東シナ海・尖閣諸島に対する中国の海上行動と日本の安全保障態勢の課題

東シナ海・尖閣諸島に対する中国の海上行動と日本の安全保障態勢の課題

2017年1月20日

1.東シナ海における中国艦船の領海侵入の本質的問題点

(1)中国の最近の海上活動

 最近の南西諸島近海をめぐる中国の軍艦、情報収集艦などの動きを見てみよう。
 2016年6月9日午前3時10分頃、中国海軍ジャンカイ(江凱)Ⅰ級フリゲート1隻が、ロシアの艦船に続いて大正島(沖縄県)の北北西のわが国接続水域に入域し、その後北に向けて航行したのが海上自衛隊の護衛艦によって確認された。同日未明には外務省の斎木外務次官が程永華駐日中国大使を呼び出して強く抗議した。
 厳密に言えば、中国の当該フリゲートは日本の領海に入ったわけではないし、その行為それ自体は国際法に則っており非難されるべきものではない。問題は何かというと、領土係争の地域で最も慎重であるべき軍隊の運用において、国際法上の権利とはいえ、尖閣諸島の(領海)近傍に中国が軍艦を入れてきたことの「意図」が何かということだ。もう一つは、ロシアの軍艦に続いて中国の軍艦が入ったということで、中露の軍事的連帯があったのではないかと疑われた点である。
 中露連帯に関しては、恐らく現場でせっかくのいい機会だから一緒にやってみようという程度の連携はあったかもしれないが、両国政府間の意思を調整して対日圧力行動をしたということはなかったと思われる。なぜなら、ロシアにとって、尖閣において中国と共同歩調をとり日本に圧力をかけたとしても何のメリットもないからだ。むしろウクライナ・クリミヤ問題等で国際的孤立状況の中、限定的とはいえ経済支援を得られる機会となる日露首脳会談(2016年12月)を目前にして日本との関係を悪くする必要がない。
 ところで領海の外側にある接続水域は、本質的に公海とされ、国家は通関、財政、出入国管理、衛生に関する法令違反についての防止や処罰を目的とした措置を取ることができるとされる。ただし国家の主権や安全に対する侵害行為が予測される中、接続水域から領海に向かって外国艦船が接近してくるときに、予防措置を講じることはできないのかという点については若干の議論がある。しかし国家の主権や安全に対する侵害行為をしない限りは接続水域を通過することは国際法上認められた権利となっている。
 続いてその1週間後の6月15日午前3時半頃、中国のドンディアオ(東調)級情報収集艦1隻(戦闘艦ではないが軍艦)が、鹿児島県の口永良部島西方のわが国の領海内を通過し、屋久島の南方から領海を出た。これは国際法上の「軍艦の領海内航行」に相当するが、ちょうどこのとき沖縄の東方海域においては、日本の海上自衛隊と米海軍、インド海軍のあわせて10隻が参加する日米印海上共同訓練「マラバール2016」(6月10日-17日)が行われている最中だった。中国艦船の領海侵入の狙いはその情報収集のための太平洋進出と考えられる。
 当時、中国にとっては、約1カ月後に南シナ海の管轄権問題で仲裁裁判所から(中国にとって不利と予想される)判決が下される直前のことであり、また同年6月8日には、東シナ海の公海上で(対北朝鮮と推測される)警戒活動をしていた米軍偵察機RC135に中国軍戦闘機殲10が異常接近し飛行を妨害する事件があって、米軍が抗議するという国際的に緊張した安全保障環境の中での中国海軍の行動だった。

