ウクライナ戦争やコロナ・パンデミックを経て、大きく変動する現在の世界において、国際金融筋でどのような国際情勢認識がなされているかを中心として述べてみたい。
一般に国際金融筋の見方として、ある情報が確実なものになると、「カネもうけ」にはならないということがある。まず「ゆるい」情報をたくさん集め「たぶんこうなるだろう」と予測をする。その予測をもとに「先読み」ができるので、そこに「網」を仕掛け、予想通りにひっかかってくれば「儲け」につながるというわけだ。そこで本稿では、今ある情報からどのような予測ができるのかについて述べてみたい。
とくに多くの日本人は一旦「こんなことはあり得ないだろう」と考えてしまうと、その情報に関連する話はみな「陰謀論」として受け止めてしまう傾向がみられる。しかしビジネスの世界に長年身を置いてきた者の経験から言うと、もちろん絶対にあり得ないと考えられることは除くとしても、ほんのちょっとでも「可能性」があるならば、それに関連する情報は頭の片隅に置いておく。その中でも、ひとたび事が起きて甚大な悪影響を及ぼすような事象については、大きな関心を払っている(「テール・リスク」)。発生する可能性は非常に低いのだが、一旦出来事として発生した場合は、とんでもないリスクになって跳ね上がる(尾=テール)のである。こうしたテール・リスクについてはしっかり分析している。
1.ドル覇権の揺らぎ
ここ数年間の国際情勢の大きな変化は、コロナ禍とウクライナ戦争によって起きたと思う。現行の世界秩序は、その価値判断は別にして、英米の秩序を標準として成り立っている。つまり、英語(言語)、米ドル(通貨)、英米法(法律)、ISO(モノ作り基準)、英米会計基準など、ビジネスに必要な基本的標準は英米の基準で成り立っている。ところが、この英米の基準が「今後崩れていくかもしれない」という声が(国際マーケットの世界で)じわじわと高まりつつある。
その変化を見るに際して重要な視点は何か。まずわれわれは法治社会の中で生きているので、(社会システムを含む)法が変化していくかどうかである。次に、貨幣経済社会に生きているので、基軸通貨が変化していくかどうかである。第三に、経済(貨幣)を支える情報がどのような形で入ってくるかである(情報覇権争い)。
そして情報覇権争いは「ハード」と「ソフト」に二分される。「ハード」とは宇宙開発競争である。現在の多くの情報は、宇宙衛星を介して入手されている。もう一つの「ソフト」とは、情報システムのことで、具体的に言うと、5Gなどである。
とくに中国は宇宙開発を独自で進めており、宇宙ステーションまでつくったほか、有人飛行、月の裏面着陸や火星着陸・探査まで挑戦している。このように中国は、英米を意識して宇宙開発を急速に進めている。もう一つの「ソフト」面でも、中国は先端を走っている。例えば5Gというと、華為やサムスン、SKなどが世界をリードしているが、中国が先を走りそこに韓国が寄っていった場合には、ソフトの情報覇権において中韓が大きなリスクになり得ると米国は考えている。
これらは一例であるが、英米標準を基軸としてきたこれまでの世界秩序が少しずつ崩れつつある流れにあるのではないか。そのなかで中国は、人民元でもって通貨覇権を崩しに来ているのではないかとの見方が出ている。もちろんドル覇権が今すぐ崩れるというわけではないが、国際マーケットの中で、ドル覇権の揺らぎを感じている人が確実に増えていることも事実である。
2.ウクライナ戦争の影響とロシアの対応
ドル覇権の揺らぎの背景として、ウクライナ戦争があった。現在の世界の覇権を握る英米は、人々が生きるのに必要な、水、食料、原材料、エネルギー、そしてそれらを結ぶ物流、いわゆる「実体経済」といわれるものを、「カネ」で束ねておけば、覇権の大本(首根っこ)を押さえられると考えて、金融分野に非常に力を入れてきた。
ところが今回のウクライナ戦争は、それに揺さぶりをかけることになった。ロシアは、小麦、トウモロコシ、食用油などの食料資源に加えて、石油、天然ガスなどのエネルギー資源、ニッケル、チタニウム、白金などの鉱物資源も握っており、実体経済の分野で「自信」をもっていた。だが、そうした資源の取引も結局は、スイフト(国際銀行間金融通信協会:国際銀行間の国際金融取引の送金ネットワーク・システム)を止めてしまえば決済ができなくなるから、結局ロシアは干上がって英米覇権の前に降参するだろうと読んでいた(2022年春の時点)。
