北朝鮮に三つの重大変化 —韓国総選挙を控え、その背景と思惑を探る—

北朝鮮に三つの重大変化 —韓国総選挙を控え、その背景と思惑を探る—

2024年3月27日

 米国の影響力低下が指摘されるなか、ウクライナ戦争に続き、中東ガザの紛争も長期化するなど世界情勢は混迷の度を深めている。一方北東アジアでは、北朝鮮の軍事的脅威に対する懸念の高まりにも拘らず、米朝協議は頓挫したままで、その間、金正恩政権は核・ミサイル開発のペースを加速させている。しかも北朝鮮では政治・外交の両面で最近、新たな変化が生まれている。
 即ち、国内では金正恩総書記の娘キム・ジュエ氏が度々公の場に姿を現し、権力継承の動きではないかとの見方が出ている。対外面ではロシアに急接近するとともに、対韓政策では南北統一方針を放棄し、露骨な韓国敵視政策を採るようになった。韓国で総選挙が実施されるなか、こうした動きの背景とその意味、さらに国際社会に及ぼす影響について考察する。

1.キム・ジュエ問題

キム・ジュエ氏突然のメディア登場

 22年11月18日、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)火星17を発射したが、この時、現地を視察した金正恩総書記が李雪主夫人とともに娘を同行させたことが注目を集めた。北朝鮮国営メディアが金正恩の子供の動静を報じたのは初めてだったからだ。娘はキム・ジュエと呼ばれ、韓国の情報機関国家情報院が尹建永議員に提出した資料によれば、ジュエ氏は2013年生まれで、この時9歳と推定される(写真1参照)。

 これ以後、キム・ジュエ氏は金正恩総書記に同行する形で度々その姿をメディアに登場させている。23年2月8日に平壌で行われた「朝鮮人民軍創建75年記念」軍事パレードにも出席。彼女が国民の前に姿を見せたのはこれで4回目だが、それまでは金氏の『最愛のお子様』「尊いお子様」と紹介していたメディアが、この日を境に最上級の呼称である『尊敬するお子様』と表現を格上げした。またこの日の閲兵式では兵士たちが彼女に対し「白頭の血統、決死擁護」を叫んだ。
 当初キム・ジュエ氏の登場をさほど重大視しなかった西側諸国も、その回数が増え、しかも軍の崇敬の対象とされるに伴い、ジュエ氏のメディア登場には、世襲による権力継承をアピールする狙いがあるのではないかとの見方が強まった。23年9月8日の軍事パレードは父親と同じ特別席で参観(写真2参照)、さらに11月21日の軍事偵察衛星「万里鏡1号」打ち上げ成功の祝賀会では、北朝鮮メディアは李雪主夫人よりも先にジュエ氏に言及した。また同日、朝鮮労働党組織指導部が開いた記念講演会では「宇宙強国時代の未来は“朝鮮の新星、女将軍”によって今後さらに輝くだろう」とジュエ氏を称えた。「朝鮮の新星」や「新星将軍」などの呼称は故金日成主席や金正恩氏に使われる呼称であることから、正恩氏の後継者であることを念頭に本格的に娘の偶像化に入ったとの分析が一層強まった。


 しかもその直後の11月30日、金正恩総書記がジュエ氏を伴い空軍司令部を視察した際、ジュエ氏はワイン色の革コートにサングラス、それに黒い革手袋をつけ、父親と似た服装をしていた(写真3参照)。2019年から金正恩氏は黒い革のロングコートを着て登場するようになり、以後、北朝鮮では革のロングコートは権力の象徴と見なされるようになった。父親と同じ革のコートにサングラスの服装でジュエ氏をメディアに登場させたのは、後継者としての雰囲気作り、あるいは後継者であることを暗示す演出と捉えても可笑しくない。韓国紙『東亜日報』も「初代最高指導者の故金日成国家主席の血筋に繋がる“白頭血統”としての権威を示すため」と分析した。


 キム・ジュエ氏を巡る一連の報道を受け、翌月韓国大統領室国家安全保障室の趙太庸室長はジュエ氏について「(今後は)後継者と見なし、検証する必要があるだろう」と述べ、それまでの否定的な判断を改めた。さらに今年3月16日には朝鮮中央通信がキム・ジュエ氏について、最高位の指導者に付される「偉大嚮導者」の敬称を用いて報じた。韓国のメディアや北朝鮮専門家の間でも、ジュエ氏の扱いや儀典のレベルが上がり続けていることから、彼女が金正恩総書記の後継者である可能性が高いと見る声が強まっている。

