1.米国の中南米政策
米国の中南米への進出と介入
米国は、建国当時より孤立主義(内政不干渉)を外交の基本原則とし、建国まもなく起こったフランス革命に対しても中立を守った。この姿勢は1823年のモンロー宣言によって明確化された。これによって米国は欧州における紛争や植民地争奪戦に巻き込まれることを回避し続ける一方、欧州各国の米大陸への介入を排除し、自らの勢力圏を開拓していくようになる。
即ち、西部開拓がほぼ終了するや、米国は近隣の中南米諸国に度重なる介入を行うようになる(図表1参照)。まず1845年、米国はメキシコから独立したテキサスを併合した。その後、メキシコとの戦争(米墨戦争)に勝利しニューメキシコ、アリゾナ、カリフォルニア州などの広大な南部・西部地方を併合した。また1889年には中南米諸国間の政治的・経済的結合を緊密化するという名目で第1回汎アメリカ会議を開き、中南米への介入強化の足掛かりを築いた。
さらにマッキンレー大統領は高関税政策で国内産業を保護する一方、独占資本の発展を背景に帝国主義政策を採り、海外進出を積極化させた。1898年にスペイン領のキューバで独立戦争が起きた際、独立戦争を支援するという名目でスペインと戦い(米西戦争)、表向きはキューバの独立を認めながら実質的にはキューバを保護国化し、合わせてスペイン領のプエルト・リコも領有した。これにより米国は、中南米諸国に対する軍事的、経済的支配を強化するための前進基地を獲得した。
マッキンレーが暗殺された後、大統領に就任したセオドア・ルーズベルトは、英独伊によるベネズエラ干渉の調停(1902年)、パナマ独立への介入(1903年)、ドミ二カの保護国化(1905年)など“こん棒外交”と呼ばれる帝国主義政策を展開した。その中で最も重要なのがパナマ運河の獲得だった。パナマ独立を支援し保護国化するとともに、パナマ運河の建設権と運河地帯の租借権を獲得、1904年に運河建設に着工した(完成は1914年)。大西洋と太平洋を結び付ける重要な流通航路であるパナマ運河の開通によって、米国は南北米大陸における航海権・通商権を完全に掌握し、中南米諸国に対する支配と圧力を一段と高めた。
その後、ウィルソン大統領は“宣教師外交”、フランクリン=ローズヴェルトは“善隣外交”を展開するが、いずれも米国による中南米への圧力や干渉という本質は変わることが無かった。
冷戦と左右両勢力の対立
第二次世界大戦がはじまると、中南米諸国は米国の圧力の下、パナマ外相会議で中立の立場をとった。その後太平洋戦争が勃発するや、多くの国は連合国側に立ち参戦、食糧や戦略物資を連合国に提供した。大戦が終結すると、この地域は米国の冷戦外交と強く結び付けられるようになる。1947年、米国の主導の下、汎アメリカ会議で南北米大陸諸国の共同防衛と相互協力を約したリオ条約(米州相互援助条約)が締結され、翌年には米州機構(OAS)が設立された。OASは50年代から60年代にかけて国際共産主義封じ込めの機構としての役割を担い、この地域の革命運動や革命政権に対し集団制裁を加えた。
1951年に成立したグアテマラのアルベンス政権は、社会経済改革を進めるため農地改革に着手、米国のユナイテッドフルーツ社のバナナ農園を接収した。同政権は社会民主主義的であったが、この措置に対し米国のダレス国務長官はアルベンス政権を共産主義と非難し、1954年にはOASも反共決議を行い追随。同年、米中央情報機関(CIA)の訓練を受けた亡命グアテマラ人の反革命軍が隣国のホンジュラスからグアテマラに進攻し、アルベンス政権を打倒した。
またキューバでは、親米のバティスタ政権を倒したカストロの革命政権が米国の経済的圧迫に対抗して1961年に社会主義を宣言し、ソ連に接近していった。翌年にはソ連の核ミサイルが配備されたことからキューバ危機が発生している。キューバ革命は先進国への従属や低開発からの脱局をめざす中南米諸国の革命運動に刺激を与え、グアテマラ、コロンビア、ペルー、ベネズエラでゲリラによる武装闘争が活発化した。ケネディ政権は“第二のキューバ”出現を阻むため、経済援助や農地・税制改革をめざす「進歩のための同盟」を提唱したが、域内各国の保守勢力や軍事政権の抵抗で効果を挙げることが出来なかった。
一方、中南米に燻る反米感情を利用し、ソ連はキューバのほかエクアドルのロドリゲス・ララ政権やチリのアジェンデ政権などの左派勢力を支援。これに対し米国は、ドミニカ共和国の革命に対し軍事介入してこれを鎮圧(1965年)。また軍事クーデターでアジェンデ社会主義政権を倒したチリのピノチェト政権やブラジル、アルゼンチンの軍事独裁政権を支援、経済的に優位に立つ大土地所有者や資本家たちとともに左派勢力を抑え込もうとした。
さらにニカラグアでサンディニスタ民族解放戦線による左派政権が誕生するや、米国は反革命勢力のコントラを援助、グレナダに侵攻して革命政権を打倒し親米政権を樹立するなど左派政権への軍事干渉を繰り返した。こうした状況から1960年代から70年代にかけて中南米では米ソそれぞれが支援する左右両勢力の衝突で内戦が多発し、軍事独裁政権も増えた。
冷戦後:民主化から左派政権の増加
しかし1979年のエクアドルを皮切りに、中南米では1980年代から90年代にかけて軍事独裁の弊害が露になり、またそれを支えた冷戦構造が亡くなると民政への移管が相次ぎ民主化が進んだ。だがその一方、多くの国で新自由主義的な経済改革が進められ、貿易の自由化や民営化が行われた結果、貧困層と富裕層の差が広がり、中南米は深刻な格差の拡大に直面する。
格差は植民地時代から続く産業構造や社会的不平等が根底にあり、近年さらに悪化している。そうした状況に対する不満から、中南米では2000年代以降社会的不平等の是正や貧困対策を訴える左派政権が増加する(図表2参照)。この現象は「ピンクの潮流」(潮目)と呼ばれている。
