「国家安全保障戦略」で読み解くトランプ政権の世界戦略(下)

「国家安全保障戦略」で読み解くトランプ政権の世界戦略(下)

はじめに

 米国の戦略において、これまでは「インド太平洋地域」が最も重要度の高い地域と規定されていた。これに対し2025年の「国家安全保障戦略」(以下、2025NSSと表記)では「米本土を含む西半球」が最重要な地域とされ、インド太平洋はそれに次ぐ位置づけとなった。
 だが米国が中国を最大の脅威と見做していることに変わりはない。ただ対決色は控えられ、中国を抑止することで台湾の現状を維持することに戦略の力点が置かれている。バイデン政権の国家安全保障戦略と比べ、日本防衛や拡大抑止の重要性に対する記述は見えなくなったが、米国にとって日本の地政的価値や日米同盟の重要性が低下したとは言えない。
 欧州に対しては、懐疑と軽視の姿勢が強いこと、中東については、米国にとっての戦略的重要性が低下したとし、またこの地域の今後の紛争解決に楽観的な認識を示している。
 さらに中東やアフリカに対しては、民主化や地域の安定をめざすといった価値観外交が姿を消し、専らビジネス機会獲得の場と捉えている。後半部分の骨子は以上の通りだが、以下、地域ごとに詳細を見ていこう。

1.インド太平洋

 「インド太平洋地域は、購買力平価(PPP)ベースでは世界のGDPのほぼ半分、名目GDPベースでは3分の1を占めている。この割合は21世紀を通じて確実に拡大する」ことから、この地域が米国の繁栄を維持する上で極めて重要な地域であると2025NSSは捉えている。
 そのうえで、「次の世紀の経済と地政学上の戦場であり、今後もそうあり続ける」とし、米国が繁栄するためには「この地域で競争に勝ち抜かなければなら」ず、経済と軍事の両面で関与していく姿勢を明確にした。この戦いの念頭にあるのは言うまでもなく中国である。
 その中国に対しては、市場の開放や投資を通じてルールに基づいた国際秩序に組み込むというこれまでの考えが間違っていたと主張したうえで、経済面では「今後、我々は米国と中国の経済関係を再調整し、相互主義と公平性を優先して米国の経済的自立を回復させる」とともに、レアアースをはじめとしたサプライチェーンへの脅威や、フェンタニルなどの薬物の流入に終止符を打つとしている。
 軍事面においては、「インド太平洋地域における戦争を防止するための抑止力への強固かつ継続的な注力が不可欠である。・・・強力な米国の抑止力がより規律ある経済行動の余地を創出し、より規律ある経済行動が長期的な抑止力の維持に必要な米国の資源増強につながる」とし、「長期的には、米国の経済的・技術的優位性を維持することが、大規模な軍事衝突を抑止し防止する最も確実な方法である」としている。

対中認識の変化

 2025NSSには、中国の共産主義イデオロギーに対する批判的な記述が全くない。「民主主義対独裁主義」といった枠組みも、(バイデン政権の常套句だった)「ルールに基づく国際秩序の擁護」も「価値観に基づく闘争」といった表現も見当たらない。
 また第1期トランプ政権の「国家安全保障戦略」(以下、NSSと表記)では、中国を「戦略的競争相手」と位置付け、対抗姿勢を鮮明にしていた。前回(2022年)のバイデン政権のNSSでも「最も重大な地政学的課題」「国際秩序を書き換える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と表現され、中国との構造的対立を強調していた。しかし今回のNSSではそうした敵対的な表現も後退した。
 中国をイデオロギー的な脅威と捉えず、また打ち負かすべき覇権争いの敵というよりも経済的トラブルの相手として現実的に対処すべき存在として扱っている。中国を「修正主義国家」や「戦略的競争相手」と位置付け、対抗姿勢を鮮明にした第1期政権時に比べ、今回そのような記述を避けたのは、対中警戒感を緩めたというよりも、当面の中国との経済関係の改善を優先し、予定されている米中首脳会談を前に過度に中国を刺激することを回避したものと思われる。