錯綜するが決め手を欠く情報

 もっとも、キム・ジュエ氏が再三メディアに登場することだけで、彼女が金正恩総書記の正当な後継者に決定されたと判断するのは早計とする立場も依然多い。金正恩氏はまだ40代の働き盛りで、権力の継承や後継問題に動くのはあまりにも早過ぎる。しかも家父長制的な北朝鮮社会の特性から、男子ではなく女子を後継者とする可能性は低いと考えられるからだ。
 では金正恩氏に男子(長男)はいるのか?国家情報院は従来から金正恩氏には長男がいるとの立場をとっている。昨年3月、金奎顕元国家情報院長は国会情報委員会での報告で「具体的物証はないが、第1子は息子だと確信している」と発言、また国家情報院は2017年の国会報告で、2010年生まれの第1子の息子、13年生まれの第2子の娘、17年2月生まれで性別が把握されていない第3子がいるとの見解を示した。第1子男子の判断は、2010年に男児向けの最高級玩具が金正恩委員長の官邸に納入されたとの情報をその根拠にしている。
 だが誰のための玩具購入なのか裏付けは取れておらず、長男存在の確たる根拠とは言い難い。これまで男子の存在は確認出来ておらず、メディアに登場したこともない。金正恩氏の家族構成については情報が乏しく、長男の有無や子供の数などを特定することが難しいのが実情だ。それゆえ金正恩氏に長男は居ないのではないかとの見方も出ている。金正恩氏のスイス留学時代の親しい友人ジュアン・ミカエル氏が13年4月平壌に招かれた際、『娘が生まれた』とは教えられたが、息子のことは聞かされていない。同年9月に元NBA選手のデニス・ロッドマン氏も招待され、帰国後に『私は赤ちゃんを抱いた。娘の名前はジュエだ』と証言している。
 男系優位の国だからこそ、女子への権力継承を北朝鮮社会や大衆に理解させる必要があり、早い段階からジュエ氏の存在をアピールしているのではなかろうか。北朝鮮において指導者交代や権力の継承を円滑に進めるうえで、最も注意を払うべきは軍部の意向である。ジュエ氏がメディアに登場するのは、ほとんどの場合軍の行事か軍幹部と一緒の時であることは、ただのお披露目ではなく、権力の円滑な世襲を意識したものと見るべきだろう。
 なお英紙『デイリーメール』は、20年程対北朝鮮業務を担当したチェ・スヨン元国家情報院工作官の発言を引用し、金正恩氏には長男がいるが、青白く痩せている矮小な体格や魅力的でない容貌が大衆の前に公開しにくくしていると報じている。2010年9月に金正恩氏が労働党代表者会を通じて公開の場に初めて登場した際、3代世襲の正統性と統治基盤を確保するため体重を増やし、中折帽と縁眼鏡を着用して祖父金日成主席に似せた演出に腐心した事実がある。長男や男子はいるが、公の前に登場させ難い何らかの事情があるとの説も一概に否定できない。
 情報が絶対的に不足する中では推定の域が広がるのは避け難い。だがジュエ氏を頻繁にメディアに登場させ、しかも敬称を最高位へと格上げしている事実は重い。権力を継承するのがジュエ氏に決定したか否かはともかく、彼女の登場が権力継承問題と深く関わっていることは間違いあるまい。そのうえで早い時期に継承の動きが出ている背景や理由について、幾つかの仮説を取り上げ検討を加えたい。

金正恩氏の思い

 キム・ジュエ氏がメディアに登場するのは、金正恩総書記の妹金与正朝鮮労働党副部長が近年力をつけてきたことを李雪主夫人が警戒し、権力の継承者は総書記の実子に限られることを誇示するためとの見方がある。だが、最高指導部内の親族間のさや当てにしては、仕掛けが大き過ぎるのではないか(1)
 別の解釈は、金正恩総書記の健康問題との関わりだ。金正恩氏については、体重が130kgを越え重度の肥満であることが問題視されるなど幾度も健康不安が報じられている。金正恩氏が幾つかの病気を抱えていることは事実で、万一の事態を想定し、元気なうちに権力を金一族で継承する意思を国民に知らしめるためジュエ氏を登場させているとの推察だ。だが、何らかの持病があるとはいえ、生命の危険が迫る程重篤な状態にあるとは思えず、しかも男系優位のこの国で娘を再三メディアに出すことは、指導者の健康問題に対する社会の不安を必要以上に掻き立てる恐れがあり得策とは言えまい。これらの説よりも、金正恩氏自身の体験や出自、あるいは北朝鮮の社会事情が関わっているように思える。

早めの告知で権力の継承をスムーズに

 英国BBCの報道に拠れば、金正恩は8歳の時に父親金正日氏から後継者に指名されたが、軍指導部で内々のことだったという。後継者としての地位が確定したのはそれよりもずっと後の2010年9月の朝鮮労働党代表者会とされる。だが翌年12月に父金正日総書記が急死、それに伴い正恩氏は軍最高司令官に就任し正式に権力を受け継ぐが、後継者としての準備期間が非常に短かかった。そのため帝王教育が十分に受けられず、信頼できる側近も育てられなかった(2)。また大衆が彼の存在を始めて知ったのは、父親死後のことだった。
 そのため正恩氏がトップの座に就いた当初、支配層が彼の手腕や後継者としての正統性を疑問視するなど権力の円滑な継承に苦労したと伝えられる。2013年12月に叔父の張成沢元国防副委員長を処刑し、2017年2月には異母兄の金正男氏が暗殺されるなど権力を固めるため冷酷な事件が続いたのもこうした経緯が関わっていた。彼が最高位のポストである朝鮮労働党委員長に就任したのは2016年5月の朝鮮労働党大会。権力基盤を固めるために4年半、後継者の地位を確定されてから実に6年の歳月を要している。同じ苦労を子どもに味わせぬよう、まして女子でもあることから、早い段階よりジュエ氏の存在を国民に知らしめ、女子への権力継承に対する社会の反応を探りつつ、支持の取り付けを図ろうとしているのではないか。