2018年にはメキシコで初の左派政権が誕生し、19年にはアルゼンチンで4年ぶりに左派が政権を握った。また同年、ボリビアでは不正疑惑で左派の大統領が辞任を表明し、海外に亡命したが、右派による1年間の暫定統治を経て2020年の大統領選で左派が政権を奪還している。2021年にも中南米各国では右派と左派が激しく対立する選挙が続き、左派系候補が次々と勝利を収めている。即ち21年7月のペルー大統領選挙では、反米左派と共産党出身候補が相次いで親米保守候補を破った。同年9月のニカラグア大統領選挙では、共産ゲリラ出身で強権政治が問題となっているダニエル・オルテガ大統領が4期連続当選を果たし、11月のホンジュラス大統領選挙では親中派の左派候補が当選した。勝利したシオマラ・カストロ氏は台湾との断交を示唆した。
さらに12月、チリで中道右派ピニェラ大統領の任期満了に伴う大統領選挙の決選投票が実施された。右派で共和党党首のホセ・アントニオ・カスト元下院議員と共産党と選挙協力を組む左派連合ガブリエル・ボリッチ下院議員の激戦となり、ボリッチ氏がカスト氏を破り、初当選した。チリで左派が政権を握るのはピノチェト軍事政権(1973〜90年)から民政に移管して以後初めてであった。
チリは1980年代のピノチェト軍政時代に新自由主義経済に移行した後、「南米の優等生」と言われるほど安定した政治・経済体制を実現してきた。民生移管後は中道左派が長らく政権を担当、民主主義を重視し日本と経済連携協定(EPA)を結ぶなど自由貿易を重視してきた。90年代以降、ベネズエラやボリビア、ブラジルなどで反米左派や労働党政権が誕生する中でも、チリは穏健左派として中南米の安定に寄与してきた。
ところが、近年は貧富の格差が急速に拡大、さらに経済崩壊したベネズエラから移民が大量に入り込んで社会問題に発展し、社会の分断が進んだ。ピニェラ政権下では、地下鉄運賃の値上げや新型コロナ対応のロックダウンに伴う食糧不足に反発する反政府デモが相次ぎ、一部では暴動にまで発展した。これが左派が勝利した原因であった。
翌22年8月には、右派親米政権が続いてきたコロンビアで、ゲリラ出身のグスタボ・ペトロ大統領が就任して史上初の左派政権が誕生、さらにその僅か2か月後にはブラジルの大統領選挙で左派のルラ氏が勝利し、バイデン米政権に衝撃を与えた。
2.中南米への中国の進出
台湾追い落とし戦略
これまで「米国の裏庭」と呼ばれていた中南米だが、21世紀に入り左派政権あるいは米国と距離を置く国が増える状況のなか、中国がこの地域に積極的に進出をするようになった。中国はその経済力を梃子に中南米諸国に接近、各国と親密な関係を築くことによって自らの政治経済的な影響力を拡大させるとともに、米国の中南米支配に打撃を与えようと狙っているのだ。
政治面では、中南米諸国と台湾との外交関係の切断を図ることも中国の対中南米外交における大きな目的であった。2016年に台湾で独立志向が強いとされる蔡英文政権が発足するや, 中国の動きが俄かに活発化した。中国は、パナマ、ドミニカ共和国、エルサルバドルに巨額の支援を約束し、その見返りとして各国は次々に台湾との外交を断絶させた(図表3参照)。
これら三国に続き21年12月にはニカラグアも台湾と断交し、中国と国交を結ぶと発表した。ニカラグアでは11月に実施された大統領選挙で現職のオルテガ氏が当選。オルテガ氏は選挙前に有力な対抗馬を相次ぎ拘束するなど独裁色を強め、米国や欧州との関係が悪化、米国はオルテガ氏の娘や中央銀行の総裁らに対する経済制裁を発表した。
一方中国はニカラグアに対しインフラ投資など経済支援を進めるほか、新型コロナウイルスのワクチンを積極的に提供した。米国は中国の影響力拡大に危機感を抱き、関係が悪化するニカラグアに対して国際的枠組み「COVAX(コバックス)」を通じてワクチンを提供したが、台湾断交を食い止めることは出来なかった。
さらに21年12月に実施されたホンジュラスの大統領選挙で、中国との関係を重視する左派野党連合のシオマラ・カストロ氏が当選を決めた。ホンジュラスは中米地域では台湾と外交関係を結ぶ数少ない国の一つだったが、カストロ氏は選挙戦で「当選すれば、すぐさま中国と外交、通商関係を結ぶ」と主張。カストロ氏は大統領就任後の23年3月台湾との断交を宣言し、中国との国交樹立に転じた。ホンジュラス政府はこれにより中国から巨額の投資、インフラ整備、経済協力がもたらされることに期待感を示した。
中国と国交を樹立した中南米の国々を時系列で示せば以下の通り。
パナマ: 2017年6月
ドミニカ共和国: 2018年5月
エルサルバドル: 2018年8月
ニカラグア: 2021年12月
ホンジュラス: 2023年3月
これにより、中南米で台湾と外交関を維持する国は減少した。現在、台湾と外交関係を持つのは中南米・カリブ地域の国はパラグアイやグアテマラ等7か国だけとなった。そのパラグアイでも23年4月の大統領選で、現職のペニャ大統領の対立候補が中国との国交樹立に言及。台湾が南米で唯一、外交関係を持つ国を失う可能性が生じ、人口約640万人のこの国に世界中の注目が集まった。大統領選はペニャ氏が勝利したが、農業界などは「経済的な利益を失っている」と主張。中国と国交を樹立するよう求める声は燻り続けている。
貿易の拡大とインフラ投資の急増
中南米はリチウムや銅など中国にとって重要な天然資源の供給源であると同時に主要な輸出先ともなっている。中国と中南米諸国の24年の貿易総額は5184億ドル(約76兆円)で、過去10年間でほぼ倍増しており、なかでもブラジルやチリなど資源国との貿易額は飛躍的に増加している。