抑止の重視と台湾の現状維持

 また今回のNSSでは、覇権主義的行動を強める中国を念頭に「(米国に)有利な軍事バランスは戦略的競争の不可欠な要素」であり、「米国の経済的・技術的優位性を維持することが、大規模な軍事衝突を抑止し防止する最も確実な方法である」とするが、その際に問題となるのが台湾の存在である。台湾については、次のように述べている。
 「台湾への注目が集まっているのは当然であり、その理由の一部は台湾の半導体生産における優位性にあるが、主に台湾が第2列島線への直接アクセスを提供し、北東アジアと南東アジアを二つの異なる戦域に分断するためである。世界の海上輸送の3分の1が毎年南シナ海を通過していることを考慮すると、これは米国経済に重大な影響を及ぼす。したがって、台湾をめぐる紛争を抑止すること、理想的には軍事的優位性を維持することで、これを優先課題とする。また我々は台湾に関する従来の宣言的政策を維持する。すなわち米国は台湾海峡における現状の 一方的変更を支持しない」(図表1参照)

 つまり、台湾の経済力や地政学的な重要性に鑑み、軍事的優位を保つ形で台湾を巡る「紛争を抑止することが優先事項」であり、台湾を巡る紛争を抑止するとともに、現状変更を許さず、現状を維持することに重点を置く戦略方針を示している。今年1月に発表された「国家防衛戦略(NDS)」もNSSと同様、競争や勝利よりも抑止重視の対中戦略に転じた内容となっている。

東アジアの対中バランス維持は域内国の役割

 さらに台湾有事を抑止する施策において、トランプ政権は東アジアの同盟国に大きな役割を求めている。前回のマンスリーレポートで指摘した①原則である。
 「我々は第一列島線全域における侵略を阻止できる軍隊を構築する。しかし米軍が単独でこれを担うことはできず、また担うべきでもない。同盟国は集団防衛のため、支出を増やすだけでなく、より重要なのは行動を起こすことで、はるかに多くの貢献をしなければならない。
 米国の外交努力は、第一列島線の同盟国・パートナーに対し、米軍の 港湾その他の施設へのアクセス拡大、自国防衛費の増額、そして最も重要なのは侵略抑止能力への投資 を強く促すことに焦点を当てるべきである。これにより第一列島線沿いの海上安全保障課題が相互に結びつけられると同時に、台湾占領の試みを阻止する能力を強化する」ことが出来るとしているのだ。
 第1期政権のNSSから大幅に記述量が増えたのは、同盟国に対する防衛負担の要求だ。原則の1つとして「公平」を掲げ、「ただ乗り」は容認しないと強調。同盟国に対し防衛費を国内総生産(GDP)比で「大幅」に増額するよう求めた。米国は「自由で開かれたインド太平洋」への関与を今後も継続し、中国の脅威を抑止し得る態勢整備に努めるが、その際、同盟国に今まで以上に大きな責任と役割を求める、これがトランプ大統領の意思である。
 反面、日本などとの同盟関係を深化させる考えや、日本への「拡大抑止」強化の方針、さらに日本防衛義務を定めた日米安保条約が尖閣諸島にも適用されることなどバイデン政権のNSSにあった記述はすべて消えた。
 今回のNSSは、米国が東アジアの戦略バランスを直接維持するのではなく、域内同盟国にその責任を分担させ、その不均衡が米本国の利益を阻害する場合にのみ支援、関与するという「オフショワバランシング」の戦略を公定化させたといえる。トランプ政権と良好関係を維持し、かつ自らの生存を確保するためにも日本は大胆な防衛力の増強が不可避である。

北朝鮮

 2025NSSでは、核・ミサイル開発を進める北朝鮮には一切言及がなかった。第1期政権のNSSでは北朝鮮の脅威に言及し、核や弾道ミサイル、サイバーなど具体的な脅威が説明されており、大きく変化した。
 トランプ大統領は政権1期目に北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記と3回にわたり会談を行った。具体的な成果には繋がらなかったが、政権2期目においても再会談の実施を目指しているといわれる。また歴代米政権の立場を逸脱し、北朝鮮を核保有国と認めるかのような発言も繰り返している。今後、機会を捉えて北朝鮮との接触を強めることも予想され、その際の意思疎通の妨げにならないよう「意図的」に北朝鮮を今回のNSSから除外した可能性がある。

