、三菱名古屋勤労挺身隊訴訟と三菱広島徴用工訴訟に関して同様の判決を下した。
 日本政府は、元徴用工の請求権問題は日韓請求権協定によって、日韓の国家間では解決済みとの立場である。個人の請求権はなくなっていないものの、それは韓国国内の問題で、韓国政府が補償すべき問題との立場だ。事実、日韓請求権協定の過程で、日本側は個人への補償に言及したが、韓国側から個人への補償は韓国政府が行うので、「経済協力金」は韓国政府に一括して拠出してほしい旨の提案がなされた経緯がある。日本政府は判決に対し強い抗議を表明したが、韓国政府は沈黙を続けた。その間、海上自衛隊と韓国海軍の間でレーダー照射問題が勃発した。
 2019年の新年会見で、文大統領は「韓国裁判所の判決に不満があったとしても、基本的に仕方がないとの認識を日本はもつべき」と発言。日本政府は同月、日韓請求権協定に基づく協議を韓国政府に要請したが、返答はなかった。同年5月には、日本政府が請求権協定に基づく仲裁委員会の設置を要請したが、同じく返答はなかった。
 韓国政府は同年6月、日韓企業が資金を拠出し原告と和解する案を日本政府へ提示、「案を受け入れるなら二国間協議に応じる用意がある」とした。しかし、被告企業に責任を負わせる案であり、請求権協定に反するとして日本政府は拒否した。

対韓輸出管理措置とGSOMIA破棄通告など
 日本政府は2019年7月、半導体材料など三品目の輸出管理を厳格化し、翌月には輸出優遇国から韓国を除外した。経産省は、韓国側の輸出管理体制に問題があり、安全保障に関わる「不適切な事案があった」からだとしている。
 韓国政府は猛反発し、同年8月にGSOMIA破棄を通告した。9月にはWTOへ提訴、戦略物資の輸出管理の優遇対象国から日本を除外した。韓国内では日本製品の不買運動が起き、反日ムードが最高潮に達した。
 しかし、GSOMIA破棄に関しては米国が強い圧力をかけ、韓国政府は同年11月に破棄を取り下げた。WTO提訴の手続きも中断、輸出管理を巡る政府間対話は3年半ぶりに再開した。同年12月には1年3ヶ月ぶりとなる両首脳の正式会談が行われた。
 首脳会談の直前に、文喜相国会議長が元徴用工訴訟の解決をめざす法案を提出した。日韓の企業と個人の寄付金で基金を作る内容で、この案には日本政府でも理解を示す声が上がったが、韓国政府や与党(共に民主党)が難色を示した。結局、原告や市民団体の反対で審議されず廃案になった。
 2020年1月にはソウル中央地裁が三菱重工業への追加訴訟に判決を下した。賠償を認めたのは1人のみで、他62人に対して証拠不十分などを理由に棄却・却下した。
 輸出管理に関する政府間対話の再開以降、韓国政府は日本の要請に応じた人員拡充や法改正などの対策を進めた。「日本側が提起した懸念事案は解消された」と判断した韓国政府は、2019年5月に規制措置の撤回を要請したが、日本政府は「制度の運用実態を見極める」として見送った。これを受けて韓国政府は翌月、WTO提訴の手続きを再開した。

菅政権の発足と継続する協議
 2020年9月に菅政権が発足し、日韓両首脳が電話で協議。文大統領は「両国政府と全ての当事者が受け入れられる最適な解決策をともに模索したい」と述べ、「司法判決を尊重する」「被害者の同意が原則」という従来の発言から、日本政府の立場に歩み寄る姿勢を示した。
 共に民主党の李洛淵代表も10月、ソウルの外国人記者クラブでの会見で「東京五輪までに日韓関係を改善すべき」と発言。11月に訪日した朴智元国家情報院長、韓日議員連盟の会長を務める金振杓議員らも東京五輪に言及した。これら一連の発言は、北朝鮮との関係が膠着状態に陥る中で、日本との関係改善を通じて、北朝鮮との膠着状態を打開したいとの意図からと考えられる。
 日本企業の資産の現金化の時期については、「遅くとも2021年春までには」と言われている。1965年に結ばれた「日韓基本条約」や「請求権協定」は、50年以上に及ぶ日韓関係の土台となる法的基盤である。韓国裁判所から執行命令が出れば、1965年以来築いてきた日韓関係は根底から崩壊しかねない。
 2021年1月に、文大統領が初めて「強制執行による資産の現金化は韓日関係に望ましくない」と述べた。同月の慰安婦判決に対しても、文大統領は「正直、困惑している」と漏らした。大統領就任以来の立場を根本的に修正したものとみることもでき、今後、具体的政策変更につながるのかが、注目される。
 以上のように、日韓関係は改善と破綻を繰り返し、両国首脳が良好な関係を求めても、長くは続かなかった。次に、韓国の近年における「反日」政治や司法判断の背景について明らかにしたい。

