英国児童福祉における多機関連携促進からの教訓

英国児童福祉における多機関連携促進からの教訓

2020年7月14日
促進機関の有用性

 児童虐待は世界的に大きな問題であり続けており、その解決のために関係諸機関による連携の重要性が広く認識されている。イギリスでは、多機関連携の促進を専門に扱う機関としてLocal Safeguarding Children Board(地域児童安全委員会、LSCB)が最近まで運用されていた。しかし、その運営には課題も多く、法的基盤も含めた適切な枠組みを再整備する必要が浮き彫りになっている。
 児童福祉における多機関連携の促進機関としてLSCBが設置されたのは、2004年の児童法(Children Act)改正からである。LSCBは、改正児童法に基づき次の二つの目的を持って設置された。「(a)地域における子供の福祉を守り、促進する目的で、委員会(LSCB)に属する個人や機関の活動を調整すること、(b)(a)の目的のために行われる個人・機関の活動の有効性を確保すること」の二つである。(Children Act 2004)
 LSCBの運営には課題があったが、上記の目的を達するにあたって、多機関連携を促進するための機関を設置することには賛同意見が多い。バンガー大学(イギリス)のステファン・マチュラ(Stefan Machura)氏は、北ウェールズのLSCBとそのパートナー機関を対象にアンケート調査を行い、促進機関を設置することの意義を述べた。マチュラ氏によれば、多機関をまたぐ「合同トレーニングは協働する相手の介入基準やルーティン、能力を知ることができるため理にかなっており」、「多くの回答者はLSCBが現場職員及びマネージャー向けにトレーニングを提供することを望んでいる」という。また、「機関間の相互交流レベルでは、共通の用語と有効な衝突調整メカニズムの存在が重要」とし、LSCBのような連携促進の枠組みの有用性を説いた。
 そのように、連携促進機関としてLSCBの必要性は認められていたものの、活動の有効性は担保できなかった。原因の一端には、LSCBが持つ二つの課題があげられる。

資源制約の存在

 第一の課題は、LSCBの担当とされる業務が際限なく広がり、予算・人材・時間などの資源が不足していたことである。2016年、ハックニー・ロンドン自治区で児童・青少年サービスの責任者をしていたアラン・ウッド(Alan Wood)氏は、LSCBの有効性に関する調査の結果(ウッド報告)を発表した。ウッド氏によると、法的に「LSCBの役割には明確さが欠如していた」ため、本分である「児童保護」(child protection)に十分な資源を配分できなかったという。イギリスの児童福祉において「児童保護」は虐待対応など緊急性の高い介入分野を指す。一方、広く子供の健康・福祉・人権を守る「児童の安全保護」(child safeguarding)という領域もあり、多くのLSCBは地域の要請からこちらにも手を広げてしまった。そのため資源制約が厳しくなり、「児童保護」領域の連携支援がおろそかになったと考えられている。
 また、中央政府レベルで部局間の十分な調整が行われなかったことにより、LSCBへの要請が増加し、組織の肥大化を引き起こした。その結果、取り組みが重複したり、意思決定ラインが長くなったりしたため、さらに資源がひっ迫することとなった。

評価との板挟み

 そして、第二の課題は、LSCB・パートナー機関の一部に悪い意味で官僚主義的傾向が広がったことである。主な原因は資源・権限に制約がある中で、中央政府やメディアから厳しい評価を受けることにあった。LSCBは前述のように期待される役割が増大したにも関わらず、それに見合った資源配分がされず、厳しい資源の制約に直面していた。実際、マチュラ氏が行ったアンケート調査によれば、回答を得た210人のうち「70人(33%)が児童保護への財源の投入が不十分、もしくは全くない」と回答した。同時に、このLSCBに関わる助産師の61%が、担当する案件が多すぎることによって「十分な時間がない」と訴えたという。そして、全英児童虐待防止協会(NSPCC)によれば、LSCBにはパートナー機関を指導するための明確な権限がなく、説明責任を果たさせることは困難であった。
 そのような制約がある中でLSCBには中央政府から厳しい評価が突きつけられていた。例えば、教育監査局(Ofsted)のSIF(Single Inspection Framework)という枠組みによる評価では、「良い」(Good)と評価されたLSCBは全体の30%にとどまった。他は51%が「改善が必要」(Requires improvement)、19%が「不適切」(Inadequate)と評価された(2016年の評価)。NSPCCは、このようなOfstedによる評価は「資源配分のあり方、容赦のない評価付け、結果よりもプロセスの遵守に比重が置かれた評価基準」について批判されていると述べている。

負の官僚主義

 そして、このような、ある意味対処しようのない状況で説明責任を果たすため、過度に規則を重視する風土が出来上がってしまった。マチュラ氏によれば、一部のパートナー機関では「前もって定められた手順にすがりつき、担当した案件に関して『完璧な』報告書を作ることが、しばしば子供やその家族と協働することよりも優先されてきた。」また、「『非難する文化』が『正しい』手順に従うことによってスケープゴートになることを避ける道を示してしまった」とも述べている。
 以上のような二つの課題を原因として、LSCBは有効な活動を行えない場合が多かったのである。
 LSCBの例からは、多機関連携を促進する機関を設置する際には、法的に役割・権限を明確に位置付けるととともに、適切な資源配分が必要であることがわかる。イギリスではこれらの反省をもとに、新しい児童保護の枠組みへの改組が進んでいる。我が国でも児童虐待の深刻化に伴い児童相談所の強化と警察・医療との連携が主張されているが、現場が適切に運営されるよう制度設計することが必要となるだろう。

 

参考文献

Machura, S. (2016). Inter- and intra-agency co-operation in safeguarding children: A staff survey. British journal of social work, 46(3),652-668.

McElearner, A. and Cunningham, C. (2016) Exploring the learning and improvement processes of Local Safeguarding Children Boards. National Society for the Prevention of Cruelty to Children. London: NSPCC.

Wood, A. (2016) Wood Report: Review of the role and functions of Local Safeguarding Children Boards. London: Department of Education.

政策コラム
近年児童虐待が深刻化する中で、児童福祉と警察、医療、その他の分野の機関と連携することが重視されるようになってきている。イギリスでは先んじて多機関連携が試みられており、我が国が学ぶことも多い。 編集部

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