日本と欧米、アジアの人格教育と人材育成への提言 ―道徳教育と人材育成の課題―

日本と欧米、アジアの人格教育と人材育成への提言 ―道徳教育と人材育成の課題―

2020年10月27日
はじめに

 アメリカには、社会を支える中核的人材育成のためのリーダー教育として人格教育に熱心な学校がある。人格教育とは、子供たちが習慣的に道徳的行為を実践できるよう、教師をはじめ、学校全体で支援する教育的な取組である。
 一方、日本では道徳が教科化されたものの、依然として知的理解が中心であり、子供たちによる道徳実践の段階までは至っていない。その原因には、具体的な道徳実践の方法論の欠如や道徳的・精神的な価値に対する関心の低さがあるのではないだろうか。
 以下ではアメリカをはじめ各国で実施されている人格教育の実情を紹介し、日本と他国との比較を通して日本の道徳教育および人材育成政策における課題を管見してみたい。

人格教育とは何か

 人格教育(Character Education)の意味するところは広範であるが、その中核には、若者が道徳的価値を理解し、道徳的行動を実践できるよう支援する徳育がある。
 私の友人で、アメリカの人格教育の代表的研究者であり、私たちの英文の編著『幸福と社会的責任』(原題Happiness and Virtue beyond East & West toward a New Global Responsibility, 2011)に序文を寄せてくれたニューヨーク州立大学コートランド校名誉教授のトーマス・リコーナは、人格教育を次のように定義している。「人格教育とは、若者が中核的な倫理的価値を理解し、関心を持ち、実行するのを支援するための学校・家庭・共同体による意図的な努力である」と。また、同じく私の友人で、ミズーリ大学セントルイス校人格教育学教授のマーヴィン・バーコウィッツは、人格教育を「倫理的価値を共有することを通して、学校の文化や営みを変容させることである」と説明している。つまり、学校での人格教育とは子供たちが道徳的価値を理解し、道徳実践の習慣を身につけるよう支援するための全学的な取組だと言ってよい。
 注目すべきは、このような美徳の実践性こそ、人格教育の大きな特徴の一つだということである。もともと西洋流の道徳教育には、道徳的認知(moral cognition)、道徳的感情(moral affect)、道徳的行為(moral behavior)の三つの側面があり、現代の人格教育でも、日本の道徳教育とは異なり、道徳的行為の必要性が重視されている。例えば、アメリカの高等教育では、サービス・ラーニングという課外プログラムを導入し、地域共同体への奉仕活動を推奨する大学がある。私たちが訪問したポートランド州立大学もその一つで、学生たちは実際に地域のニーズを調べ、地域住民の状況を改善するために、自分たちはどのような貢献活動をするべきかを考え、実行に移す。そのプログラムを通して、学生たちは社会における自己の道徳的・倫理的有用感を体験するのである。
 リコーナは『人格教育のすべて』という著書で、ある学校の校門に掲げられた次のようなメッセージを紹介している。
 「考え方に気をつけなさい。あなたの考えたことはあなたの言葉になるでしょう。言葉に気をつけなさい。あなたの言葉はあなたの行動となるでしょう。行動に気をつけなさい。あなたの行動はあなたの習慣となるでしょう。習慣に気をつけなさい。あなたの習慣はあなたの人格となるでしょう。人格に気をつけなさい。あなたの人格はあなたの運命となるでしょう。」
 端的に言えば、私たちの人生は人格によって決まるということである。そしてその運命改善の原動力たる人格を形成するには、善良な言葉と行動を習慣化することが必要であり、それを可能にする実践的な道徳教育こそ、人格教育のコアを形成するわけである。

アメリカにおける展開

 実際、アメリカで人格教育を導入している学校では、生徒たちの言行の善化・美化を通して、彼らの健全な人格形成を支援するための全学的な取組を展開している。
 私は麗澤大学とアメリカのミズーリ大学人格・市民性センターによる道徳教育の共同研究のため、そのようなモデル学校をいくつか訪問したことがある。そのうちの一つが、シアトル郊外にあるリンドバーグ・ハイスクールである。この高校では、グローバル・リーダーの資質として高潔な人格が不可欠であるという発想から、人格教育が積極的に取り入れられている。加えて、アメリカでは成績を向上させなければ評価されないため、学力を重視した教育にも力を入れている。その結果、同校は、2011年に全米NPOの「人格教育パートナーシップ」から優良な人格教育実践校として「全米人格教育校」に、そして2012年には米国教育省から成績優秀校として「全米ブルーリボン校」に選ばれた。まさに人格教育を同校のブランドとして打ち出しているわけである。
 このような教育が功を奏している背景には、人格を基盤とする非認知的能力が向上すれば、学力などの認知的能力も向上するという実証的な知見がある。同校では、同NPOが提唱する「効果的な人格形成のための11原則」の実施に努め、独自の「6つの人格の柱」を掲げて、生徒に善良な道徳的習慣を形成するよう指導しているのである。そのような教育方針を反映し、校内には「人格が重要だ!(Character Counts!)」というポスターが貼られ、視覚的にも学校の明確な教育方針が周知されるよう工夫がなされている。
 次に紹介するのは、セントルイス地区のリッジウッド・ミドルスクールである。