しかしロシア経済は一向に干上がらなかった。欧米諸国を中心とする対ロシア経済制裁に対してロシアは、国際貿易の決済を自国通貨(ルーブル)で行うことを始めた。ロシアから資源などのモノを買わざるを得ない国は世界に50カ国程度あるが、それらの国々は、たとえロシアが嫌いでもロシアの要求通りにルーブル決済をしなければならない。ウクライナ戦争後のインドも同様であったが、それらの国はマーケットからルーブルを調達してロシアに支払う。結果、ルーブルの通貨価値が(ドルに対して)上がった。今回のウクライナ戦争は、実体経済を握っていることの強さを教えてくれたのである。
実体経済を握るロシアおよび世界の製造業の3割ほどを占める中国と、世界の金融経済を握る英米との対立構造が明確に見えてきたと思う。米ドル決済をやめてルーブル決済を行うということは、世界金融経済における米ドル決済比率の低下と、ルーブル決済比率の上昇を意味する。これは相対的に見て、米ドルの基軸通貨としての力の低下は免れない。
ところでプーチン大統領は2000年に大統領に就任したが、その2年前(1998年)にロシア金融危機が起きて、ロシアから富裕層が国外に出て行くなど、ロシアはひどい目に遭った。プーチンは大統領に就任したとき、そうした経験から、ロシアをもう一度世界の大国として浮上させようと決意した。その後、今日までの20数年間プーチン大統領は、ロシアのビジネス界に対して、世界と渡り合うために言語は英語、通貨は米ドル決済、英米法によるビジネス、ISOに基づくものづくり、英米の会計基準でやるように推奨した結果、ロシア経済はそれなりに発展してきた。多くのロシア国民はそのことを実感しているように思う。
プーチン大統領には、英米の標準の中でやってきたのに、ここにきて欧米はなぜロシアを叩くのだという反発の感情があった。宇宙開発において米露は、同じロケットに搭乗しながら一緒になって推進してきた。それに対して裏切られたような思いをプーチン大統領は持ったと思う。このような背景もあったといえる。
3.習近平政権による国際金融秩序への挑戦
上述のようなロシアの動きを横目に見ていた中国も同様の動きに出るだろうと、昨年(2022年)秋ごろから国際金融筋は見るようになった。
2022年12月、異例の第3期政権をスタートさせた習近平主席は、サウジアラビアを中心として中東湾岸諸国を訪問した。そのとき習近平主席が各国首脳に持ちかけた重要な話は何かというと、石油取引決済を(ドル建てを止めて)人民元決済に変えることを持ち掛けたのだった。
1971年米国が米ドルの金兌換停止を発表したことでやがて金本位制が崩れ、ドルの裏付けがなくなった。そこでキシンジャーが欧州と中東地域を回り、当時のエネルギー資源の主流であった石油取引がグローバル貿易取引決済のほとんどを占めていたことから、それをドル建てにすればドル決済の比率は落ちないと読み、その見返りに中東地域の安全保障を担保してやると持ち掛けて交渉を進めた。実際、その方向に動いて行き、ドル覇権はその後も維持されたのだった。この仕組みのことを、「ペトロ・ダラー制」(石油決済本位制)と呼んでいる。
1970年代以降、今日まで続いてきたペトロ・ダラー制に待ったをかけようと、釘を刺してきたのが、中国(習近平主席)だった。彼は、世界第3位の石油産出国であるサウジを狙って訪問したと思う。習近平主席がサウジを訪問して(主として)交渉に当たった人物は、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子であった。中国の考え方(プロトコール)からすれば、本来、サウジのトップと交渉すべきところであるが、中国側からムハンマド皇太子を指名して交渉を進めたのだった。
2018年10月、サウジのジャーナリスト・ジャマル・カショギ記者がトルコ訪問中に、サウジ大使館で殺害されるという事件が起きた。その犯人がムハンマド皇太子に近い人物だとして米国はサウジを批判して、両国の関係はぎくしゃくした。そのような背景を利用して習近平主席は、昨年暮にムハンマド皇太子に会って人民元決済を持ち掛けたのだった。
そして今年(2023年)3月、王毅・政治局員が(中東地域の覇権を争う犬猿の仲であった)サウジアラビアとイランを仲介して協議を進め、サウジとイランの外交関係を正常化した。イランは以前から中国との関係はよかったが、サウジアラビアまで中国が取り込み始めたことの表れだった。