2.日米同盟への影響と日米関係の在り方

 2025NSSで示されたトランプ政権の東アジア戦略を、日米同盟関係の視点からどのように捉えればよいのだろうか。注意すべきは、今回のNSSの記述を、日本切り捨て、あるいは日米同盟空文化の兆しなどと誤解、短絡視してはいけないという点だ。中国との経済問題を有利に解決することがトランプ政権にとって当面最大の課題であり、中国脅威の表現が薄れた背景には、来たるべき米中首脳会談を乗り切るまでは中国への刺激を避けたいとの思惑が見てとれる。
 トランプ政権は責任の一部を同盟国に転嫁し、軍事費の増額を求めることで、米国自身の負担を減らしている。しかし、これは米国がその地域を放棄することを意味せず、あくまで「義務の分担」の調整に過ぎない。
 そもそも米国の対中警戒心は非常に強い。ベネズエラやイランへの攻撃には中国の石油獲得を妨げようとする狙いが込められており、グリーンランドの領有を目指すのは、中国の北極圏進出を阻止する意図からである。こうしたトランプ政権の政策からも、中国を米国にとって最大の脅威と見做していることは明らかであり、今回のNSSでトランプ政権が米中共存のG2論を受け容れたと捉えるべきではない。
 当面は経済優先で中国との協調をめざすが、仮に米中の経済和解が一時的に実現しても、中国の覇権主義や膨張志向が止むことはない。中国が台湾や第一列島線を越え太平洋進出の動きを強めれば、米国は断固その阻止に動き、米中対立は必至である。
 その際、中国の太平洋進出を阻む防波堤となる日本列島の地政学的価値は高く、信頼に足る日本の防衛力は米国の安全保障にとって不可欠な存在だ。中国の脅威が消えぬ限り、日米双方にとって日米同盟の重要性は不変である。それゆえトランプ政権と良好関係を維持し、かつ自らの生存を確保するためにも日本は大胆な防衛力の増強を躊躇すべきではない。

3.欧州・ロシア

欧州諸国に対する強い不信感

 「米国当局者は、欧州の問題を軍事費不足と経済停滞という観点で捉えることに慣れきっている。確かにその通りだが、欧州の真の問題はもっと根深い。」
 欧州に関する2025NSSの記述は、このような悲観的な文言から始まる。
 2025NSSは、以下のように米国にとって欧州の存在意義は重要であると認めている。
 「欧州は戦略的・文化的に米国にとって依然として不可欠である。大西洋横断貿易は世界経済と米 国の繁栄を支える柱の一つだ。製造業から技術、エネルギーに至る欧州の産業は世界最高水準を維持し ている。欧州は最先端科学研究と世界をリードする文化機関の本拠地だ。欧州を切り捨てる余裕などないばかりか、そうすることは本戦略の目的達成に逆効果となる」。
 しかしながら、価値観を共有するはずの欧州同盟国の現状については懐疑心を露にし、厳しい批判を加えている。
 「大陸欧州は、創造性と勤勉さを損なう国内および国境を越えた規制もあり、世界のGDPに占める割合を1990年の25%から現在では14%に低下させている。しかし、この経済衰退は、文明の消滅という現実的でより厳しい見通しによって覆い隠されている。
 欧州が直面するより大きな問題には、政治的自由と主権を損なう欧州連合(EU)やその他の国際機関の活動、大陸を変容させ紛争を生み出す移民政策、言論の自由の検閲と政治的反対勢力の抑圧、出生率の急落、そして国民的アイデンティティと自信の喪失などがある。
 現在の傾向が続けば、20年かそれ以内に欧州大陸は別物と化してしまうであろう。そのため一部の欧州諸国が、信頼できる同盟国であり続けるために十分な経済力と軍事力を持つかどうかは全く明らかではない。こうした国の多くは現在の路線をさらに強めている。我々は欧州が欧州であり続け、文明としての自信を取り戻し、規制による窒息状態という失敗した方針を放棄することを望む」
 トランプ政権には、欧州のリベラルな価値観への反発がある。その影響で2025NSSは「軍事費不足と経済停滞」に加え、「欧州連合(EU)の官僚主義的な統制政策」や「政治・言論の自由に対する制限」「移民政策などがもたらす経済の衰退」などの問題を欧州は抱えているとし、同盟国の現状に強い懸念を示している。そのうえで、欧州諸国に民主主義や表現の自由などの復興を推進するよう促しているが、「愛国的な欧州政党」の影響力拡大を称賛し、中道政党ではなく欧州で勢いを増している極右政党への支持を明らかにしている。
 2025NSSで示されたトランプ政権の対欧認識は、2025年2月のミュンヘン安全保障会議でヴァンス副大統領が行った演説とまさに軌を一にしている。この時、ヴァンス副大統領は会議に集まった政治家や外交官を前に、「欧州に関して私が最も懸念している脅威はロシアや中国といった外部勢力ではなく、欧州の内部だ」と切り出し、欧州の同盟国を批判。EUなどによるSNSの偽情報やヘイトスピーチ(憎悪表現)などに対する規報を「言論の自由の弾圧」と糾弾し「最も基本的な価値観が後退している」と主張した(図表2参照)。