2.韓国「反日」政治の背景

(1)日韓における歴史認識の相違と基本条約締結の経緯

「韓国併合条約」に対する歴史認識の違い
 日韓の間で政治的葛藤が繰り返される根底には、「韓国併合条約」に対する日韓の歴史認識の違いがある。韓国の主張は以下の通りである。「併合に至るまでにいくつかの条約があったが、それらは武力を背景に強圧的に締結されたものであり、条約は『不法』である。そのため、韓国は不法な支配に対する補償を請求する権利を有する」。
 一方、日本は、韓国併合条約は正規の手続きの基づいた「合法」なものであり、それによってもたらされた35年間の支配も「合法」であるから、支配そのものに対する謝罪や補償の必要はない、との立場だ。欧米を始めとする当時の国際社会も、韓国併合条約の合法性については認めていたというのが、日本の主張である。
 戦後の日韓国交正常化交渉は10年以上を要し、難航を極めた。最大の原因は、韓国併合に対する解釈の相違にあった。国交正常化に伴う日本からの「経済供与の名目」に関しても、日本は「経済協力」を主張し、韓国は請求権に対する「補償」という立場を主張した。

曖昧さを残して決着した日韓基本条約
 最終的には1965年の日韓基本条約と請求権協定において、併合条約が合法か否かに関しては棚上げする形をとった。日韓基本条約では、双方が自国に都合が良い解釈をできるよう「日韓併合条約はもはや無効」という曖昧な表現が用いられた。日本側は「併合条約は当時有効だったが、韓国の独立をもって無効となった」と解釈し、韓国側は「当初から無効である」と解釈したのである。
 供与の5億ドルに関しては「経済協力」で合意したが内容は明文化せず、韓国側が「請求権」として受け取ったと国内で説明することを日本側が了承した。さらに、請求権に関しては「完全かつ最終的に解決された」と明記し、併合に伴う損害に対して、韓国側はこれ以上の請求はできなくなった。
 双方で譲歩した部分はあったが、実状は日本側の主張がほぼ通り、韓国としては「名」(名誉)を捨てて「実」(経済協力金)を取った構図と言える。2018年の大法院判決では、韓国が最も重視する併合条約の不法性を棚上げにしたため、「併合条約の不法性を前提としていない65年協定では請求権問題は未解決」との論理を組み立てている。
 冷戦期にあって、日韓の国交正常化を願ったのは米国であった。当時、対共産主義戦略において、自由主義陣営の結束は必須であった。米国務省東アジア課高官(当時)は「日韓正常化に取り組まなければ、米国は韓国への経済援助を断ち切る」とまで述べていた。当時の韓国の国力(特に外交力と経済力)や取り巻く国際情勢に鑑みて、韓国は取りうる選択肢が限られていた。
 基本条約を見直すべきとの声は韓国国内で根強くあり、金泳三政権下では与党議員を中心に条約改定をめざす国民運動を結成、党派を超えて多くの政治家や有識者が関わった。また韓国政府は2005年、韓国側が作成した条約交渉の議事録を公表したことで、基本条約の再交渉を求める声はさらに強くなった。こうした日韓における歴史認識の相違が、日韓関係が度々険悪化する一番根底にある。