北朝鮮社会で高まる世襲批判

 円滑な権力継承のための時間確保だけでなく、北朝鮮指導部が継承問題を重視するのは、世襲に対し北朝鮮の世論が批判を強めていることも多分に影響していると思える。韓国統一省は今年2月、脱北者6351人の証言を基に北朝鮮内部の状況を纏めた「北朝鮮経済・社会実態認識報告書」を公表した。2020年までの脱北者を対象に2013〜22年に実施された調査で、指導者の世襲や金正恩政権に否定的な評価が増加していることが明らかになった。
 報告書によると「(脱北前に)世襲制を維持すべきではないと考えていた」と答えた人の割合は06〜10年の脱北者では31.1%だったが、16~20年の脱北者では54.9%に上昇している。また報告書では、父親の死去に伴い最高指導者になった金正恩氏について「肯定的に思っていた」人は、11〜15年の脱北者では22.3%だったが、16〜20年では14.5%に減少した。金正恩氏の登場後、世襲に批判的な見方が強まっていると統一省は分析している。
 北朝鮮国内の世論も、同様の傾向にあると思われる。次に取り上げる南北統一放棄の方針とも関連するが、韓国など国外からの情報流入の増大で、権力の親子世襲という特異な政治体制に対する批判や反発は無視できなくなりつつある。これに危機感を覚えた金正恩氏が、ジュエ氏との深い情愛で結ばれた親子の関係を演出、支配者の家庭も一般大衆と変わりないことを強調し、普遍的な親子の愛情を以て世襲容認の世論形成を促そうとしている可能性も否定できない。

血統の正統性で苦しんだ体験

 金正恩総書記は、血統を巡るハンデを抱えているといわれる。金正恩氏の母高容姫(2004年死去)氏は帰国事業で北朝鮮に渡った日本人の母と朝鮮人の父を持つ大阪出身の在日朝鮮人である。この事実は北朝鮮国内で公にされていない。2002年頃、金正日氏は後継と見なしていた金正恩の生母高容姫氏を「共和国の敬愛なる母」と称え偶像化を試みたが、父親が旧日本陸軍管轄の軍需工場の幹部として働いていた事実が国内に知れ渡ることを危惧し中断されたといわれる。
 北朝鮮では在日帰国者の社会進出は困難で、登用されるのは芸術や体育、科学技術など特殊な分野に限られる。婚姻でも差別があり、日本から帰国した人の子供は在日帰国者の子供同士で結婚するのが大半で、北朝鮮の国民と結婚する例は珍しい。こうした事情から、金正恩総書記は生母の素性を国民に明かすことが出来ず、彼女の墓も一般公開されていない。
 昨年12月3日、11年ぶりに「全国母親大会」が開催され、子を持つ母親など約1万人が参加した。その中で金正恩総書記は「誰もが困難で大変な時期には、自分を産んで食べさせ着させ、第一歩を踏み出せるように育ててくれた母親のことを思う」と語り涙を流した。親子関係で苦しむ自らの辛い立場に思いを馳せたのかもしれない。娘にはこの国の正統な後継者であることを堂々と示してやりたい。親子の関係を広く公知する背景には、公言出来ない自身の苦しみやトラウマも影響しているように思える。
 以上、キム・ジュエ氏に関する諸説を取り上げた。情報の乏しさから現段階で確たる結論を導くことは困難だが、正規の継承手続き問題は別にして、少なくとも金正恩氏自身は愛娘ジュエ氏を自らの後継者に据えたいという強い思いを抱いているように思える。北朝鮮の今後の政治体制の在り方とも関係する問題であり、引き続き注視していく必要があろう。

2.朝露の急接近

 二つ目の変化は、昨年9月の金正恩朝鮮労働党総書記訪露に象徴される北朝鮮とロシアの急速な接近の動きである。東西冷戦が終わり後ろ盾としていたソ連が崩壊して以降、北朝鮮は中国への依存を強めてきた。金正恩総書記が最高指導者になって初めて訪問したのは中国であり、トランプ政権と米朝協議を行なった際も、金総書記は何度も中国を訪れて習近平国家主席と会談している。その後北朝鮮はコロナ感染拡大で国を閉ざすが、23年8月、約3年7カ月ぶりに国境の開放に踏み切るや、その直後に金総書記は中国ではなくロシアを訪問した。この動きの背景に何があるのか。まずは建国以来の朝露関係を確認したい。

朝露関係の推移

 太平洋戦争末期、日ソ不可侵条約を破り満州に攻め込んだソ連軍は朝鮮半島北部にも進出、スターリンは満州で抗日パルチザン活動をしていた金聖柱という男を当時朝鮮人の間で人気の高かった金日成将軍に仕立て上げ、1945年8月ソ連の軍艦に乗せて元山に送りこんだ。3年後の48年9月、ソ連支援の下に北朝鮮が建国され、金日成は首相に就任。ソ連の傀儡国家として誕生した北朝鮮は、朝鮮戦争でも武器の提供や中国の事実上の参戦にあたりソ連の支援を受けた。
 その後、中ソ対立が強まると金日成は自主独立の路線を打ち出し、両国の争いに巻き込まれぬよう腐心する一方、中ソを競わせる形で利益を得る強かな戦略も見せた。原発建設を名目にソ連から核開発の技術を学んだのもその一つだ。1965年にはソ連の援助で寧辺に研究用原子炉が完成、またMiG戦闘機やスカッドミサイルなどの武器供与も受けている。
 冷戦が終焉しソ連が崩壊すると、ソ朝友好協力相互援助条約は破棄された。プーチン大統領は就任直後の2000年7月自ら訪朝し、露朝友好善隣協力条約を結ぶが、ロシアの経済不振もあり両国関係に進展は見られなかった。他方、北朝鮮の対外貿易額の約9割を中国が占めるようになり、金正日総書記が何度も北京を訪問するなど北朝鮮は中国への依存を強めていく。2018年3月、金正恩氏が最高指導者就任後、最初の外遊先に選んだのも中国だった。米朝協議決裂直後の翌年4月、ロシア極東のウラジオストクで初のプーチン・金正恩会談が行われたが、北朝鮮はロシアから何らの外交成果も得られなかった。共同声明や合意文書は出されず、金正恩氏は公式行事への参加も中止して1日前倒しで帰国している。