 ヴァンス氏はさらに、移民排斥を掲げる欧州の極右政党の主張に「同意する」と表明。名指しはしなかったが極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への共感を示し、AfDとの連立を否定している主流政党が「民主主義を破壊している」と批判した。

欧州NATO諸国の自立求める米国

 トランプ大統領はかねてより「米国は同盟国に利用されてきた」と同盟諸国に対し強い不信感を抱いている。安全保障で米国から巨額の補助や支援を受ける一方、自らは応分の防衛負担を怠り、貿易面では関税や非関税障壁によって米国から「搾取」してきたと考えているのだ。
 そのため2025NSSは北大西洋条約機構(NATO)に対して、防衛の「主要な責任」は欧州自らが負う必要があると強調し、「欧州が自立し、いかなる敵対勢力にも支配されることなく、自らの防衛に主権的責任を負うことを含め、連携する主権国家のグループとして活動できるようにする」ことを優先すべきとし、米国の欧州地域への関与を弱め後退させようとしている。
 また中露を念頭に、NATO加盟各国に「重商主義的な過剰生産能力、技術窃盗、サイバー諜報活動、その他の敵対的経済慣行に対抗する行動を取るよう促」している。さらに移民の増大を背景に「長期的には、遅くとも数十年以内に、特定のNATO加盟国では非欧州系住民が過半数を占める可能性が十分にある。
 従って彼らが世界における自らの立場や米国との同盟関係を、NATO憲章に署名した国々と同じように捉えるかどうかは未解決の問題である」とし、フィンランドやスウェーデンのNATO加盟を容認したバイデン前政権の協調姿勢を大きく転換させた。「NATOが永続的に拡大する同盟であるという認識を終わらせ、その実現を防止すること」も挙げており、NATOの拡大にも否定的な姿勢を示している。
 2025NSSが示したこのような方針は、実際のトランプ政権の政策でどのような形で表れ、またNATOの側はそれにどう対応しているのだろうか。NATOは2014年のウェールズ・サミットで、全ての加盟国が24年までに防衛費を少なくとも国内総生産(GDP)の2%とすることを定めた。当時、ロシアがウクライナ南部クリミア半島を一方的に併合。冷戦終結で一度は薄れた「ロシア(冷戦期はソ連)の拡張」への危機感が再び高まっていたことがその背景にある。

NATO加盟国が防衛費の対GDP比を5%に引き上げ

 だがそれから10年以上たった段階でも、2%の目標を達成したのは加盟32カ国中22カ国に留まっていた(図表3参照)。これに不満なトランプ大統領は、第2期政権発足直後の2025年1月23日、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にオンライン出席し、北大西洋条約機構(NATO)の全加盟国に国防費をGDP比5%に引き上げるよう求める考えを明らかにした(図表4参照)。

 そしてヘグセス米国防長官は25年2月のNATO国防相会議において、現行の「GDP比2%」の国防費目標では不十分だとしてすべての加盟国に対し「5%」への引き上げを正式に求めた。ウォルツ米大統領補佐官(国家安全保障担当)も2月の記者会見で、6月にオランダ・ハーグで開かれるNATO首脳会議までに国防支出をGDP比2%以上とする目標を達成するよう要求した。
 さらにトランプ大統領は25年3月、NATO加盟国の国防支出が不十分な場合、攻撃を受けても「米国は守るつもりはない」と明言。「もし米国が助けを求めた場合、フランスや他の国々が守りに来てくれるか確信が持てない」と同盟への信頼性に疑念も呈した。
 こうした米側の国防費増額要求やNATOに対する不満表明を受け、NATO諸国はGDP比2%の支出目標を25年中に全加盟国が到達することとした。また6月のハーグでのNATO首脳会議では、トランプ大統領の求めに応じる形で、加盟国が国防費などの割合をあわせてGDPの5%に引き上げることで一致。2035年までに目標を達成するとした。
 ただ5%目標に関しては、3.5%を兵器類の調達など直接的な軍事支出とし、残る1.5%を軍用道路の改修費など幅広く防衛・安全保障関連費として計上することとしている。トランプ大統領が当初要求した軍事支出だけでの5%達成は多くの加盟国にとって困難なため、NATOが編み出した苦肉の策だ。
 ロイター通信は25年12月、米国防総省当局者はNATOにおける通常戦力の大部分を欧州の加盟国が担うよう求めていると報じた。期限は2027年で、欧州側が対応しない場合は米国のNATOへの関与を部分的に停止する可能性も伝えたとしている。
 さらにトランプ政権はNATOがイラクやコソボなどで実施している域外活動の大幅縮小やNATO首脳会議への日本などインド太平洋地域のパートナー4カ国の公式会合への招待の中止などを求めている。NATOを欧州・大西洋地域の防衛に限定特化した同盟へと「原点回帰」させる狙いがあるという。
 さらに欧州諸国は自国の安全保障にさらなる責任を持つべきとの考えから、トランプ政権はNATOに対する米国の関与を縮小させる動きも見せており、欧州駐留米軍の縮小やこれまで米軍人が占めていたNATO欧州連合軍最高司令官及びNATO統合軍司令部の2つの主要な司令官ポストを欧州側に引き渡す考えだと報じられている。

