海における法の支配と日本の海洋政策

海における法の支配と日本の海洋政策

2017年10月30日

はじめに

 日本は海に囲まれた国である。排他的経済水域(EEZ)の面積は世界第6位であり、海洋資源の恩恵を受けてきた長い伝統がある。さらに、エネルギー資源の大半を海上輸送による輸入に依存している。したがって海洋の安全を維持するために法の支配を確立することは、日本にとってきわめて重要な問題である。
 現在の国際社会で海洋における法の支配について論じる場合、海洋の統治に関する包括的な一連の国際法規則である「国連海洋法条約」(UNCLOS)の重要性を決して無視することはできない。本稿では、UNCLOSに基づく日本の海洋政策について述べる。

1.UNCLOSと日本の法制度

(1)UNCLOS批准に伴う日本の法整備

 日本は1996年にUNCLOSを批准した。そして同条約の下での権利・義務の国内実施のために、「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」(法律第74号)、「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」(法律第76号)、「領海及び接続水域に関する法律」の改正(領海法施行令の一部を改正する政令、1993年政令第383号、1996年政令第206号)を含む8件の法整備を行った。
 日本はさらに海洋法に関連するいくつかの法律を制定した。ここでは2件の主要な法律、すなわち「海洋基本法」及び「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」について述べる。

(2)海洋基本法(2007年4月27日法律第33号)

 UNCLOSを批准して以降、日本では総合的な海洋政策を促進するための法的根拠の必要性が議論されてきた。こうした背景のもと、2007年に海洋基本法が制定された。同法第1条にはその基本的な目的が定められている。海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進するため、総理大臣が本部長を務める総合海洋政策本部が内閣に設置され、5年ごとに海洋基本計画を策定することになっている。同法は日本が海洋に関する事項を総合的かつ計画的に推進するための根拠となっている。

(3)海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(2009年6月24日法律第55号)

(i)海賊対処法の背景
 もう一つの主要な立法が2009年の「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(以下、海賊対処法)である。
 UNCLOS第105条は海賊行為に対する普遍的管轄権を規定している。したがって、海賊対処の能力と意思を持つすべての国家は海賊行為に対する管轄権を行使することができる。UNCLOSを批准した当時、日本が海賊行為に対して刑事管轄権を行使する必要性はそれほど高くなかった。ただし、特に東南アジアで発生していた海賊や武装強盗の問題について懸念があった。そのため、日本はそうした違法行為に対応するための国際的枠組みを策定するよう提案し、2004年に「アジア海賊対策地域協力協定」(Regional Cooperation Agreement on Combating Piracy and Armed Robbery against Ships in Asia)が採択された。以降、日本はこの枠組みが効果的に機能するよう財政的・技術的支援を続けてきている。
 その後、ソマリア沖における事態の深刻化を受け、日本は国連安全保障理事会の決議の下での海賊行為と闘う国際協力活動に貢献するための根拠となる法律を検討し始めた。

(ii)海賊対処法の基本的特徴
 海賊対処法は、刑法の特別法として2009年7月24日に施行された。同法が制定された直接的な動機は、海賊行為に対処する国際協力活動、特に国連安全保障理事会の決議に基づいて行われるソマリア沖・アデン湾における海賊対処活動に日本の要員が参加する法的根拠が必要であったことである。これらの海域で海賊行為をする海賊は重武装している場合が多いため、その危険度の高さに鑑み、海賊対処活動は自衛隊が担うことが予測された。しかし同時に日本政府は、ソマリア周辺の問題という特別な事態への対応のためだけでなく、国際法、とりわけUNCLOSに基づいた活動に日本の要員が参加できるようにするための一般的枠組みを作ることが適切であると判断した。
 海賊対処法のもとで行われる海賊への対処は基本的に警察活動である。したがって、同法第5条はこのような活動の主な任務は日本の海上保安庁が実施すると定めている。また第6条に基づき、海賊行為を行っている者が制止に従わず、船舶を航行させて海賊行為を継続しようとする場合、そして船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる十分な理由があるときは、海上保安官及び海上保安官補が武器を使用することを認めている。武器使用のために満たされるべきもう一つの条件は、その事態に応じて武器使用が合理的に必要と判断されることである。これらの規定は、海賊行為は刑事犯罪であり、警察活動と法執行措置を担う資格を有するのは海上保安庁であるとの認識に基づいている。
 ソマリア沖周辺で起きているような深刻な事態に対応するため、第7条及び第8条はより強力な措置が必要となる場合に自衛官が海賊対処に必要な行動をとることも認めている。自衛隊の任務は海上保安庁の活動を補完するものと考えられているため、第7条は自衛隊が活動する場合の厳しい条件を定めている。第8条は海賊対処活動における自衛官の武器使用を制限している。

