安全保障関連3文書改定と防衛政策の大転換

安全保障関連3文書改定と防衛政策の大転換

2023年2月3日
はじめに

 政府は2022年12月16日、外交・防衛政策の基本方針「国家安全保障戦略」など安全保障関連3文書を改定し、閣議決定した。「国家安全保障戦略」は外交・安保政策の基本方針で、2013年12月に安倍政権によって策定された。今回が初の改定となった。また今回の改定では従来の「防衛計画の大綱」は「国家防衛戦略」に、「中期防衛力整備計画」は「防衛力整備計画」に改められた。
 「防衛計画の大綱」は1976年(昭和51)に初めて作られ、これまでに6回策定された。2013年の改定では、3自衛隊を連携して運用する「統合機動防衛力」の構築が、18年では、宇宙、サイバー空間、電磁波を含む全領域の自衛隊の能力を融合させる「多次元統合防衛力」の構築がそれぞれ明記された。今回の改定では、米国と同じ名称となる「国家防衛戦略」に改め、戦略的な側面が重視された。
 さらに、防衛装備品の5年間の調達計画を定めた「中期防衛力整備計画」は対象期間を10年間とし、名称を「防衛力整備計画」に変更された。
 この3文書改定の全体像を掴んだうえで、特に「国家安全保障戦略」を中心に、日本の安全保障政策がこれまでとどのように変化したのか、またその政策変化の意義や課題、問題点などについて纏めてみた。

1.改定を必要とした背景:厳しさを増す国際環境

 今般、3文書の改定が行われた背景には、近年における国際情勢の厳しさが深く関わっている。なかでも、日本に近接する大国の中国が日本の安全保障環境を最も不安定化させている。建国百年となる2049年までに米国を凌ぐ世界最強の国家となることを目標に掲げる中国は、経済成長をバックに年々軍事力を強化しており、日本を射程に収める弾道ミサイルは2千発に上っており、中国海軍の艦艇数は米海軍を上回るようになった。
 こうした軍備の増強を背景に、南シナ海では環礁を不法一方的に占拠し軍事基地建設を強行している。また東シナ海では我が国尖閣諸島に対する威嚇行動が急増している。昨年尖閣諸島周辺で中国海警船は28回にわたり領海侵犯を繰り返したほか、接続水域内での航行日数は336日と2012年の尖閣国有化以来最多を記録、さらに日本漁船に異常接近するなど軍事的な圧力を強めている。
 また中国の台湾への武力行使の懸念が高まっている。昨年8月に中国が台湾周辺で実施した大規模軍事演習では、中国の発射した弾道ミサイル5発が日本の排他的経済水域に落下する事態も起きている。習近平主席は台湾併合を決して断念しないと明言しており、台湾に対する武力行使が行われれば、沖縄や南西諸島が戦場となる危険性は極めて高い。台湾有事はまさに日本有事の様相を呈するであろう。台湾の安全が脅かされれば日本のシーレーンは寸断され、開かれた海洋秩序も脅かされるなど世界的な危機となることは明白である。
 中国と並び、弾道ミサイルの発射とその技術の進展が著しい北朝鮮も、日本の大きな脅威である。北朝鮮は昨年、過去にない異例の頻度で弾道ミサイルなどの発射を繰り返した。弾道ミサイル発射は33回(ミサイル発射回数は36回)で発射した弾道ミサイルは約70発に達し、日本の防衛省が過去最多とする2019年の25発を大幅に上回った。
 昨年12月の朝鮮労働党中央委員会拡大総会で金正恩総書記は「一層激高した闘争戦略をたてる」と強調した。核・ミサイル開発のさらなる加速化や、7回目の核実験に踏み切ることも懸念される。
 次にロシアだが、昨年2月ウクライナに侵攻したロシアは、北方領土を含む東部軍管区で大規模軍事演習を実施するなど極東方面でも軍事的な威嚇を強めている。プーチン大統領は昨年7月31日、北西部サンクトペテルブルクで「ロシア海軍の日」を記念する軍事パレードを視察した際の演説で、北方領土周辺海域は戦略的に重要であり「あらゆる手段を使って確実に守る」と述べた。また千島列島に対艦ミサイルを配備するなど武装化を進めている。
 さらに国際的な孤立に陥っているロシアは中国との軍事的な連携を強化しており、中露海軍の艦艇が日本周辺海域を一体となって航行する様子が初めて確認されたほか、中露の爆撃機が日本周辺の上空を共同飛行するなど、日本列島周辺での艦艇や航空機の活動を活発化させている。そのうえ対露制裁に加わったことへの報復として、ロシアは平和条約交渉の停止を通告するなど日露関係は冷え込んでいる。
 日本周辺諸国の対日姿勢が厳しさを強める一方、米国の影響力の相対的な低下は否めない。日本はこれまで以上に自らの安全保障を自らの手で確保する必要に迫られており、また米国の同盟国である日本が東アジアの安保のために米国を補い応分の負担をする必要も高まっている。こうした情勢を踏まえこれまでの安保政策策定を大きく見直しその抜本的な強化に乗り出す必要があった。

