『海洋立国』日本の戦略考える —海域利用促進法以降の海洋エネルギー利用の課題—

『海洋立国』日本の戦略考える —海域利用促進法以降の海洋エネルギー利用の課題—

2023年9月15日
1. 環境アセス件数の順調な伸び、しかし問題は?

 前報(政策オピニオンNO.54|2017.3.5、『海洋立国』日本の戦略考える—海洋エネルギー利用の可能性と課題—)で海洋エネルギー利用の可能性と課題について2017年段階での筆者の考えを述べた。それから6年経った現在の状況について、本報で述べてみたい。
 まず、我が国の再生エネルギーにとって最大の利用可能量があり、諸外国に比べ開発の遅れている洋上風力について2018年に「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」が制定され、定められた要件のもと最大30年間の占有使用が認められ、やっと洋上風力発電事業が可能となった。この法律により次々と事業計画が始まり事業に向けた環境アセスが各地で開始されている。2027年頃以降は毎年原子力発電一基分の洋上風力発電所が運転開始されると言われている。そして課題であった設置用専用の大型ジャッキアップ船(我が国ではセップ船と呼び習わしている。)も何台か国内の会社が保有するようになった。十分な広さと地耐力、そして設備を備えた拠点港も最小限ながら整備された。十分な性能を有するアクセスボートも国内で保有されている。洋上風力発電のコスト低減に必須の条件とされている「発電タービンの大型化と発電ファームの大規模化」に向けて動き出したかに見える。
 ただし予想されていたようにコスト高が事業者を悩ませている。特に事業者を悩ませているのは、事業性に大いに関わる大型風力発電機の確保の問題である。我が国での開発区域認定の規模が小さいため各事業に必要な風力発電機の数のまとまりが少なすぎて、作ってもらう契約が極めて困難に陥って、作ってもらうには何年も待たないと手に入らない状態と言われている。欧米3社に独占され世界的寡占状態で、しかも世界各地の洋上風力発電ラッシュの売り手市場下にあるためである。さらに海域既存利用者、特に漁業者との合意形成が難航して事業計画が予定通りに進まない事例が続出している。数百億円を超す大型プロジェクトのため事業計画の遅れは致命的に収支に響き、海外大手投資会社が投資を再検討し始めているとも噂されている。当初の目論見通りの洋上風力の進展に赤信号が灯り始めたと言えよう。
 振り返って洋上風力の我が国の問題点を挙げてみると
•専用作業船の質・量両面の不足
•拠点港、分散電源用系統及びその制御システムの不十分
•コスト高、欧州の5倍
•欧州に技術で20年遅れ、マーケットサイズ:1/100
•技術導入は不可避、しかし追いつき、追い越す方策なしではマーケットを提供するだけに終わる!
•現状ではタービン市場が欧米3社に独占され、確保に長期間待たされる、今のタービン寡占は近いうちに中国に置き換わる
 述べたように最初の2項目は十分ではなくとも改善されつつある。3項目以降はまだまだこれからである。なかでも大切なことは追いつき、追い越す我が国独自の方策を早く見出す事である。陸地からすぐに深くなる我が国の洋上風力発電の真打である浮体式洋上風力へのオールジャパンの取り組みが始まっている。

2. 世界の潮流発電の例

 再生エネルギーの利用可能量を世界的にみて圧倒的に大きいのは太陽光と風力である。日本での利用可能な再生エネルギーの47%が洋上風力、43%が太陽光、9%が陸上風力、残りの1%が地熱、中小型水力他となっている(安田陽編集「再生可能エネルギーをもっと知ろう」、岩崎書店、2021)。従って再生エネルギーの価格はこの二つの開発状況によって決まる。しかし、その他の再生エネルギーも各国内産エネルギーの多様性の観点から開発が進んでいる。ここでは、前報でも取り上げたが地産地消の観点から優れている潮流発電について2、3の例をみてみる。
 まず商用化が始まっているスコットランド最北端のメイジェンであるが、すでに252MWの商用機が予定と寸分違わない出力で殆ど故障もなく稼働している、しかし当初計画されていた398MWへの増設はまだ実施されていない。これは欧州での洋上風力のコスト低減が想像を遥かに超えるスピードで進んだ結果、こちらへの投資に影響が出たと考えられる。次の例は奈留瀬戸(五島、長崎県)で2019年から九電みらい社他が行ったものである。もう一例、我が国が行った例としてIHIの海流発電を上げておく。これらは風力発電にくらべて空気と水の密度差から同じ出力パワーの場合大幅に小型化されて装置の設置は格段に容易である。しかし、メイジェンの1.5メガワット潮流発電機で200トン/基、奈留瀬戸で1000トン、IHIで300トンとされていて、潮の流れの強いところに設置するのでこれらの重量物の設置には特殊な機能を持った作業船が必要となる。