中国は既に中南米最大の貿易相手国となっているばかりか、「一帯一路」構想の一環として、各国に対し港湾、鉄道、道路、通信網などのインフラプロジェクトに大規模な投資や融資を行っている。域内33カ国中、20カ国以上(ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルー、エクアドル、パナマ、コロンビア、ベネズエラ、エルサルバドル、コスタリカ、ウルグアイ、キューバ、ボリビア、ドミニカ共和国等)が一帯一路構想に参加している。資源の確保と自国経済にとって重要な市場である中南米のインフラ開発にも積極的に協力しカネとモノの両面で相互依存関係を深めることで、中国は中南米で急速に存在感を増しているのだ。
そうしたなか、2025年5月に北京市で「中国・中南米カリブ諸国共同体(CELAC)フォーラム」 の第4回閣僚級会会合が開催された。CELACは、2011年12月にキューバを含む中南米・カリブ33カ国の全てが参加する対話のメカニズムとして設立された。今回の閣僚級会合には、ブラジルのルラ大統領やコロンビアのペトロ大統領など一部加盟国の首脳も出席した。
演説に立った習近平国家主席は、「関税合戦に勝者はなく、いじめや覇権主義は孤立を招くだけだ」とトランプ米政権を牽制、「一国主義と保護主義の逆流に直面する中、中南米と手を携えて共に運命共同体を構築したい」と語り掛けた。対米依存の脱却を急ぐ中国は、ブラジルの大豆など農産物の輸入を増やしているほか、電気自動車(EV)など自国製品の販路拡大も目指している。
会合の成果として発表された「中国・中南米・カリブ諸国共同体による重点分野の協力に関する共同行動計画(2025〜2027)」では、①中国と中南米・カリブ諸国共同体との政治関係の強化②発展戦略の連携③民間交流の推進④サイバーセキュリティーやデジタル経済、人工知能(AI)など幅広い分野で協力を深めるとともに、気候変動などグローバルな課題でも共同歩調を取ることを表明した。
さらに習氏は660億元(100億ドル=約1兆3200億円)の人民元貸出枠による資金供与を発表し、巨大経済圏構想「一帯一路」によるインフラ整備への支援も約束した。CELAC出席のため訪中しているコロンビアのペトロ大統領が一帯一路への参加を発表する一幕もあった。採択された「北京宣言」では、多国間協力の重要性やグローバル経済の推進を明記。また持続可能な発展の実現に向け国情に応じた支援をしていくと表明。経済安全保障の強化や多国間主義に基づき気候変動問題に対処することなどもうたわれた。
3.米中と中南米諸国の関わり
親米の国々
この地域を自らの裏庭としてきた米国、それに対し強い経済力をバックに中南米諸国への接近を強める中国、中南米ではいま、この世界の二大強国が激しい勢力圏の争奪戦を繰り広げている。そこで域内の各国が米中のいずれに傾斜し、あるいは対立を強めているか、国別の状況を見てみよう。
まず中南米で米国に近い国として、エクアドルやエルサルバドルが挙げられる。エクアドルでは2025年4月、任期満了に伴う大統領選の決選投票が行われ、トランプ米政権と協調する現職の右派ダニエル・ノボア大統領が再選を決めた。この国は地理的にパナマ運河に比較的近く、1999年に米軍がパナマから撤退した後は、エクアドルのマンタに米軍基地が移転していた。その後、反米左派のコレア政権下で行われた国民投票の結果、09年9月に米軍は完全撤退している。
2007年から17年まで続いたコレア政権は、反米左派のベネズエラや中国に接近、特に中国からは多額の財政融資を受け、原油の9割近くを中国に輸出、資源開発にも中国資本が多く関与するようになった。その後、17年5月にコレア政権を引き継ぐ形で就任したモレノ元大統領は、支援者だったコレア氏に反旗を翻す形で親米路線に転換、以後、エクアドルでは親米路線が続いている。アルゼンチンのミレー大統領(23年)やエルサルバドルのブケレ大統領(24年)に続くノボア氏の再選は、中南米地域での保守回帰の流れを太くするものと言える。
現在、エクアドルは、隣国のコロンビアやエクアドルから流入する麻薬密売組織によって治安が悪化しており、ノボア氏は治安回復のために米軍が必要との立場をとる。治安回復に向け米軍の駐留復活を念頭に、外国軍駐留を禁じる憲法の改正を図る。ノボア氏は、憲法改正による米軍基地の再誘致を求めることで、治安改善と米国との関係強化の相乗効果を狙っている。一方の米国も、ペルーのチャンカイ港湾施設に中国軍の艦艇が寄港する事態を懸念しており、中国の海洋進出を牽制する目的からエクアドルのマンタとガラパゴスに米軍基地を設置することを検討している。
次にエルサルバドルであるが、2019年に大統領に就任して以来、ナジブ・ブケレ氏は世界最悪レベルだった治安を回復させるため22年に非常事態宣言を発令、令状なしでの身柄拘束を可能にするなど強権的な手法でギャングを次々と収監。治安は劇的に回復し、支持率は8割を超えるようになった。独裁的な政治を進めるベネズエラのマドゥロ大統領やニカラグアのオルテガ大統領が米国と距離を置くのとは対照的に、ブケレ氏は不法移民の国外追放を看板政策に掲げるトランプ大統領に接近、米国が国外追放した250人以上に上る移民をエルサルバドルの刑務所で受け入れることでトランプ氏との蜜月関係を築くことに成功している。
親中路線を修正しつつあるアルゼンチン
中南米では、米中間のバランスをとる等距離外交を展開する国が多い。アルゼンチンもそうした国の一つだったが、クリスティナ・フェルナンデス前大統領の時代、中国寄りの政策を採るようになった。長く続いた左派政権のポピュリズム的な経済政策により膨大な財政赤字やインフレに苦しみ経済破綻に陥ったアルゼンチンは財政難をカバーするため、中国と通貨スワップ協定を結び金融支援を受け、また大型インフラプロジェクトを中国に頼ったのだ。2014年には中国と包括的戦略パートナーシップを締結、2017年にはアジアインフラ投資銀行に加盟、2022年には一帯一路構想に参加するなど急速に中国に傾斜していった。中国はリチウムや石油などアルゼンチンの鉱物資源やエネルギー分野への直接投資を拡大させている。
