「進歩派の長期政権」化に向かう総選挙後の韓国政治

「進歩派の長期政権」化に向かう総選挙後の韓国政治

2020年5月11日

与党圧勝の4.15総選挙

 4月15日、コロナ禍の最中で韓国の国会議員選挙が行われた。結果は報じられている通り、与党の圧勝。「共に民主党」と今回新たに制度が改変された比例区選挙に備えて作られた「比例代表衛星政党」である「共に市民党」は、ちょうど国会全議席300の60%に当たる180議席を獲得した。この数字は1987年の民主化以降の国会議員選挙で事実上の単一政党が獲得した最多議席であり、「国会先進化法」と通称される、改正国会法の制約をも打ち破って与党が大きな自由裁量権を取れる議席数になっている。他方、「共に民主党」と共に二大政党の一角を占める「未来統合党」との「比例代表衛星政党」である「未来韓国党」は、併せて103議席の惨敗に終わった。この議席もまた1990年に韓国の保守政党が統合されて以来、二大政党の一角を占める保守政党が得た議席としては最少の記録になっている。

 

文政権の権力基盤強化

 この様な国会議員選挙の結果は、今後の韓国の政局に大きな影響をもたらす事になる。第一に重要なのは、これにより任期後半に入った文在寅政権の権力基盤が大きく強化された事である。周知の様に、通常韓国では、憲法の規定により任期を一期5年に限られた大統領の支持率は、後半に入ると急速に低下し、結果、大統領が国会の統制を失いレイムダック化する現象が繰り返しみられてきた。しかしながら、今回の選挙で与党の国会における支配力は格段に強化され、加えて前大統領官邸スタッフをはじめとする多くの大統領に近い人々が当選した事で、文在寅と大統領官邸の与党に対する統制力もまた格段に高まった。勿論、コロナ禍による今後の情勢は、それが国際経済を悪化させることでもたらされる韓国への影響を中心に、依然予断を許さない状況にある。だが、少なくとも政治的には文在寅政権が、民主化後の如何なる政権よりも安定した基盤をもって、その任期後半を迎える事となった事は明らかである。
 この様な国会議員選挙後の政治状況を、今回の選挙で勝利した韓国の「進歩派」の一部は、政界における「主流交代」の実現、と表現した。即ち、日本統治期の「親日派」に始まる勢力が、長らく権威主義体制との連携の下、維持してきた韓国政界における「保守派」の覇権がこの選挙により遂に崩れ、逆に日本統治期に民族運動を展開し、大韓民国成立後は長らく権威主義体制と闘争を続けてきた、「進歩派」勢力が「新主流」として政治的覇権を握るに至ったのだ、というのである。
 実際には、例えば文在寅の父親自身が地主階層の出身であり、日本統治期に故郷で地方公務員として勤務していた事に典型的に表れている様に、日本統治期から今日に至るまでの「保守派」と「進歩派」の人脈の関係は、この「語り」で説明されるほど単純なものではない。しかしながら明らかな事は、今回の選挙が「進歩派」の大勝であった以上に、「保守派」の惨敗であった事である。既に述べた様に、「未来統合党/未来韓国党」は、1990年の保守合同以来最低の議席数に終わったのみならず、党首であった黄教安をはじめとして、院内総務経験者の羅卿瑗や沈在哲、更には元ソウル市長の呉世勲といった、次期大統領選挙を伺う有力候補が軒並み落選する事となり、新たなる求心点をどこに見出すかすら難しい状況になっている。未来統合党はとりあえず今回の国会議員選挙にて、総括選挙対策委員長を務めた金鍾仁を中心にした非常対策委員会体制の構築を模索しているが、4年前には逆に与党「共に民主党」立て直しの為の「非常対策委員会代表」を務めていた、何度も与野党を移り変わってきた79歳の「韓国の風見鶏」的な政治家に、大きなリーダーシップを期待する事は難しい。従って、当面の間、韓国の保守政党は求心力を失って混乱を続ける可能性が極めて強い。

 

次期大統領選に劣勢免れぬ野党

 ここで重要なのは、文在寅の任期が2022年5月初頭であり、甞てと同様に大統領選挙からその就任までの準備期間として、間に数カ月の余裕を持たせるなら、今から1年11か月後の2022年3月初頭には、次の大統領選挙が行われる予定になる事である。更に言えば朴槿惠弾劾以前の韓国の大統領選挙では、12月に予定される本選挙投票日を前にして、その8カ月程前の4月頃から、各政党の予備選挙が事実上スタートするのが通常だった。だからこの従来のスケジュールが次の大統領選挙でもそのまま採用されるなら、来年2021年の夏には、事実上の大統領選挙がスタートする事になる。言い換えるなら、野党が大統領選挙に向けて党勢を立て直す為に使える時間は、僅か1年余り。このスケジュールも野党にとっては厳しいものとなっている。

 

「進歩派の長期政権」化とその課題

 だとすれば―再び事態はあくまで予断を許さないとはいえ―進歩派の一部で主張される、韓国政界の「主流交代」は正に実現目前の状況にあり、次の選挙でも再び与党が勝利した結果としての「進歩派の長期政権」が実現される可能性が大きくなっている。しかしながら問題は、進歩派自身にとっても、この状況が決めて新しいものだという事である。「主流交代」の議論にも典型的に表れている様に、これまでの韓国の進歩派は自らのアイデンティティを「非主流」であることに置いてきた。つまりそこでは、彼らは自らが植民地支配や外国勢力からの圧力、更には権威主義体制の圧政に対して、「抵抗」し「異議表明」を行ってきたことを、自らの存在意義としてきたのである。しかし、保守派が大きく後退し、力を失った今日、現状に「抵抗」し、「異議表明」するだけでは、韓国の進歩派はもはや自らのアイデンティティを主張できない。つまり、彼らは「新主流派」として、韓国社会を如何なる方向へと導いていくのかを示す自身のビジョンを示さなければならない訳である。
 例えば、経済的苦境が迫る中、財政的リスクをも冒して福祉の拡充に進むのか、それともこれまで通り、経済成長を重視して、現在の高い失業率を甘受するのか。対立する米中の間でどの様な立ち位置を取り、金正恩の健康不安が囁かれる北朝鮮とどう対峙するのか。
 長期政権を前にした今だからこそ、改めて文在寅政権は自らの進むべき道を示す事が求められている。

(2020年4月24日)

政策オピニオン
木村 幹 神戸大学アジア総合学術センター長
著者プロフィール
1966年生まれ。90年京都大学法学部卒。同大学院法学研究科修士課程修了。その後、愛媛大学講師、神戸大学大学院国際協力研究科教授を経て、2017年より同大学アジア学術総合センター長を兼務。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。この間、オーストラリア国立大学客員研究員、ワシントン大学客員研究員、高麗大学校国際大学院招聘教授、第1次・第2次日韓歴史共同研究委員会研究協力者・委員等を歴任。NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。主な書著に『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識 朝貢国から国民国家へ』『朝鮮半島をどう見るか』『民主化の韓国政治 朴正煕と野党政治家たち』『日韓歴史認識問題とは何か』他多数。

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