2.改定のポイント

(1)国家安全保障戦略

 改定された「国家安全保障戦略」では、安全保障政策の基本原則として「国際協調を旨とする積極的平和主義の維持」「自由、民主主義、基本的人権の尊重等の普遍的価値の維持・擁護」「平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国 とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針の堅持」「拡大抑止を含む日米同盟を安全保障政策の基軸とする」「同志国との連携、多国間の協力の重視」の五つの柱を掲げた。
 我が国を取り巻く安全保障環境については、「世界の歴史的な転換期」にあり、「わが国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している」と現状を捉えたうえで、北朝鮮については「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」と説明。脅威の認識を一段引き上げた。中国については「脅威」との表現は避けつつも、「対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり(中略)これまでにない最大の戦略的な挑戦」とし、ロシアは「安全保障上の強い懸念」と位置づけた。中露については周辺大国への配慮を示した表現となっているが、実態は日本への脅威であることに変わりはない。
 こうした環境変化に対処するための戦略的アプローチとして、日米同盟の強化や日米豪印(クアッド)等の取組を通じて自由で開かれた国際秩序の維持・発展と同盟国・同志国等との連携強化、ODAの活用などを列挙。そして安全保障の軸となる防衛政策については、「防衛力の抜本的な強化」に取り組むこととし、領域横断作戦能力、スタンドオフ防衛能力、無人アセット防衛能力を強化するとともに、特に近年高まるミサイル脅威については、弾道ミサイルの脅威に既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなっている現状から、飛来するミサイルを防ぎつつ、さらなる攻撃を防ぐための「反撃能力」の保有を打ち出した。
 それまで敵基地攻撃能力と呼ばれていたものを反撃能力と呼び、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の3要件に基づき、必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とするスタンドオフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と定義した。
 そして2027年度に防衛費と関連経費を合わせた予算水準を現在の国内総生産(GDP)比2%に増額する方針を掲げたほか、自衛隊と海上保安庁との連携強化も挙げている。
 また総合的な防衛体制の強化策として、研究開発、公共インフラ整備、サイバー安保、同志国との国際協力の4分野の推進がうたわれた。さらに、我が国の防衛装備品の研究開発・ 生産・調達の安定的確保のためには防衛生産・技術基盤の強化は必要不可であるとする。また現状変更の抑止や我が国にとって望ましい安全保障環境創出のため、防衛装備移転三原則やその運用指針をはじめとする制度の見直しを検討するとした。
 このほか、軍事と非軍事、有事と平時の境目が曖昧になり、ハイブリッド戦が展開され、グレーゾーン事態が恒常的に生起している現在の安全保障環境において、我が国を全方位でシームレスに守るための取組として、サイバー安保、海洋安保・海上保安能力、宇宙防衛、情報能力、国民保護体制の強化等が打ち出された。
 それらのうちサイバー安保では、その能力を欧米主要国と同等以上に向上させること、脅威対策やシステムの脆弱性是正の仕組み構築、それに攻撃を未然に排除し、被害拡大を防止する能動的サイバー防御の導入などが示された。海洋安保・海上保安能力では、尖閣諸島周辺の警備を万全となすとともに、海上保安能力や海保と自衛隊の連携・協力の強化が打ち出された。
 宇宙防衛では、宇宙産業の支援・育成、宇宙の安保分野の課題と政策を具体化させ宇宙基本計画に反映させることが掲げられた。情報については、情報収集能力の大幅強化や統合的な情報集約体制の整備、偽情報対策が、国民保護体制では、南西地域を含む住民の円滑な避難計画の速やかな策定、全国瞬時警報システム(Jアラート)の情報伝達機能の強化がうたわれた。このほか、エネルギーや食糧安保、経済安全保障政策の促進、自由、公正、公平なルールに基づく国際経済秩序の維持・強化などが盛り込まれた。