しかし23年の大統領選で「アルゼンチンのトランプ」ともいわれる右派のハビエル・ミレイ氏が当選した。ミレイ氏は大統領選挙中、「共産主義者とは取引しない」として中国やブラジルとの関係見直しを示唆しており、中国傾斜を強めるブラジルのルラ大統領を「怒れる共産主義者だ」などと批判、それまでの両国の蜜月関係は終わりを告げた。もっともアルゼンチン経済が抱える深刻な外貨不足と債務問題の解決には中国の経済力が不可欠なため、ミレイ政権は通貨スワップ協定を更新、全面的に中国との関係を断つまでには至っていない。ただ安全保障上センシティブな分野(宇宙、通信技術など)での中国との協力を避けるなど中国への依存度を下げ、米国などとの関係を強化する動きも見せている。
ミレイ大統領はトランプ大統領と良好な関係を築いており、24年11月に訪米、トランプ氏が大統領当選後に初めて会談した外国首脳となった。また翌年1月のトランプ大統領の就任式にも出席。外国首脳の大統領就任式参加は米史上初とされた。ミレイ政権は、イデオロギー(反共)とプラグマティズム(経済的実利)の間の綱引きが続いている状態といえる。
株価や通貨ペソが下落するなどアルゼンチンの経済情勢が不安定化する中、ベセント米財務長官は25年10月、アルゼンチン向けの200億ドルの通貨スワップ協定を含めた経済支援措置を発表した。トランプ大統領も訪米したミレイ大統領との会談で、10月の議会中間選挙で勝利すれば、引き続きミレイ政権への経済支援を継続すると約した(図表4参照)。
内政面では、ミレイ大統領は財政赤字とインフレ問題に対処するためリバタリアン思想に基づく経済改革を掲げ、国家による経済介入を徹底的に排除する姿勢を強めている。その成果として、インフレ率は大幅に低下し、2010年以来初めて財政収支も黒字を達成し、国際通貨基金(IMF)もミレイ政権の政策を高く評価し支援継続を約している。その反面、補助金の削減により電気・ガス料金や交通費が急騰し中低所得者など国民生活に支障も出ている。
一方、フェルナンデス前大統領はミレイ政権誕生後も政界の重鎮として国内左派から強い支持を得ていたが、大統領在職時の公共事業を巡る汚職で公金を横領したとして、25年6月、懲役6年と公職永久追放の罪が確定した。「影の大統領」とも呼ばれていたフェルナンデス氏が表舞台から消えることは、少数与党を率いるミレイ大統領にとっては追い風になっている。
親中反米の国々
一方、社会主義国のキューバや中南米で権威主義者が政権を握っているニカラグア、ベネズエラは中国と緊密な関係を築いている。その裏返しとしてこの三国は反米色が強い。
カリブ海の社会主義国キューバは長らく米国と敵対関係にあったが、2014年にオバマ大統領はそれまでの政策を転換。翌15年にはキューバに対するテロ支援国家の指定を解除し、国交を回復させた。だが第1期トランプ政権はこれを一転させ、キューバに対する制裁を強化、退任間際の21年1月には再びキューバをテロ支援国家に指定した。次のバイデン政権は再びテロ支援国家の指定を解除するが、第2期トランプ政権はまたもこの解除を撤回したほか、キューバのディアスカネル大統領への制裁も発表した。
オバマ政権下で経済制裁が緩和され、米国からの観光客が増加するなどキューバの経済は一時息を吹き返したが、その後のトランプ政権による制裁強化やコロナ禍の影響で再び経済は落ち込んだ。キューバのアロンソ経済企画相は「米国による制裁がキューバの経済・社会発展の最大の障害」と米国を強く批判している。
ニカラグアでは、1979年の革命で30年代から続いた親米独裁政権を左派勢力が打倒した。そして1984年の大統領選で左翼ゲリラ組織サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)出身のダニエル・オルテガ氏が初当選。2007年から再び大統領に就き、14年には憲法の再選禁止規定を撤廃。年金削減の大統領令などを契機に発生した18年の反政府デモを鎮圧し、300人以上が死亡するなど強権化を進めた。
21年11月の大統領選挙でも左派現職のオルテガ氏が連続4期目、通算5期目の当選を果たした。だがオルテガ政権は大統領選で対立が予想される有力な立候補予定者やジャーナリストら約40人を反逆の疑いなどで拘束し、出馬できない状況に追い込んだ。
独裁色を強めるオルテガ政権に経済制裁を科している欧米諸国は選挙の正統性を認めず、バイデン米大統領は声明を発表し「自由でも公正でもない茶番劇の選挙だった」と非難している。
自由諸国との関係を悪化させる一方、ニカラグアは中国への接近を進め、大統領選翌月の21年12月、台湾との断交を発表した。中国はインフラ投資など経済支援を進めるほか、新型コロナウイルスのワクチンを積極的に提供してニカラグアとの関係を強化している。オルテガ政権は今後さらに独裁が加速する恐れがある。
ベネズエラは伝統的に米国と協調する親米路線をとってきたが、1999年から14年間にわたり政権を担当した社会主義統一党のチャベス大統領がそれまでの親米路線を否定、「21世紀の社会主義」建設を標榜し、ベネズエラ石油公社(PDVSA)の掌握など経済活動の国家管理等を行い強権体制を強めた。チャベス大統領が2013年に死去すると、その腹心であった副大統領のニコラス・マドゥロ氏が政権を継承。マドゥロ大統領も反米の急先鋒として度々米国批判を展開してきた。