(iii)財政・技術支援の重要性
 日本政府が2007年からソマリアの人道・安全保障分野の状況改善に向けて財政支援を続けてきたことにも言及しておきたい。日本はこの地域の他の国々に対しても様々な財政・技術支援を行い、国際協力の拡大にも貢献してきた。日本は公海上及び陸上における包括的な問題解決の重要性を強調するとともに、この地域の沿岸警備隊の能力構築を支援している。

(4)法執行及び警察活動の能力構築に関する国際協力

(i)日本の法制度における海上保安庁と自衛隊の任務の区別
 海賊対処法の基本的構造は、日本の法制度における海上保安庁と自衛隊の任務の明確な区別に基づいている。海上保安庁の任務は、海上保安庁法第2条1項及び第5条に基づく法執行及び警察活動である。それに対し、自衛隊法第3条1項による自衛隊の基本的任務は、日本の平和と独立を守り、国の安全を保つため、日本を防衛すること、そして必要に応じて公共の秩序を維持することである。
 海上保安庁法第19条及び第20条は、海上保安官らが職務を行う上での武器の携帯及び使用を厳格に制限している。さらに、第25条は海上保安庁及びその職員が行う職務の軍隊としての性質を明確に否定し、第31条1項は海上保安官及び海上保安官補が海上における犯罪に関して行う職務は、司法警察職員としてのものであることを明確に定めている。

(ii)沿岸警備隊制度に対する能力構築と総合的信頼醸成に関する国際支援
 警察活動及び法執行措置と、軍事活動とを区別することは国際紛争の悪化を防ぐために重要だと考えられている。アジアにおける現在の情勢を踏まえれば、国際的な海洋紛争の悪化を防ぐことは特に重要である。したがって、日本はアジア太平洋地域において沿岸警備隊制度の能力構築及び信頼醸成に貢献する努力をしてきている。

2. UNCLOSの紛争解決制度に対する日本の貢献

 次に、UNCLOSの紛争解決制度に対する日本の貢献について述べる。

(1)UNCLOSの解釈又は適用に関する紛争解決制度

 UNCLOSは多種多様な規則を規定し、多様な制度を設けているため、起草者たちは効果的な紛争解決制度を確立する必要があることを十分に認識していた。その努力が最終的に第15部に規定される制度の構築をもたらしたといえる。
 第15部第1節は国際紛争を平和的手段によって解決する義務と、紛争当事国が選択する平和的手段による解決を尊重するよう定めている。これは国連憲章の第2条3項及び第33条の基本理念を反映したものである。
 第1節に続き、UNCLOS第15部第2節は、第1節に定める方法によって解決が得られなかった紛争を、義務的管轄権を持つ国際裁判所に付託することを可能にしている。この節では、義務的管轄権を強化することが必要であるとの認識が反映されている。第287条により、すべての締約国が少なくとも附属書VIIに基づいて組織される仲裁裁判所の義務的管轄権を受け入れているものとみなされることになる。ただし、同条は、4つの裁判所のいずれかの選択、又はそれらの優先順位を宣言により示すことを締約国に認めている。第3節は、第279条で第2節の規定の適用の制限を規定するとともに、第298条で、同条で規定される種類の紛争を義務的管轄権の対象から除外する宣言をすることも当事国に認めている。

(2)日本と国際司法裁判所(ICJ)

(i)国際裁判に関する日本の第二次大戦以降の政策
 UNCLOSの紛争解決制度に関する日本の政策について考えるには、まず第二次大戦以降の日本の外交政策を振り返る必要がある。戦後、国際社会における地位を再確立する過程において、日本は、国連憲章の第2条3項及び第33条が規定している国際紛争平和的解決義務の重要性を強調してきた。日本が国際紛争の平和的解決義務を尊重する意思表示として行った主な行動の一つが、1956年に国連に加盟する前の1954年に国連の主要な司法機関である国際司法裁判所(ICJ)規程の当事国になったことである。さらに、早くも1958年9月15日には、ICJ規程第36条2項に基づいてICJの管轄を義務的であると認める宣言をした。これらの行動により、日本はICJの手続を通じて国際紛争を解決し、ICJの権限を尊重する意思表示をしたのである。

