変化する朝鮮半島と日本の対応  ―古い対韓国認識からの脱却と新たな日韓関係に向けて―

変化する朝鮮半島と日本の対応 ―古い対韓国認識からの脱却と新たな日韓関係に向けて―

2021年5月12日
はじめに

 日本における韓国、朝鮮半島に関する議論には問題があると感じている。一つは、単に嫌韓・反韓云々ということではなく、韓国の話題を取り上げる段階から「バイアス」がかかっているということである。日本における韓国、北朝鮮に関する言説の多くが、悪いニュースしか報道しないという傾向が顕著だ。とくにメディアにとっては、「悪いニュース」が「いいニュース」というわけだ。例えば、韓国の経済指標が悪化した、大統領の支持率が低下したなど悪いニュースばかりを報じるので、韓国では悪いことだけしか起こっていないと錯覚してしまう。
 また現地の韓国人の発信も日本で報道されるが、それもバイアスがかかっている。例えば、日本の保守派の(韓国に関する)発言には韓国保守派のバイアスが反映していることが多い。韓国保守派は、当然政権与党(文政権)に対して悪く言うわけで、しかも韓国保守派の政治的意図を理解しないままその主張を鵜呑みにしてしまうが多い。その結果、日本の右派言説における「韓国像」がゆがんでしまうのである。
 その顕著な例が、「韓国の保守派は親日だ」という言説である。文政権は進歩・左派だからダメだというわけだが、だからと言って保守派が日本に協力的かとなると、実際はそう単純ではない。
 もう一つは、古い日韓の国力差の認識が今なお残存していることである。日本と韓国は国力(とくに経済力)に差があって韓国は日本を必要としているはずだという思い込みが日本側にある。そしてその思い込みを裏付ける情報だけが繰り返し報道される結果、現実の韓国や北朝鮮に対する日本人の理解がずれてしまう。この繰り返しであった。
 日本の右派メディアだけをみていると、文在寅政権や韓国経済は崩壊寸前だという印象を持ってしまう。あるネットメディアの昨年半年分を調べたところ、「文政権、万事休す」との表現が4回も使われていた。そのほか「韓国経済、打つ手なし」「韓国経済崩壊寸前」という文言も多い。またある雑誌のタイトルには「平昌五輪と韓国危機」というのがあったが、当時、韓国危機は起こらなかった。ここまでくるとナンセンスとしか言いようがない。
 日韓の経済成長率の推移(1981〜2019年)をみると、1998年の金融危機のとき以外、すべて韓国が日本を上回っていた。文在寅政権の支持率が「下がった」という報道ばかりがなされるが、韓国リアルメーターのデータで見ると、政権末期ですら文政権は30数%の支持率を維持している。今までの韓国の政権末期としてはみられない現象だ。
 韓国経済の指標の一つである株価指数も、ここ1年近く上がり続けているし、ウォン相場も比較的安定して推移している。日本で「韓国人の生活水準は低い」と言っている間に、平均賃金を購買力平価(PPP)基準で比べると、すでに2015年に日本は韓国に追い抜かれてしまった。
 こうした現実を踏まえながら、日韓関係や日朝関係を考えないといけない。最初の前提条件が間違うと、その後の言説はさらに大きくゆがんでしまうことになるからである。
 そこで本日は、昨今の現実の朝鮮半島情勢がどのようになっているか、マクロなデータをもとに説明したい。