(2)国家防衛戦略

 次に国家防衛戦略を見ると、防衛力の抜本的強化に当たって①スタンドオフ防衛能力 ②統合防空ミサイル防衛能力③無人アセット防衛能力④領域横断作戦能力⑤指揮統制・情報関連機能⑥機動展開能力・国民保護⑦持続性・強靱性の7分野を重視する(図1参照)。

 反撃能力の核となるスタンドオフ防衛能力については、我が国に侵攻してくる艦艇や上陸部隊等を脅威圏の外から対処する防衛力と捉え、各種プラットフォームから発射可能な長射程ミサイルや高速滑空飛翔や極超音速飛翔等の迎撃困難なミサイルを強化すべく、国産ミサイルの増産整備や外国製ミサイルの早期取得をめざすものとする。また敵のミサイル攻撃に対しても、ミサイル防衛と相まってスタンドオフ防衛能力を活用する(統合防空ミサイル防衛能力)。
 このほか、統合運用の実効性を強化するため、3自の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設することとされた。

(3)防衛力整備計画

 さらに防衛力整備計画では、主要事業として、スタンドオフ防衛能力については長射程ミサイルの量産取得や米国製トマホークの導入、統合防空ミサイル防衛能力ではイージス・システム搭載艦の整備、無人アセット防衛能力では、無人機の整備が挙げられた。また宇宙作戦能力を強化するため、航空自衛隊は航空宇宙自衛隊と改められる。
 そして所要経費は23年度から27年度の5年間における本計画の実施に必要な防衛力整備の水準に係る金額は、43兆円程度とされた。

3.論点と課題

 3文書で盛り込まれている内容は非常に広範多岐にわたるため、本稿ではその中でも特に重要な幾つかの論点に絞って考察を加えることとする。

(1)脅威認識について

 これまでの国家安全保障戦略では中国の対外姿勢や軍事動向などは我が国を含む「国際社会の懸念事項」と捉えていたが、今回の改定では「国際社会の深刻な懸念事項」と表現を改め、「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と記した。米国は2022年10月に公表した国家安保戦略で中国を「米国の最も重要な地政学上の挑戦」と位置づけており、それと平仄を合わせている。だが、中国から距離の相違がある米国と日本の対中脅威感は同じではない。自民党内には「脅威」という文言を使うべきだとの主張があったが、結果的に慎重な立場の公明党が難色を示し、上記の表現に落着したといわれる。
 また防衛戦略でも、日本の排他的経済水域(EEZ)内に中国のミサイルが落下したことを重大視し、「我が国および地域住民に脅威」と記述されていたものが、これも公明党の意見を容れ、「脅威」を残しつつも「我が国および」が削除されたという。しかし「(特定)地域住民の脅威」であってもそれは国家の脅威にほかならず、論理的に不自然な表現となっている。更に北方領土周辺のみならず中国と連携して日本周辺海空域で威嚇的な軍事行動を繰り返しているロシアについても、「脅威」とはされなかった。
 中露という周辺大国への刺激を恐れたためと思われるが、両国、中でも中国が現実的に日本に対する重大な脅威となっていることは否定できない。今回改定された3文書では、これまでの防衛政策を転換させ、防衛力の抜本的強化を打ち出している。そのような思い切った政策転換に踏み切ったのは、北朝鮮も含め中露の軍事動向に対する懸念の高まりに起因していることを考えれば、3文書で示された周辺諸国に対する緩やかな脅威認識は文書全体の整合性の面で問題があるように感じられる。

(2)反撃能力について

 前回の国家安全保障戦略では、安倍元総理が提唱した「積極的平和主義」の概念が前面に打ち出され、またそれを具体化するための施策が体系的に記載されていた。それに比して今回改定された国家安全保障戦略では、安全保障政策に対する特徴的な哲学やコンセプトは影を潜め、それに代わり「反撃能力」の保有を強調したものとなっている。
 そこで、反撃能力に関わる重要事項や課題、問題点を中心に見ていきたい。

