食料自給率と平和:自給率の向上が平和を築くか?

食料自給率と平和:自給率の向上が平和を築くか?

2023年2月3日

 ウクライナへのロシア侵攻が始まった2022年2月以来、日本では食料自給率を低すぎるとして懸念する傾向が強くなっているようだ。近年の日本の食料自給率はカロリーベースで37%で推移している。この40%前後は農水省のデータによると20年間くらい横ばいで推移している。この食料自給率をめぐって、低すぎる、有事の際に危険だ、という議論はかねてからあった。ここにきて、ウクライナ情勢に触発され、エネルギー価格の高騰にも押され、穀類や飼料の価格が高騰し、その懸念は強くなってきている。
 では、そもそも自給率が100%であれば、より平和で安心しておれるのか、という問題であるが、食料供給が不安定になる要因は限りなくある。まずは、天災であろう。収穫時の長雨や洪水、台風や干ばつ、冷夏などによる減産・価格高騰は私たちの記憶に新しい。いつでもどこでも起こりうる。地震・津波による被害も食料需給に大きな影響を及ぼす。加えて戦争などの人災。
 ちなみに、お隣の中国はコメとコムギ及びトウモロコシに関しては自給率はほぼ100%である。それどころか、在庫(備蓄)はコメが年間需要量の1億3千万トンに対し80%に匹敵する量が繰り越し在庫(備蓄)である。コムギにおいては100%、トウモロコシは70%である。人口は14億人余で、とにかく生産消費量は日本の比ではない。よって、その備蓄量も押して知るべしである。しかし、このような膨大な在庫を抱えていると、何か戦争の準備でもしているのだろうか、と勘繰りたくさえなる。有事(自然災害)に備えている、ということであれば、隣国の日本としてもむしろ安心材料にはなるが、毎年の維持費は膨大な金額になろう。
 我が国の食料自給率に話を戻そう。日本の37%(2020年)という食料自給率は、実は各都道府県の自給率がベースにある。ちなみに東京都は0%で全国最低、次に大阪で1%、神奈川県は2%と続く。主要都市のある京都や愛知は10%程度。その一方で、100%を超えているところは北海道が211%で最高だ。続いて秋田の200%。そのほか、100%を超える自治体は青森、岩手、山形、新潟の東北4県だけである。あとはすべて100%を大きく下回っている。
 このように農水省のデータでは各都道府県に自給率という“ランキング”が付けて公表されているのだが、自給率の向上を、と言い始めると、先ずは自給率の低いところが注目される。では、東京に自給率を1%上げろ、と言われたら、はい、わかりました、と都知事が答えるだろうか?単にコメを例にとってもわずか1%の供給量を確保するだけで2千ha近い農地を必要とし、加えて水利事業などのインフラや生産資材など、膨大な予算や資金が必要となる。むしろ、広い農地を擁している東北や北海道に頑張ってほしい、という話になるであろう。逆に、東京が貴重な血税を使って否応でも自給率を向上させて、他県からの移入を削減する、とでも言いだしたら、農業県はすぐに待ったをかけるだろう。もちろん都民からも反対の声が出るだろう。
 つまり、無理なところに負担をかけずに可能なところがやるべきだ、という話である。では、これを世界に広げて考えてみると、日本のような生産コストの高い国で生産せず、より安いコストのところに任せてほしい、という話になる。その結果が現状の自給率37%ということでもある。
 日本の食料自給率が何も37%に永遠にとどまるべきである、ということではない。技術の向上に伴って、海外との相対的メリットが上がれば、日本でも無理なく生産が拡大し、結果として自給率が上昇することはありうる。また、日本産の食料が海外でも需要が高まり日本からの輸出拡大が求められることも十分にありうる。要は、無理なコスト(膨大な税金・補助金)を掛けずに生産が拡大できるかどうかである。現に日本からの農産物輸出が1兆円を突破し、拡大の一途を遂げているが、大いに結構なことである。