北極圏防衛の協議枠組み設置

 このほか、前回のマンスリーレポートで触れたように、トランプ大統領はデンマークの自治領グリーンランドを米国が領有すべきだと主張し、デンマークと対立している。26年1月、トランプ大統領は米国のグリーンランド領有に反発するデンマークやドイツ、フランスなど欧州8カ国からの輸入品に2月から10%の関税を課し、さらに6月からは税率を25%に引き上げると発表、1年前の就任演説で打ち出した領土拡大の実現に本腰を入れ始めた。
 そのため同盟内の対立と緊張を緩和するため、NATOのルッテ事務総長がトランプ大統領と会談し、NATOが北極圏の防衛についてより大きな責任を負うべきだとし、グリーンランドを含めた北極圏全体に関する新たな枠組みを設置することで合意した。
 これを受け2月からグリーンランドを含む北極圏でNATOが警戒・監視活動を開始した。これまで加盟各国が個別に実施してきた警戒・監視などの活動をNATOの指揮の下で統合して実施するもので、北極圏防衛に関与する姿勢を示し、トランプ大統領がグリーンランド領有を要求する理由とする安全保障上の懸念を払拭する狙いがある。トランプ大統領は、米国が構想する新たなミサイル防衛システム「ゴールデンドーム」や重要鉱物へのアクセスに関する協定の締結などを視野に入れているが、どのような枠組みが設けられるのか、現時点では不透明である。

対露認識

 ロシアとウクライナの戦争について2025NSSは、米国は欧州の経済悪化を防ぎ、対ロシア戦略を再構築させようとしているが、欧州諸国はロシアの侵略を排し、ウクライナ領土の保全をめざす「非現実的な期待を抱いている」として欧州諸国の姿勢を批判する。またロシアとの「戦略的安定の再構築」の重要性を強調し、米国自身を欧州とロシアの対立を緩和する存在と規定している。
 そして「停戦」は「欧州経済の安定化、戦争の意図せざる拡大・エスカレーションの防止、そして戦闘終結後のウクライナ復興による国家としての存続を可能にするため米国の核心的利益である」と位置づけ、米国は「戦闘終結後のウクライナ復興や、同国の国家としての存続を可能にする」ことを目指すとしているが、ロシア対する脅威認識には全く触れていない。
 ロシアのペスコフ大統領報道官は2025NSSについて、ロシアが直接的な脅威として言及されなくなったことを「前向きな一歩」と評価した。また戦略的安定の分野でロシアとの協力が呼びかけられているとも指摘。「多くの点で我々の見解との一致がある」と述べ、トランプ政権との連携に期待感を表明した。
 トランプ政権はロシアの侵略を非難したり、ウクライナ領土からの即時撤退を求めることなく、現在の戦況を基に停戦を早期に実現させることに政策の軸足を置いている。そのためトランプ政権が提案する和平案は、ウクライナが奪われている領土のロシアへの譲渡をウクライナに迫るなどロシア寄りでウクライナに譲歩を迫る内容となっている。
 こうした対露姿勢は第1期トランプ政権の国家安全保障戦略とは異なっている。2017年のNSSでは、ロシアを「現状変更国家」と位置付け、「米国と欧州は協力してロシアの破壊活動と侵略に対抗する」ことを掲げていた。「NATO同盟は競争相手に対する大きな強みの一つだ」などと欧州側との連携を重視する姿勢も強調していた。また2025NSSはロシアの脅威への対抗で欧州諸国との結束の強化を重視したバイデン前米政権の方針からも大きく変化したものになっている。
 トランプ政権がロシアに融和的であるのは、米国にとっての主敵を中国と位置づけ、対露関係を好転させ、中国抑止に米国の戦力を集中させたい戦略的な意図も影響しているが、それにも増して、今年9月の中間選挙を意識し、停戦実現をトランプ政権の成果に掲げたいとの思惑が強いからである。
 かつてNATO事務総長を務めた英国のイスメイ卿は「米国を中にとどめ、ロシアを締め出し、ドイツを抑える」(keep the American in, the Russian out and the German down)ことがNATOの目的であると表現し、事実これまでその方針が貫かれてきた。
 だがトランプ政権は、ロシアに融和的でその撤退排除を迫らず、一方、NATOに対しては懐疑的で、欧州諸国に防衛費の増額や自立を求めるとともに米国の関与を減らす姿勢を強めている。そのため米国と欧州各国の間には対露政策や同盟関係の在り方を巡り意見の対立と亀裂が深刻化している。2025NSSが示す欧州軽視の姿勢によって、欧米同盟は信頼から不信の関係へと変化しつつある。

