香川県ネット・ゲーム対策条例の意義と課題

香川県ネット・ゲーム対策条例の意義と課題

2020年7月14日
条例制定の背景

 3月18日、香川県議会定例会で「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が賛成多数で成立した。昨年5月、世界保健機関(WHO)が「ゲーム障害」を国際疾病の一つに認定したことから、9月に県議会は条例検討委員会(大山一郎委員長)を設置、ゲーム依存対策の専門家と意見交換しながら条例案を検討してきた。
 香川県が条例制定に着手した背景には、一つに子供のネット・ゲーム依存の深刻な実態がある。
 昨年11月に、国立病院機構久里浜医療センターが公表した調査(「ネット・ゲーム使用と生活習慣についてのアンケート」)によると、10代、20代では平日18.3%、休日37.8%の若者が1日3時間以上ゲームに費やしていた。また厚生労働省研究班が2017年度に実施した全国調査では、ネット依存が疑われる中高生は約14%、推計93万人に上った。

条例が目指すものとは

 国の議論が進まないなか、県としてネット・ゲーム依存から子供を守る条例が必要と判断し、独自の条例制定に至った。
 条例は子供と県民をネット・ゲーム依存症から守るための対策を総合的かつ計画的に推進することを目的としている。予防から再発の防止まで幅広く対応するために、県、市町、学校等、保護者、ネット・ゲーム依存症対策に関連する事業所等、社会全体で取り組むとし、それぞれの責務や役割を定めている。
 保護者の責務として、ネット・ゲーム依存症から子供を守る第一義的責任は保護者にあると明記。子供の使用状況を適切に把握し、フィルタリングの利用等により、子供のネット・ゲームの利用を適切に管理する責務があることを定めた上で、保護者にはスマホ使用のルールづくり及び見直しの目安となる使用の制限等を示した。
 その内容は、18歳未満の子供のゲーム利用は1日60分(学校等の休業日は90分)、スマホ使用は中学生以下が午後9時、それ以外は午後10時とした。家族との連絡や学習目的での利用は対象とせず、また罰則規定はない。
 条例案が示した使用等の制限について、県民からのパブリックコメントでは「基準を示すことで子どもへの指導がしやすくなる」「制限時間1時間は妥当」など、賛同意見が多数を占めた。一方、事業者等からは、「使用制限の基準に科学的根拠がない」「行政が私的なことに介入すべきではない」など、反対意見が強かった。
 「使用制限の基準」については、前述の久里浜医療センターの全国調査では平日のゲーム使用1時間を超えると、学業成績の低下が顕著だった。東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授は仙台市内の公立小中高校生約7万人対象の生活・学習状況調査を根拠に「スマホ1日1時間以内」を推奨しており、福井県教育委員会の「ふくいスマートルール」なども「1日60分」を定めている。香川県議会は「制限時間1時間」は科学的根拠に基づくもので、一定の妥当性があるとしている。
 「行政が私的なことに介入すべきではない」との指摘については、条例は適切なスマホ使用の目安を保護者に示したもので、保護者の判断に任せられている。行政による強制力を伴うものではない。
 ただパブリックコメントを受けて県議会は、家庭におけるルール作りの「基準」を、「目標、おおよその基準」を意味する「目安」に修正するほか、「子どものスマートフォン使用等の制限」の「制限」を「家庭におけるルールづくり」に修正するなど、一定の配慮を示した。

条例の意義

 国のネット依存対策が遅れるなか、香川県が全国に先駆けてネット・ゲーム依存症対策のモデルとなる条例を制定したことは他自治体の条例制定や依存症対策の取り組みへの波及効果が高い。
 久里浜医療センターの樋口進院長は「包括的な対策を進めるための重要な第一歩であり、全国のモデルになってほしい。条例は基本法としての位置づけであり、相談支援、治療体制の構築に向けた具体的な計画につなげることが大事」(2020年3月19日付『四國新聞』)と述べている。
 条例は国と連携協力し対策を推進すると定めており、条例の施行をきっかけに、国の法整備や医療体制の整備等が進むと見られる。
 また条例は県の責務として、ネット・ゲーム依存症に陥らせないために「愛着形成の重要性について普及啓発」「健康及び体力づくりの推進」「屋外の活動や遊び場の確保」「体験活動や地域の人との交流活動」などを定めている。単にネット・ゲームの制限を目的としたものではない。
 当初、県議の一部からは、親や家庭のあり方など家庭教育の本質に関わる部分を取り上げるべきで、ネットやゲームにだけ焦点を当てても意味がないという意見もあったという。条例は、ネット・ゲーム依存症から子供を守る対策を推進することで、家庭教育の充実と子供の健全育成環境の整備を図ることを目指しており、その意味でも制定の意義は大きいと言える。

実効性の課題

 ただ、条例は保護者、事業者等の責務と役割を明記しているが、努力義務であって罰則規定はない。家庭の教育機能が脆弱化するなか、保護者がスマホなどの使用の危険性や弊害などを十分理解し、子供と話し合い、適切なルールを定め、子供にルールを遵守させることができるかどうか。保護者の教育力、実効性において課題がある。
 もう一つは、事業者側の実効性の問題がある。特に子供の福祉を阻害する恐れのある、性的感情を刺激し、粗暴性を助長、又は射幸性が高いオンラインゲームの課金システム等について、事業者による自主的な規制がどこまで進むかは不透明だ。
 事業者側の自主規制による実効性を高めるためにも、ネット・ゲームの子供への影響等に関して科学的根拠に基づいたさらなる学術的な調査研究が求められる。

政策オピニオン
4月1日、全国初の「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が施行された。ネット・ゲーム依存から子供と社会を守る条例制定の意義と今後の課題を考える。

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