政策オピニオン

2020年2月20日

子どもの発達と養育環境改善のために大切なこと

世界乳幼児精神保健学会理事、児童精神科医 渡辺久子
應義塾大学医学部卒。小児療育相談センター、横浜市立市民病院、ロンドンのタビストック・クリニック臨床研究員、慶應義塾大学病院小児科医師・同大学講師等を務める。世界乳幼児精神保健学会賞受賞。NPO法人精神保健を考える会「まいんどくらぶ」理事長、高山国際教育財団理事長。児童思春期精神医学、乳幼児精神医学専攻。著書『心育ての子育て』『子育て支援と世代間伝達』『母子臨床と世代間伝達』他多数。

乳幼児が生まれ持つ人間性の力

 子どもの養育環境の改善は、日本社会を良くすることにつながる。
 WHO(世界保健機関)やユニセフは、「人生最初の1000日間」がとても大切な期間であると述べている。受胎から最初の1000日間、おおよそ2歳頃までであるが、この期間に脳は大変な勢いで発達する。
 2018年に日本乳幼児精神保健学会で招請したロバート・エムディ博士(米コロラド大学名誉教授)は世界乳幼児精神保健学会の権威である。博士は、乳幼児には生まれつきモラルがあり、それは「互恵性(お互いさま)」、「共感(思いやり)」、「価値(何かに挑戦しやりがいを感じること)」の三つであると語られた。
 このように乳幼児が生まれ持つ人間性の力を、今の工業化社会につぶされないように守らなければならない。それには胎内で羊水の中で安心していたように、ゆったりした環境を作ってあげたい。
 1989年、フランス議会が「これから両親が共働きになった時、子どもの発達は大丈夫か」と問題提起した。その時、世界乳幼児精神保健学会の理事たちは「ビジネスの原理では子どもは育たない」と警告した。最新の脳科学研究から、乳幼児の命の原理は工業化社会のビジネスの原理とは相容れないこと。つまり、乳幼児一人ひとりの食べたい、眠りたい、甘えたい、遊びたいという要求を尊重し、大人が急がせたり押し付けたりするビジネスライクなやり方を養育環境に持ち込まないような社会施策を作ろう、と呼びかけたのである。
 そして、乳児は母親のお腹の中にいる時から、父親や母親の声を聞いている、親を求める気持ちが脳の中に育った状態で生まれてくるから、安心して羊水の中にいるように、子どもの欲求を受け止めるよう対人環境の質を向上させることが、子どもの発達の土台をよくすることだと訴えた。
 その結果、行き過ぎた個人主義の弊害を見つめ直し、子育てする家族に対して社会が実家のような役割を果たしていこうという意識が、ヨーロッパ各国に広がり浸透していったのである。

 

「直観的育児」の大切さ

 チェコの乳児の研究者であるパプゼク博士夫妻が1970年代に、人類が持つ「直観的育児」について研究している。都会よりのんびりした田舎の普通の家庭を観察すると、生まれた赤ちゃんを抱く時の抱き方などが、その子が一番落ち着くようにして、その位置も母親とよく向き合える距離に自然に持っていく。それは子どもの脳の発達を自然に促す親の働きかけであるという。
 分かりやすい別の例は、大人同士で話す時と乳幼児に向かって話す時とでは、私たちは話し方を直感的に変えているということである。乳幼児に話す時は「いいわねー」「わあ、すごい」と抑揚のあるリズミカルな声で話しかける。これが脳の発達に良いことを無意識に分かっているのである。

 

母親と赤ちゃんが「笑いのツボ」を押し合う

 また、精神科医・精神分析医のルネ・スピッツは、1900年代前半に「愛情遮断症候群」を研究した。刑務所の囚人の母親から生まれ、母から切り離されて乳児院に引き取られた子どもたちは、泣き叫び、悲嘆にくれ、食欲はなくなり、眠らず、衰弱し、亡くなってしまう子もいた。この観察をもとに彼は「乳児は母親と切り離してはならない」と主張した。
 乳幼児精神保健の専門分野では、母親のお腹にいる胎児期と生まれてからの2、3年間をとても大切にする。それには、母親が屈託無く、心配せずに思いきり笑うことができないといけない。母親と赤ちゃんがどれくらい「笑いのツボ」を押し合って過ごすことができたかによって、脳の回路の発達が決まるとも考えられる。そこで例えば、夫の病気、毎日独りぼっちで不安な育児とか、戦争や貧困などの悩みから母親を守り、母親が胎内の温かい羊水の延長のように命として子どもを慈しむことができるよう、社会が乳児をもつ母親を包むのである。母親との楽しいやりとりが日々積み重なると、3歳頃には母親に愛された記憶によって、心の港ができるのである。
 未開の民族を調査すると、若い母親と子どもを取り囲む周りの大人が、羊水のように母子を守っている。つまり、命の原理が完全に守られているのである。
 工業化の進む現代社会では、羊水の守りのような温かい命の守りが失われ、特に欧米でも日本でも社会が全体として育児が下手になり、その結果、多様な子どもの心の問題が増えている。
 私が駆け出しの児童精神科医として教えを受けたレーゲンスブルグ大学のグロスマン教授夫妻は愛着理論の権威だが、心の港としての愛着ができあがる3歳前の子を親から切り離した時の子どもの反応を調べた。つまり子どもの反応の違いに愛着の育ち方の質的な差をみることができる。