4.中東

 「少なくとも半世紀にわたり、米国の外交政策は中東を他のどの地域よりも優先してきた。その理由は明白である。中東は数十年にわたり世界最大のエネルギー供給源であり、超大国の競争の主戦場であり、 世界全体、さらには米国本土にまで波及する恐れのある紛争が蔓延していた。」
 しかし状況は変化し、いまや中東地域は米国の外交政策で主要な位置を占める時代は終わったとする。一つは(シェールガスの開発など)エネルギー事情の変化、いま一つは中東での紛争が沈静化するという見通しである。
 「今日、少なくともこのうち二つの要因はもはや成立しない。エネルギー供給源は大幅に多様化し、米国は再び純エネルギー輸出国となった。」
 「紛争は依然として中東の最も厄介な要素だが、この問題は今日、見出しが示すほど深刻ではない。地域の主要な不安定要因であるイランは、2023年10月7日以降のイスラエルの行動と、トランプ大統領が2025 年6月に実施した“ミッドナイト・ハンマー作戦”によって大きく弱体化している。・・・ イスラエル・パレスチナ紛争は依然として難題だが、トランプ大統領が交渉した停戦と人質解放により、より恒久的な平和に向けた進展が見られた。・・・シリアは潜在的な問題を抱えているが、米国、アラブ諸国、イスラエル、トルコの支援により安定化し、地域における不可欠かつ建設的な役割を担う正当な地位を取り戻す可能性がある」
 そのうえで2025NSSは中東地域をこれまでの紛争地域から有望な「投資の対象地域」と位置づけている。ビジネスチャンスの獲得に熱心なトランプ大統領の志向が前面に押し出されたといえる。それを象徴するのが以下の一節である。
 「この地域はますます国際投資の供給源および投資先となり、石油・ガスにとどまらず、原子力、AI、防衛技術など、様々な産業に進出するようになるだろう。またサプライチェーンの確保から、アフリカなど世界の他の地域における友好的で開かれた市場開発の機会の強化まで、中東のパートナーと協力することで、他の経済的利益を促進することもできる。・・・むしろ中東は、協力関係と友好、投資の場として台頭しつつある。この傾向は歓迎され、促進されるべきである」