(2)無害通航と通過通航

 それではこの中国の行動をどうみるべきか。まず領海内の航行は、「沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り」国際法上許されているが(「無害通航権」=国連海洋法条約19条)、同法は「平和、秩序又は安全を害」する国際法上許されない行動として次のもの(一部)を示す(同法19条第2項)。
 ・武力による威嚇又は武力の行使
 ・兵器を用いる訓練又は演習
 ・沿岸国の防衛又は安全を害する情報の収集
 ・沿岸国の防衛又は安全に影響を与える宣伝行為
 ・航空機の発着又は積み込みなど
 この点(無害通航権)でいえば中国艦船のわが国の領海内航行は問題なかったのだが、このとき中国は<無害通航権>を主張せず、<国際海峡の通過通航権>(国連海洋法条約37条、38条)を根拠とした航行の正当性を主張したのだった。
 無害通航の近代的制度は19世紀になって(国際法として)成立したといわれるが、通過通航の概念は比較的新しい考え方だ。国連海洋法条約の制定によって、それ以前は(主に)3海里とされていた領海幅が12海里に拡張されるに伴い、それまで公海部分を自由通航すればよかった多くの国際海峡が沿岸国の領海となることがわかった。そうなると国際海峡の船舶の通航は無害通航しか認められず、航空機の公海上空飛行はできなくなってしまう。
 そこで先進諸国の主張を入れて、(公海と公海を結ぶ)国際海峡は全ての船舶および航空機に通過通航権(国連海洋法条約38条)を認めることになったのである。

表1 無害通航と通過通航の比較

 通過通航権は、無害通航と比べて条件が緩やかになっているが(表1)、中国は6月15日の事案についてこの論拠を挙げて正当性を主張してきたのである。その裏には、無害通航に関して中国は外国艦船の事前通告の義務とそれに対する許可による自国領海内通過認可制を採っているが、今回の中国艦の行動に際して我が国に対する事前通告も許可の要請もしていないことから、それを無害通通航とすることに対する矛盾の露見を恐れたことがあると考えられる。日本の南西諸島海域の海峡について中国の主張通り通過通航権を認めた場合、中国の潜水艦は潜航したままわが国の領海内での活動が可能になってしまう。ところが、知ってか知らずにか、6月15日の事案のときは、官房長官が記者会見において若干言及しただけで国内ではほとんど問題視されなかった。これでは安全保障の視点に欠けた対応としか言いようがなく、今後悔いを残すことにつながりかねない重要なポイントである。
 なお、正確に言えば、大隅海峡、対馬海峡、津軽海峡などは、国際海峡ではなく、わが国独特の「特定海域」として国際社会に通告している。これらは日本の領海内の海峡であり、もしここに通過通航権を設定するとなるといろいろと難しいことが想定される。例えば、核保有国である中国の(核兵器搭載の公算がある)軍艦が(領海である特定海域を)通過した場合、日本の国是である非核三原則に抵触することになり(その瞬間)非核三原則が崩れてしまいかねない。そこでわざわざこのような海峡に限って我が国政府独自の判断により領海幅3海里に縮めて公海部分を設け、自由航行ができるようにしたのであった。
 領海は基本的に危害を加えるような恐れがなければ無害通航できるのだが、通過通航権を安易に認めると潜水艦が潜航したまま領海内を自由に通航するなど、安全保障上のリスクが大幅に増大するのである。特に今回は、当該情報収集艦が利用できる国際海峡が周辺に二カ所存在することから、中国の主張する事案発生海域(我が国領海内)における通過通行権行使が成立する要件は満たさず、また我が国政府としてもこれを認めてはならないことは明白である。
 かつて2004年11月に、中国の原子力潜水艦が石垣島と多良間島の間のわが国領海を潜航通航する事案があった。海上自衛隊は海上警備行動の発令を受けて哨戒機や護衛艦などで追尾したが、同潜水艦はそのまま北上して領海から出て行った。しかしそれは中国に大きな衝撃を与える事案となったことは間違いない。今回の政府の極めて緩慢な対応は、潜水艦の領海内潜航通過という国際法違反であるにもかかわらず、通過通航権を主張されると海上警備行動などによる国家としての対応ができなくなる事態へとつながるものであり、憂慮される。
 このような中国の行動を一度黙認してしまうと、今後潜水艦の領海内潜航通過が日常茶飯事になりかねない。6月15日の事案は、少なくともその「付け入る余地」を北京に与えてしまったことは確かであろう。