(ii)ICJの管轄を義務的と認めた日本の宣言
 日本は1958年以降、原則としてICJの管轄を義務的なものとして認める宣言を維持してきた。1958年の最初の宣言では一点だけ留保を付したが、2007年及び2015年にそれぞれ第二、第三の留保を加えている。
 海洋法との関連では、2015年に加えられた第三の留保が重要である。この留保により、日本政府は「海洋生物資源の調査、保存、管理又は開発について、これらから生じる、これらに関する又はこれらに関係のある」日本と他の締約国間のいかなる紛争もICJの義務的管轄権の対象から除くこととした。
 この留保により、日本は、このような紛争についてはUNCLOSが規定する義務的手続にしたがって解決することを選択したことになる。すでに説明したように、UNCLOS第15部は締約国間の義務的な紛争解決手続を強化した形で定めている。したがって、ICJ規程の第36条2項の下での宣言とUNCLOS第15部第2節に基づく義務的管轄権により、日本が関わる海洋紛争については、二つの義務的裁判に付託が可能な状態となっていたのである。実際、海洋生物資源の調査計画に関する紛争で、日本はこれまでに二つの事件で義務的管轄権を持つ裁判手続で訴えられることになった。「みなみまぐろ事件」では、UNCLOS附属書VIIに基づいて組織された仲裁裁判所に紛争が付託されたのに対し、「南極海捕鯨事件」では、ICJに紛争が付託された。2015年に留保を加えたことにより、日本政府は海洋生物資源に関連する紛争について、UNCLOSが規定する義務的手続を優先することを明確にしたことになる。これは、とりわけUNCLOSが紛争解決手続に科学・技術分野の専門家の関与を認めているためである。

(iii)南極海捕鯨(オーストラリア対日本:ニュージーランド訴訟参加)2014年3月31日判決
 南極海捕鯨事件は、日本の第二期南極海鯨類捕獲調査(JARPA II)をめぐる紛争において、オーストラリアがICJ規程第36条2項に基づいて日本を提訴し、ニュージーランドが訴訟参加したものである。ICJは、JARPA IIが国際捕鯨取締条約第8条1項の規定に合致しないとの結論に達した。この判決に従い、日本は直ちにJARPA IIに対して発給していた特別許可書を取り消し、計画を中止した。その後、日本は新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP-A)を策定した。同計画は国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会がレビューで述べたコメントを考慮して最終化され、2015年11月にIWCに最終版が提出された。IWC科学委員会のレビューを経て、日本は致死的調査を含むNEWREP-Aの実施を開始した。

(3)日本とUNCLOSの紛争解決制度

 UNCLOS第15部の手続に関する日本の経験について述べる。
 日本はUNCLOS第15部が国際海洋紛争の平和的解決とすべての締約国による法の支配の遵守に資するものであると考えている。UNCLOSの実効性を高めるため、日本はその諸活動に貢献する努力をしてきた。国際海洋裁判所(ITOLS)に日本人の判事を輩出してきたこともその一例である。日本がUNCLOSによって確立された紛争解決制度を尊重している事実は、自らが当事国となった裁判への対応によっても確認することができる。