3. 再生エネルギーの意義

 再生エネルギーの意義を再確認しておく。
 《世界にとって》SDGsの目標達成を目指す。特に目標7 (エネルギーをみんなにそしてクリーンに)、目標13 (気候変動に具体的な対策を)の実現に寄与する。
 《日本にとって》エネルギー源の多様性獲得を目指す。エネルギー源の多様性を持つことで、我が国のエネルギー安全保障に寄与する。
 《地域にとって》新エネルギー源と新エネルギー供給事業を活かし、新産業の創出や地域雇用を増やし、地域振興に寄与する。
 特に潮流発電は、月の重力に起因するので発電量が正確に予測可能と言う特長がある。地域に対する意義では地産地消電力の小型潮流発電の価値は大きい。地産地消、地域振興を考えると、以下の事が大切になる。
•地元海洋工事会社でも設置可能な大きさ、重量を考えると、小型にすることが必要
•出力パワーが流速の3乗に比例するので出来るだけ大きい潮流速が小型化、軽量化を可能にする
•製作・運転・メンテナンスが地元業者で可能な設計
•既存海域利用者の邪魔を最小限にするため、装置設置面積の最小化(設置法・係留法の工夫)
•その他の個々地元要望に合わせられる柔軟適応設計力
•エネルギーを取り出すことによる影響の補填(藻場造成等による漁獲増の企画)
 これらの地産地消電力の小型発電は、洋上風力の経済性の量産効果「大型化、大規模化の方向性」を補完する意味がある。地元の海洋工事会社を使った小型の潮流発電システムが既に実証試験されている。(図1)

 経済性一辺倒でなく、地域振興に主眼を置いた動きが今、日本各地で起こっていて、地元の産学官の協力を基礎に活発な活動を繰り広げ、地元事業者中心のプロジェクトを進めている。そこで共通しているのは、漁業者にも受け入れやすく小型からスタートして、地元企業が漁業者と協業して、新しい事業を創業することである。例として、(NPO法人)長崎海洋産業クラスター形成推進協議会、J☆SCRUM(佐賀県海洋エネルギー産業クラスター研究会)、株式会社 マリンエナジー(釜石市の産官学金が協力して、地産地消の海洋エネルギー事業をするための会社)が活躍している。対馬、利尻、奥尻等の離島での市町村役場が主導している動きも貴重である。

4. 地産地消電力である小型海洋再生エネルギー利用の更なる価値

 地産地消の小型海洋再生エネルギー利用は、大型タービンによる大規模な洋上風力への足場固めとして、大切なステップとなる。それにより漁業者の海洋発電事業での仕事が可視化され理解が進む。本章では、さらに少し別の観点からの意義について述べる。
 CO2削減は先進国だけの問題ではなく、もちろん開発途上国の問題でもある。アジアには経済成長や人口増加により今後大量のエネルギーを必要とするインド、インドネシア、ベトナム等たくさんの国がある。その多くの国は再生エネルギー開発に十分な資金と技術を持っていない。そこに欧米、中国式の経済性量産効果「大型化、大規模化の方向性」を持ち込んでも、19世紀の搾取植民地主義の再来を招き、新たな宗主国の搾取を招くか、さもなければ見捨てられ再生エネルギーの恩恵から取り残されるかということになりかねない。再生エネルギー開発の欧米の先進事業者や強権的政治システムの中国は、開発途上国へ「親身の礼儀正しく親切にする」ことに得意ではない。欧米・中国の覇権主義的再生エネルギー導入とは異なる、国々の実情に即した個別設計のシステムを当該国にとって優しい思いやりのある援助(ODA)として、地産地消の小型海洋再生エネルギー利用を我が国が提供可能であると考える。開発途上国の適地毎の特色を生かした分散型再生エネルギー開発を我が国の技術・経験とODAの資金を用いて進めることを提案したい。それはCO2削減に寄与するのはもちろん、強権的政治の政府の多い開発途上の国々に民主主義の価値を知ってもらうソフトパワーによる同盟確立の一助になると思う。
 じつは国内ではあまり知られていないが、我が国のODAで大成功していて人々から大変に感謝されているものがある。「みんなの学校プロジェクト」というもので、アフリカで4万校に広がっている。学校と地域コミュニティと保護者 、みんなの協働で、子どもたちのより良い学びの場をつくっている。小学校がまだまだ不十分な地域にハードウェアだけでなく地域と協働で取り組む仕組みと、ソフトウェアを植え付け地元から絶大に感謝されている。