(2)政争の具に利用される「反日」

レイムダック政権が「反日」へと転換
 韓国では歴史的に政治対立や闘争が激しく、闘争で敗れれば一族の滅亡、指導層数十名の処刑なども珍しくなかった。
 歴史的に韓国では、政治家として最も重視される要素は「道徳性」であった。これは朝鮮王朝時代に育まれた韓国の伝統文化で、現代の韓国社会の価値観のベースになっている。慶應義塾大学名誉教授の小此木政夫氏は、韓国の朱子学的伝統が「正統性や正義をとことんまで追求し、歴史を正さなければいけない」という韓国人の姿勢に現れていると指摘している。熾烈な政治対立の伝統は現代に受け継がれており、道徳性に欠ける政治家は激しく糾弾される。
 韓国では建前上、「反日」を正義とする傾向が強くある。レイムダック化した大統領が、自身の道徳性や正統性を誇示する手段として「反日」を利用することが、韓国における「反日」政治のもう一つの背景としてある。
 たとえば、李明博政権の対日外交を変化させた要因は、慰安婦問題に関する憲法裁判所の決定(2011年8月)である。しかし、日韓関係の統制に努めてきた李大統領が竹島上陸や天皇謝罪発言という「統制の放棄」に至るには、直前に別の経緯もあった。2012年4月に与党内の主導権を朴槿恵氏が掌握し、同年7月には実兄の有力議員が逮捕された。レイムダック化の著しい中で、李大統領は自身の正統性を誇示するために「反日」(8月15日直前の竹島上陸など)を利用した。

保守派と進歩派の激しい政治対立
 盧武鉉政権以降、韓国内の保守勢力と進歩勢力の対立が激化している。保守派は自由・民主主義の価値観を重視し、北朝鮮を脅威と見て、日韓関係を重視してきた。それに対して、進歩派は自由・民主主義の価値観以上に、民族主義を重視し、同胞としての北朝鮮に融和的である。
 両者の対立の背景には、大韓民国建国をめぐる歴史認識の違い、「大韓民国成立の起源をどこに置くのか」という歴史論争がある。朴正煕から朴槿恵に続く保守派は、1948年の大韓民国政府樹立を起源とし、1965年の日韓の国交正常化で得た請求資金(経済協力金)によって、韓国が経済発展を遂げたことを肯定的に捉えてきた。
 一方、進歩派は大韓民国の成り立ちとして、日本の敗戦によって、いわば棚ぼた式に独立した事実をよしとせず、抗日運動に勝利して建国を成し遂げたとする北朝鮮の正統性の主張に同調的である。大韓民国の起源も1919年の三・一独立運動と上海臨時政府の樹立にあるとし、1948年の大韓民国建国は、南北分断が確定した「失敗の年」と考えている。
 また、李承晩初代大統領は政府の樹立にあたって、旧朝鮮総督府の日本人に近かった「親日派」を用い、その後独裁的な統治を行った。進歩派は「1948年において親日派を清算しなかった」ことを重大な問題と見ている。文政権は「親日残滓の清算」を推し進め、「完全に新しい大韓民国」の実現を目指し、歴史の立て直しを図ろうとしている。
 保守と進歩の思想的対立や建国をめぐる歴史認識の違いには妥協しがたいものがある。大義を掲げた文政権が実際にやっているのは、政敵である保守派の一掃である。両者の対立の核心には「親日残滓」があるため、韓国内における「反日」政治は今後も根深く続くことが予想される。
 ただし、進歩派が発信する「反日」は主に国内向けのメッセージであり、必ずしも日本に向けられたものではない。たとえば、盧武鉉政権下で「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」が可決され、日本では「反日法」と評されたが、目的は保守派への攻撃であった。文大統領による慰安婦合意の破棄も、保守派の朴槿恵政権が残した業績を否定する動機からだった。元徴用工判決も、朴政権が大法院判決を遅らせたため、文政権がことさら徴用工判決を擁護する流れになった。
 日本に関しては、文大統領は「反日」というより無関心であり、それゆえになおざりな対応になってきたのが実情である。日本から見れば「反日」そのものだが、その実態は伝統的な激しい国内政治闘争の文脈にあるものがほとんどである。

