豊かな子育てを楽しむ環境づくり

豊かな子育てを楽しむ環境づくり

 いま、子育て家庭に対する経済的支援のあり方が大きな政治課題になっている。若年層も含めて、結婚や出産に関わる世代に対する経済的な支援は必要であるが、それだけでは十分ではない。いまの日本にとって最も欠けているもののひとつが、豊かな人間関係のなかで子どもを育てることのできる社会のあり方である。

お雇い外国人が見た明治の子育て

 大森貝塚を発見したことで知られるエドワード.S.モースが、明治初期の庶民の日常生活の見聞を文章とスケッチの形で『日本、その日その日』(平凡社・東洋文庫・石川欣一訳)という本に残している。
 モースは「子どもを背負うということは、至るところで見られる。・・・・私は世界中に日本ほど赤ん坊のために尽くす国はなく、また日本の赤ん坊ほどいい赤ん坊はいないと確信する」と激賞した。どんな仕事場にも、親に背負われたり兄姉に連れられて子どもたちがおり、社会のなかで赤ん坊時代を過ごした後に子どもは働き始めると記している。そして、自分の故郷である米国ボストン近郊と比較し、「日本が子どもたちの天国だということである」と言明している。

インドネシアの農村部で垣間見た地域での子育て

 1980年代に、インドネシア・北スマトラ州の国際協力機構(JICA)プロジェクトにおいて、小児科医として農村に入り込んで2年間にわたり仕事をした。
 インドネシアの赤ちゃんはほとんど1日中、だれかに抱かれていた。昼間は布を天井から吊した簡易ハンモックの中で寝ることが多いが、泣くと、親、兄弟、近所の人など、だれかがハンモックを揺らしてくれる。赤ちゃんにとっては、泣けばだれかがやってくるのだから、経済的には貧しくても小さな王子様のような暮らしぶりであった。
 赤ちゃんが1歳を過ぎてひとりで歩き始めると、本格的に子どもたちの仲間入りである。疲れたり泣いたりしたときはお兄ちゃんやお姉ちゃんにおんぶされることもある。やがて年長になるにつれ、今度は集団のなかの幼い子どもたちの面倒をみることを覚えはじめる。いろんな年齢の子どもたちの集団の中では、ときには母親顔負けの肝っ玉母さんの役割が与えられ、あるいはしっかりしたお姉さん、場合によっては甘えん坊でいることも可能だった。
 子どもの発達に関わる小児科医として、子どもの成長によって役割が自在に変化することのできる自然発生的な異年齢集団のすばらしさを教えられた。
 子どもにやさしいまなざしを注ぎ、子育て家庭を温かく支えるために何が必要なのか、政策とコミュニティの役割から考えてみたい。

子どもにやさしいまなざしの子育て環境

 政策面では、やさしいまなざしの欠如は細かな配慮の不足から生じる。保健医療政策学では「悪魔は細部に宿る」といわれる。些細な面での綻びが政策全体の劣化につながるのである。
 日本のすばらしい発明のひとつである母子健康手帳を例にとってみよう。母子健康手帳は普及率がほぼ100%で、予防接種や乳幼児健診の記録が詰まったすぐれものである。しかし、その体重増加曲線は、体重1キログラムから目盛りが始まっている。出生体重1000グラム未満の超低出生体重児の親にとっては、わが子の出生時の体重を記録するスペースさえ存在しないのだ。親としてグラフ外に体重を書き込まざるをえない悲しみを理解すべきである。母子健康手帳という世界で絶賛されるシステムが、体重のグラフの目盛りで親を不快な気持ちにさせてしまうのである。
 このような齟齬が生じる大きな要因は、政策決定の場に、女性や障がい者や子どもなど当事者の声が反映されるシステムになっていないためであろう。今後は、当事者の声を十分に取り入れ、子育て支援を社会全体で行っていくための政策提言が必要であろう。
 コミュニティの関わりの要因も大きい。海外で子育てしている日本人家族が一時帰国したときに、日本社会の冷たさを痛感するという。バギーを押しながらバスや電車に乗るときに、手助けしてくれる人が少ない。それどころか、乗り降りに時間がかかると、一斉に冷たい視線を感じるという。こども園など公的な施設が建設される際にも、近所の住民から迷惑施設であるという声があがるのが日本社会である。子どもたちの天国だったはずの日本が、いつの間にか、子どもたちの居場所が社会から見えなくなってしまったのだ。
 インドネシアの農村部でみたように、子どもたちは成長とともに、さまざまな年齢の子どもと出会い、親戚や近所の大人たちと交流するなかで、自我を確立していた。いまの日本の子どもたちは、同年齢集団以外とのつきあいがあまりにも乏しく、何か問題を生じたときには簡単に孤立してしまいやすい。子どもは家庭のなかだけで育つのではない。また、親だけが子どものケアをしているのではない。あたりまえのことだが、子どもが健全に育つには、コミュニティという地域社会が必要なのだ。

地域社会再構築の試み

 地域のなかで、高齢者と乳幼児を別個にケアする体制ができあがってしまっていることも大きな要因であろう。異年齢の子どもたちが交流できる場、さまざまな大人たちと意見を交わすことができる場、そして、高齢者と子どもたちが相互に交流できる機会を地域のなかで意識的に醸成していく必要があろう。明治初期の日本社会に時計の針を戻すことはできない。しかし、豊かな人間関係のなかで子どもを育てることのできる地域社会を再構築する試みは可能である。
 日本の小さな地域では、子育てしやすく子ども数が増えているところも少なくない。例えば、長崎県五島である。2019年に五島市を訪問したときは、お母さん方も医療者も、みんなが声をそろえたように、子育てしやすい環境だと言っていた。2017年の合計特殊出生率(TFR)は1.93(当時の全国平均はわずか1.43)。多産傾向が強く、新生児のうち9人にひとりは第4子以上であった。
 小さなモデル地域の成功例を全国展開する手法は、国際協力における常套手段である。国内だけを注視するのではなく、アジアやアフリカで日本の国際協力が行ってきた経験や知恵をつぎ込めばいい。小さな地域社会での成功例をいくつか抽出して全国的に横展開することにより、子どもたちの天国だった日本を取り戻すことは、いまならまだ間に合うかもしれない。

(『EN-ICHI FORUM』2023年5月号より)

政策コラム
中村 安秀 公益社団法人日本WHO協会理事長
著者プロフィール
東京大学医学部卒。小児科医。国際協力機構(JICA、インドネシア)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR、アフガニスタン難民医療担当官)など途上国の保健医療活動に取り組む。東京大学小児科講師、ハーバード大学公衆衛生大学院研究員、大阪大学教授、甲南女子大学教授等を経て現職。国立看護大学校特任教授、NPO法人HANDS代表理事、世界小児科学会常任委員、国際ボランティア学会会長、国際母子手帳委員会代表、国立国際医療研究センター理事などを務める。著書に『国際保健医療のお仕事 第2版』『医療通訳士という仕事』他。

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