1.日韓関係の「現在地」

(1)長期的なトレンド

 日韓関係をどうみるかだが、韓国保守派の新聞で最大部数を誇る「朝鮮日報」の記事データ(図1)から歴史認識をめぐる記事の頻度の経年変化をもとに考えてみたい。

 日韓関係は1990年ごろから急速に悪化した。例えば、慰安婦問題が戦後一貫して問題化していたわけではなく、1990年以降のことで、それ以前はそうではなかった。韓国は反日教育をしている、日本は反省していないなどの基本条件は、戦後基本的に変化していない。それなのにある時期から関係悪化が進んだということは、それ以外の何らかの要因を想定しないと説明がつかない。
 国際関係を考える時に、領土問題や歴史認識問題などのイシューが存在した場合、それが重要だとしても、常にそれが紛争になるわけではない。慰安婦問題は、1990年まで韓国ではほとんど議論されたことはなかった。
 日中関係で言えば、尖閣諸島は昔からあったわけだが、1970、80年代に尖閣問題が係争化することはなかった。ところがその後、日本と中国の関係が変化し、何らかの条件が変化したときから係争化したのだった。
 紛争化する重要な要因として、二国間関係の変化がある。それは個人の関係でもいえることだ。例えば、ある男性が定年退職までは奥さんから何も言われなかったのに、退職したとたん「あなたは家事をしてくれない」などいろいろと文句を言われるのと似ている。文句を言われる原因は昔から存在していたのだが、奥さんにとっての夫の重要性が変わったためにそれがイシュー化したのである。つまりカウンターパートの重要性が低下すると紛争が起こりやすくなるのである。
 日韓関係においては、とりわけ韓国にとっての日本の重要性が低下したことが、戦後史の重要変化要因であった。
 韓国貿易(輸出入合計)に占める主要国(日米中)のシェアの変化(図2)を見てみよう。1970年代まで日本が約40%、米国が約35%を占め、日米で韓国貿易の7割強を占めていた。このような関係の下、韓国が日米に抗うことは到底できない。ところが、最近では日本の占める割合がわずか7%まで低下してしまった。つまりこの半世紀近くの間に、韓国にとっての日本の重要性が六分の一まで下がってしまったことになる。その結果、ビジネス、政治、メディアなどの分野においても日韓関係をイシュー化し易くなり、あわせて韓国政府もそれをコントロールしなくなって問題化しているのである。

 日韓関係は、このようなマクロな変化を念頭に置いたうえで見ていく必要がある。しかも、韓国貿易に占める割合の低下は、日本だけではなく米国も同様の傾向を示している。こうした変化は元に戻ることはないと思われる。

(2)歴史認識問題

 前述のような関係変化に伴い、どのようなことが起きてきたのか。その典型が、歴史認識問題である。
 まず歴史認識における日韓両政府の基本的な立場を確認しておく。
<日本>
・一貫して「請求権協定で解決済み」(行政も司法も)
・慰安婦問題については河野談話が公式見解
<韓国>
・1992年1月までは日本政府と同じ立場
・金泳三政権期に一時期「物理的補償は要求しない」
・盧武鉉政権が論点を整理(三つの例外)
・2011年以降の司法の条約解釈変更

(3)韓国における請求権解釈と日本の認識

 韓国における請求権解釈の経緯を見ておく。
 盧泰愚政権中途までは、請求権協定について解決済みの立場であったが、1992年1月に韓国政府は「慰安婦問題は(請求権協定の)例外だ」と主張し始め、日韓間での交渉の末に宮沢首相が訪韓して「法律的には解決済み」としつつ陳謝した(=日本政府としては「解決」1との認識)。
 その後、盧泰愚政権はその末期に慰安婦問題についての補償と真相究明を要求し、次の金泳三政権では、「物理的補償を要求しないが、真相解明を求める」とした。それに対して日本政府は河野談話を発表し、アジア女性基金を創設して対応した(日本政府としては「解決」2との認識)。
 金泳三政権後期から金大中政権までは「政府は介入しない」との立場で対応していたが、盧武鉉政権になって、「慰安婦問題、サハリン残留韓国人問題、韓国人被爆者問題は(請求権協定に)含まれない」との政府見解を示した。
 そして李明博政権期になって、慰安婦問題の違憲判決(2011年)と元徴用工問題判決の差し戻し(2012年)があり、これ以降、行政よりも司法判断が、「状況変更要因」となった。
 朴槿恵政権では、元徴用工問題の判決が引き延ばされる中、慰安婦合意(2015年)が結ばれた(日本政府としては「解決」3との認識)。
 現在の文在寅政権期には、元徴用工問題(2018年)、慰安婦問題(2021年)で請求権協定枠外の補償を認める判決が相次いで出され、韓国政府は「司法に干渉しない」との立場を表明した(⇒統制と調整の放棄)。

