児童虐待予防に向けた提言 —法整備、専門人材育成を中心に—

児童虐待予防に向けた提言 —法整備、専門人材育成を中心に—

2023年12月7日
児童福祉法の改正点

 児童虐待防止法(2000年)が制定されて、二十数年が経過した。この間、児童福祉法とともに度々改正が行われるなど、虐待防止に向けた制度的充実が図られている。昨年(2022)にも児童福祉法が大幅に改正されたが、ここでは、その改正の意義と課題について考察するとともに、これら制度の担い手である人材育成に関する課題と政策について提案する。
 全国の児童相談所に寄せられる虐待対応件数は、年々増加の一途をたどっている(表)。ここ2年ほど増加のペースが緩やかになっているが、コロナ禍の影響によって虐待の潜在化が懸念される。

 さて、昨年の児童福祉法改正であるが、一部を除いて来年4月から施行されることになっている。大きな改正点は、①親子再統合支援事業の創設、②在宅支援メニューの充実、③こども家庭センターの創設、④児童の意見聴取の仕組みの整備、⑤一時保護における司法審査の導入など、である。
 最も注目すべき改正点の一つは親子再統合支援事業の創設であろう。

親子再統合支援の事業

 虐待で子どもが亡くなる悲劇が絶えない。中には、施設入所などいったん親子分離がなされ、その後十分な親子再統合支援がなされないまま家庭引き取りになり、さらなる虐待で死亡してしまうケースである。親子再統合支援の重要性は繰り返し叫ばれてきたが、実際にはあまり進んでいない。
 なぜ親子再統合支援が進まなかったのか。その要因は三つあると考えている。
 一つは支援メニューの不足である。親子再統合の重要性は認識され、プログラムも開発されてきたが、現状では支援技術として確立されているとは言いがたい。
 二つ目の要因として、制度的な課題があげられる。欧米では、児相と家庭裁判所の役割分担が明確化されている。国や州によって違いはあるが、概ね共通しているのは、虐待の事実認定や子どもの一時保護、親からの分離などの判断は司法が担っている。それに対して援助の部分、親の苦しみに寄り添いながら共に解決の道を探る役割は児相が担っている。つまり、“鬼”の役割は司法、“仏”の役割は児相というわけである。
 ところが日本では司法関与の度合いが薄く、児相に“鬼”と“仏”の両方の役割を担わせているのである。こうなると親にとって児相は子どもを引き離す“鬼”となってしまい、親と児相の信頼関係は援助の入り口で壊れてしまう。このため、親子再統合に向けて親にカウンセリングなどを提案しても、親は応じないということになる。そうした制度的な矛盾を児相は抱えている。
 三つ目の要因は深刻な人員不足である。児相では人員が不足し、虐待通報の初期対応に追われている状況にある。子どもが施設入所すれば、死亡事故につながる危険性がいったんはなくなる。そこまで対応するのに精一杯で、施設入所後の親子再統合支援まで手が回らないというのが現状である。
 今回初めて法定化された支援事業であるが、実施主体は都道府県、政令市、児相の設置市で、対象は親子再統合(親子関係の再構築等)が必要と認められる児童とその保護者である。具体的には、児童虐待の防止に資する情報の提供をはじめ、例えば、ピア・カウンセリング、心理カウンセリング、保護者支援プログラム等を実施する。親子再統合を後押しする制度が創設されたことで、再統合に向けた取り組みに拍車がかかることを期待したい。
 児童福祉法改正の二つ目のポイントは、在宅支援メニューの充実である。平成28年の法改正では、社会的養護の発生を未然に防ぐための保護者支援が国や自治体の責務として規定された。ただ、この時の改正では、理念的な規定の設置にとどまり、実効性を担保する具体的な施策は規定さなかった。2022年の改正では、親子再統合支援事業のほか、妊産婦等生活援助事業、子育て世帯訪問支援事業、親子関係形成支援事業等の新規メニューが創設され、在宅支援での実効性が期待される。

「こども家庭センター」の創設

 法改正の三つ目のポイントは「こども家庭センター」の創設である。一部の自治体では児相をこのように呼んでいる所もあるが、ここで言う「こども家庭センター」の実施主体は市町村である。児童福祉の相談援助をワンストップで実施できるよう、既存の「子ども家庭総合支援拠点」と母子保健の窓口である「子育て世代包括支援センター」を機能的に統合したものである。
 重要なのは、個々の事例に即したサポートプランの作成がセンターの業務として位置づけられていることである。このことにより、ケースマネジメントの観点からの支援が期待される。例えば、現在実施されている「こんにちは赤ちゃん事業」は、生後4カ月未満の乳児がいる全ての家庭を訪問して必要なサポートを行うが、基本的には1回限りである。一方、「こども家庭センター」は必要な期間、個々のサポートプランに沿って長期的な支援を行うものである。