2.尖閣諸島案件

(1)尖閣諸島をめぐる状況

 野田政権当時、日本政府は尖閣諸島の3島を地権者から購入したが(2012年9月)、その直後から南西諸島海域を中心に中国の公船によるわが国の領海侵犯が一気に増えた。しかしここ数年は、高止まりしている状況であったが、2016年8月に突出した回数の領海侵犯があった。これは16年8月に、中国の漁船200隻以上、公船20隻以上が大挙して尖閣諸島付近に集結して日本に圧力をかけた出来事だった。
 この前後の国際情勢をみておこう。7月に南シナ海の管轄権問題に関する仲裁裁判所の判断が示され、南シナ海の管轄権をめぐる中国の主張がほぼ全面的に否定されて世界各国から非難の声が上がった。そして9月上旬には中国・杭州でG20首脳会議が予定される中、中国は議長国としての面子をかけて何としてもG20首脳会議を成功裏に進めるためには、南シナ海問題が同会議の議案に上らないようにしなければならず、そのために世界の目を反らす意図で行ったのが、尖閣諸島周辺への大量の漁船・公船の蝟集だったと思われる。事実、9月に入ると尖閣諸島周辺への中国公船・漁船の出没が一気に減り以前の状態に復した。
 それではここ数年中国船の領海侵犯件数が高止まりで推移している理由は何か。それは海上保安庁が相当努力して監視しているためだ。1年365日、(台風の襲来でもない限り)1日も休むこともなく現場周辺の警戒を行っており、中国船に対してわずかな隙さえ与えていない。さらに海上自衛隊が、海上保安庁の船舶の周辺に、相当の間合いを採ってはいるが護衛艦を数隻待機させ、哨戒機も上空から監視するという即応態勢を敷いている。このような態勢を敷くことのできる海軍は、世界広しといえども数カ国しかないだろう。
 16年秋に米国のあるシンクタンクが、国別ミリタリ・ランキング(陸海空を含む)を発表した。それによるとベスト10は、①米国、②ロシア、③中国、④インド、⑤フランス、⑥英国、⑦日本、⑧トルコ、⑨ドイツ、⑩イタリアの順で、日本の自衛隊の軍としての能力は高い評価を受けている。
 具体的にいえば、日本の海上自衛隊は、英仏の海軍を合わせたよりも大きく、航空自衛隊の戦闘機は米太平洋空軍の戦闘機よりも多い。これだけの兵力が西太平洋地域に防衛のためにあるという事実である。中国は、このような現実をよく認識しており、日本が隙を見せない限りは、恐らくこれ以上日本の領海に自由に入ってくることはないと思われる。そこで重要なことは、ハード面での態勢整備と共に、国民が結束して自衛隊への支援を行い、しっかりした防衛態勢が整えられれば、尖閣諸島が取られることはないだろう。
 もちろん尖閣諸島をめぐる状況が危ない状態にあることは事実ではあるが、今の警戒・防衛態勢を維持している限りにおいては、今日・明日何かがあるというような切迫した事態にあるとは言えない。もっとも重要なことは、ハード面以上に国民の精神的な支援であることは言うまでもないことである。