(3)司法界における86世代の浸透と「積極主義」の司法判断

86世代浸透による判決の変化
 韓国では建国以来、独裁政権や軍事政権が続き、その間、司法は権力の言いなりであった。1987年に民主化を迎え、「司法の独立」が求められると、司法界は大混乱に陥った。政権の意向に沿って死刑判決さえ出していた判事たちに、一転し、正義と良心に基づく裁判が求められたからである。民主化後の司法界は、正義を重視する世論に迎合することが多かった。近年の韓国司法に対して、小此木氏は「正義の管理者として振る舞い始めている」と評している。
 ところで、同志社大学の浅羽祐樹氏によれば、近年の憲法裁判所の判決は裁判官の世代交代が影響しているとの研究報告があるという。大法院をはじめとする他の裁判所でも、おそらく同様であろう。左派的傾向の強い「86世代」(60年代に生まれ、80年代に大学生として民主化運動に関わった世代)が司法界で主要なポストに就くようになったことが、判決変化の主因と考えられるというのだ。
 86世代の多くは、進歩派と同様の思想を有しており、政治的配慮なしに、国内的正義の論理で積極的な司法判決を下している可能性が高い。特に、春川地方法院長にすぎなかった進歩派の金命洙氏を、文大統領が2017年に、二階級特進で大法院長に大抜擢して以来、その流れが加速しているという。
 2011年の慰安婦問題に関する憲法裁判所の決定や2018年の元徴用工問題に関する大法院の判決に関して、進歩派政権の影響だとする見方がある。実際は、進歩思想をもつ裁判官が、ときに大統領の意向よりもさらに踏み込んだ判断を下しているのが、昨今の韓国司法の実情である。2018年元徴用工判決の大法院でも、反対意見の一人は文大統領が任命した裁判官であった。
 2018年の元徴用工問題に対する大法院判決においても、盧武鉉政権や文在寅政権の見解とは異なっていた。盧政権下で設置された「官民共同委員会」(民間委員11人、政府関係者10人で構成)は、元徴用工に対する補償問題は65年協定で解決済みという見解を出し、歴代韓国政府はその立場を維持してきた。文大統領は同委員会の委員であり、同じ見解を継承していた。
 毎日新聞の澤田克己氏によれば、2012年の元徴用工訴訟における主審判事は「建国する心情で判決文を書いた」と語ったという。これは革命志向的なイデオロギーに基づいた判決であり、韓国の国益や民意を反映しているとは言い難い。

韓国司法の「積極主義」が日韓関係に影響
 韓国司法は「積極主義」を取っている。司法の「積極主義」とは、司法、特に最高裁判所や憲法裁判所が憲法・法令を積極的に解釈することによって、被害者の救済を図ろうとすることである。韓国司法における積極主義の判断は、これまでも立法府や行政府を拘束してきた。
 2004年3月に国会で可決された盧武鉉大統領弾劾訴追を、憲法裁判所は同年5月に却下した。この時は、盧大統領率いる与党が同年4月の国会議員総選挙で勝利したのを踏まえて、大統領弾劾は民意ではないと判断した。また同年10月には、盧大統領が推し進めていた首都移転の決定に対して違憲判決を下した。この判決を受けて、多方面から批判されていた行政府の暴走に一定の歯止めがかかった。
 2011年の慰安婦問題に関する憲法裁判所の決定は、司法の積極主義が国内政治にとどまらず外交問題にまで及んだ例である。この決定は、その後の李明博政権や朴槿恵政権の対日政策を大きく拘束することになった。
 2018年の元徴用工問題に関する大法院の判決は、上述のように歴代韓国政府の解釈とも一致していたわけではない。ソウル中央地裁は2021年1月、慰安婦問題で日本政府への損害賠償を認める判決を下した。東京オリンピックを見据えて、日本政府へ歩み寄りを見せていた文政権の政策とは一線を画する判決であり、自律性を持った司法の判断である。論理は2018年の大法院判決と同じである。韓国司法は、進歩的思想と積極主義が相まって、政治的配慮や国際法を無視した、行き過ぎた判決を下しているのが実情ではないか。

(4)北東アジアの構造的変化と日本の国力の相対的低下

中国の台頭と日韓の国力差の縮小
 冷戦時代、その最前線に立たされていた韓国は、日米韓の安全保障面での連携や日本からの経済協力は不可欠であった。行き過ぎた「反日」は、自らの生存基盤を脅かすことになる。歴史認識や過去の清算を強調する余裕もなかった。
 しかし、冷戦が終結し、2010年には中国の名目GDPが日本を抜いて世界第2位となった。この頃から、韓国では「米中G2時代」と言われ始めた。東アジアの勢力図が4強(米中露日)から米中G2へ変容したことで、韓国外交において、日本は中国より下位に置かれるようになった。それだけでなく、韓国外交における日本の位置づけさえ、十分に定まっていない。
 さらに、日韓の国力差の縮小が韓国に自信を与えている。国交正常化をなした1965年当時、国民一人あたりの名目GDPにおいて、日韓には9倍近い開きがあった。しかし、2018年、一人あたりの労働生産性で韓国は日本を上回り、数年内には一人あたり名目GDPでも逆転すると言われている。名目GDPは世界12位で、ロシアとほぼ同じ。軍事費は世界10位でイタリアやブラジル、オーストラリアを上回っており、数年内には日本(9位)を上回る伸び率である。
 また、サムスンなど韓国財閥企業が有する半導体技術は世界トップクラス、デジタル・情報化や人権などの分野ではすでに日本より先進的である。K-POPや韓国映画への国際的評価、米大リーグや全米プロゴルフなどでの韓国選手の活躍なども、韓国人に益々自信を与えている。日本は韓国の国際的な影響力を過小評価すべきではない。