 そもそも、農産物貿易交渉というのは、米国をはじめ輸出したいという国が多く、日本が輸入量を政策として減らすものなら新たな国際不和の種になりかねない。1960年代からの主な貿易交渉はケネディラウンド、東京ラウンド、ウルグアイラウンドがあるが、いずれも農産物の交渉で難航した経緯がある。いずれの国も農産物輸入拡大に対する国内生産者の保護で、輸出国の要求に輸入国が異議を唱えたのである。これは世界の農業は全体的に供給過多であることを物語っている。現に、先進国における国内産の生産拡大指向はもとより、途上国の中南米をはじめ、アフリカやアジア諸国でも海外からの投資や技術援助により生産拡大を切願している国ばかりと言ってよい。
 食料自給率37%では有事の際に不安だという意見があるが、なぜこれで不安なのか?「有事」ということは戦争でも想定してのことか。そんなことであれば、食料自給率が高ければ戦争しても安心、ということにつながりかねない。食料自給率がいかに100%を超えていても、安心できるものではない。備蓄が不十分であれば自然災害によりその“安心”は一網打尽にされかねない。むしろ、各国がそれなりの備蓄をし、かつお互いに協力して不測の事態には補い合える協力体制を整えておくことが最大の安心材料となる。思い返せば、1993年の不作による平成米騒動も、当時は自給率100%を維持していながら食料不足にならざるを得なかった。というのも、自給率100%だっただけに、海外の生産地に関する情報不足、輸入ルートの未開発などで、文字通り“泥棒を見て縄を編む”、というのが政府対応の実情であった。
 逆に、シンガポールは穀類の食料自給率は0%であるが、リーマンショックや原油高騰で国際穀物相場が高騰し「食料危機」と叫ばれた2008年当時の物価指数は4月の7.6%をピークに年平均では6.6%の上昇にとどまった(ちなみにその年のタイでは5.5%の上昇)。その一方で、コメの輸出規制などで結果として価格を釣り上げたベトナムは暴利をむさぼる結果ともなった。
 2022年の国際穀物価格の高騰は先の2000年代後半の食料価格高騰を彷彿とさせるものである。が、こうした国際市場の価格高騰は必ず世界中において翌年の増産をもたらす。よって、価格は下がってくる。そうなればまた平穏を取り戻す。ちなみに2006年からの価格上昇をきっかけに世界の食料生産量はそれから8年間にトウモロコシ、ダイズ、コムギ、及びコメがそれぞれ48%、36%、22%、及び15%の伸び率を示している。その間に世界の人口の上昇率はわずか10%だった。これほどに世界の食料は市場価格の上昇に刺激されて増産される。だから、当初は暴動は世界の各地で一時発生はしたもののその後は収まり、実際に餓死で死者が出たという報告はアフリカ地域も含め、聞いていない。市場価格が上昇しても供給量が途絶えるわけではない。ただ、経済原則に従って価格が上昇しただけの話である。
 食料安全保障というのは、一時の価格変化の状況に右往左往せず、また、非道的な売り惜しみを許さず、取引を行うということである。そのような国際協調が最も求められることであり、逆に自給率を上げたからといって解決できるものではない。1990年ころの首相だった海部俊樹氏は国政選挙の演説で「世界は密につながっており、もうお互いに戦争はできないのだ」ということを強調していたが、まさに、その通りである。小さな国では紛争はできても、日本をも含めた大国が戦争など起こしてはならないし、起こせないのだ。もし起こしたならば、それは政治家を筆頭とする国民の堕落としか言いようがないだろう。

(2022年12月21日)

政策オピニオン
伊東 正一 九州大学名誉教授
著者プロフィール
宮崎県生まれ。宮崎大学農学部を卒業、米国アーカンソー大学で修士号、テキサスA&M大学で博士号を取得。鳥取大学助教授、教授、首都ワシントンの国際食料政策研究所(IFPRI)の上級研究員などの後、九州大学大学院教授を経て、2018年3月定年退職。これまで世界50カ国余を調査する傍ら、ホームページ「世界の食料統計」にて世界200カ国・地域に及ぶ統計グラフと数値を4カ国語(英語、スペイン語、中国語及び日本語)で世界に提供。専門は国際食料需給論。70歳。
食料自給率が100%であれば、平和で安心していられるのか。いやそうではない。天災や人災など不安定になる要因は限りなくある。一時の価格変化に右往左往せず、公正かつ国際協調からの取引を行うことが重要である。

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