トランプ大統領の中東ビジネス外交

 この記述に沿うように、第2期政権の発足後、トランプ大統領は中東に対してあたかも米国が開発デベロッパーになったかのような提言や構想を打ち出すようになった。それは難民の帰還や定住化促進、生活支援や生活環境の改善といった紛争の解決や平和構築よりもビジネス機会の獲得を主たる目的に据えたもので、これまでの米国の中東政策では見られなかった特徴である。
 まず政権発足直後の2025年1月下旬、トランプ大統領はパレスチナ自治区のガザに暮らす約200万人のパレスチナ住民をエジプトやヨルダンなど周辺国に恒久的に移住させたうえで、ガザ地区を米国が所有し、10〜15年かけて危険な不発弾やがれきを撤去したうえで、ホテルやオフィスビル、住居などを整備しリゾート地として再開発する構想を打ち出し、2月にはイスラエルのネタニヤフ首相に直接伝えた。
 トランプ氏はガザ地区を「信じられないほど重要な不動産」として、「米国が支配し、所有するのは素晴らしいことだ」と述べた。またガザの域外に移住するパレスチナ人を受け入れる国は「多くある」と主張し、ネタニヤフ首相との会談後の共同記者会見では「ガザを中東のリビエラにするとも語った。実は第1期政権時の2020年に発表した中東和平案にも、10年間で500億ドル(約7.6兆円)以上の投資を呼び込む構想が盛り込まれていた。イスラエルにヨルダン川西岸の一部併合を認める内容も含まれていたため、アラブ諸国が猛反発して実現しなかった経緯がある。
 ネタニヤフ氏は「ガザやイスラエル、地域の人々にとって(今とは)違う未来をもたらす実現可能な唯一の計画だ」との認識を示し、トランプ大統領の提案を「大胆で新しい構想だ」と称賛した。しかしトランプ氏のガザ再開発構想は、イスラエルとパレスチナの2国家共存の原則を無視するものと世界中から激しい非難の声が上がった。
 そもそもジュネーブ条約第4条約の第49条は、占領国による被占領地域の住民の強制移動や追放を禁じている。また受け入れ国として挙げられたヨルダンやエジプトなど周辺国も強く反発したことから、トランプ氏は移住は恒久ではなく一時的であると修正、さらに移住は自由意志であり強制はしないと次第にトーンダウンさせていった。
 その後、トランプ大統領は25年5月に2期政権発足後初となる中東歴訪を行い、ペルシャ湾岸3カ国を訪問した。そしてサウジアラビアと総額6000億ドル(約88兆円)、カタールとは2435億ドル(約35兆円)、最後の訪問国アラブ首長国連邦(UAE)では2000億ドル(約29兆円)の経済協力で合意。最終的な総額は2兆ドル(約290兆円)の経済取引を纏め上げて凱旋した。トランプ氏は「歴史的な4日間だった。米国に流入する雇用と資金はこれまでになかったものだ。3カ国で成し遂げたことは驚くべきものだった」と自画自賛したが、中東地域の安定や紛争解決よりもビジネス優先、実利追求の歴訪であった。
 さらに25年9月、トランプ大統領はパレスチナ自治区ガザでの戦闘終結や戦後統治に関して20項目の包括的な和平計画を発表した。その中にガザを経済特別区として再開発する構想が重要な項目として盛り込まれており、経済開発に拘るトランプ氏の発想は変わっていない(図表5参照)。しかもこうした公務と並行して、トランプ氏の一族は中東地域でホテルの建設やゴルフ場の営業など多くの開発事業を手掛けており、利益誘導や公私混同との批判も生まれている(図表6参照)。

 しかしその一方、中東に対する米国の政治軍事的関与を縮小し、経済利益獲得を重視する2025NSSの構想とは相容れない動きをトランプ大統領自らが見せている。25年6月、さらに26年2月にも米国はイスラエルと共にイランへの大規模な攻撃を仕掛けており、26年の攻撃ではイランの最高指導者ハメネイ氏を殺害した。攻撃の目的には核開発の阻止やミサイル配備の拒否に留まらず、イランの体制転換をも含むものであった。しかしイランの抵抗は激しく、戦争は長期化し収集の見通しは立っていない。
 トランプ政権が実際に進めた中東政策は、この地域の混迷や対立、紛争をこれまで以上に悪化、拡大させ、米国がこの地域の問題に深く足を取られる危険性が高まっている。米国の中東関与縮小と経済開発を掲げた2025NSSの戦略はもはや空文化し、今後の中東政策の指針とはなり得なくなっている。

5.アフリカ

 2025NSSではアフリカに関する記述が少なく、戦略的な関心の薄さが表れている。また中東地域と同様、この地域も専らビジネス機会獲得の場として捉えられている。
 「長きにわたり、米国のアフリカ政策はリベラルなイデオロギーの提供、そして後にその拡散に焦点を当 ててきた。米国はむしろ、紛争緩和、相互に有益な貿易関係の育成、そして外国援助のパラダイムから、アフリカの豊富な天然資源と潜在的な経済的可能性を活用できる投資と成長のパラダイムへの移行を図るため、選りすぐりの国々とのパートナーシップを模索すべきである。」
 「米国はアフリカとの関係を、援助中心から貿易・投資中心へと転換すべきである。米国製品・サービスへの市場開放にコミットする能力があり信頼できる国家とのパートナーシップを優先すべきだ。アフリカにおける米国の投資先として投資収益の見込みが高い分野には、エネルギー部門と重要鉱物開発が含まれる。 米国が支援する原子力エネルギー、液化石油ガス、液化天然ガス技術の開発は、米国企業に利益をもたらし、重要鉱物やその他の資源をめぐる競争において米国を支援するものである」
 2025NSSでは、地域紛争の解決や民生の安定、民主主義の普及といった価値観に基づく外交政策に関する記述が影を潜める一方、アフリカとの貿易・経済関係の強化が強調されている。第2期トランプ政権発足後の実際の動きからも、そうした傾向が読み取れる。