また同年3月、スイスの銀行クレディ・スイスが経営破綻した。元来スイスの銀行は機密性が高いことを「強み」にしていたわけだが、昨今の情報開示(ディスクロージャー)の世界的な流れを受けてその「強み」が低下しつつあった。この銀行も同様で、もともと経営状態がよくなかった。そこで経営状態を改善するために、同銀行の経営陣はハイリスク・ハイリターンの分野に手を付けて失敗してしまった。しかし信頼性・ガバナンスの高い銀行であったので、国際金融筋は失敗した経営陣を排除し経営再建に乗り出し、周囲も安心してみていたところだった。そのときにわかに経営危機の情報が流れて、マーケット関係者は非常に驚いた。
その最大の要因は、同銀行の大株主が手を引いてしまったことにあった。その大株主が、サウジ国立銀行であり、それにもっとも影響力を有する人物がムハンマド皇太子であった。英米スイスを中心とした国際金融市場を揺さぶる動きを、サウジアラビアが仕掛けたのである。しかもその後ろには中国の顔が見え隠れする。
これも基軸通貨ドルの揺らぎの始まりとみられる。とは言っても、今すぐに基軸通貨ドルが崩れるという意味ではないが、注視しておく必要がある動きである。つまり現状維持で推移するのか、英米が巻き返すのか、中国がさらに拡大していくのか、あるいは別の勢力が登場してさらに複雑化するのか、などの展開が予想されるという、カオス(混沌)の世界に突入しているといえる。
4.グローバル・サウスの動き
このような混沌状態の中で、注目すべき点としてグローバル・サウスの動きがある。世界の動きを大雑把に仕分けすると、<金融資本主義、民主主義・資本主義を標榜する英米>VS<実体経済、社会主義(共産主義)を標榜する中露>という構造が見えて来る。この局面だけを見ると、「新冷戦」ということもできよう。この中で英米は、とくに中国に対して価値観を共有できない国だと主張して対立が起きている。
しかしこの中で、グローバル・サウスが大きく動き出してきた。その代表格は、インド、ブラジル、インドネシアなどである。
20世紀の東西冷戦時代の「非同盟諸国」のようにも思えるが、現在のグローバル・サウスはそれとは位相を異にする。東西冷戦時代は、米ソのパワーが他国を圧倒していたし、先進諸国の経済力は圧倒的だった。非同盟諸国と言っても、国数は多くてもそれほど影響力はなかった。しかし現代では、先進国のパワーが相対的に低下し、グローバル・サウスの力は無視できなくなっている。
なかでもインドの存在感は群を抜いている。インドは、2023年人口面で中国を追い越し、潜在労働者数、潜在消費者数でも世界一となる様相にある。GDPではまだまだだが、今後大きく成長していくことは間違いない。インドは、どの陣営にも完全にはつかずに、「いいとこ取り」をするようにふるまっている。
モディ首相は、経済分野ではいまだ世界のトップにはかなわないから、まずは政治分野で揺さぶりをかけようと、まず(ウクライナ戦争などでさらに露呈した)国連の機能不全に対して挑戦した。すなわち、モディ首相は、5つの常任理事国をはじめ賛成することはないとわかっているのだが、(機能不全の)現行の安保理の廃止とあわせ、南アジアの代表としてインドの拒否権をもつ常任理事国入りを訴えたのである。インドの動きを見たブラジルのルーラ大統領も、同様に南米の代表としての常任理事国入りを主張し始めた。インドネシアのジョコ大統領も同様の動きに出た。
このように世界秩序が揺らぐ中、基軸通貨ドルが本当に今後も維持されるのか、懸念が高まっている。
またBRICS諸国の中で、ドルに代わる新たな基軸通貨の創設を議論し始めた。以前であれば、このような動きに対して冷ややかに見る目が多かった。しかし現在の情勢はそうではない。
なぜなら、BRICSは資本金1000億ドルのブリックス・バンク(新開発銀行=NDB)を設立し(2014年)すでに運営している。この銀行は、世界の地域開発に対して資金援助をしている。最近はあまり話題にならないが、数年前に中国が立ち上げたAIIB(アジアインフラ投資銀行、2015年発足)もある。これらの銀行を活用しながら、ドル決済に替えて、人民元やルーブルを世界のインフラ開発の決済に使って行こうとしている。そうなると結果として、ドル決済比率の低下は免れない。
現在は、世界銀行やIFMなどが主導して資金援助をやっているので、ドル決済が地域開発の主流となっているが、BRICSの動きは無視できない。
5.米国流民主主義・資本主義への懐疑
こうした現行の世界秩序を崩すような動きの背景には何があるのか。
第一に、英米が主導して世界に広めてきた民主主義への疑念がある。米国はことあるごとに「民主主義」の価値を掲げて主張しているが、本当に人々にとって有用な制度であるのかという問いである。