韓国における日本パッシングが加速
 「中国の台頭」と「日韓の国力差の縮小」により、韓国の日本軽視が顕著になっている。朴槿恵政権は北朝鮮問題と経済関係から、当初から対中重視の外交を展開した。当時の日中関係は、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件以来、対立状態にあったが、朴政権は歴史問題で中国と対日共闘の立場を取った。
 文在寅政権は2019年、日本と中国を扱ってきた外交部の「北東アジア局」を、中国を中心に扱う局へと再編。日本担当課は新設の「アジア太平洋局」へと移され、インド・オーストラリアと一緒にまとめられた。
 文政権の日本軽視は際立っている。政敵である保守派に「親日派」のレッテル張りをして追い立てる一方で、日本に対する攻撃はほとんどない。外交上の優先課題は北朝鮮問題であり、日本に対する関心は、日韓関係が南北融和に資する場合にのみ向けられる場合が多い。「反日」というより、ジャパンパッシングが実態に近く、司法の行き過ぎた積極主義が日韓関係に大きな禍根を残しても、真剣に対応する姿勢はみられない。

3.提言

(1)日本政府は日韓関係の法的基盤である「日韓基本条約」を遵守し、原則論で妥協すべきではない。その上で、元徴用工問題に関しては、原則には反しない範囲で解決の道を模索することも必要である。

 国際社会において、国際法は国内法に優先する。2018年の大法院判決はこの前提に挑戦するものであり、日韓関係の法的基盤を根底から覆すものである。にもかかわらず、文大統領が「司法の判断を尊重する」と繰り返しているのは、自身の政治生命に関わる問題でもあるからだ。梁承泰前大法院長は、司法の判決作業を遅らせたことで逮捕された。文大統領が判決を覆せば、退任後に罪に問われ、逮捕される可能性がある。彼の政治家としての最大のテーマは進歩派政権の継承だが、一方的に日本に譲歩したとなれば、世論の反発を受ける可能性も高い。
 一方、言論NPOによる日韓共同世論調査によれば、8割を超える韓国国民が「日韓関係は重要」と考えている。主な理由は、「経済や産業面で相互依存関係を強めており、多くの共通利益がある」「重要な貿易相手」であるなどだ。従って、日韓関係を崩壊させかねない大法院判決は、韓国国民の民意とはいい難い。
 日本は文政権と水面下での交渉を粘り強く続け、原則を堅持しつつ、双方の歩み寄りによって、元徴用工問題の解決の道を探る必要がある。

(2)韓国政府による「反日」政治は、主に「国内政治闘争」の一環であり、必ずしも日本に向けられたものではない。基本的には静観するのが賢明である。ただし、国際社会における市民団体等の「反日」的情報工作に対しては、積極的に対抗策を講ずるべきである。

 盧武鉉政権以降、韓国内における保守勢力と進歩勢力の対立は激化している。とくに文在寅政権は「親日残滓の清算」という大義名分のもとで、政敵である保守派の一掃に乗り出している。進歩派が発信する「反日的言動」は、国内における政治闘争の一環であり、日本に対する批判に主眼を置いたものではない。日本に対しては、むしろ無関心でさえある。韓国内の政治闘争と、そこから派生する「反日」に感情的に反応しても国益に資することはない。基本的には、静観するのが賢明である。
 ただし、一部の市民団体等による国際社会での反日的情報工作に対しては、これまで日本政府の情報発信や対抗努力は不十分であった。特に、慰安婦問題は女性の人権に関わる問題だけに、人権に十分な配慮した的確な情報発信に注力すべきである。

(3)「日韓基本条約」締結の背景を踏まえ、政治家は歴史認識に関する発言については慎重を期するべきである。

 1965年の基本条約では、植民地支配について日韓の間で見解の一致を見なかった。そのため、「韓国併合条約はもはや無効」というあいまいな文言を用い、両国内で独自の解釈を認めた経緯がある。社会的影響力のある両国の政治家は、困難な交渉の末1965年に歴史的な国交正常化に達した先人たちの苦労に鑑みて、歴史的問題に関する発言には慎重な配慮を行うべきである。