ウクライナ戦争と朝露接近:金正恩の訪露

 冷戦後、疎遠な状態が続いた朝露関係を変化させたのは、ロシアウクライナ戦争の勃発とロシアの苦戦であった。ロシアは朝鮮戦争休戦70周年の記念日である23年7月27日、ショイグ国防相を平壌に派遣。国防相の訪朝は23年ぶり。ショイグ国防相は軍事パレードに出席したほか、金正恩総書記と会談、またともに武装装備展示会を見学するなど軍事面の結束をアピールした。
 ショイグの訪朝目的は、北朝鮮に武器弾薬の提供を求めることにあった。ロシアは戦争の長期化に伴い武器弾薬の不足に苦しんでおり、既にイランからドローンの提供を受けている。北朝鮮は旧ソ連から兵器を導入した経緯があり、現在も北朝鮮で生産する砲弾はロシアの兵器と互換性がある。北朝鮮との武器取引は国連安保理決議違反となるが、背に腹は代えられない状況にロシアは追い込まれていた。
 次いで23年9月、プーチン露大統領の招きで金正恩総書記が訪露し、同月13日ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で首脳会談が開かれた(写真4参照)。会談冒頭、金正恩氏は対露関係を最優先にすると強調するとともに、ウクライナ侵攻を支持する考えを表明。また今回の会談が両国関係を新たな段階に引き上げると語った。1時間にわたる話し合いを通じ、両国は対米共闘の強化で一致。ロシアが宇宙開発で北朝鮮を支援することで合意した。


 会談の内容は非公開で共同声明も発表されなかったが、軍事協力が議題となったことは間違いない。会談後、プーチン大統領は「(軍事協力には)一定の制約があるものの、協議・検討は可能だ」と前向きな認識を示しており、北朝鮮がロシアに武器を供与し、その見返りにロシアが北朝鮮に軍事技術を提供することで合意が成立した可能性が高い。プーチン氏は会談で「経済協力や人道問題、地域情勢について話し合う必要がある」とも述べた。また朝鮮中央通信は金正恩総書記がプーチン大統領に北朝鮮訪問を招請し、プーチン氏が受け容れたと報じた。

ウィンウィンの朝露関係

 首脳会談の結果、朝露両国は互いに利益を手にすることが出来た。ロシアは北朝鮮から協力を取り付けたことで武器弾薬不足を解消できるだけでなく、北朝鮮が対露協力姿勢を示したことで、米国の対露孤立化政策に穴を空けることも出来た。ロシアの技術供与で北朝鮮の軍事脅威が増大すれば、米国の関心が北東アジアに向き、その欧州での動きを抑え込むことにもなる。
 一方、国際的な経済制裁に加え、コロナ禍で食料事情が悪化するなど深刻な経済危機に陥っている北朝鮮は、ロシアからの食糧支援に加え、武器弾薬の提供で貴重な外貨を獲得出来る。最近北朝鮮では在外公館の閉鎖が相次いでいる。昨年10月には香港総領事館の閉鎖を中国に通知、その後、アフリカのウガンダとアンゴラ大使が離任したほか、スペイン大使館も閉鎖する方針が示された。北朝鮮は在外公館を外貨獲得の拠点に利用してきたが、国際社会からの制裁で活動が困難になったことが閉鎖の背景にある。そのような厳しい状況の中、ロシアへの武器弾薬提供の対価として外貨を得られる意義は大きいものがある。
 さらに軍事技術の提供に寄せる期待も大きい。北朝鮮は21年1月の党大会で打ち出した「国防発展5カ年計画」の5大重点目標の一つに、軍事偵察衛星の開発を掲げている。だが23年5月、8月と二度にわたり打ち上げに失敗し、金正恩氏の威信は傷ついた。ロケットエンジンの異常が原因とされ、ロシアから技術支援を受けて改善を図り、悲願の軍事偵察衛星開発に漕ぎつけたいところだ。

軍事偵察衛星の打ち上げに成功

 10月18日、ロシアのラブロフ外相が訪朝。9月の朝露首脳会談での合意事項を「詳細に検討し、履行の手順を決める」ための訪問とラブロフ氏は述べた。プーチン訪朝についても協議したものと思われる。金正恩総書記との会談では「政治的、戦略的な信頼関係に基づき、あらゆる面で二国間の連携を計画的に拡大していく」ことで一致した。
 次いで翌11月21日、北朝鮮は軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功を発表した。この成功がロシアの技術支援を受けたことによるものか否か定かでない。ロシア外務省のザハロワ報道官は、軍事協力をしたとの指摘は「根拠がない」と反発、ロシアは国連安保理の決議を順守しているとの立場を示した。だが金正恩総書記訪露の際、プーチン氏は「北朝鮮の指導者はロケット技術に大きな関心を示している」として、北朝鮮の衛星開発に協力する用意があると表明している。
 韓国の軍関係者の中にはロシアの支援を得てエンジン問題がほぼ解消したと見る向きもある。最先端の軍事技術習得のため、北朝鮮はロシアの大学や専門教育機関に派遣する学者や国内の留学生ら約30人を選抜したとの情報もあり、ロシアがどのレベルまで北朝鮮に技術を供与するのか両国の動きが注目される。