(i)みなみまぐろ事件仲裁裁判
 UNCLOS附属書VIIに基づいて初めて行われた仲裁裁判が、みなみまぐろ事件(オーストラリア対日本及びニュージーランド対日本)である。この裁判では、オーストラリアとニュージーランドがみなみまぐろの調査漁獲に関する紛争をめぐり、附属書VIIに従って仲裁手続を開始するとともに、ITLOSに対して第290条5項に基づく暫定措置の命令を要請した。
 ITLOSは1999年8月27日の命令の中で、「オーストラリア、日本及びニュージーランドは、他の当事国との合意がなされるか又は国別割当量の範囲内でない限り調査漁獲を慎むべき」等とする暫定措置命令を出した。
 日本は、当該紛争は、UNCLOSの解釈又は適用に関する紛争ではなく、「みなみまぐろ保存条約」の解釈又は実施に関する紛争である等の立場をとり、管轄権及び受理可能性に関する先決的抗弁を提起した。日本は先決的抗弁を提起したものの、ITLOSによる暫定措置命令に従った。仲裁裁判所は2000年8月4日の仲裁判断で同裁判所には本件に関する管轄権がないとの判断を示した。この仲裁判断は当事国による紛争解決に影響を与えたのみならず、みなみまぐろ保存のための法的枠組みを強化することに貢献した。
 この事件の裁判の口頭審理において、日本は紛争の平和的かつ最終的な解決を期待してオーストラリア及びニュージーランドとの交渉を再開する意思を示した。その声明を受けて仲裁裁判所は当事国に対し仲裁判断後に誠実な交渉を行うよう促した。それに同意した当事国は仲裁判断後に交渉を再開し、紛争の最終的解決が実現した。
 さらに、UNCLOS附属書VIIに基づく仲裁裁判が、みなみまぐろ保存条約によって設置された「みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)」の枠組みの強化につながったことも指摘しておきたい。1999年に仲裁手続が始まった当初、同条約の締約国はオーストラリア、日本、ニュージーランドのみであったが、インドネシア、韓国、台湾も活発にみなみまぐろの漁獲を行っていた。仲裁判断後、韓国とインドネシアがそれぞれ2001年、2008年にCCSBTに加盟した。台湾の「漁業主体台湾」としての「みなみまぐろ保存拡大委員会」への参加は2002年に有効となった。その後もCCSBTの枠組みはさらに強化された。フィリピンは2004年に協力的非加盟国となり、南アフリカは2006年に協力的非加盟国となった後、2016年にCCSBTに加盟した。同様に、EUは2006年に協力的非加盟機関となり、2015年に「みなみまぐろ保存拡大委員会」に参加した。

(ii)速やかな釈放に関する事案
 日本はまた、ロシアを相手として、UNCLOS第292条の規定に基づき、「第88豊進丸」及び「第53富丸」の速やかな釈放を求めた。日本船籍の「第88豊進丸」及び「第53富丸」はロシアのEEZ内でロシア当局によって拿捕され抑留されていた。
 「第88豊進丸」事件では、ITLOSはロシア当局が設定した保証金の額は違反とされる行為の重大さに鑑みて合理的でないと判断し、支払うべき金額を決定した。またITLOSは、保証金の額は船主及び船長に課され得る罰金の最高額に基づいて設定されるべきでなく、また没収した船体価格に基づいて算定されるべきでないと述べた。「第88豊進丸」の船主は2007年8月15日までに保証金の支払い手続きをし、翌日ロシアがこれを受領した。これを受けて、船体は直ちに釈放された。「第53富丸」事件では、ITLOSは口頭審理後にロシアの国内裁判手続が終了し船体没収が確定したため、もはや日本側の請求の目的が失われたと判断した。
 2011年7月11日、ロシアは連邦法を修正し、行政違反事案における外国船舶の釈放手続に関する規則を追加した。

(iii)南シナ海仲裁裁判
 国際裁判で当事国となった経験や海洋における法の支配を重視する立場から、日本は南シナ海における紛争、とりわけUNCLOS附属書VIIに基づいてフィリピンが開始した南シナ海仲裁裁判に重大な関心を表明してきた。
 日本は南シナ海の沿岸国ではなく、同海域の海洋地形物や海洋権原をめぐって主権及び主権的権利を主張していないのは事実である。しかし、南シナ海は国際的な海上輸送の重要なシーレーンであり、海洋安全保障上重要な海域である。また日本は、UNCLOS第15部の下での義務的裁判手続を通じて国際紛争を解決することが、この紛争海域における法の支配の回復に資すると考えている。したがって、日本は南シナ海仲裁裁判の仲裁判断が紛争当事国に対して法的拘束力を持つことを強調してきたのであり、南シナ海の安全を維持するために仲裁判断が遵守され、これに基づく交渉の再開が促進されるよう協力してきたのである。