2018年の大統領選挙では、選挙前に有力野党政治家の選挙権をはく奪するなどマドゥロ政権の不正が横行し、主要野党はそれに反発して選挙をボイコットした。マドゥロ大統領は再選されたと主張するが、クアイド国民議会議長は「大統領選挙は憲法違反で無効」と主張し、自らが暫定大統領である宣言した。米国や西側諸国はグアイド暫定大統領への支持を表明し、反米左派のマドゥロ政権の正当性を認めなかった。欧米との対立が強まる中、マドゥロ大統領は中国やトルコ、ロシアとの接触を強めつつある。
マドゥロ氏は2024年7月に実施された大統領選挙で勝利を宣言、25年1月に3期目の政権を発足させた。しかし野党側は今回も選挙に不正があったとして、みずからの集計結果をもとに元外交官で野党統一候補だったエドムンド・ゴンサレス氏の勝利を主張、米国を含む先進7カ国(G7)もゴンサレス氏の勝利を支持している。ゴンサレス氏は正当な大統領として自らが就任するため帰国を模索したが、政権側による国境封鎖などで断念に追い込まれた。大統領選を巡っては、選管当局がマドゥロ氏の勝利を発表したが、詳細な記録は一切公開されていない。就任式典に訪れた国家元首は、キューバとニカラグアのみ。ベネズエラ同様、「民主主義」からは程遠い国だ。
マドゥロ氏は就任式で「私は米国や中南米右派政府によって大統領に任命されたのではない。国民の負託を受けたものだ」と米国や民主諸国をけん制した。一方、バイデン前米政権は、24年のベネズエラ大統領選は不正の疑いがあるとして、マドゥロ氏の勝利を認めず、バイデン米大統領は大統領選の野党統一候補で、マドゥロ政権の弾圧によりスペインに亡命したゴンサレス氏とホワイトハウスで会談し、ゴンサレス氏をベネズエラの「次期大統領」と呼んで歓迎し支持する姿勢を示した。
第2期トランプ政権もマドゥロ政権の正統性を認めない姿勢を維持しているが、25年7月、米国でギャング構成員と見なされたベネズエラ人移民252人と、マドゥロ政権が拘束していた米国人10人を交換することでベネズエラ政府と合意した。これをきっかけにトランプ政権はそれまで圧力をかけてきた反米左派のマドゥロ政権と対話姿勢に転じるかに思われた。
しかし8月に入ると、米国への麻薬流入阻止に力を入れるトランプ政権は、マドゥロ氏が直接密輸に関わったコカイン7トンを押収したことと明らかにし、麻薬テロなどの罪で起訴されているマドゥロ氏の逮捕につながる情報への懸賞金を5000万ドル(約74億円)に倍増し、再び圧力を強めたため、両国の間に緊張が高まった。またベネズエラの犯罪組織が米国への麻薬密輸を主導しているとして、米軍はカリブ海南部に強襲揚陸艦を含む水上艦7隻や原子力潜水艦、4500人規模の兵士を派遣し、威圧に出た。さらにトランプ大統領はベネズエラ周辺海域の「完全な封鎖」を行うと公表。石油収入に依存するマドゥロ政権に対する包囲網を強化している。
これに対しマドゥロ大統領は、ベネズエラの「体制転換」を図っているとカリブ海に軍を展開している米国を批判したが、9月以降米軍は米国に麻薬を運んでいるとしてべネズエラ周辺海域で同国の麻薬運搬船とみなした船に対する攻撃を繰り返しており、これまでに100人以上が死亡している。
ペルーとブラジル
中南米諸国のなかでも近年中国との接近が目立つのがペルーとブラジルだ。両国にとっていまや中国が米国を上回る最大の貿易相手国となっており、中国によるインフラ整備への期待も高い。
ペルーでは2021年7月の大統領選挙で、急進左派のペドロ・カスティジョ氏がアルベルト・フジモリ元大統領の長女ケイコ氏との接戦を制し、大統領に就任した。大統領選でカスティジョ氏は国民に「汚職のない国と新たな憲法」を約束。カスティジョ氏はフジモリ氏在任時に修正された現憲法が「大企業だけを利する」と批判し、憲法改正のために「制憲議会創設を進める」と述べた。鉱山などの国有化も訴えており、国家主導の保護主義的な経済への転換を進めようとしている。
そのペルーに中国が接近、24年には太平洋に面するペルーのチャンカイ港が中国主導で整備された(図表5参照)。チャンカイ港湾施設は、南米の太平洋岸で最大。超大型コンテナ船なども接岸が可能で、中国による巨大経済圏構想「一帯一路」において中南米の中核となる戦略的にも重要な港だ。米軍が「有事には軍事利用の可能性もある」と警戒している。そのほかにも大型プロジェクトの計画も持ち上がっている。

中南米最大の経済大国であるブラジルも、米中のバランス外交に腐心しつつも、最近では中国への傾斜が進む。ブラジルでは22年の大統領選挙で、現職右派のジャイル・ボルソナロ氏が僅差で左派のルイス・イナシオ・ルラ氏に敗れた。ルラ政権は「南・南協力」や「多極世界」の構築を掲げ、米国から距離を置き中国との貿易関係を深化させている(図表6参照)。
ルラ大統領は25年5月中国を公式訪問し、習近平国家主席と会談した。トランプ政権の関税政策を念頭に、保護主義への懸念にも言及した。両国は貿易や通貨スワップなど各方面の連携強化に合意、ブラジルは中国から総額270億㌦(約3兆8000億円)の投資を引き出すことに成功した。またロシアとウクライナの戦争の早期集結に向けた対話への協力を両国が進めることでも両首脳は合意した。
さらに注目を集めたのは、大西洋岸にあるブラジルの主要港湾都市イリェウス市とペルーのチャンカイ湾を結ぶ「南米大陸横断鉄道(正式名称は大洋間中央鉄道回廊・CFBC)」の共同建設に向けた協議に両政府が合意したことだ。全長5000㌔にも及ぶ壮大な計画で、実現すれば南米とアジアを結ぶ流通革命にも相当する事業だ。世界有数の食料生産力とレアメタル(希少金属)、原油などの資源を持つ南米の位置付けが大きく変わる可能性もある。これまでパナマ運河を利用していた南米の太平洋岸からの輸送が鉄道に変わり、10日から20日の期間短縮と経費削減に繋がる。
ブラジル・ルラ政権と対立する米・トランプ政権