(2)大局的戦略的観点からみた尖閣諸島

 このように尖閣諸島は中国と直接に対峙する現場であるから重要であるが、もっと大きな戦略的立場に立ってみると、別の視点が見えてくる。つまり、尖閣諸島はあくまでも「木」であって「森」では決してないということなのである。このような戦略的観点を次に述べてみたい。結論を先取りして言えば、南西諸島の防衛上の価値ということである。
 実は、南西諸島(鹿児島県南端から与那国島まで)は全体で約1200キロの長さがあり、日本列島全体の半分近くを占め、この地域には、沖縄県民約140万人、在沖米軍(海兵隊、空軍部隊)がいる。
 南西諸島は、中国にとっての「チョーク・ポイント」(注:チョーク・ポイント=choke pointとは、海洋国家系地政学における概念のひとつで、シーパワーを制するに当たり、戦略的に重要となる海上水路である)だ。中国が米国とことを構えることになった場合、中国は南西諸島のどこかから西太平洋に出て行かなければならない。世界の専門家の間ではそれを第一列島線と呼んでいるが、このチョーク・ポイントをこじ開けて西太平洋に出ていくことは容易なことではない。
 ただ、このチョーク・ポイントは、中国艦船だけではなく韓国艦船等すべての国の艦船にとっても太平洋に出て行く重要海上水路となっていて、その場合は通航しようとする船舶が中国船なのか韓国船なのか識別して個別のキメ細かい対応をする必要がある。ところが通過艦船の国籍や艦種に応じた対処基準(ROE: Rules of Engagement)がいまだに確立されていないという問題がある。
 また冷戦時代の防衛態勢(とくに陸上自衛隊)は北海道に重点をおいていたが、いまは南西諸島に戦力を移動させている最中である。例えば、与那国島に今では200人弱の監視部隊を駐屯させた。それまでは拳銃2丁をもった警察官(駐在さん)2人が駐在し、海上保安庁の2人の職員がいるだけでボートもなかった。これでは中国が「日本は本当に離島防衛をする気概があるのか」と疑ってもしかたがないだろう。宮古島、石垣島についても、今後500人規模の守備隊を随時おいていく計画と聞いており、徐々にではあるが、ようやく体制を固めつつあるという現状である。
 尖閣諸島は、ある意味で日本が独立国としての尊厳をかけた対決の現場であり、決して譲り渡すことはできないものではあるが、戦略的な価値からみたときに、あまり熱くなって感情的になりすぎてはいけない。クールに考えて態勢整備を考えなければならない。
 ここで、中国の海洋戦略の立場から見た南西諸島と尖閣諸島の価値について考えてみよう。

(3)中国の観点

 中国の実利的な観点からの優先度は、対米戦略が最優先という立場から言えば、①南シナ海、②インド洋、③西太平洋、④東シナ海の順になるだろう。二番目にインド洋が入っているのは、現在の経済大国中国の資源・原材料の多くがアフリカ大陸から輸入されているためにそのルートとしての価値からである。中国にとって日本が最大の敵国という状況にはないから、手ごわい国とはいえ戦略的優先度は落ちることになる。
 それでは(南西・尖閣諸島を含む)東シナ海の戦略的重要度はいかなるものか。
 先に述べたとおり中国にとってのチョーク・ポイントである南西諸島(第一列島線)は、対米近接・領域拒否戦略(AA/AD)の観点からすると「戦略の重心」とならざるを得ない。この観点に立ってみると、第一列島線(南西諸島)から少し北方に離れて位置する尖閣諸島は、その島々は岩ばかりで平地がほとんどない地理的環境にあり、しかもわずかばかりの平地も冬季には季節風の荒天がもたらす大波に曝されるなど、人が常駐するような環境とは言えない状況である。しかし独立国の尊厳という点では絶対に失ってはいけないけれども、大局的戦略上からはそれほど重いということにはならないのではないか。
 それではなぜ中国は、尖閣諸島に固執するのかといえば、それはあくまでも中国の面子である。一旦(領有権などを主張した限りにおいて)それを引っ込めるわけにはいかないという大国としての威信、あるいはナショナリズムの問題である。また南シナ海との関係で、領有権を引っ込めるとそちらにも影響が波及しかねない。

(4)日本の観点

 わが国にとっての尖閣諸島の戦略的意義は何か。
 第一には、独立国としての主権と領土の尊厳の維持という点で、1ミリでも譲歩することのできない問題である
 第二に、領海およびEEZ(排他的経済水域)の境界策定上の基準点としての価値である。つまり、国際法上のEEZ沿岸国としての権利と義務から派生する、海洋資源の独占的開発・利用、他国の海洋経済活動の制限などである。
 ただし、16年7月の仲裁裁判所の判決において、この点については日本にとっても不利になりかねない論点が出てきている。つまり、南シナ海の台湾所有の島(Itu Aba Island: 太平島)が、尖閣諸島の島よりも大きな島でありながら、「EEZの基点にはならない」とされたのである。もちろんこの判断は東シナ海、尖閣諸島についてのものではないにしても、同じ論理を尖閣諸島に突きつけられた場合には、同諸島がEEZの基点にならないためその周りに我が国の領海は存在してもEEZは設定できなくなってしまいかねない。この点をどう論理的に対備するか、よく考えて準備しておく必要があるだろう。
 第三に、平時に中国と対峙している尖閣諸島維持のための(海上保安庁、海上自衛隊の)エネルギーは並々ならぬものがある。万が一、有事となれば、制海権・制空権をしっかり保持できないと離島防衛は非常に難しい。それは太平洋戦争における太平洋の島々での戦闘経験がはっきりと証明している。その意味でも(海上保安庁を含めて)自衛隊は必死で守りを固めなければならない。