プーチン訪朝表明とロシアへの武器弾薬提供

 24年1月、北朝鮮の崔善姫外相が訪露しプーチン大統領と会談。露朝関係を「新たな全盛期」とするため、安全保障分野で緊密に協力することを再確認したほか、プーチン大統領は、北朝鮮を早い時期に訪問する用意があると表明した。プーチン訪朝が実現すれば、2000年以来となる。朝鮮中央通信は、プーチン訪朝を「戦略的かつ未来志向のロ朝関係の発展の重要な一歩になる。熱烈に歓迎し、北朝鮮の最も親しい友人を最高の誠意を尽くして迎える準備ができている」と高く評価した。
 さて北朝鮮がロシアから衛星技術の支援を受けたとすれば、その見返りである北朝鮮からロシアへの武器弾薬提供はどうなっているのか。国家情報院は、ロシアは十数回にわたり軍需物資を北朝鮮から運び込んだと見ている。韓国の申源湜国防相は2月26日、北朝鮮からロシアに入ったコンテナは約6700個で、152ミリ砲弾に仮定すれば300万発以上に相当すると発表。また砲弾提供の見返りに、北朝鮮はロシアから大規模な食糧支援を受けている事実も明らかにした。米国務省で北朝鮮問題を担当するジュン・パク副次官補も3月18日、北朝鮮はロシアに武器を積んだコンテナを1万個以上送っていると語った。
 北朝鮮がロシアに提供した武器弾薬は既に実戦で使用されている。米国務省は、ロシアが昨年12月30日と今年1月2日、ウクライナに対し北朝鮮から供与を受けた弾道ミサイルを発射したと非難する声明を発表。またウクライナのコスチン検事総長の発表によれば、昨年12月30日以降、ロシアがウクライナに使用した北朝鮮の弾道ミサイルは少なくとも24発におよび、首都キーウ、東部ハリコフ、南部ザポロジエ州などで使用され、市民14人が死亡し70人以上が負傷したという。使用されたのは短距離弾道ミサイル「KN23」で、ロシア製「イスカンデル」の北朝鮮版として知られる。G7外相は2月にドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議(MSC)で、北朝鮮からロシアへの武器移転は国連安保理決議に違反すると批判、また核や弾道ミサイル関連技術、二重用途品目がロシアから北朝鮮に流れ込む可能性に「深い懸念」を表明した。

朝露関係の今後とその影響

 朝露の接近は国際情勢にどの程度の影響を与えるだろうか。北朝鮮はロシアへの武器弾薬提供のため、国内工場をフル稼働させ最大限の増産体制を敷いているといわれる。だがその生産能力には限界があり、ロシアの求める需要を満たすのは困難と思われる。また量だけでなく武器弾薬の品質不良もウクライナ側から指摘されており、ウクライナ戦争の戦局をロシア優位とする程の効果を上げるには至らないだろう。
 一方、北朝鮮の求めに応じてロシアがどの程度の軍事技術を提供するかが大きなポイントだ。偵察衛星に対する技術提供は大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発にも活かすことが出来る。そのうえロシアが要望に応えて北朝鮮が開発を急ぐ原子力潜水艦や潜水艦発射型戦略巡航ミサイル、さらには核弾頭小型化の技術まで提供することになれば北朝鮮の軍事力は飛躍的に高まり、北東アジアの安全保障に重大な影響を与えることになる。
 北朝鮮から多くの武器弾薬を得たいため、ロシアは提供技術のレベルで北朝鮮に期待感を持たせる可能性はある。だが北朝鮮から提供された武器弾薬が期待程の効果を挙げないだろうこと、またロシアは北朝鮮の核・ミサイル開発に長年懸念を示しており、技術を提供した場合のリスクも十分に認識している。北への技術提供が米国を刺激し、また日韓に核保有や核共有の口実を与えることは望まないはずだ。そうしたことから口約束はしても、実際の技術供与については慎重な立場を維持するものと思われるが、重大な問題ゆえ油断せず、今後の朝露の動きを注意深く見守る必要がある。
 なお朝露の接近に影響され、中国もロシアと競うように北朝鮮への軍事技術供与に乗り出すのではとの見方もある。中露を競わせることは金正恩の狙いでもある。しかし中国は安保理決議に違反し国際社会から非難されることを恐れている。それゆえロシアに追随して対北軍事支援に乗り出したり、朝露中の軍事連携が一挙に進む状況にはならないと考えられる。

3.対韓政策の変更:南北統一方針の放棄と主敵化

 三つ目の変化は、対韓政策に関する方針転換だ。北朝鮮はこれまで韓国を独立した国家とは認めず「南朝鮮」などと呼んでいた。ところが昨年夏頃から「大韓民国」という正式名称も使うようになった。一体どのような事情があったのか?

南北関係の方針転換:「特殊関係」から「国家間関係」へ

 金与正朝鮮労働党副部長は昨年7月10、11日に発表した談話の中で、韓国を「大韓民国」と表記した。与正氏の談話は、朝鮮半島周辺を飛行する米軍の偵察機を非難する内容で、10日の談話では「『大韓民国』の合同参謀本部が米国防総省や米インド太平洋軍司令部の報道官かのように振る舞っている」と表現。11日の談話では「『大韓民国』の軍部は直ちに口を閉ざさなければならない」などと警告した。いずれも北朝鮮が強調する際に使うカギ括弧付きであった。韓国統一省によれば、北朝鮮は過去に第三者の発言やメディアの内容を引用する際に「大韓民国」と表現したことはあるが、公式の談話で「大韓民国」と呼んだのは今回の与正氏が初めて。7月20日には強純男国防相も米戦略原子力潜水艦の釜山寄港を非難する談話の中で、5回にわたり「大韓民国」と呼んだ。
 南北基本合意書(1992年)は、南北関係を「国と国ではない統一を志向する過程の特殊関係」と明記している。今回、北朝鮮がこれまでの「南朝鮮」の呼称を用いずに正式な韓国の国名を用いたのは、韓国を「同じ民族の統一対象」ではなく自分たちと敵対する「別の国」と見る認識、即ち「特殊関係」から一般の「国家間の関係」に変えようとする意識が反映されているとの分析が出ている。そうだとすれば、金正恩政権は“建国の父”故金日成主席以来の統一政策を転換、放棄したことになる。
 韓国では2022年5月に保守系の尹錫悦政権が誕生した。同政権は日本や米国と連携して北朝鮮に圧力をかけ、非核化に向けた措置を取るよう強く求めている。尹政権が打ち出したこの対北強硬姿勢に北朝鮮は強く反発、態度を硬化させ南北関係は冷却化した。昨年8月9日に平壌で開かれた朝鮮労働党中央軍事委員会の拡大会議で北朝鮮は、「戦争準備を攻勢的に進める」方針を決定した。この会議では「有事に敵の攻撃を圧倒的な戦略的抑止力で無力化させ、同時多発的な軍事的攻勢を講じる」ための方法が討議され、金正恩総書記は「戦争抑止力の手段の拡大とより多くの保有」を指示したと朝鮮中央通信は伝えた。南北の「特殊関係」から敵対する「国家間の関係」への変化は、こうした金正恩政権の対南敵視姿勢と関係しており、韓国に対する敵対姿勢は日増しに強まっている。