国連を見てみよう。常任理事国には拒否権があり、多くの国が賛成しても、常任理事国が1国でも反対すれば議案が成立しない。(重要事項は三分の二の賛成で決めるにしても)多数決で意見を決める民主主義の原則とは違っている。このような声は、日本ではあまり聞かないが、国際社会、とくに開発途上国からかなり聞かれるようになっている。
米国社会で現実に行われている「民主主義」について疑問の声が上がっていることも確かだ。
第二に、米国の資本主義が本物かどうかという問いである。米国の資本主義とは、簡単に表現すれば、「人々の欲望をくすぐって消費者の口をこじ開け、そこに商品を売るということの繰り返しの中で消費と生産を拡大・循環させながら、利益を上げていく経済システム」だと言える。
しかし欲望をくすぐって消費させ経済を拡大していくようなやり方は、資本主義の「王道」とは言えないのではないか。人々が必要とするものや困っていることに対してイノベーションをしながらビジネスをするやり方のほうが本当の経済ではないかと思う。
とくに米国は、商品を買えないような国や人に対してはバックファイナンスをして、それでもって買わせていく。「行き過ぎた信用創造」をしてどんどんパイを拡大していくために、必ずバブルに陥ってしまう。そしてマーケットに大量の資金を供給するために、実体経済を回す以上の資金がマーケットにあふれることになる。余剰資金は投機取引へと流れていく。このようなゆがんだ世界をつくったのは、米国の国際金融資本主義の人々だ。この結果、金持ちはますます富み、貧困層はますます貧しくなる。
このような資本主義は人々のためになっていないのではないかとの疑問の声が(とくに開発途上国を中心に)上がっている。英米が主導してきた金融経済の基礎にある民主主義や資本主義に対して疑念を持つ国々が増えてきた。こうした風潮の中、実体経済を握っている中露について行ってもいいのではないかという考えも出始めている。
6.東アジア地域における新たな兆候
英米を中心とした現行の世界秩序が、少しずつ変化しつつあるような兆候、潮目の変化が見られる。この変化が確実であるとすれば、逆に米国にくっつきすぎることは却って「リスク」になる危険性があると考える国も出ている。
日本は、今回のG7サミットでの振る舞いにも見られるように、まさに米国にぴったりとくっついて行動していると見られている。しかしそのほかの国々は、もっと「したたかに」動いている。
その一つが韓国だ。尹錫悦大統領は前政権とは違って、米国寄りの対応をはっきりと示し、(国内世論には日韓とも「折れすぎだ」との批判はあるにしても)日韓は急速に接近しはじめた。その背景には、北朝鮮や中露の動きをみた米国の思惑もあるだろう。
ただ韓国は、完全に米国にぴったり寄り添っているわけではない。例えば、最近(23年6月)中国・広州で現代自動車グループは水素燃料電池システムの研究開発・生産・販売拠点を完工させた。これは米国が進めるサプライチェーンのデカップリングの政策とは反する動きと言える。韓国は「実」を取るところはしっかりとる姿勢を示している。
日本もそうした動きをしていないわけではない。G7広島サミット開催前に、日本の財界人のトップと中国共産党要職との会談があった。しかし日本も(米国とけんかしろとまでは言わないが)英米ともっと「対等な立場」で話し合いをして行動できるようなポジションにつけないかと思う。日本ももっと新しい動きをする必要があるのではないか。
台湾の動きもそうだ。現在の民進党政権は中国共産党とは距離を置いているが、国民党の動きは違うように見える。かつて日中戦争のときに国民党は、中華民族のアイデンティティを守るため「国共合作」をして日本を大陸から駆逐しようとした。中国共産党と国民党が背を向け合ってすでに70年以上経過したとはいえ、国民党にはその遺伝子が強く残っているのではないかと見ている。
中華民族の立場から言うと、いまや英米の繁栄の陰りが見えつつある。アヘン戦争で屈辱を味わった中華民族は、英米を追い越すようなところまできたので、ここで「国共合作」をしてもいいのではないかと前向きに考えている人々が国民党の中に出始めた。
中国共産党は、(いま軍事侵攻をして台湾を併呑するのではなく)台湾人に「大陸中国と合併したい」と言わせたいと考えているのではないか。例えば、経済界の動きである。台湾では国民党が長期に亘って政権を握っていた時に、「党営ビジネス」をしていた。例えば、萬海航運、中華開発金控などだが、とくにファンディングをやる会社を育成しそこから資金を得てそれを政治に回していた。企業を国営化した場合、政権交代すると相手側に経営権を握られてしまうので、国民党が直接ビジネスをしたのだった。その流れの企業があって、それらの企業のトップに「中国と合併した方がいい」との声を挙げさせている。