児童の意見聴取の仕組み

 法改正の四つ目のポイントとして、児童の意見聴取の仕組みの整備が都道府県に義務づけられたことである。児相が入所措置や一時保護などを行う際、児童の最善の利益を考慮しつつ児童の意見・意向表明や権利擁護に向けた必要な環境整備を行うこととされた。
 課題としては、大人が杓子定規に子どもに意見を求めても、緊張したり威圧感を感じて本当のことを話せない子が多いことである。そうでなくても、虐待を受けた子どもは親をかばうこともある。従って言葉だけでなく、言葉に表れない表情を見ながら本音を聞き出せるような技術と仕組みが必要である。性的虐待については現在も検察と児相と警察が一緒に子どもの話を聴く司法面接が行われているが、現場の担当者によると、緊張してほとんど話せない子どもも少なくないという。子どもが意見を表明しやすい環境と子どもの特性への理解が欠かせない。
 また、子どもの話を聴いたとしても、その希望を受け入れることが、かえって子どもの利益を損なうこともあり得る。大切なのは聞き入れることができない場合であっても、その理由を子どもが理解できる形で丁寧に説明するなど、フィードバックができるシステムを整備することである。

一時保護の司法審査

 改正の五つ目のポイントは、一時保護における司法審査の導入である。児相が一時保護を開始する際、事前又は保護開始から7日以内に裁判官に一時保護状を請求することとされた。子どもの権利条約は、親の一時保護に反して親子を分離する場合は司法の審査に従うように求めている。長年、一時保護は児相の職権で行うことができるとされてきたが、今回の改正により権利条約との整合性が図られることになる。
 ただし、これにも課題がある。例えば子どもが帰宅を拒否している場合、親の虐待等を裏付ける情報が不十分であっても、子どもを帰すかどうかの判断を下さなければならないケースがある。実務的にはまず一時保護をして、予防的に安全を確保する措置がとられている。しかし、司法はあくまで証拠主義であり、裏付ける情報がなければ一時保護が承認されないこともあり得るだろう。このため、児相も証拠が十分でなければ、一時保護を回避せざるを得なくなることが懸念される。そうした事態を防ぐために一時保護の要件について、こども家庭庁と司法側が十分に調整していくことを望みたい。

児童福祉司の不足

 次に、児童家庭福祉に関わる人材面の課題についてお話しする。何といっても人材の確保が、わが国の虐待対策の最大の課題だと言っても過言ではない。
 人材の確保には量的確保と専門性確保の二つの側面がある。
 まず量的確保であるが、わが国の児童福祉司1人あたりの担当ケース数の多さは国際的に見ても抜きん出ている。欧米では10〜20件だが、わが国では40件である。中には1人100件を超える自治体もある。アメリカでは1人の担当が10件を超えるとソーシャルワーカー(SW)を1人付けることを義務付けている州もある。
 例えば、アメリカのロサンゼルス郡の人口は870万人である。そこに児相の支所が17カ所あり、SWが3500人配置されている。つまり人口約2500人に1人の割合である。
 一方、日本の横浜市は人口370万人で、児相は4カ所、SWは81人配置されている。これは人口4万6000人に1人の割合である。
 もちろん、国も手を打っていないわけではない。ここ数年、児童相談所の強化に向けたプランを打ち出して、児童福祉司の計画的な増員を図っている。
 例えば、平成27年度の時点で全国の児童福祉司は2930人だったが、令和4年度には5780人、6年度には6850人まで増やすことになっている。平成27年度から見れば倍増である。

量的確保への提言

 そこで、量的確保に関して以下の3点を提言したい。
 ①児童福祉司の一層の量的確保を目指す。
 ②市区町村における虐待対応職員の量的確保と配置基準の法定化である。児相の児童福祉司の配置基準は児童福祉法、政令等によって明示されている。しかし市区町村の職員については、人的配置基準が法定化されていない。
 一方で、市区町村の役割は年々重視され、その業務量は増加している。地域における子育て支援をはじめ、社会的養護の予防的支援、母子保健などはその例である。しかし、それを担う人材の配置基準は曖昧である。このため、人材配置が業務量増に追いつかず、年々忙しさが増している。業務の実態に見合った配置を担保するために、配置基準の法定化が急がれる。
 ③市区町村におけるスーパービジョン体制の確保である。特に虐待対応は一つ間違うと命に関わる極めてストレスフルな仕事である。このため、相談員をサポートするスーパーバイザーの役割は極めて重要となる。しかし、児相の場合は児童福祉司6人につき1人のスーパーバイザーの配置が法定化されているが、市区町村職員については配置基準がない。
 また、スーパーバイザーの確保も課題である。市区町村は児相と比較して組織が小さい。このため、担当者をサポートする人材を内部で確保することが困難なところも少なくない。今後は外部のスーパーバイザーを積極的に活用していくことが望まれる。