2022年の大統領選挙で左派のルラ候補に僅差で敗れた現職保守のボルソナロ大統領は選挙の不正を示唆、それに呼応して彼の支持者4千人が大統領府 や連邦最高裁判所 、 国会議事堂などを襲撃する事態となった。ブラジル検察は24年、大統領選に敗れた後も権力を維持するためにクーデターを企てたとして、ボルソナロ前大統領らをクーデター未遂などの罪で最高裁に起訴した。ボルソナロ氏はトランプ氏を慕っており、またその過激な発言から「ブラジルのトランプ」とも呼ばれている。そして政権復帰を果たしたトランプ氏の存在を追い風に、25年10月に予定されている大統領選挙で返り咲きを狙っている。
トランプ大統領はボルソナロ容疑者に対する裁判を「政治的魔女狩り」と批判、即時停止を求めているが、ルラ政権はその要請を無視、25年3月にはブラジル最高裁がボルソナロ氏に対する裁判の開始を決定した。ルラ政権への不満を強めたトランプ大統領は25年8月からブラジルに対する関税をそれ前の10%から一挙に50%に引き挙げた。トランプ氏は黒字国に対する関税率は低く抑えており、ブラジルは米国にとって貿易黒字国だ。それにも拘らず一挙にこれまでの5倍の関税を課すことでルラ政権を強く威圧する狙いが込められている。
一方、政権支持率の低迷が続くルラ氏は、トランプ関税を「ブラジルの主権や司法の独立権を侵害、不当な干渉で脅迫だ」と批判。愛国心に訴えて国内の一体化を図り、支持率の回復につなげることで再選(4戦目)をめざしている。25年9月、ブラジル最高裁はボルソナロ前大統領に対し、禁錮27年3か月の判決を言い渡した。翌月、トランプ大統領はルラ大統領とビデオ会談し、関税を巡り協議した。10月下旬にマレーシアで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議での対面会談も提案した。
4.パナマ運河を巡る米中の駆け引き
いま中南米において米中両国の駆け引き、せめぎあいが最も顕著なのがパナマである。24年の大統領選に勝利を収めたトランプ氏は、政権復帰早々、中南米地域における中国の影響力拡大に対抗する姿勢を次々と打ち出した。最も強く主張したのがパナマ運河からの中国の排除であった。
パナマ運河は太平洋と大西洋を全長約80キロ・メートルで結ぶ海上輸送の要衝。米国が20世紀初めに建設して管理したが、1977年にカーター大統領(当時)が返還に合意。99年にパナマ側に管理権が移った。現在は香港系の企業が運河の両側にある港の運営を担う。パナマは17年に台湾と断交し中国と国交を樹立している(図表7参照)。
トランプ氏は1月の就任演説で「パナマ運河は中国が運営している」と批判。また通航料が高すぎると不満を示し、米国は運河の管理権返還を求めると主張し、早速ルビオ国長官をパナマに向かわせた。米国務長官が就任後最初の訪問先に中南米を選ぶのは、1912年以来のことだった。
25年2月、ルビオ米国務長官はパナマでムリノ大統領と会談し、トランプ米大統領が中国の「影響と支配」をパナマ運河への脅威だと見なしていると伝達し、パナマ運河から中国の影響力を排除するよう求めた。ルビオ氏は「早急な変化がなければ、米国は必要な措置を取る」と警告、軍事力の行使も示唆した。これに対しムリノ大統領は会談後の記者会見で、「運河はパナマが国が運営していることに疑いはなく、今後も変わらない」と強調し、トランプ氏の主張を否定した。その一方、パナマが中国と国交を結んだ2017年に交わした「一帯一路」の協力に関する覚書について「私の政権では更新しない」と明言し、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する方針を示した。
パナマ運河の5つの港のうち2つを運営するHatchison Parts(ハチソン・ポーツ)という香港企業の存在がある。パナマ運河でハチソン・ポーツは、パナマ政府の認可を受け、大西洋側はクリストバル港を、太平洋側ではバルボア港の運営を1997年から行っている。また、自動更新条項などにより2047年までは運営権を所持している。
3月初め、ハチソン・ポーツを傘下に収めるCKハチソン・ホールディングス(長江和記実業)が、パナマ運河の両端にある2つの港を含む世界各地の港の運営権を、米国の資産運用大手・ブラックロックが主導する企業連合に228億ドル、日本円にしておよそ3兆4000億円で売却する計画を発表し、合意文書の締結は4月に行われることになった。
だが中国当局が、「経済的威圧」と批判して反対の構えを示した。中国政府が阻止しようと香港側へ圧力をかけている。習近平政権は、事業売却は「国益」に反すると主張。パナマ運河の奪還を目指すトランプ米政権への対抗姿勢をむき出しにしている。売却を阻止しようとする中国当局からも圧力を受け、文書の締結は延期された。
さらに7月になるとCKハチソンホールディングスはパナマ運河周辺2港の売却取引の交渉期間を延長すると発表、また売却先の企業連合に中国の投資家を参加させる意向を表明した。以後、表立った動きは伝えられていないが、水面下で米中の対立や駆け引きが続けられており、パナマ政府はその間に立たされ苦慮する状況が続いている。
5.低下する米国の影響力
これまで中南米は“米国の裏庭”と呼ばれてきたが、米国による中南米政策の手段は専ら軍事力に依拠するもので、支配と強権が蔓延ってきた。しかも冷戦後、この地域に対する米国の関心は薄れ、各国の米国への不満は募った。さらに自国経済の低迷悪化も加わり、中南米では左派政権が相次ぎ出現、自由や民主主義を基調とする政権の育成発展は実現しておらず、不安定な状況が続いている。