エンパワーメント教育

 この公立中学校も、生徒たちが潜在的に持っている個性や道徳性を生き生きと息吹かせることを目標にしたエンパワーメント教育に取り組んでいる。星条旗が掲揚された教室には、「人格とは、誰も見ていない時に君が誰であり、何をするかということだ」とか、「誰が正しいかではなく、何が正しいかで物事を決めなさい」とか、どれを見ても生徒の道徳的行動を奨励するような標語プレートが飾られている。
 前述した高校と同様に、この中学校でも、教師と生徒がともに協力して道徳的な学校文化を創造しようというポジティブな雰囲気が感じられた。例えば、校内には生徒が自主的に作成した「Step on Bulling(いじめ撲滅)」というポスターが掲示されているし、私たちのような訪問者には、手作りのお菓子のプレゼントまで用意されていた。そのパッケージには、生徒自身の手で「Integrity(誠実)」や「Trustworthy(信頼)」などのキーワードが書かれ、その手書きの文字からも、人の温かみがじんわりと伝わってきたのである。
 この中学校では教師の役割もはっきりしていて、そうした生徒の道徳的行動を引き出すためには、まず教師がその手本にならねばならないという共通認識がある。というのも、教師は、自分が意図しようが意図しまいが、生徒のロールモデルだからである。リコーナも「生徒の人格にインパクトを与えるべき唯一最強の道具はあなた自身(教師)の人格である」と述べており、教師のポジティブな人格的感化力こそが道徳教育の要だと指摘している。
 そのような考えを背景として、この学校では、全教師が、子供たちに向けてのマニフェストとでも言うべきもの、すなわち自分の教育方針をわかりやすく説明したプレートを教室の入り口に掲げている。「私は書くことや読むことが好きなので、いろいろな作品を楽しく読んで、あなたたちの幸福を向上するための授業をしたい」などの所信表明がイラスト入りでさりげなく掲示されているのだ。まさに全校あげての取組である。

共感性の大切さ

 これらの海外との学術・教育交流は、私が学長時代に麗澤の建学の精神である「知徳一体」の理念をグローバルな地平で展開しようとした試みの一環であったが、その感動的な副産物にも触れておきたい。それは、私たちの共著の編者の一人、カレン・ボーリンが校長を務めるマサチューセッツ州メドフィールドの名門女子校、モントローズ・スクールを訪問したことである。この学校を視察したのは2011年、折しもあの東日本大震災が発生し、世界に衝撃を与えて間もない頃であった。
 その時、私たちのためにと手渡されたのが一冊の赤表紙のノートであった。そこには何人かの生徒や先生による心温まるメッセージと詩がしたためられていた。「日本の人々の勇気、力強さ、無我の精神、気品は、私たち全員が見習うべき美しい模範です」とか、「あなたがたの歩む道が暗くとも、その前途に神様の光を見ることができますように」とか、どのページにも心からのいたわりと励ましの言葉が並んでいた。どのメッセージも心の琴線に触れるものばかりで思わず目頭が熱くなった。おそらくニュースか何かで、震災による未曽有の被害に見舞われても、避難所で秩序正しく行動している避難民のことや、支援に駆けつけた米兵に対して被災者自身が感謝の言葉を述べたことなどが伝わっていたのだろう。生徒たちは被災者への思いやりとともに、そうした日本人の気高い姿勢に対しても感動と尊敬の気持ちを表し、私たちを励ましてくれたのである。
 このような真心の触れ合いこそ、真の相互理解の基礎となるものである。現在、グローバル人材養成が声高に叫ばれているけれども、単に海外の文化を理解して英語を話せるだけでは不十分であろう。お互いに自己のアイデンティティを持ちながらも、相手に対する共感性を失わず、互恵の精神で互いに励まし合う、そのような道徳的、倫理的な主体性と対話能力を持つ人材が求められているのだ。このように人格教育を基盤として養成されたコミュニケーション力こそが、今後の世界で活躍する人材に要求される能力ではないか。