専門性に関わる問題点

 次に専門性の確保である。
 私は厚生労働省の虐待死事案等の検証に関する専門委員会で、検証作業に6年ほど携わった。また、自治体の第三者検証委員も担当してきた。こうした経験から痛感するのは、専門性の問題である。多くの虐待死事例に見られる対応上の問題点は、大きく四つに分けられる。
 一つは、保護者との関係性を重視するあまり、保護者の意思に反した保護などの対応に躊躇してしまうことである。確かに、援助の入り口の段階で保護者と対立関係になってしまうと、親との間の信頼関係が失われ、援助が成り立たないという事態になりかねない。それを恐れるあまり、強い姿勢に出ることができないのである。
 二つ目は、リスクアセスメント(評価)の甘さである。複数のリスク要因が重なり急速に悪化しているにも関わらず、危険性の評価が甘いケースがある。
 三つ目は、場当たり的な対応に追われ、総合的・時系列的な見立て(アセスメント)が出来ていないことである。例えば、母子家庭の母親に交際相手が出来、それ以降、保育所からの通告が増え、怪我も増えて、明らかに悪化の一途をたどっているというケースがあるとする。悪化の背景に交際相手の出現が存在すると考えられる場合があるが、ケース担当者としては、その時々の対応に追われ、ケースを総合的に見立て、その流れを時系列的に追っていく視点が欠けがちである。
 四つ目の問題点は、繰り返し指摘されることだが、関係機関の連携不足である。
 これらの問題点はいずれも専門性に関わるものであり、国や自治体の検証組織からも長年、指摘されてきたが、なかなか改善されてこなかった。

専門職のアイデンティティ

 専門性が発揮されるための必要条件を三つあげる。
 一つ目は専門職としてのアイデンティティの形成である。虐待対応のソーシャルワーカーとしてのアイデンティティが形成されておれば、自己研鑽の努力につながる。一方で、一般行政職が人事異動で全く関係のない部署から児童福祉司として配属されてくることがある。児相は仕事の内容も厳しい部署である。使命感と責任感に燃え、懸命に頑張っている職員もいるが、中には、腰かけ的な意識で仕事をしている職員もいる。また、専門職であっても児童福祉司の場合、一般行政職と同じ人事異動ルールが適用され、短期間で異動するところも多い。
 いずれの場合も、専門職としてのアイデンティティの形成は困難であるし、自己研鑽にもつながりにくくなる。
 ちなみに、児童福祉司の全国組織は結成されてこなかったのに対し、児相の児童心理司は全国判定員研究協議会という全国組織が昔から存在する。なぜかと言えば、心理職は大半が専門職であり、児童福祉司とは異なり異動のサイクルも長い。このことがアイデンティティ形成の大きな要因となっているものと思われる。

専門性の蓄積と継承

 二つ目は個人における専門性の蓄積である。虐待対応に精通するには10年はかかると言われる。しかし、今述べたように、児童福祉司の異動サイクルが短いため、少し仕事に慣れたかと思えばすぐに他の部署に転出ということになってしまう。これでは専門性の蓄積は困難である。政府の調査では、児童福祉司としての経験年数3年未満という職員が半数以上を占めている。
 三つ目は、組織内での専門性の伝授、継承である。異動が頻繁になると、組織の中での専門性も十分に蓄積されない。その結果、専門性の伝授、継承が困難となっている。例えば、虐待死亡事例の検証報告書は虐待対応のポイントの宝庫であるが、これらを先輩職員が後輩職員に伝えることも十分できていないところもある。なかには、報告書が公表されていること自体を知らないまま他の部署に異動する職員もいるほどである。
 専門性を確保するために大切なことは、専門職としてのアイデンティティが形成され、ライフワークとして腰を据えて仕事に取り組める環境にあること、スーパービジョン体制がしっかりしていること、そして、組織の中で専門性が伝承できる体制にあることであることを強調しておきたい。