南北軍事合意の全面停止

 韓国軍合同参謀本部は11月20日、軍事偵察衛星の打ち上げ準備を進める北朝鮮に対し、「打ち上げを即時停止するよう厳重に警告する」声明を発し、打ち上げを強行すれば対抗措置を採ることを予告した。しかし打ち上げが強行されたため、韓国は2018年9月に南北が署名した軍事合意を一部停止させた。合意では軍事境界線から最大40キロ以内の航空機の飛行を禁じるが、韓国軍は同空域での偵察・監視活動再開に踏み切ったのである。北朝鮮が軍事境界線近くに大量に配備するロケット砲を韓国軍は警戒しているが、北に融和的な文在寅政権の下で署名された南北軍事合意によって、偵察・監視活動が制限された。これに韓国軍部が不満を持っていたことが、偵察・監視活動復活の背景にある。
 これに反発した北朝鮮国防省は11月23日声明を発表し、南北合意で停止していた全ての軍事的措置を再開すると宣言。軍事境界線付近に強力な武力や新型の軍事装備を配置すると表明した。そして合意後に撤去していた韓国側と1キロ以内に近接する監視所11か所を全て元に戻し重火器を運び込んだほか、板門店の共同警備区域(JSA)では、非武装化の合意を反故にし、北朝鮮警備兵は拳銃携帯を再開した。また北朝鮮軍は朝鮮半島西側の黄海沿岸に配置する大砲の数を増やすなど緊張を高める動きを見せている。

南北は敵対する交戦国の関係に変化

 さらに昨年末開かれた朝鮮労働党中央委員会総会で金正恩総書記は、南北分断後、長きにわたって掲げてきた「祖国統一の思想と路線の放棄」を宣言し、対南政策を根本的に転換する考えを明らかにした。金正恩総書記は、韓国とは「敵対的な国家関係、戦争中の交戦国関係」にあると主張し、「大韓民国」のカギ括弧も外された。
 また金総書記は今年1月軍需工場を視察した際、韓国を「我々の主敵」と断定し「我々の主権と安全を脅かそうとするなら躊躇なく完全に焦土化する」と語った。さらに同月15日に開かれた最高人民会議では、憲法を改正し、韓国を「第一の敵対国、不変の主敵」と位置づけるべきだと述べるとともに、南北対話の窓口機関である祖国平和統一委員会など3機関の廃止や南北統一への努力を象徴する「祖国統一三大憲章記念塔」の撤去も決めた(写真5参照)。韓国敵視の姿勢を誇示するため、北朝鮮は同月、3日連続して黄海上の北方限界線付近で激しい砲撃を実施したほか、昨年後半からミサイル発射の動きも活発化させている。さらに3月には米韓合同軍事演習「フリーダム・シールド(自由の盾)」に対抗し、ソウルへの奇襲攻撃を想定した訓練を実施するなど半島の緊張が高まっている。