(4)国際紛争の最終的解決における国際裁判所の判決や判断の限界

 南シナ海仲裁裁判において中国は仲裁裁判への出席を拒否し、仲裁判断も拒否した。国際社会には国際裁判所や仲裁裁判所の判決や判断を執行する権限を有する機関が存在しないため、判決や判断の履行を強制することは不可能である。しかし、UNCLOS第296条及び附属書VII第11条が規定する通り、仲裁判断には法的拘束力があり、裁判の当事国間において最終的なものである。もう一つの弱点は、付託できる紛争の範囲に関するものである。UNCLOS第15部に規定される国際裁判所が扱えるのはUNCLOSの解釈または適用に関する当事国間の紛争に限定されている。ところが、南シナ海をめぐる紛争には、島等の領有権に関する論点が含まれており、また多くの国の複雑な利害が関わっている。このため、附属書VIIの仲裁裁判所は、南シナ海に関する紛争の論点のすべてを審理できるわけではなかった。
 このような制約があるものの、国際社会はすべての国際裁判所の判決や判断の実効性を確保するため真摯に努力する必要がある。そのためには、裁判の当事国だけでなく他の条約当事国や関係する国際機関からの支援が重要な役割を果たす。国際社会が評判と名誉を重んじる社会であることを一致して強調する必要がある。

3.国際海洋紛争を管理する仕組みの必要性

 国際裁判の有効性には限界があることは認めざるを得ないとすれば、国際海洋紛争を管理する別の方法を検討することが必要となる。

(1)UNCLOS第74条及び第84条の3項の下での暫定的な取極

 UNCLOSが規定する義務的裁判制度は重要な意味を持つが、それによってあらゆる紛争が最終第的に解決されることを期待することは現実的ではない。最終的な紛争解決が実現するまで海洋の秩序を保つため、国際海洋紛争を管理する仕組みが必要な場合もある。このような観点から、UNCLOS第74条及び83条の3項に基づく暫定的な取極は、海洋境界画定に関する国際紛争が解決されるまで、紛争を管理するための手段を提供している。
 第74条及び第83条の1項及び2項は、海洋境界画定に関する紛争を解決するための規則を定めている。そして3項に基づき、紛争当事国は紛争が最終的に解決されるまでの間、実際的な性質を有する暫定的な取極を締結することが可能である。こうした取極に関する合意は正式な条約だけでなく、非公式な文書によっても達成されうる。紛争当事国は、実際的な性質を有する取極を締結するために誠実に交渉する義務を負うが、締結に関する合意に至ることは義務ではない。また当事国はそのような合意に至る交渉を行っている間、海洋環境に恒久的な物理的変化を与えるいかなる一方的活動も控えるという自制の義務を負うとされる。

(2)暫定的な取極に関する日本の経験

 ここで暫定的な取極に関する日本の経験を紹介する。二つの漁業協定が、海洋境界画定についての最終的な合意が実現するまでの暫定的な取極として締結された。

(i)暫定的な取極としての漁業協定:日韓漁業協定(1998年署名、1999年発効)、日中漁業協定(1997年署名、2000年発効)

(a)UNCLOS批准に伴う新協定
 日本と韓国は1965年に漁業協定を締結した。UNCLOSに1983年に署名し、1996年に批准した後、両国はUNCLOSの目的を考慮に入れた新たな漁業協定を結ぶための交渉を再開することで合意した。また両国は、竹島をめぐる主権問題はUNCLOSの批准によって生じる問題と切り離すことで合意した。両国は1998年に新漁業協定に署名、この協定は1999年に発効した。
 日本と中国は1975年に最初の漁業協定を締結した。この協定は東シナ海と黄海の公海を適用水域とするものであった。日中両国は1996年にUNCLOSの当事国となった後、ともに自国のEEZを設定することを宣言したが、それぞれのEEZに適用される新たな漁業協定を締結する必要があるとの認識で一致した。この新協定により、各沿岸国がそれぞれのEEZに対する管轄権を行使できるようになることが期待された。新協定は1997年に署名され、2000年に発効した。

(b)日韓・日中の協定に共通する特徴
 これら2つの協定には共通する4つの特徴がある。第一に、協定は締約国のEEZにのみ適用され、領海には適用されない。第二に、協定によって締約国による協力と、それぞれのEEZに対する主権的権利を相互に尊重する枠組みが確立される。この目的のために、協定は締約国の基本的な権利と義務を定めている。各締約国は、漁業資源の状態を考慮しつつ、自国のEEZにおける漁業許可証の発給に必要な条件を定める権利を有する。また各締約国は、他方の締約国の国民または漁船に漁業許可証を発給する権利を有する。各締約国は、他方の締約国のEEZで行われる自国の国民及び漁船による漁業活動が、他方の締約国の関連法を遵守することを確保するものとする。各締約国のEEZ内においては、各国は他方の締約国の国民及び漁船に対し、自国の法令を遵守し、拿捕及び抑留を含む法執行措置をとることを命令することができる。第三に、これらの協定は締約国間の協議と協力促進の場として漁業共同委員会を設置することを定めている。第四に、締約国間で海洋境界画定が行われるまでの間、暫定的な取極として特別区域が設定され、それらの区域に適用される規則は他の海域に適用される規則とは区別される。