 「みんなの学校プロジェクト」では、住民や教員、そして学校運営に責任のある人々が協働する仕組みづくりに取り組み、情報共有を進め、信頼関係をつくるための取組みをしている。運営委員会のメンバーを匿名の選挙で選ぶことにしており、教員・保護者・住民が自ら取組むようになっている。新しい事業の創出には、情報共有、信頼関係にもとづく協働が必須であることがわかる。
 CO2削減の途上国支援は小型の地産地消型からということになる。インドネシアのような国には潮流発電の適地が沢山あるが、適地の周辺には工場はおろか集落も疎らで需要地は遠く、規模も小さい。部品製作、設置工事、保守管理が地元の主な役割になる。それを地元で可能な設計とすることから始めることになる。大規模、効率向上の前に、地元の振興を優先にすすめることになるわけである。
 ODAを通じて、強権的政治システムの途上国の人々に、民主主義の価値を根付かせる良い機会となる。ソフト・シャープパワーをアジアに!と言うわけである。


 アジアの振興と脱炭素で民主主義のソフト・シャープパワーとともに、日本の電力の脱炭素も進むことになる。このODAプロジェクトと並行して進める国内の地産地消プロジェクトで、地元の人の立場への事業者の理解が進み、海を活用した新しい事業の協創が始まり、海洋エネルギー事業への地域の理解が進み、その結果として大規模ファームが可能となる。これこそが先行する欧州が持っていない、日本の海洋エネルギー(洋上風力)の強みになるはずである。

5. まとめ

 日本の発電分野の脱炭素には大規模ファームが前提で、それには漁業者との地元新産業の協創が必須である。そのためには地元事業者中心の小型プロジェクトが大切である。すなわち地産地消の小型プロジェクトの活動のなかから海洋再生エネルギーに関連した漁業協調、地元事業の協創の理解が進み、EEZに及ぶ大規模風力発電ファームが実現する。その結果として大幅コスト低減の可能性が見えてくる。
 地産地消の小型プロジェクトは、脱炭素とともに地域開発も重要課題のアジア地域にも適用可能で、ODAを通じて、強権的な政治システムの途上国の人々に民主主義の価値を根付かせることになる。強力なソフト・シャープパワーを我が国の協力でアジアに実現することは、エネルギー安全保障とともに我が国の国際協力関係を安定的なものにすることになるはずである。

政策オピニオン
木下 健 東京大学名誉教授
著者プロフィール
東京都生まれ。1976年東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了。その後、横浜国立大学助教授、東京大学生産技術研究所教授、長崎総合科学大学長を歴任し、現在、東京大学名誉教授、海洋エネルギー資源利用推進機構相談役、特定非営利活動法人・長崎海洋産業クラスター形成推進協議会副理事長。この間、英国エジンバラ大学、ブルネル大学客員研究員、英国サザンプトン大学客員教授、海洋エネルギー資源利用推進機構会長などを歴任。工学博士。専門は海洋工学。
2018年に海域利用促進法が制定され、洋上風力発電事業に向けた環境アセスが各地で始まったがコスト高が課題だ。ODAと並行した国内の地産地消プロジェクトが大きな強みになる。

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