日本の道徳教育

 アメリカ以外にも道徳性の向上に関心を持っている国は少なくない。たとえば、ベトナムのホーチミン市国家大学もその一例である。私たちが道徳と経済の関係について講演したことがきっかけで、同大学生のために日本語とベトナム語による副読本『現代における経済と道徳』を出版するなど、これまでアカデミックなコラボレーションを積み上げてきた。また、フィリピンのパーペチュアル・ヘルプ大学では、感謝と幸福と道徳についての研究発表や講演を行い、大学院レベルで共同学術研究が進められている。
 欧州では、イギリスのバーミンガム大学に設置された「人格と徳のジュビリーセンター」(The Jubilee Center for Character and Virtues)とも交流があり、同センターで第1回国際会議が開催されたときには、先に紹介した『幸福と社会的責任』の内容に関してプレゼンテーションをしてほしいと招待された。このように21世紀に入り、知識基盤社会を支える倫理・道徳教育に関心を寄せる教育機関はグローバルに増加する傾向にあるようだ。
 それに対し、日本では道徳教育への学術的関心はそこまで高くないような感を覚える。また学校現場でも、道徳が教科化されたとはいえ、実際に道徳を教える教師の意識は必ずしも高いとはいえず、校長のリーダーシップも十分ではない学校があると聞く。
 特にアメリカの人格教育と比較して浮き彫りになるのは、日本の道徳教育の場合、子供たちが自主的に道徳を実践できるよう支援する段階には至っていないということだ。学校の道徳は教科として知的に理解し、養うべき道徳性も内面的資質として備わっていればよいという程度にとどまり、教材やカリキュラムも道徳の実践を前提としたものになっていない。また日本の道徳の教科書は、えてして道徳的な物語を題材にする傾向があるため、主人公の心情を理解させるだけの「物語道徳」になりがちである。道徳教育の指針とすべき学習指導要領には、学校における道徳教育は、「特別の教科である道徳」の時間を要として学校の教育活動全体を通じておこなうものと明示されているが、はたして実際の教育現場で、この教育方針がどれほど浸透し、実質化されているだろうか。
 本来の道徳教育は、理解と実践の往還にあるはずである。組織行動学者のデイヴィッド・コルブの経験学習モデルによれば、子供の能力開発も経験・省察・概念化・試行のサイクルの繰り返しを通して有効性が高められると言われている。道徳についても、道徳を知的に理解したら、それを実践で具体的に経験し、その経験を多様な視点で振り返り、他でも応用できるように概念化し、また新しい場面でその得た知見を試すというプロセスが必要であろう。
 私は大学のモラル・サイエンスの授業で、主観的幸福感(well-being)について触れ、感謝の心と幸福感の間には、相関関係ではなく心理的な因果関係があることを紹介したことがある。その上でPBL(Project Based Learning「課題解決型学習」)の活動の一環として、他者の幸福感を高めるために何ができるかをプロジェクトとして立案実行するよう課題を出したところ、「親孝行選手権」を発案したグループがあった。このグループの学生たちは家庭で親に感謝の心を伝えるためにいろいろと試行錯誤し、様々な方法にチャレンジしたようだ。
 この活動を通して概念化できたことがいくつかある。まず、ただ言葉だけで「ありがとう」と言うよりも、具体的にその気持ちを行動で表したほうが感謝の気持ちがより相手に伝わること。漠然と感謝するのではなく、何に感謝しているのか、その感謝の対象を具体的に示したほうが効果的であること。親から何かしてもらったときは、「ありがとう」だけでなく、「うれしかった」とか、「楽しかった」とか、自分の素直な気持ちも添えた方が良いこと。
 学生たちの反応も良好で、そこで学んだことを今度は学校の場で試行してみたらどうか、それは友人関係でも応用できるのかなどの意見があった。このようなアクティブラーニングによって、学生たちの道徳の実践性に対する共感だけでなく、学問に対する興味も以前よりもかき立てられたようである。
 近年、国際社会で活躍できるグローバル人材の育成が強調されるようになったが、その内容を吟味してみると、道徳性に関係する部分が少なくないことがわかる。