緊張高める北朝鮮の狙い

 北朝鮮がミサイル戦力の強化を急ぐとともに、韓国をもはや同民族ではなく「第一の敵国」と扱い、核攻撃も辞さない強硬な構えを見せるのは、国内・外両面の事情や思惑が関わっている。対外的には、今年11月の米大統領選挙と4月に実施される韓国総選挙を強く意識した動きと言える。
 即ち、核・ミサイル戦力の強化で米国に対し、また統一対象とはせず倒すべき主敵と捉えることで韓国に対する敵対姿勢を強め、危機と緊張を煽ることで4月の総選挙で尹政権に打撃を与える。同胞ではなく主敵と位置付ければ、核攻撃への躊躇心は低下する。最近北朝鮮が韓国攻撃を目的とした戦術核兵器の開発を急いでいることとも相俟って、韓国への恫喝を高める狙いが読み取れる。さらに秋の米大統領選挙でトランプ政権が誕生することを想定し、米本土核攻撃の脅威と南北関係の緊張を以て、バイデン政権下で停滞したままの米朝協議の再開を狙っていると思われる。そして制裁の解除と北朝鮮の核保有国としての立場を米国に認めさせるとともに、韓国抜きで米朝二国間による半島の平和や非核化(米朝核軍縮)の協議を始動させ、さらには米国から経済援助を引き出そうとの思惑も見て取れる。
 つまり、対韓敵対姿勢の強調は真に戦争を決意してのものではなく、対米交渉を軌道に乗せるための条件作りと考えられる。最近の北朝鮮の挑発的な動きを見て、金正恩総書記は対南戦争を決意したと主張する研究者もいる。かつて米朝交渉に関わった米国務省の元高官ロバート・カーリン氏と核科学者でロスアラモス研究所元所長のジークフリード・ヘッカー博士は共同で北朝鮮専門メディア「38ノース」に寄稿し、朝鮮半島の状況は1950年6月初め以来、最も危険な状況にあり、「何時どのように引き金を引くかは分からない」としながらも「金正恩の祖父が1950年にそうしたように、金正恩は戦争をする戦略的決断を下した」との分析を示した。またジョージタウン大学のロバート・ガルーチ名誉教授は外交安保専門誌「ナショナル・インタレスト」への寄稿で、「2024年北東アジアで核戦争が起きる可能性も念頭に置くべきだ」とし、北朝鮮が実際に核兵器を使用する危険があると警鐘を鳴らしている。
 しかし、米韓の軍事同盟に対抗する力は北朝鮮にはない。米国相手に戦争を仕掛けることは北朝鮮の壊滅を招くだけで、そのような自滅的な選択を金総書記が選ぶとは考え難い。今後、韓国の総選挙が迫れば短距離弾道ミサイルの発射や2010年の延坪島砲撃のような韓国に向けての砲撃やサイバー攻撃、ドローンの越境飛来など南北境界線付近でこれまでより強い挑発的行動に出る事態は想定される。だがあくまでそれは一定のレベルまで脅威を高め危機を煽ることで米国を交渉の場に誘い出す糸口作りであり、第二の朝鮮戦争勃発を意図したものではない。脅威を煽り過ぎれば、逆に米韓日の結束を強めさせるだけだからだ。北に強硬な姿勢をとる尹政権だが、力には力で対抗、報復し、事態を大規模紛争に発展させてはならない。エスカレーションラダーを引き上げる北朝鮮の戦略に動揺し、不用意に反応することなく、北の動きを注視、警戒しつつも冷静に対応する必要がある。

体制存続のための統一方針放棄

 いまひとつ、北朝鮮が「特殊関係」を放棄し韓国を主敵化した背景には、韓国の影響力の増大という国内の深刻な事情も関わっている。金正恩総書記は「『政権崩壊』と『吸収統一』の機会だけを伺う一味を、和解と統一の相手とみなすのは、これ以上、我々が犯してはならない錯誤」だと述べ、韓国を統一の対象としない方針を示した。これは金日成国家主席以来の北朝鮮の基本方針の放棄を意味し、極めて大きな政策転換となるが、金総書記がここまで思い切った政策を打ち出さねばならない程、現在の北朝鮮は韓国から入り込む情報に影響、翻弄され、自らの社会体制維持が難しくなっている。そのため韓国を自分たちとは異なる別の国と位置づけ、南北間の距離を置くことで北朝鮮の体制引き締めを図ろうとしているのだ。
 かって北朝鮮はその武力や経済力を梃子に力づくで韓国を取り込み、北朝鮮優位の統一を考えていた。だが1960年代後半を境に南北の力関係が逆転、以後時代が下るにつれ、経済力などで韓国が北朝鮮を大きく引き離していった。追い込まれた北朝鮮は「高麗民主連邦共和国構想」を発表(1980年)、「自主・平和・民族大団結による統一」のスローガンの下、一民族・一国家・二制度・二政府の下での連邦制による統一を主張するようになる。これは韓国が北朝鮮より経済的に優位に立ち、また北朝鮮が韓国を武力で併合する可能性が遠のいた現実を踏まえ、政治面(連邦議会)で北朝鮮が優位に立ち統一をめざす構想だった。
 しかし冷戦終焉後、北朝鮮の置かれた環境はさらに悪化し、今や統一の対象相手として韓国を身近に据えることさえ厳しくなってきた。同胞の国だが韓国は北朝鮮とは別の異なる国と国民に説いても、韓国からの情報が国内に大量に入り込み、それに影響され北が南に吸収されかねない状況が生まれている。先に紹介した脱北者意識調査によれば、北朝鮮で中国や韓国のドラマなどの映像を見たことがある人は2016年以降の脱北者の83.3%に上り、厳しい統制下でも北朝鮮の人々が南の情報に強い関心を持っている現状が明らかになった。
 そのため北朝鮮当局は2020年に反動思想文化排撃法、翌21年に青年教養保障法、さらに23年に平壌文化語保護法を相次ぎ制定し、外部からの思想や文化、政治に関する情報を国民から遮断、遠ざけようと躍起になっている(3)。だがスマートフォンやインターネットの普及など通信手段の発達で、いくら規制をかけても自由諸国からの情報を途絶させることは不可能に近い。ビジネスなど経済でも南の影響は強まるばかりだ。脱北者調査では、禁止されている私的な経済活動を行う人が増え、それに伴い計画経済に否定的な意見が増加している。12年以降の脱北者の約7割が主な所得源が「非公式所得」と回答。以前はチャンマダン(野外市場)での小売業が主体だったが、近年では密貿易や農業、貸金業、飲食業などに広がり多様化している。また16〜20年の脱北者の46.2%が住宅の売買や譲渡の経験を持つなど北朝鮮でも市場経済が拡大している。
 経済での劣勢に加え、核兵器の威力をいくら高めても現実には使い難く、通常戦力では米韓同盟に敵わない。そのため北朝鮮の韓国に対する影響力は減退している。他方、情報の流入で国内の“韓流化”は進む一方で、このままでは北は南に吸い寄せられかねない。こうした危機感から金正恩総書記は、南北統一の大看板を投げ捨て、韓国の影響圏から離れることで世襲と独裁の北朝鮮社会主義体制を維持しようと考えているのではないか。南北統一政策の放棄、それは敵対関係を強調し米朝協議を再起動させる外交カードであると同時に、北朝鮮の体制存続を図る手段でもあるのだ。

