「鑑」とすべき歴史
今年は明治維新150周年の年であり、また来年は平成時代が終わりを告げるということもあって、歴史を振り返り、時代の流れに想いを馳せる人が多いことと思う。
明治維新以来の日本及び世界の歴史は、まさに波瀾万丈であったが、現在という時点も一つの時代の転換点を迎えていると考えられ、予断を許さない波乱要因が続出している。そして、「歴史は繰り返す」というが、これからの世界が方向を誤らないようにするためには、歴史の中から好ましい要素を取り出してこれに学び、そのような要素を再構築する努力をするとともに、誤りや失敗を繰り返すこととならないよう英知を発揮することが大切であろう。即ち、歴史の教訓から学ぶことが必要であろう。
好ましい要素の例としては、第二次世界大戦以後のドイツとフランスの関係がある。両国は、19世紀以来、普仏戦争や第一次世界大戦、更には第二次世界大戦と戦いを繰り返し、資源に恵まれた国境のアルサス、ロレーヌ地方は取ったり取られたりして、アルフォンス・ドーデの名作『最後の授業』を生んだりしたが、第二次世界大戦後、双方の優れた政治家のリーダーシップの下、二度と領土紛争を起こさないで済むよう欧州石炭鉄鋼共同体を造り、それが拡大発展して現在のEU(欧州連合)になり、独仏両国はその中心的存在として平和的、協力的関係を維持している。世界には隣国同志で領土問題を含めて争いが絶えない例が少なくないが、独仏両国の例は良い意味での歴史の教訓であろう。
失敗の歴史に学ぶ
他方、過去の失敗から学び、二度とこれを繰り返さないようにするべき例としては、次の三点を挙げたい。
第一は、貿易戦争のもたらすリスクである。現在、米国は「米国第一」主義を唱えて、貿易収支の赤字解消等のため、一方的に関税を引き上げたり国際合意から手を引いたりしているが、このようなやり方は国際経済秩序を破壊し、結局は自分の首をも締めることを歴史から学ぶべきである。即ち、現在の国際経済体制は、第二次世界大戦の一因は1929年の米国ウォール街の株の大暴落に端を発した世界大恐慌時に米国がスムート・ホーリー法で輸入品に高関税をかけて保護主義政策を打ち出し、これに対して各国が相次いで報復措置をとり、排他的なブロック経済が蔓延したことにあるとの反省から、こうしたことを二度と繰り返さないためにつくられたものであることを忘れてはならない。国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD。通称世界銀行)及び関税ならびに貿易に関する一般協定(GATT。現在は世界貿易機関WTO)の三本柱からなるこの体制は、米国の主導の下でつくられ、現在まで世界の経済発展に大きく貢献してきた。このことを踏まえて、いまなすべきことを考えるべきである。
第二は、中国の今後である。中華人民共和国建国以来、中国がとってきた富国強兵政策は、19世紀の半ばに列強の脅威に晒されて開国し、明治維新を経て富国強兵政策をとった日本と通じるところがあり、それ自体は理解できる選択であったと言えよう。しかし、それに成功して列強と対等になってからが問題であり、戦前の日本は悲劇への道を歩んだわけであるが、現在の中国もこれに似た誤りを犯す可能性があるように思われる。中国の持つ中華思想や愛国教育によって膨らまされた感情的なナショナリズムを考えると、中国がどこへ向かうのかが極めて不安定である。
中国の台頭を単に脅威として捉えることは一面的に過ぎよう。古代文明を築き、その後も長期にわたって政治、文化の中心となっていた国、しかしその後眠れる獅子として列強諸国に侵略された国が、再び政治、経済、文化の面で活躍する存在になるとすれば、それは世界史に例を見ない偉業であり、尊敬に値するといえよう。しかし、ここで道を誤まると、世界の尊敬を得るどころか、世界の批判を浴び、世界の厄介者になってしまう。中国としても、このことを念頭に置いて歴史に学んで欲しい。また、諸外国としても、中国が道を誤まらないよう誘導し、仲間に取り込むことが大切である。
民主主義をうまく機能させる条件作り
第三は、民主主義が本来の機能を果たすような条件作りである。議会制民主主義が最良の政治制度として機能するためには、一定の前提条件が満たされている必要があることは、歴史が示している。サダム・フセインの独裁体制を倒した後のイラクの政情然り。軍事クーデタではなく選挙を通じて独裁体制を築いたナチスのヒトラー然り。最近のヨーロッパでのポピュリズムや右翼の台頭も、制度としての民主政治があれば政治がうまくいくわけではないことを示している。歴史を振り返り、民主主義がうまく機能する条件作りに取り組むべきときが来ている。