 

親から離された時泣く子と泣かない子

 愛着が安定して育っている1~2歳児は親から離されると大声で泣き続けた。最後は周囲が根負けして母親の所に連れていく。するとすぐに泣き止むのである。
 ところが愛着の育ちが不安定な子は、誰かに預けられても、凍りついて泣かない。中には「おりこうさん」を演じて、ニコニコ作り笑いをする子もいる。その時に唾液のストレスホルモンを調べると、非常に高い数値を示した。ストレスホルモンが高いことは、乳児の脳の発達を阻害する。大声で泣いている子のストレスホルモンは、ほとんどゼロだった。この結果は衝撃的であった。
 つまり、もの言えぬ3歳前の子どもは親と切り離された時、生き延びるために、死に物狂いで、必死に泣いて訴える。それが乳児の安定した愛着と健やかな脳の発達の兆候なのである。だから、子どもが泣いて欲求を訴えることは良いことであると、親や養育者が受け止められるような社会を作ることが必要である。その科学的根拠をグロスマン教授の研究は示しているのである。

 

日本の最大の問題は育児が楽しくないこと

 愛着は母親だけでなく、いろいろな人との間にも築かれるが、特に一緒にいると自分がハッピーになる人には特別な愛着が向く。できるだけ母親が特別の愛着対象になるような社会作りをしようとしているのが、ユーロ圏である。例えばフィンランドは「ネウボラ」を設けた。ネウボラは、母親がいつでも気楽に行くことができて、お茶が飲めるし、お話もできるし、育児の相談もできる、よろず相談所だ。母親にとって実家のような居心地のよい場所である。
 しかし日本にはそういう場があまりにも少なく、母親たちが可哀想である。皆とやれば育児は楽しい。育児が楽しくないことが今の日本の最大の問題である。
 これは実際に育児をやった人でなければ実感できないことだろう。育児を妻に任せきりの男性には遠い世界のことなのである。母親たちは頑張っている。しかし、その頑張りが過酷になると、子どもからみてお母さんは怖い存在になってしまう。そこで、家庭で大きなストレスを抱える子どもも増えた。今、日本では不登校の子が14万人を超え、引きこもりが100万人以上と言われ、虐待も増えている。戦後の高度経済成長期にビジネスライクに育てられた人たちが今親になっている。その中には結婚したくないとか育児をしたくないという人が少なくない。

 

戦中戦後の葛藤が世代間伝達している

 また、育児環境の改善をはかる時に絶対に忘れてはならないのは、日本の戦中戦後の様々な、人々の心に封印されたままの葛藤が、各家庭、そして孫の世代に、形を変えて世代間伝達されていることである。
 ある家庭では、祖父が戦争中、上官に命令されて仲間にひどいことをしてしまった。戦争から帰ってきても、そのことが頭から離れない。そのため平和な時代になって子どもが生まれても、その子のわがままや、母親への甘えが許せない。夫婦仲もうまくいかず、自分が上官に殴られたように躾のためだと息子を思わず殴るわけである。心の傷を負ったまま成長した息子は、結婚しても妻に威圧的で、家庭の食卓はまるでお通夜である。
 私は45年間臨床に携わり、子どもの心身症を治す時には、両親と祖父母の生い立ちの物語を復活させる、深い家族療法が必要だと感じている。時代に翻弄された親世代のトラウマを治療しなければ、日常生活で子どもの育児は歪んでしまう。
 今まで誰にも話せなかったことを話すことができると、その夫婦はみるみる仲良くなる。そして子どもの状態も良くなっていくのである。
 その意味で、養育環境改善の本質は、家庭の夫婦仲の信頼関係の改善にある。そこを丁寧に実現するには、夫婦になって子どもを産む段階から、男性が女性に思いやりを持って「共に生きる」という意識を持てるようにしなければならない。その点で、共に育て合うネウボラのような実践から学ぶことが大切である。

 