そのような動きを奇貨として中国が接近を図っており、それに対処すべく、バイデン政権は2022年6月、米州首脳会議を開催した。共同宣言は20カ国が採択し、米国とカナダがゲストワーカーと呼ばれる短期労働者の受け入れ拡大を約束し、その他の国は移民保護を強化することに同意した。ただし米国が左派政権のキューバ、ベネズエラ、ニカラグアを招待しなかったことに反発し、メキシコが出席を見送る決定をし、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルの首脳がこれに同調したため、米州機構(OAS)35カ国のうち国のトップを派遣したのは23カ国にとどまり米国の影響力低下が露呈することになった。
バイデン政権は、「経済繁栄のための米州パートナーシップ」と称して、親米諸国に対し半導体やクリーンエネルギー分野での投資促進と起業および競争力とサプライチェーンの強靭化に取り組んだが、十分な成果を上げたとはいえず、トランプ政権による引継ぎもない。個別のディールを重視するトランプ大統領には、マルチの仕組みを活用する発想はなく、米国が参加するOAS(米州機構)をベースとする米州サミットの見通しも立っておらず、中国のラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)プロセスを通じた効率的なアプローチに対抗できるか疑問である。
しかも第2期トランプ政権による高関税の賦課など自国中心主義が米国と中南米諸国の距離を遠ざける結果になっている。また強権的な政治姿勢を前面に押し出し、反移民、反麻薬の名目で敵対する左派政権に軍事的経済的圧力を強める半面、思想的盟友である保守ポピュリズム指導者を支援するなどトランプ政権による中南米諸国への干渉が目立っている。トランプ政権の新モンロー主義が鮮明になりつつあるなかで、たとえ米国が「麻薬の拡散や中国の勢力拡大を食い止めるため」と主張しても、中南米諸国からは米国が自身の拡張主義を正当化しているに過ぎないと受けとめられがちだ。露骨な脅しで影響力を行使する手法はこの地域の中国傾斜に拍車をかけ、逆効果となる恐れがある。
またトランプ政権が進める不法移民の強制送還措置が中南米に動揺を与えている。米州開発銀行(IDB)は、大規模な不法移民の強制送還が続いた場合、中南米・カリブ海諸国の経済に甚大な影響・被害を及ぼすことになるとの警告を出している。IDBの試算によると、米国で働く移民は、不法移民だけでも2800万人近くに及び、中南米・カリブ海地域に少なくとも年間1600億㌦(約25兆円)を送金している。
ニカラグアやホンジュラス、エルサルバドル、ハイチ、グアテマラなど経済規模の小さな国は、国内総生産(GDP)の4分の1から5分の1近くを米国で合法・非合法的に働く国民からの送金(仕送り)に依存しており、移民の強制送還が続けば経済や社会に大きな影響を及ぼす可能性があるのは間違いない。移民による送金のほとんどは、貯蓄ではなく、地元の家族の生活費や教育・医療費に使用されることが多く、地域経済に欠かせないものだ。そのため不法移民の強制送還が続き各国の社会不安や米国批判が強まれば、それを奇貨として投資や財政・社会支援などの形で中国が影響力を伸ばすのではないかという懸念も出ている。
6.中南米は中国一辺倒になるのか
では今後、中南米諸国と中国との関係がさらに緊密化し、この地域は“中国の裏庭”と化してしまうのだろうか。確かにトランプ政権の政策に反発し、反感を抱く国は多い。しかしその反面、中国と価値観を共有する国が多いわけでもない。米中の双方を天秤にかけ、より多く実利の得られる側につこうと両睨みの方針を採っている国が多いのが実態だ。
日本の外務省が23年11月〜12月にかけて、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、メキシコ、ボリビア、ウルグアイ、トリニダードトバゴで実施したアンケート調査(18〜65歳、各国300〜400人)によれば、「現在重要なパートナーはどこか」との質問に対し、ウルグアイおよびボリビアでは、中国が米国より重要と答えた人が多かったが、他の国においては、米国重視の人が多数であった。さらに、「最も信頼できる国はどこか(一つ選ぶ)」との質問に対しては、全ての国で米国が圧倒的に1位であり、中国は10%台ないし一桁台に留まった。中国は多くの国で経済的存在感は増しているが、国としての「信頼」を勝ち得ているとは言えないのが現状だ。
中国に対する信頼感の低さは、中国との関係を強めれば経済的な利益が得られるとの期待が後に裏切られるケースが相次いでいることと無関係ではない。中国の一帯一路構想に参加しても、想定していたような経済発展が達成できないばかりか、対中債務が増大し自国の社会インフラが中国に奪われてしまうケースや、貿易の不均衡から中国側だけが一方的に利益を得るケースが中南米諸国の不満を募らせている。
その一例としてアルゼンチンやホンジュラスの場合を見てみよう。アルゼンチンのブエノスアイレス港では、中国の融資を受け中国企業によって最新のターミナルが建設されたが、開業以来寄港する船舶がほとんどなく遊休状態に陥っている。港湾当局は融資を返済することが出来ず、中国がターミナルの経営権を握ることをアルゼンチン側は懸念している。またアルゼンチンの排他的経済水域では多数の中国漁船が連携して長期間違法操業を繰り返し、地元漁民が被害を受けている。ウルグアイやチリ、ペルーなどでも同様の被害を受けている。アルゼンチン政府が抗議しても中国政府は違法行為を否定し、事実を認めないという。
ホンジュラスでも中国への失望が強まり、親中路線の見直し論議が起きている。2023年3月、ホンジュラスのカストロ大統領は台湾との断交を宣言し、中国との国交樹立に転じた。当時、ホンジュラス政府はその見返りとして、巨額の投資やインフラ整備、経済協力が中国からもたらされると主張していた。だがその後の2年間、ホンジュラスは中国からの大規模投資を見ることはなく、むしろ中国の貿易ダンピングの被害国の一つとなっている。
