1. 日本の対外援助 ODAの歴史
「援助」は、国家間で行われる有力な影響力行使の手段である。援助は、経済援助(開発借款・贈与) 、技術援助、軍事援助に分けられるが、大きくは経済援助と軍事援助に区分できる。平和国家を掲げる日本の場合、援助の主体は経済援助であり、その代表が「政府開発援助(ODA: Official Development Assistance)」だ。
戦後、日本はサンフランシスコ平和条約で主権を回復したが、同条約では太平洋戦争で日本の軍隊が占領し、損害を与えた国への賠償義務が定められた(第14条)。この規定に基づき、日本はビルマ(現ミャンマー)、フィリピン、インドネシア、南ベトナムの4か国に戦争賠償を行い、対日賠償請求権を放棄したラオス、カンボディア、マレ-シア、タイ、シンガポ-ル等に対しては、賠償に準ずる形で無償援助が供与された(準賠償) 。
この戦争賠償や準賠償が日本の対外資金供与の始まりであった。その後、1954年には南アジア及び東南アジアの経済・社会開発促進を目的としたコロンボプランに加わり、技術専門家の派遣や研修生の受け容れ(技術協力)を実施した。これが純然たる対外援助の開始で、58年には資金援助も行うようになる。
2. ODA大綱の制定と改正:規模から目的の明確化へ
1976年に戦後賠償は完了した。一方、高度経済成長の波に乗る格好で、経済援助の額は急速に膨らんでいった。しかし、経済大国として巨額の援助を行う中で、何時しか援助規模の拡大事態が目的となり、何のためにODAを実施するのか、また日本の国家目標達成との関連は曖昧なままであった。
そうした反省から、1991年に「ODA4指針」が、翌92年には「政府開発援助(ODA) 大綱」が策定された。4指針では、ODA実施にあたって、被援助国の①軍事支出の動向②核兵器等の大量破壊兵器の開発、製造等の動向③武器輸出入の動向④民主化の促進及び市場指向型経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払うことが明記された。続いて出された「大綱」では、ODAの基本理念や原則、方針が示された。基本理念では、「人道的考慮」、「相互依存関係」、「自助努力支援」、それに「環境保全」が掲げられ、原則では「ODA4指針」に「環境と開発の両立」、「軍事的用途及び国際紛争助長への使用回避」が追加された。
しかし、聖域として伸びる一方だった日本のODAも、経済の停滞と危機的な財政赤字の影響で、1997年をピ-クに以降削減へと向かう。そのため限られた予算の枠内で、如何に公正で効果の大きい援助を実施するか、また日本の外交や政策目的に叶った援助はどうあるべきかの論議が強まった。
そこで03年8月、11年ぶりに「政府開発援助(ODA)大綱」が改定された。新大綱はODAの目的を「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資すること」と規定し、日本の国益確保の施策としてODAを位置づける姿勢を強調した。また基本方針の一つに「人間の安全保障の視点」を、重点課題の一つに「平和の構築」を掲げた。前者は人間中心の視点を、後者は紛争予防や紛争終結後の平和の定着、国造りにおけるODAの役割を重視したものと言える。
3. 安倍政権の開発協力大綱:「国益」重視を鮮明化
さらに2015年2月、安倍政権は先の新大綱を見直し、名称も変更して新たに「開発協力大綱」を決定した。開発協力大綱は「国際社会の平和と安定及び繁栄により一層積極的に貢献すること」としつつ,「そうした協力を通じて我が国の国益の確保に貢献する」と記載され、ODAの目的に「国益」の文字がはじめて明記された。ODAが、途上国の発展支援というそれまでのような他者利益実現の視点に留まらず、日本の国家戦略遂行の、そして国益実現のための重要な手段と位置付けられたのである。
基本方針には、「非軍事的協力による平和と繁栄への貢献」「人間の安全保障の推進」「自助努力支援と日本の経験と知見を踏まえた対話・協働による自立的発展に向けた協力」の3点を掲げ、「質の高い成長」と「普遍的価値の共有」,それに「持続可能で強靱な国際社会の構築」の3つを重点課題に据えた。