(4)朝鮮半島の地政学的位置と日本の国益を踏まえて政治的葛藤を管理し、日韓の積極的な戦略的互恵関係を目指すべきである。

 日韓は目先の葛藤を超えて、大局的見地に立つ必要がある。両国は民主主義的な政治体制と自由主義的な経済システムを共有するとともに、北朝鮮や覇権主義的な中国と隣接している。わが国の安全保障のためには、日韓両国間の政治的緊張関係を適切に管理しつつ、積極的な戦略的互恵関係を目指すことが国益に適っている。
 冷戦期には日韓の国力差は大きく、両国は「垂直的な関係」にあった。西側諸国の一員として、韓国は日本に頼り、日本は韓国を支援する関係にあった。しかし、ポスト冷戦の現在、両国の国力差は縮まり、「水平的関係」になっている。
 日韓は、1998年の日韓パートナーシップ宣言の精神に立ち返り、関係の再構築を図るべきである。日韓関係を二国間の次元に留めず、アジア太平洋地域や国際社会の平和と繁栄に貢献する関係として、改めて再定義することが望ましい。
 とりわけ、バイデン政権の発足により、日韓両国に対する米国の関与が強まる見通しである。両国の政治指導者は、①現下の焦眉の諸問題(慰安婦、元徴用工、境界水域での対立防止など)、➁北朝鮮問題、③対中関係などの国際問題に関して、親書の交換やオンラインを含めた対話の機会を設け、相互不信の払拭と合意形成に努力すべきである。

(5)政府間の緊張関係が高いときほど、地方都市や民間、とりわけ日韓の青少年交流が重要である。地方自治体は、日韓姉妹都市間などでの民間交流を積極的に推進すべきである。

 日韓関係がぎくしゃくする背景には、日韓の政治家や経済人のかつてのような太い絆・パイプが細くなっていることがあると言われる。外交ルートによる努力とは別に、草の根レベルで形成された相互理解と信頼に基づく都市と都市、市民と市民の公的なチャンネルを土台とした交流が活発化することが、安定的な日韓関係の基盤を形成し得る。姉妹都市は、グローバル未来人材育成のプラットフォームとしての役割も期待されている。日韓の青少年交流により心情的な紐帯を深めることが、将来における日韓の和解のための基盤となる。

 

■参考文献

浅羽祐樹「『反日』化する韓国司法—なぜ『解決済み』の問題が蒸し返されるのか—」
https://synodos.jp/international/5342(2021年2月16日閲覧)

小倉紀蔵、小針進編「日韓関係の争点」(藤原書店、2014年)

外務省「日韓共同宣言—21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ—」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/yojin/arc_98/k_sengen.html(2021年2月16日閲覧)

木村幹、田中悟、金容民編『平成時代の日韓関係:楽観から悲観への30年』(ミネルヴァ書房、2020年)

木村幹「日韓関係をどうみるか—社会構造の変化と新たな関係再構築に向けて—」平和政策研究所・政策オピニオン(2019年12月26日)

熊谷奈緒子「国際社会の慰安婦問題の現状と日本の対応—こじれた日韓歴史問題の展望—」平和政策研究所・政策オピニオン(2019年2月19日)

言論NPO日韓世論調査「韓国人の日本に対する印象が大幅に悪化〜第8回日韓共同世論調査結果を公表しました〜」
https://www.genron-npo.net/world/archives/9083.html(2021年2月16日閲覧)

小此木政夫など「第17回安全保障外交政策研究会」SSPD安全保障・外交政策研究会
http://www.kiip.or.jp/taskforce/doc/anzen201904_nikkankankeimonndai.pdf(2021年2月16日閲覧)

渡辺雄一「韓国の首都移転計画と国内論争」JETROアジア経済研究所
https://www.ide.go.jp/library/Japanese/Publish/Periodicals/W_trend/pdf/2007_07_4p.pdf(2021年2月16日閲覧)

グローバルノート「国際比較統計」
https://www.globalnote.jp/p6/(2021年2月16日閲覧)

公益財団日本生産性本部「労働生産性の国際比較」
https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html(2021年2月16日閲覧)

澤田克己『韓国「反日」の真相』(文集新書、2015年)

平和政策研究所、外交・安全保障研究部会「歴史認識でもめる日韓関係、対立の原点は何か」(2013年11月28日)

山本晴太、川上詩朗、殷勇基、張界満、金昌浩、青木有加『徴用工裁判と日韓請求権協定 韓国大法院判決を読み解く』(現代人文社、2019年)

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