「グローバル人材」の道徳性と曖昧さ

 例えば、経済産業省は2006年に国際競争の観点より社会人基礎力として、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の三つを提唱した。そのうち、「前に踏み出す力」は「失敗しても粘り強く取り組む力」と定義されたが、どうしたらそのような力を養成できるかについての言及はない。ポジティブ心理学でいうレジリエンス、あるいは心的外傷後成長(PTG)の科学的知見を道徳教育に応用するかして、「ピンチも対応(コーピング)の仕方次第で成長のチャンスになる」ことを科学的、学問的に教えなければ、若者は「前に踏み出す力」とは何であり、どのようにして身につけるかもわからないだろう。また「チームで働く力」も、自己中心性を道徳的に克服してこそ発揮できるものである。
 2012年には、グローバル人材養成推進会議がグローバル人材の概念を再定義したが、その内容の実質化となると、さらなる検討が必要である。定義には三つの柱があり、第1の柱は語学力とコミュニケーション能力、第2の柱は主体性・積極性・チャレンジ精神・協調性・柔軟性・責任感・使命感、第3の柱は異文化理解と日本人としてのアイデンティティである。しかし、それらの人材を養成するための施策となると、具体的な指導指針は十分に示されていない。事実、第1の柱に対しては、語学能力検定試験や海外留学などの対策しか政府からは打ち出されておらず、第2と第3の柱に対しては、明確なガイドラインや評価項目さえ提示されていない。
 真にグローバル人材を育成しようとするならば、備えるべき要素をより具体的に考えなければならない。例えば、三つ目の日本人としてのアイデンティティや文化的特質にしても、それらを他の文化と比較し相対化して理解する視点を盛り込むべきであろうし、ただ消極的にグローバル化を受け入れ、それに対応するだけでなく、それに対し積極的に挑戦する姿勢も養成すべきである。
 グローバル化とは、世界中が画一的になることではない。むしろ良い意味での差別化が、グローバルな競争社会で他国の人々と切磋琢磨するには重要となる。英語の語学力と海外文化の理解だけでは、西洋に追いつけ追い越せの時代のマインドセットであり、日本人としての人間的強み(human strengths)を主体的に発揮しようとする積極性が見られない。これからは、世界で日本が果たす役割は何かを主体的に考えられる人材が必要である。現代は、様々な文化的背景を持った人々が共存できる社会を目指す時代である。互いの違いを認めながらも、対話を通じて創造的な意見を出し合い、みずからイニシアティヴをとって創造性に富む道徳的な関係性を構築できる人材。これこそ、道徳教育で育成すべき人物像ではないだろうか。

おわりに

 道徳とは、他者とのよりよき関係性であり、その実行によって自他の平和、安心、幸福に貢献する行為であらねばならない。ところが、近代文明が物質とエネルギーの極大化を推し進めてきた結果、環境破壊、生態学的危機、精神的価値の希薄化など、種々の弊害がもたらされた。また物質的な豊かさとは対照的に、デュルケムのいう「精神的アノミー」が蔓延し、社会の規範も弛緩し崩壊しつつある。さらにIT化は進歩したが、その情報過多によって、かえって心の空虚さや他律的情報による自律性の喪失が顕在化している。今こそアレキシス・カレルの言葉「道徳的な美しさこそが、科学や美術や宗教儀式などより、はるかに文明的基礎となるものである」を想起すべきあろう(『人間この未知なるもの』)。
 私は以前、チベット仏教の宗主であるダライ・ラマと対話したことがある。彼はチャーミングでユーモアのセンスがあり、共感性にもあふれ、ものを言わなくても人に感銘を与えるような精神的集中性を備えていた。もう一つ日本の道徳教育に欠けているものがあるとすれば、そうした目に見えない精神性やスピリチュアリティーに対する深い洞察である。今、求められるのは、そのようなスピリチュアルな次元をもホリスティックに統合しうる道徳教育の再構築であろう。

政策オピニオン
中山 理 麗澤大学前学長
著者プロフィール
三重県生まれ。麗澤大学外国語学部卒。上智大学大学院英米文学専攻博士後期課程満期取得退学。文学博士。エディンバラ大学留学。麗澤大学外国語学部教授、言語教育研究科教授、外国語学部長、学長を経て、同大特任教授。フィリピンのパーペチュアル・ヘルプ大学院名誉教授。専門は英文学、比較文化、道徳思想。主な著書に『高校生のための道徳教科書』(共著)『大学生のための道徳教科書』(共著)『日本人の博愛精神』『グローバル時代の幸福と社会的責任』(共著)『子供を開花させるモラル教育』(翻訳)他。道徳・倫理教育を中心に国内外で多数講演。
アメリカなどではリーダー教育として子供たちの道徳的行為の実践を支援する人格教育が行われている。一方、日本でも“特別の教科 道徳”でどのような人材を育成するのかが問われる。

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