<反撃能力の行使時期>

 「他に手段がない時に誘導弾などの敵基地を攻撃することは自衛権の範囲」で憲法上許されるとの政府解釈(昭和31年の国会答弁)は既に固まっているが、これまでは政策的判断からそのための防衛力の保有は見合わせてきた。今回の改定では、敵基地攻撃能力を反撃能力と言い換えたうえで、そのための防衛力の保有を初めて認めたもので、戦後防衛政策の大きな転機を為すものといえる。
 反撃能力の行使時期について政府は、武力行使の三要件を満たして初めて行使出来もので、武力攻撃が発生していない段階での先制攻撃は許されないとし、国際法に違反する先制攻撃を禁じている。もっとも相手が攻撃を開始していなくても、攻撃に「着手」している段階で攻撃発生と解し、反撃能力を行使できるとの立場をとっている。ただ、何を以て「着手」とするのか具体的な基準は設けておらず、実際の反撃時期は個別の事態に応じて判断されることになろう。反撃の攻撃対象は「軍事目標」に限定されるが、ミサイルなどの基地だけでなく、司令部などの指揮統制中枢も含めるべきだ。

<反撃能力を長射程ミサイルに限定することの是非>

 今回の国家安全保障戦略の改定では、ミサイル攻撃に対する効果的な防御が難しくなったことを理由に、ミサイル攻撃に対する反撃能力の保有を認め、反撃能力を構成する防衛力の内容については、「相手の領域において我が国が有効な反撃を加えることを可能とするスタンドオフ防衛能力」とし、具体的には国家防衛戦略で長射程ミサイルを挙げている。つまりミサイル攻撃に対してミサイルで反撃するケースを念頭に反撃能力を論居ている。
 しかし、我が国に対し攻撃が加えられる場合、敵はミサイルだけでなく戦闘機や爆撃機、ドローンによる攻撃、またゲリラや破壊工作など様々な手段と兵器を組み合わせて攻撃を仕掛けてくるのが常識であり、ミサイル攻撃以外の攻撃に対して、またミサイル以外の手段で反撃する能力を認めなければ、万全の防衛体制を敷いたことにはならない。
 敵のミサイル基地を叩く場合も、長射程ミサイルだけでなく、自衛権の範囲において、戦闘機による敵基地攻撃も選択肢に含むべきであり、そのためには対地攻撃能力を持つ航続距離の長い戦闘機の開発・整備や空中給油機の増強、また戦闘機搭乗員の救難体制の整備が必要となる。
 これまで政府は、航続距離の長い戦闘機や戦略爆撃機などは「攻撃的兵器」としてその保有を否定してきた。千キロを超えるような射程距離の長いミサイルは保有できるが、敵国領内の基地を攻撃できる戦闘機の保有を許さないという理解では、戦術的な合理性を欠くことになる。長射程ミサイル以外の反撃能力の整備をどうするのか、またその場合、過去の国会答弁との関係をどう整理し直すのか、今後の政府の取り組み・対応に注目したい。
 また長射程ミサイルであれ戦闘機であれ、反撃目標の探知識別のための情報収集体制の整備も不可欠である。そのすべてを米国に依存するわけにはいかず日本独自の情報集大成の整備が急がれる。国家安全保障戦略は「情報に関する能力の強化」を挙げ、「防衛力整備計画」は、情報収集衛星・民間衛星等を活用した宇宙領域からの情報収集能力の強化や、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーション構築を挙げる。具体的な整備に向けて、早急な対応が求められる。
 さらに反撃能力の多様化の観点から、サイバー攻撃を受けたか受ける恐れがある際には、反撃手段としての能動的サイバー防御が認められるべきであり、兵員の殺傷を伴うサイバー攻撃の場合には、武力による反撃が許されてもよいのではないか。

<米中のミサイルギャップ克服と台湾有事を睨んだミサイル反撃能力>

 今回、政府が長射程ミサイルによる反撃能力の保有を認めた背景には、東アジアにおける米中間の中距離ミサイルの戦力アンバランスが影響しており、日本の長射程ミサイルの開発・整備で米国の対中ミサイルの劣勢を補う政策的意図が読み取れる。
 米国は1988年に発効した米ソ間の中距離核戦力(INF)全廃条約(2019年失効)で、射程500〜5500キロメートルの地上発射型ミサイルの保有を長らく禁止されてきたため、現在、保有していない。一方中国は、日本列島も射程に入る中距離弾道ミサイルを約2000発保有しており、しかもサイル規制のための軍備管理条約締結に応じない姿勢を明確にしている。そのため東アジア地域で米中間に存在するミサイルギャップを如何に克服するかが大きな課題になっている。
 政府はトマホークを約500発、12式改良型は約1000発を揃える方針で、極超音速ミサイルの開発も計画している。米軍が開発中のミサイルに日本の反撃能力を補完すれば、対中抑止力の強化が見込める。ミサイル部隊の配備地域も、今年3月末までに石垣島駐屯地に新たな部隊が開設され、これで沖縄本島、奄美大島、宮古島に続き4拠点のミサイル基地で中国のミサイル攻撃に対処する態勢が整う。射程の長いミサイルを多数持ち、海上で中国のミサイル攻撃を阻止するシナリオは、台湾有事を想定した対応策となっている。