表2 南西諸島と尖閣諸島の戦略的価値の比較

 以上を整理すれば、別表のようになる。結論的に再言すれば、現に中国と対峙している尖閣諸島問題は目に見える形でその価値を人々に訴えやすいが、大局的戦略から言えば、それ以上に南西諸島の価値が大きく、突出しているということになる。
 かつて戦国時代に娘を嫁(人質)として敵の大名にやり、家を守るために息子を切った戦国大名のような冷静さでもって考えて計算してみると、尖閣諸島は「戦略的に」南西諸島の価値より落ちるという点を理解しておく必要があるだろう。「木を見て森を見ない」という愚を犯しては決してならない。

(5)AA/AD戦略の真の狙い

 ここで中国の対米軍事戦略=近接・領域拒否(AA/AD)を簡単に見ておく。
 AA/ADは、平時においては米軍部隊の(対中)展開を拒否し、有事においては米軍を撃破する力を見せることによって米軍を遠ざける戦略である。しかし現時点で、対米戦争になった場合、中国が不利なことは中国自身よく分かっているので、直接的な正面衝突は避け非正規戦を併用して米軍のデジタル通信、衛星通信等の指揮系統を攪乱し断絶させて、言い換えれば米軍の脳(指令部)と筋肉(軍部隊)をつなぐ神経組織を切断して機能停止状態にしたうえで、身動きの取れなくなった米軍を撃破しようと考えている。そしてそのような非正規戦を併用した破壊能力を具体的に行える力を誇示することで、ワシントン(司令部)の気概を萎えさせようとしている。これがAA/AD戦略の真髄だと考えられる。
 具体的な破壊能力としては、米空母や米軍基地を攻撃し壊滅することのできる兵器を開発している。例えば、DF-21(射程距離1500キロ)やDF-26(射程距離4000キロ)などの対艦弾道弾(ASBM)である。さらに洋上の空母の位置を正確に把握できる衛星体制も構築しつつある。
 カリフォルニアやハワイの基地から出てくる米太平洋海兵隊や空母機動部隊を第一列島線付近において、まず非正規戦によって米軍の指揮系統をマヒさせたうえで対艦弾道弾、潜水艦からの魚雷やミサイルおよび爆撃機によって撃破しようというのである。その能力の誇示だけでも相当の心理的効果があることに加え、米軍が中国軍にやられるのを座視しながら、日本の自衛隊が何もせずにいた場合には、その瞬間に日米安保体制は崩壊することは明白である。そのような事態を防ぐのが集団的自衛権の行使なのである。