また開発協力大綱では、民間企業や地方自治体との連携、それに女性をはじめ様々な関係者の開発への参画を新機軸に打ち出すとともに、実施原則に「戦略性の強化」を掲げるなど戦略的な開発協力の推進を強く意識したものともなった。それを端的に示す取り組みが、初めて軍隊の民生活動への支援に道を開いたことである。
即ち、開発協力大綱は「非軍事的協力による平和と繁栄への貢献」を基本方針に据え,「軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する」原則は1992年の旧大綱を踏襲したが、その一方、安倍政権が掲げる「積極的平和主義」を敷衍し、「民生目的,災害救助等非軍事目的の開発協力に相手国の軍又は軍籍を有する者が関係する場合には,その実質的意義に着目し,個別具体的に検討する」と定めた。
これは、近年自然災害の激甚化・頻発化やグローバル化に伴う感染症の瞬時の拡大等の人道危機の広範化が見られることを踏まえ,感染症対策や紛争後の復旧・復興等の民生分野や災害救援等軍や軍関係者が軍事活動以外の非軍事目的の活動で重要な役割を果たしている場合に,それらに対する非軍事目的の協力が必要となることを想定したものである。戦闘を対象とした軍事協力はしないが、軍隊の非軍事的な社会貢献活動には手を差し伸べようとするもので、従来のODA大綱からの大きな転換となった。
4. 新たな開発協力大綱の必要性
戦略政策としてODAを位置付けた開発協力大綱だが、その後の国際情勢の変化に伴い、再び改正への動きが強まるようになった。変化した国際情勢とは、地球温暖化などの気候変動や新型コロナウィルス感染症(COVID-19)を始めとする地球規模課題の悪化と、中国やロシアといった権威主義国による覇権主義的行動の増大を意味する。
なかでも中国は一帯一路政策を強引に推し進め、途上国への影響力拡大を狙っている。例えば、スリランカは中国からの巨額融資で港湾を整備したが、高金利で返済に行き詰まり港湾の運営権を事実上中国に譲渡させられてしまった。東南アジアや太平洋島嶼国でも資金提供を梃子とした中国の浸透工作が急速に進んでいる。一帯一路は多くのアフリカ諸国にも適用され、巨額な融資で各国を借金漬けにして支配を強める「債務の罠」によってアフリカ地域の不安定化を助長させている。
22年3月、日本が主導するアフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合で林外相は、中国の名指しを避けつつも「不公正、不透明な貸し付けを含め、国際ルール、スタンダードを順守しない開発金融への対処は喫緊の課題だ」と訴えた。中国によるレアメタル支配を防ぐなど戦略物資の確保やサプライチェーン強化という経済安全保障の要請も強まっている。
地球規模問題の深刻化と権威主義国の覇権外交がもたらす複合的危機の中で国際社会の分断は進み、苦しい立場に追い込まれた途上国に対し戦略的な国際貢献を展開する必要が高まっており、日本が主導する「自由で開かれたインド太平洋」とODAの連携を深める必要もある。そこで岸田政権は大綱改定の意志を固め、22年9月にその方針を明らかにした。
大綱の見直しには、日本のODA政策の限界という問題も関わっている。日本のODA予算は1997年度の1兆1687億円をピークに減少傾向で、22年度は5612億円とほぼ半減した(図表2参照)。財政状況が厳しい中で大幅な増額は見込めず、援助額で中国に対抗することはもはや不可能になっている。そのため、限られた予算の制約の中で高い効率性や戦略性を備えた援助政策を実施する必要に我が国は迫られており、それを可能にするための指針作りが急務になっている。「選択と集中」(外務省幹部)を強く意識した大綱作りである。
有識者懇談会の会合を重ねる形で開発協力大綱の改定作業は進められた。22年12月に林外相に提出された有識者懇談会報告書では、10年など目標年限を設定してODA予算を倍増させることや「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)実現に寄与すべきこと、人的資源の拡充などが謳われた。
5. 新大綱の概要とその特徴