(4)司法「文化」の違い

 2011年以降の司法判断が状況変更要因となったわけだが、その背景には日韓間の司法「文化」の違いがある。
 日本と韓国の法律に対する考え方は「対極的だ」と言われる。まず日本の司法は、「司法消極主義」に立ち、法律解釈の安定性を重視し、行政府の判断を尊重する傾向があり、国際法は憲法より上位と考えている。
 一方、韓国は「司法積極主義」の立場で、法律解釈に「時代精神」を積極的に読み込み解釈を変えていくことが望ましく、司法部は行政府の判断に積極的に挑戦する。また韓国には通常の裁判所のほかに憲法裁判所(一審制)があって、毎月相当数の憲法判断の判決を出しており、歴史認識問題に関する違憲判決もその一つだ。そして国際法と憲法の関係については、憲法が上位とされる。もし条約が憲法の精神に反している場合には、条約を無効にするか、条約の解釈を変更する手続きを踏むことになる。
 その背景には、司法制度も民主化されなければならないという考え方がある。韓国では1987年に「民主化」され憲法を変えたが、それによって行政システムや立法府が変わった。ところが司法だけは民主されていないので、変えていく必要があると広く考えられるようになったのである。韓国の立場から日本を見ると、日本は逆に民主主義が機能していないと映っている。

(5)「ストッパー」としての世論

 もう一つは、世論の役割である。
 日本における対韓感情は史上最悪といわれるほどに悪いが、韓国においても対日感情は同様に悪い。ここで注目すべきは、政権交代やイデオロギーの変化によって日韓関係の基本構造が今後変化する余地がなくなっているということなのである。
 まず日本の政治状況について世論調査をもとに分析してみる(図3:朝日新聞と東亜日報の共同世論調査、2015年)。

 日韓慰安婦合意は政府与党の見解であるから、自民党や公明党支持者が政府見解(安倍政権)を支持するのは当然としても、野党でも支持者が民主党66%、共産党62%、社民党53%となっている。こうなると、たとえ政権交代したとしてもこの数字に大きな変化はないだろから、野党も韓国に対して融和的な態度をとる合理的な理由がなくなる。
 一方、韓国はどうか。文政権の「日本輸出規制」以降の対日政策評価について見ると(図4)、当然与党支持である進歩派は評価している。野党である保守派は、政権批判の立場なので評価しないが、4割以上の人が「弱腰」として、さらなる強硬策を願っている。もしここで韓国で政権交代による保守派の政権ができたと仮定した場合に、この数字から見る限り、日本に対して融和的政策を取ることは考えられない。

 こう見ると、保守・進歩いずれの政権でも、韓国世論は対日強硬策をつなぎとめる役割を果たすことになる。ここまでの議論だけでは、「結局、韓国は反日だからそうなのだろう」と思われるかもしれない。
 次に、別の視点から見てみよう。
 日本でよく言われる言説に、「韓国では大統領の支持率が下がると、対日問題をあおり支持率を上げようとする」というものがある。本当にそうなのだろうか。
 2012年は李明博大統領が(政権末期に)竹島上陸と天皇謝罪発言をした年だった。この年の李明博大統領支持率の変化を月別にみると(図5)、竹島上陸および天皇謝罪発言の直後に若干(5P程度)支持率が上がったものの、大勢に影響はなかった。

 次に2015年の年度末に日韓慰安婦合意が結ばれた時期の支持率の変化を見てみよう(図6)。日韓慰安婦合意は、一般に韓国民にとって不人気の政策であったので、支持率がどのように変化するか、我々研究者としては当時非常に注目していた。ところが(日韓慰安婦合意を結んでも)朴槿恵大統領の支持率はほとんど影響を受けなかったのである。むしろグラフは緩やかに上昇しているのがわかるが、これは当時、北朝鮮が対外強硬策を採っていたためにその反射利益によって保守政権への支持が高まった結果だった。

 つまり、2015年の段階で、慰安婦合意のような大きなことがあっても大統領の支持率は動かないことがわかった。
 次の図7は、2019年夏に日本の輸出管理規制措置が発動されたころの文政権支持率の変化を表している。当時、日本製品不買運動は韓国内で相当な運動に発展したのであったが、支持率はほぼ50%を前後するところを推移していた。つまり日韓の問題が大きくなっても、大統領支持率はほとんど影響を受けていないことがわかる。