子育て家庭を応援する賢い社会を作る

 日本人は非常に真面目で優秀だが、残念ながら世間の目に弱い。周りに流されやすい。ほとんどの母親は子どもが生まれて4カ月くらいまでは育児が楽しい。しかし半年を過ぎると、どの母親も「1歳になったら保育園に入れようか」と悩み始める。確かに育児は大変な上、こんな孤独な育児でいいのかという気持ちも加わり、その迷いで混乱してしまうのである。
 北欧では、生まれて最初の1年間は家で父母のもとで育てられるように、児童手当がつく。フィンランドなどは、二人目以降は一人目の倍の手当を出し、子どもが増えるほど加算して多子家庭を応援する。母親の目線に立った応援が豊かである。それは女性が声を上げ、男性も協力したからでもある。
 日本で、子育て家庭を応援する賢い社会を作らなければならない。日本の女性は健康でエネルギーがありながら、自分の力を発揮する機会が社会的につぶされている。熟年離婚が増えているのは、すでに夫婦関係が破綻していても成長期の子どものために経済的に貧困層に落ちないよう、不幸でも家庭の中で女性が我慢しているという状況があるからだ。
 日々両親の冷めきった関係に曝されながら育つ若者たちは結婚する気にならない。日本人の初婚年齢が年々上昇している一つの要因は、夫婦がハッピーではないことがある。

 

児童期のストレス体験の影響

 「遺伝環境相互作用」が今、人間学の研究のトピックスの一つである。遺伝子の良いスイッチをオンにするには良い環境が必要だという意味である。それが満たされないとどうなるか。
 アメリカの膨大な心の研究の一つにACEピラミッドがある。これは生まれてから日々重なる児童期の強いストレス体験、つまりACE(Adverse Childhood Experience)が、人生に及ぼす影響を示す図式である。子ども時代にハッピーではなかった体験が積み重なると脳の発達に影響が出て、社会的な適応も難しく、身体的に成人病などになりやすく、心の病気にもなりやすいという結果が出ている。そこで子どもの時にこそ、皆がハッピーになるような育児を考えていかなければならない。子どもは人間環境オーケストラの中で育つ。だから対人関係を良くする。その一番は夫婦の仲が良いことである。
 また、父親が母親をサポートするためには、父親の職場環境が父親を応援してほしい。また人類は共同育児で生き延びてきた生きものであるから、地域も羊水の延長のような暖かく切れ目のない包み方が必要である。社会が責任をもって親子を守っていかなければならない。
 また、受胎して40週の期間に胎児は命の系統発生をたどる。何のことかというと、地球の45億年の歴史の中の、生命が発生した細胞からの進化の歴史を全てたどるのである。おそらく胎児は0.0001…秒ぐらいの大変なスピードで発達している。だから生命に対しては、人工的に造られたロボットはかなわない。
 乳児の心身の発達には人とのふれあいが必要である。今の日本では、その認識が乏しく、大人はクリスマスに機械音でしゃべるロボット人形を平気で子どもに与える。母親があやして寝つかせる代わりに、ロボット人形をあてがう。これはよく考えると恐ろしいことである。この段階は、おたまじゃくしから蛙になる前のように、まだ脳細胞が未分化である。ゲーム依存症が医学的に認められたように、子どもはゲームでは発達しない。
 また、例えばイギリスは、1980年代に人間工学的に高層住宅では子どもが育ちにくいこと、母親が育児ノイローゼになる割合が高いことをつきとめそのデータをもとに、子育て世代用の高層住宅の建築を止めている。また、3歳前の子が2人以上いる家庭には芝生の庭のある公営住宅を作り、乳幼児が安全に存分に遊べる環境を整えている。
 日本は密室の育児に母子を追いやり、孤立しながら母親はゲームを見せないと洗濯も干すことができない状態である。人間は生まれた時、脳には119億以上の神経細胞があるが、周囲の刺激により1秒間に100万以上の結合が起きている。人と楽しくふれあう環境こそが乳幼児に有益なのである。
 この問題は決して母親だけの責任ではなく、社会全体がもっと深刻に考えなければならない。

 