<長射程ミサイルの抑止効果>

 反撃能力の保有は、敵のミサイル攻撃を抑止することに目的があると政府は説明するが、果たして反撃のための長射程ミサイルを整備するだけで、敵のミサイル攻撃を抑止できるものだろうか。
 当面の対策として米国からの取得が予定されているトマホークは既に旧世代に属し、飛翔速度は亜音速である。日本が開発・装備を計画している12式地対艦誘導弾も亜音速の巡航ミサイルだ。離島に接近する敵部隊に対する攻撃では効果が期待できても、敵が攻撃、撃破しやすい旧世代や飛翔速度の遅いミサイルだけでは遠距離にある敵領土内のミサイル基地などに対する攻撃能力は限られ、その抑止効果にも限界が伴う。反撃能力としてのミサイルに抑止力を期待するのであれば、極超音速誘導弾や航空機から発射する対地ミサイルの開発を急ぐだけでなく、弾道ミサイルの導入も今後の検討課題とすべきではなかろうか。

<懲罰抑止力保有の検討>

 そもそも通常兵力である長射程ミサイルに依拠する抑止力は拒否抑止であり、懲罰的な抑止力を持たない限り、敵の攻撃を真に抑止するうえで限界が伴う。懲罰的な抑止力を保有するには、日本独自に核武装するか、安倍元総理が提起した米国との核の共有が選択肢に挙げられる。
 北朝鮮が核ミサイル戦力のさらなる増強方針を示していることに対処するため、韓国の尹錫悦政権は、核の独自保有や米国との核共有についての論議を深めている。米国の東アジアに対する核の傘の信憑性や傘の提供の在り方について、日本も米国との間で本格的な検討を進めるべきである。その際、今回の国家安全保障戦略は非核三原則の遵守を前提としているが、抑止力の確実な確保のためには、核の共有についての論議も視野に入れる必要があるのではなかろうか。

(3)防衛費の大幅な増額について

 冷戦終焉後、日本の防衛予算は抑制を強いられてきた。例えば1988年当時、日本の防衛予算は韓国の一般会計予算を大きく上回っていたが、最近では韓国の防衛予算が日本の防衛予算を上回るようになっている。
 日本の防衛予算が低い水準で推移しつつあった時期、中国は軍事費を急増させてきた。今回、増大する脅威に対処するため防衛力の抜本的強化に乗り出し、防衛費の対GDP比を2%に引き上げる方針が打ち出されたが、安全保障を万全なものとするために必要な措置であり、また防衛予算が抑え込まれてきたこれまでの経緯に鑑みれば、ある程度の防衛費増もやむを得ない措置といえる。
 また国際情勢の緊迫から、米国や欧州連合(EU)など国防予算を増額する国が相次いでおり、国際的な責任を果たす観点からも今回の防衛予算増は必要な施策と解すべきである。
 もっとも、防衛力強化の具体的内容がまだ固まっていない早い段階からNATO並みのGDP比2%の論議が先行し、それが既定の目標に据えられるなど政治的な配慮で防衛予算の規模が決定された側面は否定できない。必要経費の積み上げというよりも防衛力強化に取り組む日本の政治的象徴として防衛予算が扱われた結果、「初めに数字ありき」の印象を国民に与えた印象は否定できない。