 参考までに日本の安倍政権の支持率の変化(2018〜19年)を見てみよう(図8)。韓国では安倍首相が日韓関係をあおって(支持率を高めようとして)いるとよく言われるが、輸出管理規制措置をしてもほとんど支持率に変化はなかった。

 こうしたデータから分かることは、「日韓関係をあおって執権者が支持率を上げようとしる」という言説は、理屈上はあり得ないことになる。もちろん、個々の政治家について言えば、とくにマイナーな立場にある政治家の場合は、過激な発言をすることでメディアに登場する機会が増えて注目を集めることができるために、そうすることがある。しかし大統領や首相の場合はそれとは違う。むしろ関係をあおるような発言をすることで、(支持率アップという効果を期待できないばかりか)二国関係を悪化させる結果を招いたり、国際社会から非難されたりすることにもなりかねない。

2.2021年の政治環境

(1)レイムダック現象

 前節で述べたような現状認識を前提にして、2021年の韓国の政治環境について考えてみる。
 韓国の大統領の任期は、憲法に1期5年と定められているので、文在寅政権の任期は来年(2022年)5月までだ。たとえ憲法改正をして任期を延長したとしても、改正時の大統領は再任できないとなっている。
 これまでの韓国歴代大統領は、政権末期になると必ずレイムダック現象が起きていた。そのため、(すくなくとも李明博大統領までは)レイムダック現象が起きると対日関係をあおって政権支持率を上げようとするという言説がしばしば言われてきた。文政権でも、果たしてレイムダック現象は起きるのだろうか?
 政治学でいうレイムダック現象は、単に支持率が低下することだけを意味するのではない。レイムダック現象は、議院内閣制では見られず、大統領制においてみられる現象だ。議院内閣制では支持率が低下しても首相を据え変えることで対応することができるが、大統領制の場合、支持率が下がっても任期期間中はその座に居続けるためにリーダーシップを失うことになるので、それをレイムダック現象と呼んでいる。
 大統領制は、譬えてみれば地方政治と似ているかもしれない。支持率が落ちても議会の多数を握っていれば首長は自らの政治を継続していくことが出来る。韓国では2020年4月の国会議員選挙によって与党が議会の三分の二の議席を有している上、議員の任期も保障されていてこの状態が2014年まで続く。この基盤があるので、文在寅大統領は与党をしっかりコントロールさえできれば、(予算案や法律案を通すことが出来るので)リーダーシップが失われることはない。
 それではレイムダック現象とは何を意味するのか?それは(支持率の低下に加えて)与党が(大統領から)離反することだ。
 まず大統領支持率の変化を見てみよう。
 図9は朴槿恵大統領の支持率の変化を表している。朴槿恵大統領は、任期中に弾劾議決されたが、その数カ月前まで30%台の支持率を維持していた。一般的な傾向として、支持率はだらだらと低下していくのではなく、高い支持率から急落しある程度のところで下げ止まる。それを最後までキープできれば、(岩盤支持層による)30%の支持率を維持できるはずだった。ところが弾劾によって与党までもが大統領から離反して、支持率が一気に下がってしまったのである(図10)。つまり岩盤は「削れる」のではなく「外れる」ので、支持率が一気に落ちるのである。

 それでは文在寅大統領はどうか。
 まず韓国の歴代政権の支持率変化を四半期ごとに比較した図11を見てみよう。文在寅大統領は、歴代大統領と比べると政権発足時からずっと1位、ないしは2位をキープしている。政権末期で40〜30%台というのは、トランプ政権や安倍政権と比較してもむしろ高いくらいだ。

 文政権の支持基盤(進歩派の岩盤支持層)は保守派より少し多いので、大体35%以上のところに下げ止まりのラインがある(図12)。今年(2021年)も同様の傾向を示している(図13)。昨年4月のころはコロナ対策の成功で支持率が6割を超えた時期もあった。与党の支持率と比べても、数ポイント高いラインをキープしてきた(図14、15)。