4.総括:北朝鮮の動きの背後に見えるもの

 娘をメディアに登場させ権力世襲の動きを見せる一方、疎遠だったロシアに接近、さらに南北を統一から敵対の関係に転じた北朝鮮。一連の動きの共通項は何か。経済に苦しみながら核やミサイルなど軍事力に異常なまでに傾斜する北朝鮮の特異な政策を説明する際、よく用いられる言葉に「生き残り」がある。近年における北朝鮮の行動も、世界から孤立し、経済発展から取り残されたこの国が、追い詰められた厳しい状況から抜け出すための「生き残り」を賭けた戦略と見ることもできよう。「生き残り」には、「決死」や「必死」、あるいは「苦し紛れ」といったニュアンスが伴う。
 しかし、金正恩総書記は国際情勢を冷静に見極め、合理的な政策判断が出来る人物だ。破れかぶれや「一か八か」の非情理、非合理で愚かな決定を犯す指導者ではない。また社会主義を掲げながら、それと矛盾する一族権力世襲の政治体制を維持していく厳しさを十分に承知している。それゆえメディアを活かしたキム・ジュエ氏お披露目戦略も、その効果を慎重に計算したうえでの試みと見るべきだ。対露接近はロシアの窮状を利用し、食糧や外貨、技術を獲得するだけでなく、中国に加えロシアも取り込むことで、トランプ新政権誕生後の対米交渉を有利に進めるための戦略といえる。
 南北の緊張激化も対米交渉を動かすカードの一部になっているが、それだけではない。北朝鮮が韓国に引き寄せられつつある危険を直視し、自らの体制を守り抜くため敢えて南北統一の看板を降ろしたのだ。いずれも内外の状況を正確に読み取っての戦略であり、生き残りのための苦し紛れの政策と簡単には片づけられない。
 計算された北朝鮮外交の動きは、最近の対日政策にも見て取れる。能登半島地震に際し、金正恩総書記から岸田首相に宛てて見舞いのメッセージが届いた。また金与正副部長は、拉致問題解決を前提に、日本が行動を起せば岸田周首相の訪朝も不可能ではないとのコメントを発表した。北朝鮮側の狙いは、日米韓の連携に楔を打ち結束を乱すこと、支持率低下に苦しむ岸田首相に態勢挽回の切り札として訪朝を呼びかけ、日本から経済支援を引き出すこと、さらには米朝協議再開を目指し、疎遠となった米朝のパイプを埋めるため日本を米国との仲介役に利用する意図も込められていよう。
 北朝鮮の狙い通りに進むかどうかはともかく、その対日政策も日本側の事情を把握し冷徹な計算に基づいたものといえる。その時々のムードや雰囲気に流されやすいのが日本外交の欠点だ。我が国としては、北朝鮮の思惑を冷静に読み解き、米韓両国とも緊密に連携を図り、慎重に北との接触を図るべきである。

 

注釈

(1)金正恩氏の妻李雪主氏の別の思惑を指摘する向きもある。金正恩氏には母親違いの兄金正男がいた。本来なら正男氏が金正日氏の跡を継いでも可笑しくなかった。だが金正男氏の母、成蕙琳氏は、金正日総書記の愛情が金正恩氏らの母高英姫氏に移ったことで苦しみ、最後は療養先のモスクワで病死。息子の金正男氏も一時周囲から後継者と目されたが、東京ディズニーランド訪問で問題を起こし、最後は非業の死を遂げた。この事件のように、金正恩氏の愛情が自分から離れ別の女性に移ることを不安視する李雪主氏は、自らが最高指導者の愛情を受けている間に娘の後継者としての地位を固めておきたいとの思いからジュエ氏をメディアデビューさせたとの推察である。こうした李雪主氏の意向が世襲問題を考える夫に影響を与えたかもしれない。

(2)金正日氏と映画女優成蕙琳の間に生まれた金正男氏は、金敬姫・張成沢夫妻のとりなしを受け金日成から初孫として認められ可愛がられた。一方金正恩や金正哲、金与正氏らは金正日氏と愛人の高容姫氏の間に生まれた子で、祖父は二人の結婚を許さず、金正恩氏らを孫と認めず面会も許されなかった。そのうえ金正恩氏らは母親と共に平壌から離れた元山市での生活を強いられ、またスイス留学という形の国外生活で日陰の存在を強いられた。金正恩氏は早くから正統な後継者と見られていたわけではなかった。

(3)反動思想文化排撃法は、「反動的な思想文化、反社会主義思想文化の流入、流布を防ぐ」のが目的。国境、出版・宣伝物、電波・インターネット、ビラを通じた流入・流布を遮断することを義務付け、コンピューター、記憶媒体、テレビ、ラジオ、コピー機、印刷機、携帯電話などを使った視聴や流布を禁じる。違反者には罰金刑から5年以上10年以下、さらに無期の労働教化(懲役)刑が科せられる。青年教養保障法は韓流の影響を受けやすい青年層の取り締まり強化が目的。平壌文化語保護法は、映画やドラマの影響で韓国語を真似る風潮が広がったため、これを禁止する措置だ。『世界日報』2023年2月6日。

(2024年3月18日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
軍事力強化をさらに進めながら、国際情勢の大きな変化の中で北朝鮮は、さまざまな政策を展開している。ロシアとの連携を深めつつ、対韓国、統一政策の大きな転換を見せる中、今後の朝鮮半島情勢を展望する。

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