援助から投資・貿易への政策転換

 これまで米国はアフリカの発展を支援するため、「アフリカ成長機会法」(AGOA)によってアフリカ諸国からの輸入品を無関税にするなどの特別待遇を与えてきた。しかしトランプ政権は他の地域と同様にアフリカ諸国にも高関税政策を適用した。対米貿易の黒字国であるレソトは50%の関税の対象とされ、南アフリカ、マダガスカル、ナイジェリアなども高関税を課せられた。また国務省を再編しアフリカに関する事業を大幅に削減したほか、国際開発局(USAID)を閉鎖し、アフリカ向け資金援助のほとんどを打ち切った。
 アフリカの地域紛争解決に米国が全く動かなかったわけではない。コンゴ民主共和国(旧ザイール)の東部では、隣国ルワンダの支援を受けているとされる反政府武装勢力のM23が25年1月に主要都市ゴマを掌握するなど政府軍との戦闘を続けながら支配地域を拡大させていた。トランプ政権はコンゴ民主共和国の要請を受け、紛争解決のため仲介に動いた。その結果、コンゴ民主共和国とルワンダの両国は25年4月に和平と経済発展に向けた宣言に署名、6月には和平協定にも署名した(図表7参照)。

 米国が両国の和平に仲介の労を採った背景には、レアースが絡んでいる。コンゴ民主共和国は銅やコバルトなど重要な鉱物資源が豊富なことで知られ、多くの国々が関心を示しているが、現地には既に中国企業が多数進出し、米国はコンゴでの採掘をめぐり中国に大きく後れをとってきた。
 トランプ政権には、和平と安定に取り組む姿勢をアピールすることで巻き返しを図り、コンゴ民主共和国の鉱物資源獲得に結び付ける狙いがあった。トランプ大統領はSNSへの投稿で「素晴らしい取引を私が仲介した」と主張したが、和平協定には、中国が支配する希少鉱物への米企業の提供を約束、インフラ開発に対する米国の投資保証なども盛り込まれた。
 25年7月、ガボン、ギニアビサウ等アフリカ5カ国の首脳と会談したトランプ大統領は「米国は中国よりもアフリカにとって良いパートナーだ」と強調した上で、「アフリカには他の地域にはない大きな経済的潜在力がある」とし、「われわれは(アフリカに対する)援助を貿易へと転換している」と述べ、米国のアフリカ政策を「援助から貿易」に転換する方針を明らかにした。
 25年11月、南アフリカ・ヨハネスブルクで主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が開かれたが、米国は異例にも参加を見送った。欠席の理由についてトランプ政権は、南アフリカにおける白人差別に対する抗議を示すためと説明するが、この主張には根拠が乏しく、個別の事業案件を除けばアフリカ地域の発展や将来に対するトランプ政権の関心や関与の低さを象徴する出来事となった。

最後に

 2025NSSは、西半球に対する米国の支配強化を打ち出す一方、「動乱の枢軸」、あるいはCRINKと呼ばれる中露イラン北朝鮮といった権威主義諸国の脅威分析やそれに対処するための戦略に関する記述に乏しい。逆に同盟諸国に向ける視線は厳しく、米国と同盟諸国の連帯や協力の重要性についてもほとんど触れられていない。さらに中東やアフリカ地域の安定や紛争解決のための施策が示されず、投資や経済開発に関心が偏っている。
 これまでの米国の国家戦略や外交・安全保障に関する多くの報告書では、抑圧的な独裁・権威主義勢力に対抗し、自由や民主主義の普及拡大、自由貿易や法に基づく国際秩序の重要性を訴えるなど普遍的な価値の実現をめざす内容が通例であったが、2025NSSSはそれらとトーンや内容が大きく異なる異質の報告書になっている。
 その理由は、歴代政権との政策の継続一貫性よりも、2025NSSがトランプ氏個人の思想や関心を前面に押し出した戦略文書になっているからである。その是非はともかく、トランプ色が非常に強いがゆえに、トランプ大統領が進めようとしている外交・安全保障政策の行方を分析予想するうえで2025NSSは重要な報告書といえよう。但し、中東に関してはトランプ政権自らが軍事介入を重ねるなど2025NSSの楽観的な内容と大きく乖離した動きを見せており、先が読みにくいトランプ政権ゆえの限界もあり、その点は注意が必要だ。

(2026年3月31日、 平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
2025NSSは、西半球に対する米国の支配強化を打ち出す一方、権威主義諸国への脅威分析や戦略に関する記述に乏しい。これまで、普遍的な価値の実現を目指す内容が通例だったが、2025NSSは歴代政権との政策の継続一貫性よりもトランプ氏個人の思想や関心を全面に押し出した戦略文書になっている。重要な報告書だが、トランプ政権ゆえの限界もあり、注意が必要だ。

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