有識者懇談会の会合及び報告書などを踏まえ、2023年6月に新たな開発協力大綱が閣議決定された。新大綱は、日本の支援を「非軍事」に限る原則を維持したうえで、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の下、平和で安定し繁栄した国際社会の形成に貢献するとともに、信頼に基づく対外関係の維持・強化を図り我が国の平和と安全を確保し国益を実現することを援助の目的に掲げた。そして「人間の安全保障」や、途上国を対等なパートナーと位置づけ「対話と協働を通じた社会的価値の共創」、「包摂性、透明性及び公正性に基づく国際的なルール・指針の普及と実践」などを援助の基本方針に据えた。
実施にあたっては、「戦略性の強化」や「企業・研究機関・自治体・親日派人材等との連携」に加え、相手国の要請を待たずに提案する「オファー型」支援を新たに導入した。ODAは従来、相手国の要請を受けて行う「要請主義」が原則とされ、継続が難しく援助が「細切れ」になるなどの問題も指摘されてきた。改定前の大綱も「積極的に提案を行う」としていたが、実際の運用では要請の有無に重きが置かれており、「オファー型」の導入で提案中心の支援にあらため、我が国の戦略目的に合致した援助としたい意向だ。
また開発協力は「外交の最も重要なツールの一つ」と強調し、ODA予算拡充の方針が明記された。日本のODA予算は2011年度以降5千億円台で推移する。国連の目標は国民総所得(GNI)比0.7%だが、日本の21年実績は0.34%に留まる。新大綱は「0.7%の国際的目標を念頭に置く」としながらも、「我が国の極めて厳しい財政状況も十分踏まえつつ、様々な形でODAを拡充する」との表現にとどめ、具体的な数値目標は示さなかった。民間投資を呼び込みつつ、規模を膨らませていく考えである。
さらに、相手国を借金漬けにする「債務の罠」を巡る中国への批判を念頭に、実施原則に「債務の持続可能性」に配慮した支援の必要性も盛り込んだ。そのほかFOIP実現に向けて友好国を増やすとともに、中国への抑止力を高めるため、巡視艇供与などで途上国の海洋保安能力を後押しする方針や、ウクライナ侵略の影響を受け途上国で広がる食料・エネルギー危機への対処や重要鉱物資源の安定供給など経済安全保障を重視する考えも盛り込まれた。
6. 新たな支援の枠組み:同志国支援(OSA)の創設
昨年12月に決定された安保関連3文書では、日米同盟の強化に加えて「同志国との連携の強化」が重要な柱に据えられた。中国の覇権主義的な行動が強まるなか、力による一方的な現状変更を抑止し、特にインド太平洋地域における平和と安定を確保し、我が国にとって望ましい安全保障環境を創出する必要がある。その際、域内諸国との連携協力が不可欠だが、この地域では自衛隊や米軍と共同して活動できる能力を持つ国は韓国やオーストラリアなどに限られている。
そこで、我が国自身の防衛力強化に加え、域内の同志国軍を支援しその抑止力を向上させる目的で、政府は「政府安全保障能力強化支援」(OSA)という新たな国際支援の枠組みを創設し、その実施方針を決定した。OSA(Official Security Assistance)はODAとは別の枠組みで、防衛装備移転三原則の範囲内で、友好国・同志国の軍に防衛装備品の提供やインフラ整備などの軍事関連支援を行うものだ(図表2参照)。
『国家防衛戦略』は具体的な施策として、円滑化協定(RAA)、物品役務相互提供協定(ACSA)、防衛装備品・技術移転協定等の制度的枠組みの整備推進、防衛力強化に資する防衛装備移転、能力構築支援等の実施を挙げている。今年度はフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーの4カ国が候補に挙がっており、当初予算に20億円が計上されている。各国は中国の海洋進出に直面している点で共通しており、今後情報収集や警戒監視などに必要な資機材などを提供することになる。
7. 装備移転三原則の見直し