3.南シナ海

 南シナ海への中国の進出について簡単に述べたい。
 南シナ海における中国の支配拠点は大きく三つある。その一つが、西沙諸島(Paracel Islands)だ。1974年にこの領有権をめぐって中国とベトナムが交戦し武力衝突に及び、中国が勝利することによってほぼ全域を中国が実効支配し今日に至っている。西沙諸島は、50近いサンゴ礁の島と岩礁からなるが、中国はここの最大の島ウッディ島(Woody Island)を埋め立てして2700メートルの滑走路を整備し、十分な地積・軍事用地、レーダ・SAM(対空ミサイル)を配備した。南シナ海進出の第一拠点となっている。
 二つ目が、南沙諸島(Spratly Islands)である。満潮時に水没するものを含めて200余の岩礁・砂州からなり、その多くは環礁の一部を形成している。これらをめぐって中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張し争っているが、最大のものでも約0.5平方キロしかなく、使用可能な土地をもつものは13島である。しかしこの地域への進出に出遅れた中国は、13島のうち支配しているものは一つもない(フィリピン6、ベトナム5、台湾1、マレーシア1)。
 そこで中国は岩礁を埋め立てて島にして支配権を及ぼすことを考えた。ファイアリ・クロス礁(Fiery Cross Reef)やスビ礁(Subi Reef)などを埋め立て、3000メートル級の滑走路とともに港も整備した。2016年1月にはファイアリ・クロス礁の滑走路に民間航空機を初めて着陸させた。さらに2016年7月13日、仲裁裁判所の判決が出た翌日、スビ礁やミスチーフ礁(Mischief Reef)に民間航空機を初着陸させて威信を示した。このように中国は、南沙諸島に7つの人工島を整備し軍事基地化し、9段線の真ん中にくさびを打ち込んだのである。これによって中国は、南シナ海全域の制海・制空権獲得のための第一段階戦略(南北軸の設定)を確立した。
 もう一つがスカボロー礁(Scarborough Reef)である。現在、中国が実効支配しているが(中国はスカボロー礁を含む島礁群を中沙諸島と呼んでいる)、フィリピン・台湾も領有権を主張している。スカボロー礁は、ここで満潮時でも海面から出ている唯一の岩礁であるが、中国はまだ埋め立てなどの手をつけてはいない。南沙諸島の埋め立ては当該環礁が環礁群の中に位置していたために周囲からサンゴ礁を取って埋め立てができたが、スカボロー礁は中沙諸島のはずれにあること及び周囲が深い海底のためにそれができない。もしやるとすれば中国本土から埋め立て土をもってくることになるだろうが、そうなると米国も黙っていないだろう。
 スカボロー礁をめぐって米中の熱い戦いが繰り広げられている。スカボロー礁は大型の飛行場と3000メートル級滑走路が2本以上、空母機動隊が停泊できるほどの広さを持つ内海がある。仮にこれが完成すると中国は西沙・南沙・スカボロー礁の基地群を結ぶ三角形の支配地域を確立して南シナ海を平面的に支配することが可能となり、こうなればAA/ADも、必要な部隊をすぐにでも展開、更には常駐できる態勢が整うことになってしまう。これによって中国の南シナ海戦略の第二段階、すなわち戦略三角形の形成・確保が達成されることになる。
 オバマ政権が唯一の強硬策ともいうべき行動を見せたのが、2016年4月に中国がスカボロー礁の埋め立て準備である測量を始めようとしたときで、冷戦時代にソ連の戦車軍団を殲滅するために開発・配備した戦車攻撃機A-10を4機飛ばした。これをみて北京は度肝を抜かれた。
 中国政府は、オバマ政権と西沙諸島や南沙諸島を軍事基地化しないと約束しておきながら、上述のような軍事化を展開した。それについては、「南シナ海の諸島は中国の固有の領土であり、自らの国土に必要な防衛施設を配備することは国際法が認める主権国家の正当な権利だ」とし、防衛施設の配備については「軍事拠点化とは何の関係もない」と言いきっている。さらに米国が自由航行作戦を展開させて軍艦を通航させることの方が、南シナ海の軍事化だと論理をすり替えた主張を展開した。