専門性確保の提言

 そこで、専門性を確保するための具体的な手立てとして、以下の3点を提言したい。
 ①専門職採用を進め、教員や医療機関の職員のように、一般行政職とは別の異動、昇級、昇格のルールを確立するべきである。
 ②小規模な自治体、市区町村職員を含めて、虐待対応業務の民間機関への委託も可としてはどうか。民間機関の場合、公務員ほど頻繁な異動はなく、ライフワークとして取り組むことができるため、エキスパートが育成されやすい。
 民間委託のメリットとして、同じ団体が都道府県域を超えて各地の児相に職員を派遣することも考えられ、人口規模の小さい自治体であっても本部としてのスケールメリットを活かして、組織的なスーパービジョン体制や研修体制の確保も期待できる。
 海外では、すでに児相業務を民間に委託している国もある。例えば、韓国では59カ所の児相のうち公が直接対応しているのはソウル市と釜山市の2カ所のみで、他は全て民間機関である。
 カナダのトロントでも、CAS(Children’s Aids Society)という非営利組織が児相業務を行っている。カナダは大半が民間非営利団体であるが、ほぼ100%が国や州の予算でまかなわれており、福祉関係の仕事の中では最も給与が高い。ほぼ全員が有資格者で、1人当たりの担当件数は十数件である。
 ③優秀な人材の確保と定着のための環境整備である。虐待対応の困難さ、生命を預かっている仕事の重さを社会全体で共有し、それに見合った社会的ステータス、報酬と昇任・昇格の機会を保障する。

虐待対応に特化した資格を

 最後に、昨年の児童福祉法改正で、新たに法制化された「子ども家庭ソーシャルワーカー」(仮称)の問題点について触れておく。この資格は、国家資格ではなく団体認定資格となっている。また、子育て支援としての相談援助や児童養護施設でのケア、里親支援など、広く子ども家庭福祉に従事している人たちを対象としているため、例えば資格試験の受験に必須とされる指定研修では科目も広範に亘っており、虐待に特化された科目は「児童虐待の理解」の1科目だけである。そして、虐待対応技術の習得に不可欠な実習はなく、当該科目に係る演習もたった4.5時間だけである。これでは虐待対応にはほとんど役に立たないと言わざるを得ない。
 虐待対応に特化した資格制度とし、虐待対応に必要な知識の習得をはじめ、徹底した演習と実習を義務づけることで、即戦力となり得る人材の養成を期待したい。
 また、この制度は、資格取得までのハードルも高い。受験資格を得るにはいくつかのルートがあるが、例えば社会福祉士の国家資格を持っていても、さらに2年以上の実務経験が求められ、さらに指定研修を受けて、初めて受験資格が得られる。これでどれくらいの資格希望者を確保できるのか疑問がある。
 資格を得る強力なインセンティブが必要であり、そのためにはまず国家資格化し、仕事の責任の重さと専門性の高さを国家が保証し、このことにより社会的評価を高め、これをバネに待遇改善につなげていかないとこの制度は絵に描いた餅になってしまうのではないか。

アメリカの養成プログラム

 ちなみに、アメリカでは虐待対応人材の養成プログラム「タイトル4E」を全米47州で実施している。この養成プログラムは、大学院生(修士課程)を、将来児相に就職することを前提に実習生として児相に送り込み、人材確保を図るとともに、高度な専門性を有する人材を育成しようとするものである。大学と児相が正式に契約して運営しているが、驚くのは週半分は実習現場に出かけて実際のケースに触れるという、徹底した現場主義が採られていることである。
 学生は修士課程の2年間で、大学でのアカデミックな学びと児童保護の現場での実習を同時に修了する。2年次は児相側のメンター(指導者)に密着して、1〜2件の実際のケースを割り当てられる。そして学費は連邦予算から全額支給される。実習生は卒業後、多くがインターンをした児相現場に戻り、一層のトレーニングを重ねていく。わが国における実務訓練のあり方、人材確保と定着を考えるうえで参考になるのではないか。

終わりに

 児童虐待防止法の附則は、2年後をめどに国家資格化も含めて新たな資格制度についての再検討を政府に求めている。これに期待したい。
 虐待防止制度は充実してきた。しかし、これを担う人材は質量ともに深刻な課題を抱えている。人材政策の抜本的強化が急がれる。
 「福祉は人なり」の意味を改めて噛みしめたい。

(本稿は2023年9月1日に行われたIPP政策研究会の発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
才村 純 東京通信大学名誉教授/認定NPO法人児童虐待防止協会副理事長
著者プロフィール
大阪市立大学文学部卒。社会福祉学博士(東洋大学)。大阪府の児童相談所に児童福祉司として勤務後、大阪府福祉部福祉政策課主幹、厚生省児童家庭局企画課児童福祉専門官、日本子ども家庭総合研究所ソーシャルワーク研究担当部長、関西学院大学教授などを歴任。厚生労働省の社会保障審議会児童部会専門委員会委員長、日本子ども虐待防止学会副会長(事務局長)、日本子ども家庭福祉学会理事などを務める。著書に『子ども虐待ソーシャルワーク論』(単著)、『図表でわかる子ども虐待』(単著)、『保育者のための児童福祉論』(編著)他。
児童虐待相談対応件数が増え続けている。児童虐待防止法、児童福祉法改正と、児童福祉司など専門人材育成の観点から、今後の予防策を提言する。

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