 次に、文政権の支持基盤(岩盤支持層)の正体は何かについて見てみる。これを考えるうえで、米国政治を比較対象に考えてみるとわかりやすい。
 米国政治は、左右両派の政治主張(イデオロギー)のギャップが大きく、左も右も他の陣営への移動はないので、ある一定の勢力が拮抗しあい、結果的に世論や社会の分断が生み出された。韓国政治もほぼ同様の構図となっている。
 韓国の世論調査で自分の立場を「進歩派」と答える人が約3割おり、それに「中道」という回答者を加えると、だいたい6割を超える(図16)。文在寅政権の支持率はだいたいその間を変動している。

 日本、韓国、台湾の政権の支持率変化を比較してみよう(図17)。この3国の政権支持率は、2012年ごろまでは政権発足時から1年以内に急落する傾向が共通して見られた。ところが2013年ごろから、日本(安倍政権)と韓国(朴槿恵政権)の政権は支持率が安定し始めた。その理由について当時の専門家は、日韓とも政治的分断が進んだために政権の支持基盤(岩盤支持層)が安定していると分析した。文政権も同様で、朴槿恵政権より少し上をキープしている。ちなみに菅義偉政権は、(安倍政権とは違い)かつての政権と同じような傾向を見せている。

 支持率の安定ということは、別の言葉で表現すれば、党派的対立が激化しているということだ。その結果、与党は一致団結して大統領を支持する傾向となり、政権支持率の下げ止まりの要因となっている。
 ここで4月7日に行われるソウル市長選挙について簡単に見ておく。
 ソウル市長選挙は大統領選挙の前哨戦ともいわれるが、それは韓国の政治勢力がおおまかにいえば、慶尚道が保守、全羅道が進歩と色分けされ拮抗する状況にあるので、ソウルを中心とする首都圏を取った方が選挙に勝利すると言われる。ソウル市長選挙で与党候補が勝てば、与党は文在寅大統領の下で団結して大統領選挙に臨むことになるが、もし負けると、大統領から与党が離反しはじめることになる。

(2)文政権の政策評価

 次に、(2021年3月第1週に実施された韓国ギャラップ社の世論調査をもとに)文政権の具体的な政策について見ておく。
 外国の政権を見る時に我々は、どうしても外交政策を中心に評価する傾向がある。例えば、外交的失敗があると政権に大きな打撃となると考える。しかし、日本のことを考えてもわかるように、外交政策は支持率への反映度は低い。
 文政権を支持する理由を見ると(図18)、支持者の中で「外交・国際関係」を挙げた人が2%、文政権の看板政策である「北朝鮮関係」も2%と非常に低い。一方、支持しない理由として、外交問題を挙げる人は1%未満で、世論調査の数値に現れないほどだ。

 前節で「日韓問題は支持率に影響を与えなくなった」と述べたが、このデータを見ても、外交問題が韓国政治に与えるインパクトほとんどないことが分かる。多くの国民の関心事は、コロナ対策や不動産対策だ。
 コロナ対策では、日本と比べると感染のコントロールには成功しているために、コロナ対策に対する国民の満足度は高い。文政権を支持しない理由としてコロナ対策を挙げている人は4%に過ぎないことからもわかる。
 もう一つは、韓国経済の現状である。日本のメディアでは、あまり報道しないのでわかりにくいのだが、新型コロナ禍のなか韓国経済はなかなか健闘している。
 2020年度の韓国の経済成長率はマイナス1.9%(暫定値)だが、日本はマイナス5.4%、欧米はもっと悪かった(図19)。「OECD諸国の中で最もよい数値」(文大統領)だった。もちろん中国やベトナム、台湾など、もっといい国もあったが、それでも韓国経済のパフォーマンスは決して悪くない。こうした状況から文政権の経済政策に対する不満はそれほど大きくなってはいない。

 2021年度の経済成長予測を見ると、韓国は3%近い予測値となっている(図20)。20年度のマイナス1.9%を合わせても韓国はプラス成長になる。欧米諸国では20年、21年でプラスになる国はほとんどない。日本も欧米と同様、2年合わせてマイナスだ。

 貿易の経常収支の推移を見ても、韓国経済の健闘ぶりがわかる(図21)。輸入減の影響もあるが、経常収支は改善しており、全体としては貿易黒字となっている。ちなみに、韓国は1998年以降、一回も貿易赤字を記録したことはない。