ホンジュラス経済開発省の統計によると、中国のホンジュラスへの年間輸出額は20億ドル(約650億台湾ドル)に達する一方、ホンジュラスの中国への輸出額はわずか4000万ドル(約13億台湾ドル)に過ぎず、この国は世界で対中貿易赤字が最も深刻な国の一つとなってしまった。
中国の経済約束が実現せず、ホンジュラスの貿易赤字拡大
そのためホンジュラスでは台湾と断交し中国と国交を開いたことに対する疑念が増大し、政府に外交政策の見直しを求める声が徐々に大きくなっている。ホンジュラスでは25年11月に大統領選挙が実施されたが、カストロ大統領の与党・自由復興党(LIBRE)に対し二大野党である「自由党」と「国民党」の候補者は揃って台湾との外交関係回復と中国との断交を支持する姿勢を表明し、選挙戦の焦点の一つとなった。
中道右派野党の「自由党」の候補者で前副大統領のサルバドル・ナスラヤ氏は、これまでから親台湾の立場を表明してきたが、今回の大統領選挙で当選したならば台湾との国交回復を推進すると主張した。ホンジュラスが中国と国交を樹立して約2年が経過したが、経済的利益は期待通りに向上せず、むしろ中国からの貿易ダンピングの影響を受け国内の中小企業が閉鎖を余儀なくされ経済全体が悪化したことがその理由だ。ナスラヤ氏は、自由貿易協定(FTA)の名の下に「経済的植民地化」を実行し、「搾取」と「ホンジュラスの植民地化」を企図していると中国を強く批判し、台湾との国交を回復することで、より安定した経済貿易支援が得られるだけでなく、米国との関係強化にも寄与し、ホンジュラスの国際的地位を向上させることができると訴えた。
一方、トランプ大統領が支持する右派野党「国民党」の候補者ナスリ・アスフラ前テグシガルパ市長も、カストロ政権が中国との国交樹立のために台湾との長年のパートナーシップを犠牲にしたことは重大な過ちであり、当選すれば直ちに台湾との国交を回復すると公約していた。開票の最終発表が遅れているが、選挙の結果、左派与党・自由復興党の候補が敗北し、アスフラ氏が当選の見込みで政権交代が確実となった。
7.米国がとるべき中南米政策
中国との関係が強まる一方、中南米各国の対中不満も表面化しつつある状況の中、米国がこの地域での信頼と影響力を回復するためには、強権威圧を前面に押し出すような政策や姿勢を見直し改めていく必要があろう。
近年、中南米ではトランプ大統領に立場の近い指導者が政権を掌握する動きが出ている。23年にはアルゼンチンの大統領にミレイ氏が就任、24年にはエルサルバドルのブケレ大統領が再選をはたし、さらに25年4月にはエクアドルのノボア大統領も再選された。
そのほか同年10月のボリビア大統領選では、中道のパス新大統領の勝利で20年続いた反米左派政権が終結。さらに12月にはホンジュラスの政権交代に加え、任期満了に伴うチリの大統領選の決選投票で右派野党共和党のホセアントニオ・カスト元下院議員が与党の左派候補に大差で勝利し、親米路線に政策を転換する見通しだ。

一方、25年12月、米ホワイトハウスは第二期トランプ政権で初となる包括的な安全保障政策「国家安全保障戦略(NSS)」を公表した。そこでは米国の国益を最優先とし、中南米を中心とした「西半球」への対応を重視する外交姿勢を打ち出している。だが、中南米における「ピンクの潮流」に変化の兆しが出始めている現在、米国がなすべきは力や覇権の押し付けだけではなく、選ばれるカンターパートとなるための努力である。軍事介入や高関税、一方的制裁といった強権威圧の政策だけでは短期的には一定の効果を伴うが、長期的には米国に対する不満と反発を招き関係の悪化に帰着しよう。それは中国を利することにもなってしまう。
そのような結末を回避するには、まずは関税の緩和や特恵貿易枠の再構築などで信頼を取り戻すとともに、長期融資や透明性が高く環境にも配慮した開発ファイナンスの拡充、さらに質の高いインフラ投資などで中南米諸国にとって魅力の高い経済政策を打ち出していくことだ。
また軍事力に偏重した安全保障政策を抑制し、治安支援や司法・ガバナンス強化(司法整備、汚職対策、捜査能力や海上安全の確保)を中心とした民政支援に重点を移す必要がある。さらに気候変動対策や再エネ・技術協力で“共通の利益”を作り上げることも重要だ。その際、二国間の押し付けとならぬよう、OASやCELAC、地域開発銀行など地域協力機構の枠組みを活かす工夫が求められよう。
要約すれば、これまでのような上下の関係から対等の関係へと改め、威圧ではなく中南米諸国の継続的な発展と民主主義の普及、民生の安定実現のためにイニシアティブを発揮すること、そして共存共栄、ウィンウインの関係を目指すべきであり、そのような取り組みに力を注げば、中国の浸透を阻むことは決して不可能ではない。
米国との関係を重視するメキシコ、グアテマラ、ドミニカ、本来は親米であるはずのパナマ、トランプ氏との個人的な盟友関係を重視するミレイ大統領のアルゼンチン、さらに右派が政権を維持しているパラグアイやエクアドルなどとの関係を強化することも重要だ。
ルビオ国務長官は25年12月、南米で唯一、台湾と外交関係を維持する親米保守国パラグアイのラミレス外相と軍事分野の地位協定(SOFA)を締結、直面する安全保障上の脅威に両国が共同して対処する方針が打ち出された。2026年は5月にコロンビア大統領選、10月にはブラジル大統領選があり、左派政権の行方も注目される。中南米出身のルビオ国務長官のさらなる手腕が問われよう。
(2025年12月26日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)