4.残された課題

(1)日米ガイドラインの改定

 日米両政府は、日本の安全保障政策の大転換となる敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有に関し、自衛隊と米軍の役割分担を定めた日米防衛協力の指針(ガイドライン)の早期改定を見送った。
 林芳正外相は2023年1月に開かれた日米安全保障協議委員会(2プラス2)後の共同記者会見で、「ガイドラインの見直しが直ちに必要になるとは考えていない」との認識を示し、松野博一官房長官も、現時点でガイドラインの見直しは不要と記者会見で答えている。
 反撃能力を担う長射程ミサイルの部隊配備は早くても2026年度からで、今後の自衛隊の運用体制構築の進捗状況などを踏まえて対応すれば十分間に合うとの認識があり、また現行のガイドラインは、米国の打撃力使用に関し「自衛隊は必要に応じ、支援を行える」と明記されている。これを日米の共同作戦下で日本が打撃力を使用できると解釈することも可能であり、「直ちにガイドラインを改定せずとも現行の規定で出来ることは多い」とする政府関係者の声もある。
 しかし、反撃能力は日米共同で行使することが前提とされており、日米の役割分担や連携の在り方は部隊整備を待っていては間に合わない。反撃能力を行使する目標は、陸上で固定された敵のミサイル発射拠点だけとは限らない。敵の艦艇など様々に想定しなければなるまい。標的の探知・追尾、攻撃効果の判定などは自衛隊単独では難しく、偵察衛星や無人機などを運用する米軍の協力が不可欠となる。その際、日米の間の指揮統制の在り方が問題となる。今後も同盟調整メカニズムを基本とするのか、あるいは米韓同盟のような連合司令部に似たものを立ち上げるのか、その検討は不可避である。
 日米の間では、ガイドラインを踏まえて、軍事作戦を行う際の戦闘や後方支援などに関する連携の手順を定めた共同対処計画が策定されている。この共同対処計画の早期改定を目指し日米関係当局の議論や意見交換を急ぎ、なるべく早い段階でガイドラインそのものの改定作業に入るべきであろう。

(2)防衛装備移転三原則の見直しなど

 今回改定された国家安全保障戦略では、衛装備品の海外への移転は、力による一方的な現状変更を抑止して、我が国にとって望ましい安全保障環境の創出や、国際法に違反する侵略や武力の行使又は武力による威嚇を受けている国への支援等のための重要な 政策的な手段であるとして、防衛装備移転三原則や運用指針を始めとする制度の見直しについて検討することとされた。
 航空自衛隊の次期支援戦闘機は日英伊3カ国で共同開発することが決まり、英国とイタリアは共同開発・製造した戦闘機の第三国への輸出を目指している。我が国がそれに応じ、また日本も今後開発した戦闘機の同盟国や同志国への輸出を行うには、防衛装備移転三原則及び運用指針の見直しが必要になる。
 さらに今年、日本はG7サミットの議長国である。5月に広島で実施されるG7サミットではウクライナへの支援が重要な議題となることが予想され、議長国の日本もウクライナに対して何らかの武器支援策を打ち出す必要に迫られるかもしれない。そのため、それに間に合わせるため装備移転三原則や運用指針の見直しが早期に実施される可能性もあろう。

(3)防衛力整備計画の円滑な執行

 最後に、防衛力の抜本的強化を目標に、今後大量の防衛装備費の調達・取得の業務が本格化し、それに伴い部隊の整備や土地の確保・取得、さらに地元自治体及び基地周辺住民との調整等も早期かつ円滑に進めていく必要がある。
 令和5〜9年度の防衛力整備経費43兆円は、現行の中期防(27.5兆円)の1.5倍にも上る。大幅な防衛費の増が、各事業の積み上げの総和というよりも政治決定の色彩が濃いものとすれば、毎年度の適正な予算執行や装備費取得計画の順調な進展に支障の出る恐れもある。そのため、我々国民も今後の防衛力整備の進捗状況に注意を払う必要があろう。

(2023年1月27日)

政策オピニオン
西川 佳秀 平和政策研究所上席研究員
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。78年大阪大学法学部卒。防衛庁入庁、その後、内閣安全保障会議参事官補、防衛庁長官官房企画官、英国防大学留学、業務課長、防衛研究所研究室長、東洋大学国際学部教授等を歴任し、現在、東洋大学現代社会総合研究所研究員、(一社)平和政策研究所上席研究員。法学博士(大阪大学)、国際関係論修士(英リーズ大学)。専攻は、国際政治学、戦略論、安全保障政策。主な著書に、『現代安全保障論』『国際政治と軍事力』『ポスト冷戦の国際政治と日本の国家戦略』『ヘゲモニーの国際関係史』(国際安全保障学会賞受賞)『国際地域協力論』『国際平和協力論』『紛争解決と国連・国際法』『日本の外交政策―現状と課題、展望』『特攻と日本人の戦争』『日本の安全保障政策』『マスター国際政治学』他多数。
政府は2022年12月に安全保障関連3文書の改定を閣議決定したが、その全体像をつかんだ上で、これまでの日本の安全保障政策がどのように変化してきたか、その政策変化の意義と課題、そして問題点について考察した。

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