 韓国経済が好調な理由としては、半導体需要の高まりがある。コロナ禍に伴いオンラインによる活動が大幅に増えて、それが半導体の需要増となって現れている。韓国の有力企業であるサムスンの営業実績を見ると、2020年の営業利益は前年の実績を上回っている(図22)。2019年7月に日本政府が輸出規制強化措置を行ったときに、日本のメディアの中にはこれによって韓国の半導体産業に影響が出るとの予想もあったが、実際にはサムスンの営業には何の影響もなかった。サムスンに次ぐLG電子も同様に営業利益を上げることが出来た(図23)。

3.文政権下の変化

 文政権下で韓国社会はどのように変化したのだろうか。
 昨今国民の最大の関心事は、先ほどの世論調査で政権不支持理由のトップに挙げられていた不動産価格の上昇である。韓国の不動産問題は、不動産価格が(株価と同時に)急上昇して国民が怒っているという図式だ(図24)。その結果、国民の間で格差が拡大した。株価の上昇は世界的現象で、その背景にはコロナ対策のために世界各国政府が財政緩和策をとりマネーの供給量が増えてそれが株式市場に流れ込んでいることがある。ところが韓国では、そのマネーが株式市場よりも不動産市場に多く流れ込んでいる。とくにソウルの不動産価格の上昇が顕著だ。

 もう一つは、文政権に対する若年層の支持が失われつつあることだ。従来から言われてきたのは、韓国では若年層が進歩派を支持する傾向があって、2017年の大統領選挙では20代、30代の半数以上が文大統領を支持した。ところが2021年2月時点の世論調査を見ると、10代から30代の層の支持が大幅に失われていることがわかる(図25、26)。

 それでは彼らはどのように変わったのか。確かに与党(進歩派)からは離れたのだが、保守に移ったわけではなく、若年層の半数近くが「支持政党なし」となった(20代の「無党派化」、図26)。
 最近の若者は、格差が拡大して正規職に就けない人が多い。李明博政権・朴槿恵政権のときは保守派に幻滅し、文在寅政権の時は進歩派に幻滅し、結果として行き場を失い支持政党なしとなったとみられる。