防衛装備移転三原則とは、防衛装備(戦闘に使用される武器及び武器技術)の海外移転について①国際紛争の当事国や安保理決議などに違反する国への移転を禁止する②移転を認めるのは平和貢献・国際協力推進や日本の安全保障に資する場合に限り、個別厳格に審査する③目的外使用や第三国移転は日本の事前同意が必要、というものである。そして②で認めるのは、米国はじめ安全保障面での協力関係がある国と「国際共同開発・生産する」場合か、「救難、輸送、警戒、監視、掃海」の5つの目的に該当する場合に限定されている。
ロシアと戦争しているウクライナに対しては武器や弾薬を提供することは出来ず、そこで防弾チョッキやヘルメットを供与することとし、急きょ運用指針を改定。輸出を認める案件に「国際法違反の侵略を受けているウクライナ」との文言を加えたほか、自衛隊の使用する装備品を提供するため、不用品を開発途上地域の政府に譲渡できるとする自衛隊法第116条の3に基づいて行う旨が指針に定められた。その後、ドローン(小型無人機)や防護マスクも供与された。
だが、日本以外の主要7カ国(G7)はウクライナに戦車などを提供しており、日本も同様の支援ができるよう制度を見直すべきとの声が高まった。そこで昨年12月に改定された国家安全保障戦略では「三原則や運用指針をはじめとする制度の見直しについて検討する」との一文が盛り込まれた。これを受け三原則の見直しに向けた自民・公明の与党協議が本年4月下旬から開始された。これまでの検討では、ウクライナに限定せず、国際法に反し侵略を受けた国への輸出を可能にすることや、「地雷除去」と「教育訓練」の2分野を追加すること、さらに部品については、殺傷能力や破壊力がなく、自衛隊法上の武器としての性能を有さないもの(エンジンなど)であれば輸出を拡大する方向で議論が進んでいる。
見直し検討の背景には、我が国防衛産業の衰退問題も関わっている。防衛装備品の輸出が厳しく規制されていることで商機を得られなくなっているためだ。政府は先の通常国会で国内の防衛産業の維持強化や装備品の輸出促進を目的に、防衛装備品生産基盤強化法を成立させ、製造工程の効率化や海外輸出に向けた助成金交付などの支援を制度化した。事業継続が難しい場合には企業の製造施設や設備を国が取得、保有できる規定も設けた。こうした措置と併せ、海外への防衛装備品の移転(輸出)に途を開くことで防衛産業の活性化を図りたい思惑がある。
8. 総括:今後の課題とポイント
①今回の開発協力大綱は、先の大綱よりもさらに戦略性を強める内容となった。戦略性強化の狙いは、中国が進める一帯一路とグローバルサウス取り込みの動きを阻止することにある。被援助国の健全な発展とこの戦略目的を如何に両立させるか、その匙加減が問われよう。
②ODAと新たに創設されたOSA、さらに検討中の防衛装備品輸出の拡大という三つの援助政策相互の関わりについて、援助目的と選択手段の整合性に留意し、また混乱重複が出ないよう整理する必要もあろう。特にOSAの対象である「同志国」とは何かが明確に定義されておらず、どの国が該当するのか判然としない。支援の対象も「国際紛争との直接の関連が想定しがたい」分野とあるだけだ。OSA実施方針には曖昧さが残る。戦略的な援助政策の強化という基本方針は、時代の変化や世界情勢の要請に応えた適切なものだ。問われるのは、運用に際しての援助制度相互の位置づけの明確化である。
③経済援助については、援助額の大幅増加が難しくなり、他方中国に対抗する必要から、選択と集中による戦略的な運用が今まで以上に強く求められる。被援助国の発展だけに囚われず、地域や国際秩序の安定に寄与するか否かの見極めが重要となる。同時に無駄な援助を減らす努力が必要だ。日本が提供した施設が引き渡しの後、補修されず稼働していないものも散見される。提供後もメンテナンスや定期点検などを行い、継続的に活用されるような取り組みが求められる。
④武器援助 韓国は、武器輸出を国家の重要な対外政策に位置付けている。日本も国防上重要な防衛産業の育成や積極的平和主義の理念を踏まえ、防衛装備品の輸出拡大に向けた取り組みを進めるべきであろう。また主要国との戦闘機やミサイル防衛システムなどの共同開発も活発化し、殺傷的な装備品の海外輸出に道が開かれていくことが予想される。その際、提供した装備品の目的外使用や第三国移転をどこまで緩和するかが課題といえる。
(2023年6月30日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)