命の原理にもとづく育児

 子どもは生後18カ月、よちよち歩きの時期になると、主体的に対人関係を築く段階に入る。おもちゃの取り合いっこをして、負けたり勝ったりしながら対人関係の回路が発達するのである。
 1歳半の子どもは主体的に生きようとしても、母親に頼らなければ生きられない。自立と依存の葛藤が強くある。この葛藤が実は大事なのである。例えば自分はオルゴールを大好きな母親のそばでならしたい。しかし、母親が先に手を出してしまうと、「なんで手を出すの。ぼくは自分でやりたかったのに」と、母親にも怒りの表情を見せてジレンマを体験しながら主体性を獲得していく。
 「生きることは命のリズム」なのである。昔は添い寝をして、子どもは母親の瞳を見ていた。どんなに貧しくても、子どもが生まれ母になることは社会的な承認を得、周囲も家をあげて子どもと母親を支えたのである。そして親子で川の字に寝ていた。
 命の原理にもとづく育児を普及させるには、「農家の嫁モデル」がいいだろう。昔、農家は共働きだった。子どもを本家に預けて、地域と一体になった信頼関係で育てた。子どもは生まれた時から、様々な世話をしてくれる家族と地域の中にいたわけである。
 子どもは、親に弱音を吐ける機会がなかなかない。学校で誰かをいじめることで安定している子もいる。家庭で競争があったり、自分の兄弟が親から「お前はダメだ」と言われるのを聞いていると、ありのままの子どもの姿でいることができない。そうするとどこかで発散する。不登校やひきこもりにもなる。

 

夫婦がもっとなごやかに生きられる社会

 子どもは身近な大人、特に親の気持ちに敏感に影響を受ける。一人ひとりの子どものために、父親と母親が安心して二人仲良く「この子にはこうしよう。それともこうしようか」というように話し合える安定感、そして仕事や住居などの経済的・心理的・物理的な支援を与えるべきである。子育て中の夫婦が肩の力を抜いて、もっと楽に生きられる社会にすることである。ほっとしながら生活している時、家庭は子どもにとりほっとなごめる心の港になれる。
 子育てが終わった世代、つまり50代から60代、70代の夫婦には比較的安定した心の成熟があり、シニアも含めて日本人全体で知恵を出し合って、お互いに笑顔で暮らせる社会を作らなければならない。
 それには子どもほど大切な存在はない。しかし、子どもの声にイライラするお年寄りもいて、そういうお年寄りは、子ども時代に幸せな日々を生きてこなかった可能性がある。私がケアした不登校の子の家庭ではしばしば、母親と祖母の関係が悪かったことが子どもに影響を与えていた。祖母の話を聞くと、幼い頃、大変な苦労をしてきたことが分かった。「子ども時代のことを話して下さい」と心から祖母を尊重し、信頼関係を築きながら聞くと、あふれるように語り続け、みるみる祖母がやさしくなったという例が多いのである。
 子どもが思春期の時に厳しく当たっていた父親には、自分自身が思春期に抑圧された思い出があった。辛い体験の連鎖を認識していくと、様々な問題が理解され解決していくのである。

 

父母が仲良くなって子の思いに耳を傾ける

 難しいことだが、一人ひとりの子どもに何が今必要かということを母親たちが自由に考え、主張できる世の中をつくっていかなければ、誰が子どもを産もうと思うだろうか。
 国が出生率を上げたいのであれば、本気で育児の楽しい日本を作らなければならない。それがなければ、どんな政策を打ち出しても大きな効果は望めない。いくら保育園を作っても、園庭もない、荷物の預かり場のような園は、親子をかえってつぶしてしまう。
 まず育児の予算は、母親が最初の1年間の安定した愛着形成ができる環境作りに向けてほしい。次に保育園に預けても、母親たちがいつでも保育園に来て一緒に子どもと遊べるようにすればよい。自然な農家の村のように、子どもが皆に可愛がってもらえるようにすることである。
 その一方、子どもが不登校になったり、リストカットした場合でも、その時に両親が落ち着いて夫婦で虚心坦懐に今までを振り返って、子どもに詫び、自分らの関係を改め、わが子を育て直す覚悟で親子が出会い直すことができると、親子関係を深めることができる。私が出会いそのように取り組めるよう支えた家族は、親子ともども成熟し子どもたちが、今、暖かい良い親になっている。
 父親と母親が仲良くなって、その子の辛かった思いに耳を傾けることができ始めると、子どもは押し殺していた心の膿を爆発させながら、次第に赤ちゃんの時のような柔らかい気持ちを取り戻して赤ちゃん帰りを示しながら親への信頼と自己肯定感を育みなおしていく。どんな子どもも、どんな親子も人間同士として尊重しあって出会う大切さを獲得しなければならないと思う。

 

命を慈しむ女性たちに育児を支えてもらう

 人類がなぜ繁栄したかについての遺伝学説の一つには「おばあちゃん学説」がある。心豊かなシニアの女性が身近で支えてくれると、家族や地域は栄えるという学説である。血の繋がる関係とは限らない。命を慈しむ心優しい人柄の人を選び、敬い、十分な保障を提供し、地域の育児を支えてもらう。超高齢化社会の今、ふさわしい女性が大勢いると思う。大切な次の世代の命を守るために自分の人生の最後を捧げたいという人たちに協力してもらう。かけがえのない命を一緒に育てよう、一生懸命育てようという新しいチャレンジである。