4.外交について

 韓国の政治日程を見ると、来年3月の大統領選挙を控えて、今年10月ごろから各政党で予備選挙が始まる。そのような政治状況の中、文政権の残り1年余の任期期間に、「できることは少ない」と言わざるを得ない。
 仮にバイデン政権から大きな圧力がかかった時に、文政権が第一に考えるであろうことは、どれだけ引き延ばしを図るかだろう。自分の任期期間中に問題が解決しなければ(大過なく過ぎるので)いいわけだから、交渉をできるだけ引き延ばして、次の政権に投げてしまえばいい。その意味でも「できることは少ない」。
 そのような制限された条件の中で何をしたいかだ。最近の政府人事で注目されたのは、外相の交代である。韓国の外交には、大統領府(青瓦台)が主導するチャンネルと外務省のチャンネルがある。ところがトランプ政権の時は、米国が大統領主導(ホワイトハウス)であったので、韓国も(対北朝鮮外交については)外務省のチャンネルを使わずほとんどを青瓦台主導で進めた。そして米韓をつなぐ役割を果たしたのが情報機関だった。韓国の情報機関担当者が韓国にとって有利な情報をホワイトハウスに流して北朝鮮との直接交渉に導き、ある段階までは非常に成功した。
 ところがバイデン政権に代わり、韓国は大統領府主導から外務省主導に変更し、主要スタッフも外務省に異動させた。その代表格が、今年1月に外相に就任した鄭義溶だ。彼はそれまで大統領府にいて対北朝鮮外交を主導してきた人物だ。
 最近の韓国外交の特徴に、「延政」、すなわち延世大学校・政治外交学科出身者を多く登用している点がある。韓国の外交官僚の主流はソウル大学出身者が占めているが、政権末期になり、次の政権をもにらんで主流派の人たちは非協力的になっている。そこで文政権は、(官僚の中では少数派の)延世大学校・政治外交学科出身者を使って進めようとしている。
 延世大学校・政治外交学科出身者の政治家の中の代表格でもある文正仁(延世大学校政治外交系教授)は、文政権の対北朝鮮外交における融和政策を進めた中心人物だ。この文正仁教授と鄭義溶外相が外交をリードしている。
 バイデン政権成立後の韓国外交にとっての最大の懸念は、米国からの対日関係改善への圧力にどう対処すべきかということだ。米国の公式文書にも記されているが、バイデン政権は、明らかに日韓関係の修復が重要だと繰り返し述べている。その「圧力」は、ソウルでは相当気にしている。
 今年3月に2プラス2が東京とソウルで行われた。東京の日米2プラス2では、中国に対する強硬なトーンの共同声明が出されたが、ソウルの韓米2プラス2では、中国に対する非難の度合いは相当低く、北朝鮮の完全な非核化の文言も入らなかった。この変化は、日本人の目にはやや奇異に映るかもしれない。
 その背景には、国際情勢の変化がある。2010年代の米中対立は安全保障問題が中心だったが、現在では経済・技術・人権にまで拡大している。そこで米国は、中国包囲網を形成すべく、クアッドのような形の多国間連携(チーム)を組んで対応しようとしている。ところが、その多国間連携のチームを組むときに、韓国は非常に扱いにくい存在だ。韓国は、G20の一員でもあり、日本人が考える以上に、国際社会では大きな存在だ。ちなみに、韓国の軍事費は日本の防衛費の96%くらいに相当し、ロシアの極東海軍より韓国海軍の方が大きい。そのため米国としては、多国間の中から韓国を外すわけにもいかないから、クアッドプラスのようにでも入れておく必要がある。
 もう一つは、韓国にとってトランプ政権の「経験」は大きなものだった。オバマ政権の時は、長期的な観点で交渉すればよかったが、トランプ政権との経験を通して韓国は、米国の安全保障政策がそれほど(一貫して)安定的ではないことを理解したのだった。現政権に対してうっかり譲歩でもすると、次の政権になった時に困ることになりかねない。むしろ次の政権交代が予想されるなら、それまで待ってもいいのではないかと。実は、外交交渉においては「待てる」というカードが入ることで、ゲーム展開がだいぶ変わってくる。
 文政権の現在の立ち位置は「待ち」だから、サボタージュに出る可能性もある。そこで米国としては韓国に対して近々の問題が起こらない限りは圧力をかけるのではなく、インセンティブを与える方が効果的と考えて対応しているように思われる。

最後に

 韓国はいまや(経済成長を果たし)国が豊かになって力をつけ、自信を持つようになった。その結果、日本に対して堂々と「NO」と主張し、米国とも強く交渉に出るようになった。トランプ政権時には、ある面で北朝鮮外交において米国を動かすようなこともあった。
 その一方で別の面も見えてきた。これまで歴史認識問題で韓国は、国際社会において日本と勝負すると負けるだろうということが大前提になっていた。ところが今の若い世代を中心に、そう考えない人たちが多くなった。例えば、最近の慰安婦裁判に関する韓国メディアの論調がいままでとは違い、「慰安婦問題をICJに訴え、国際社会で堂々と議論しよう」と変化した。
 このようにいまや日韓関係は、その力の差があった時代は過去のものとなり、水平関係になっている。そのような関係においては、国際社会に韓国を引き出して日本としても堂々と議論をしていくことが重要である。

(2021年3月20日に開催されたILC研究会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
木村 幹 神戸大学大学院教授
著者プロフィール
京都大学大学院修士課程修了、京都大学博士(法学)。愛媛大学助手、神戸大学助教授を経て、現職。同大学アジア総合学術センター長、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長、神戸新聞客員論説委員を兼務。この間、韓国国際交流財団研究フェロー、ハーバード大学、高麗大学、世宗研究所、オーストラリア国立大学、ワシントン大学の客員研究員、高麗大学客員教授、日韓歴史共同研究委員会委員等を歴任。比較政治学、朝鮮半島地域研究が専門。『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』『韓国現代史 大統領たちの栄光と蹉跌』『日韓歴史認識問題とは何か』『歴史認識はどう語られてきたか』『平成時代の日韓関係』など朝鮮半島に関する著書多数。
日本における韓国、朝鮮半島に関する議論には問題があると感じている。韓国の話題を取り上げる段階から「バイアス」がかかっているということである。

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