(c)協定による暫定水域
 日韓漁業協定の第7条は漁業水域の暫定的な境界線について規定しており、その境界線は基本的に両締約国の中間線に沿って設定されている。そして、第9条は「暫定水域」について規定している。附属書Iは暫定水域における締約国の管轄権について規定している。暫定水域では、両締約国とも他方の締約国の国民及び漁船に対して自国の法令を適用しない。また両締約国は自国の国民及び漁船の漁業活動に対して責任を負う。
 日中漁業協定で定められた暫定水域はより複雑で、3つの異なる水域を設定している。そのうち2つは「暫定措置水域」(第7条)、「北緯二十七度以南の水域」(第6条(b))である。「中間水域」は協定に添付されている合意された議事録に基づいて設定されている。

(ii)日中の2008年6月合意
 日本と中国は、2008年6月、海洋境界の画定について合意するまでの過渡的期間において双方の法的立場を損なうことなく、東シナ海の資源開発で協力するとの共同声明を発表した。しかし残念ながら、日本側が中国側に繰り返し求めたにも関わらず、合意内容の実施に向けた交渉はうまくいかなかった。2013年6月以降、中国は新たに16基の石油・天然ガス資源の開発のための構築物を日中中間線の西側に建設した。
 2015年11月1日には日中首脳会談が行われ、両首脳は東シナ海の資源開発問題に関し、「2008年合意」に基づく協議再開を目指すことで合意した。このような構造物の建設は境界が未画定の海域において海洋環境に恒久的な物理的変化を与えるため、UNCLOS第74条及び第83条の3項に違反する可能性が高いことを強調しておきたい。

(3)アジアにおいて信頼醸成を強化する枠組みを構築する取組み

 締約国による努力に加え、権限のある国家機関も含めた国際協力の枠組みを構築する努力や試みもなされてきた。さらに、民間部門や学界においても定期的に意見交換の場を設ける努力がなされてきた。3つの例を挙げる。第一に、日本台湾交流協会と亜東関係協会は2013年に漁業秩序の構築に関する取決めに署名した。これは政府間の協定ではないが、日韓及び日中の漁業協定に非常に類似した協力の枠組みを提供するものである。第二に、日本、中国、韓国の海上保安当局は、密接な協力の精神を維持する目的で非公式に連絡先を交換している。第三に、日本財団は海洋法及び海域の安全確保に関連する問題について、中国の当局者や学者と意見交換をする様々な機会を提供してきた。これらの試みは紛争当事国間の信頼醸成プロセスに多大な貢献を果たし、最終的には予期せぬ衝突を回避することにつながる可能性を持っている。

終わりに

 海における法の支配の重要性を十分に認識する国家として、日本はUNCLOSが定める規則の遵守を促進したいと考えている。日本はUNCLOSの前文に表現されている理念を全面的に支持している。そこには、「この条約を通じ、すべての国の主権に妥当な考慮を払いつつ、国際交通を促進し、かつ、海洋の平和的利用、海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましい」と述べられている。日本は、海洋資源の保護と管理を合理的かつ健全に行い、関係国及び国際社会全体の権利と利益を考慮しつつ、法の支配を確立と海洋の平和的利用を実現する責任を担っている。

(本稿は、2017年7月12日に開催した「平和外交フォーラム」における講演(英語)をもとに翻訳・整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
河野 真理子 早稲田大学法学学術院教授
著者プロフィール
東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科修士課程修了。ケンブリッジ大学法学修士課程修了。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中退。筑波大学社会科学系専任講師、同助教授を経て、2004年から早稲田大学法学学術院教授。2012年から2016年まで総合海洋政策本部参与。この間、ハーグ国際法アカデミーにて特別講義(「平和的な国際紛争解決プロセスにおける司法手続の役割」)を行ったほか、国連オーディオビジュアル・ライブラリーでもファカルティーとして講義を行っている。専門は紛争の平和的解決、国家責任法、海洋法。

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