4.北朝鮮

 最近の北朝鮮によるミサイル発射及びその実験について核心的な点を述べてみたい。
 北朝鮮のミサイルにはいくつか種類があるが、ムスダンは射程距離が3200-4000キロで、グアムまでをカバーする。米国にとっては、それが仮に核搭載だとしても(本土から離れているので)深刻な脅威ではない。テポドンⅡは射程距離が8000キロで、北朝鮮から発射した射程がせいぜいカナダ・アラスカあたりで、これも米本土の大量破壊行為はできない。
 ところが、去る2016年9月20日に北朝鮮は新型エンジンの噴射実験を行ったが、その意味するところは深刻なものだった。それを理解していた米国は強く反発したが、日本ではほとんど報じられることもなかった。
 この噴射実験はテポドンⅢにつながるもので(射程距離12000-14000キロ)、そうなるとニューヨーク、ロサンゼルスはみな射程内に収まってしまう。しかもこのミサイルにはあまり精度は必要なく(せいぜい数キロの精度)、米国を震え上がらせる大量破壊のために大都市上空で爆発してくれればいい。この噴射実験は新型弾道弾開発の可能性を示唆するものであったので、米国は非常に敏感に反応したのだった。北朝鮮にとっては、ミサイルと核兵器と組み合わせることによって、対米交渉実現のための非常に有利な選択肢を得つつある。
 韓国朴槿恵政権が在韓米軍配備同意を決断した「終末高高度防衛ミサイル」(THAAD)のXバンドレーダーは、左右各60度で合計120度の捜査範囲を持ち、捜査モード1000キロといわれ、朝鮮半島のほぼ全域をカバーする。これによって北朝鮮は自国から発射するミサイルはみな探知され、中には撃墜されてしまうものが生ずる。ところが日本海から発射したミサイルは、韓国配備のTHAADレーダでは探知できないから、日本海の潜水艦から発射させれば探知されずに韓国のわき腹を狙うことが十分可能だ。そうなれば射程距離は1000キロも要らず、300-500キロでも可能となる。
 中国はTHAAD配備に関して強硬に批判してきた。それは朝貢国(韓国)に対する宗主国(中国)の態度そのものだといえる。2000年代の韓国外交は、ほぼ中国傾斜だったが、ここにきて米国寄りに変化する中、中国は韓国に対する全ての不満をTHAADにかこつけてぶつけているのである。中国の戦略核対処能力が全くない在韓米軍へのTHAAD配備に対する強硬な反対は軍事的には意味のないことにもかかわらず、政治的に言いがかりをつけて韓国の政権の選択(と米国)を困らせているのだ。
 最後に北朝鮮に対する米国の姿勢を物語る事実を紹介したい。2016年10月6日、ネバダ州の爆撃訓練場で戦略爆撃機B-2Aが「赤い物体」(B61核爆弾)2発の投下訓練を行った。これは本物そっくりの模擬核爆弾(核抜き)であった。米空軍は、かつてこの種の訓練を公表したことは一度もなかった。しかし今回写真入りで公表した。
 その1発は地中貫通型核爆弾(B61 Mod 11)と公表した。北朝鮮の核ミサイル(サイロや関連施設)の多くは地下にあるので、通常のミサイルで打ち込んでもあまり破壊効果はない。北朝鮮がいかに深いところにミサイル基地を作ったとしても、地中数十メートルに貫入しその後爆発するこの爆弾、しかもそれが核弾頭であることから1発で破壊されてしまう。もう1発は、38度線の北側においている、ソウルを火の海にするという北朝鮮長距離砲兵部隊を一気に殲滅する能力を持つ核爆弾だ。
 これらをこの時期に、シミュレーションではなく実動訓練として行いそれを公表した米国の意図は何か。
 1994年の核危機以来初めて、米国はオプションの一つとして北朝鮮に対する軍事力使用を本気で考えているということだ。期せずして米国は、北朝鮮が新型ロケット・エンジンの噴射実験を行ったこの時期に、弾道ミサイル・トマホークを154発搭載した原子力潜水艦ペンシルベニアを通常の訓練活動時の乗員の休養としてグアムに寄航させた。恐らく米国は、北朝鮮をして瀬戸際で核とミサイルの国にすることを阻止しようとしたら、もうここ数年のチャンスしかないと考えているのだろう。そこでこのような威力と意思を北朝鮮に見せ付けることによって、北朝鮮の指導者の冒険主義を抑止することを考えた。おそらく米国のこの態度に最も敏感に反応したのが北朝鮮指導部であったのではないか。これが最近の冷徹な現状分析である。

(本稿は、2016年12月9日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
香田 洋二 元自衛艦隊司令官・海将
著者プロフィール
1949年徳島県生まれ。72 年防衛大学校第16卒業。その後、海上自衛隊に入隊し、90年護衛艦「さわゆき」艦長。海上幕僚監部防衛課長、護衛艦隊司令部幕僚長などを経て、2001年海上幕僚監部防衛部長、03年第30代護衛艦隊司令官、04年統合幕僚会議事務局長、05 年佐世保地方総監、07年第36代自衛艦隊司令官。退官後、ハーバード大学アジアセンター上席研究員を歴任し、2016年3月まで国家安全保障局顧問を務めた。

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