台湾国民に対する中国の工作としては、台湾の人々に対して「大陸中国への望郷の念」を抱かせるような歌をはやらせている。
また2022年8月にペロシ米下院議長が訪台したとき、「中国と仲良くするとこのようないいことがある」とか逆に「逆らうとこのような目にあう」などという内容の中国政府関連ニュースが、台湾のSNSに広く拡散されたという。台湾国民の気持ちを揺さぶるような工作をしている。
中台が合作し米国と距離を置く可能性も排除できない。英米を中心とする世界秩序が東アジア地域でも今後も維持できるか、気がかりな動きが現れつつある。
7.日本は新たな情勢にどう対応すべきか
最近、英国が東アジアでプレゼンスを高めている。G7広島サミットの直前、日英首脳は「日英広島アコード」を発出し連携強化を謳った。ただ現在、英国のディグニティはかなり低下しているように思える。2022年9月にエリザベス女王が逝去されたあと、エジンバラに棺が運ばれスコットランドの人々がお別れの場を持った。そのとき「エリザベス女王との別れが、英国王室とのお別れだ」という声がけっこうあったという。
またオーストラリアは、英国連邦の一員だが、(エリザベス女王亡きあと)チャールズ国王になったら、国家元首はチャールズ国王でなくてもいいという話も出てきた。
しかし英国は、アジアで中国が急速に拡大することに対して危機感を持ち始め、中国の伸張を抑えるための行動に出始めた。米国とは違った立場から英国は、東アジアに出てきた。英米が必ずしも一枚岩ではないが、中国の拡大を抑えることができるかである。
英米の力が相対的に低下し、却って中露の力が相対的に上がっている。そこにグローバル・サウスの台頭という変数を考慮して考えなければならないので、今後の展開は非常に読みにくくなっている。潮目の変化が予想以上に長く続いている。
今後日本としては、覇権がどう変わっていこうが、世界の人々が必要とするモノとサービスを、量と価格が安定した形で供給できる体制、仕組みを整える必要がある。世界が必要とするモノやサービスを提供する日本に対して、ひどい仕打ちはしないと思う。そのような地位を築いていく。できれば日本からしか提供できないモノやサービスができるような経済のしくみをつくりそこでパイを稼ぐことができる国にしていく。例えば、核心部品の製造、およびその部品の製造装置(機械)、新素材の開発、グローバル・メインテナンスなどだ。とくにメインテナンス事業は、細く長く利益を上げることができるが、この分野は英米はあまり得意ではない。このようなニッチ産業を育成していくために、日本の限られたヒト、モノ、資金を投資して稼ぐことのできる日本経済にしていくのである。これこそが「新しい資本主義」ではないか。
今後、韓国や台湾などと組むべき分野ではしっかり連携して、世界に一緒に出て行き、世界に役立つ産業を育成し発展させていく。
最後に
この春、植田和男氏が日銀新総裁に就任した。植田総裁は、「政策金利は上げない」と述べ、その後も異例のマイナス金利が続いている。一方、米国は金利を少しずつ上げて既に政策金利は5%に達して、日米の金利差はかなり開いてしまった。(ほかの要素を捨象して)この面だけで言えば、「ドル高円安」の局面だ。
世界の多くの国がマイナス金利を止めたので、いまやマイナス金利が残っているのは日本だけになってしまった。そこでマーケットは、そのような流れと総裁の交代から予測して、日本も利上げに向かうのではないかと予想した。その結果、一時、円高が進み128円台になった。
しかし植田総裁はその後もマイナス金利の維持を主張し続け、5月にはG7財務相中央銀行総裁会議、アジア開発銀行年次総会などがあった。その流れの中で日銀OBたちが「円金利を上げたら、日本国債の価値はどうなるか?」との声を上げた。(円国債の最大保有者は日銀なのに)自分の首を絞めるようなことを日銀がするのかと思わせた。その結果、日銀は利上げしないのではないかという見方がじわじわ増えてきた。それに伴い、円安が進んだ。
しかしあまり円安が進むと大変なことになることから、植田総裁は微妙な発言をして円安の動きを抑えようとした。このように日本の金融対応は、米国の動きに翻弄されながら不安定に動いている。
このような動きを見る時に、日本としてのアイデンティティを守りつつ、日本の良さを生かし、世界にとって必要な国としての位置を確立する国づくりに邁進すべき時期に来ていると考えている。
(2023年6月2日に開催されたIPP政策研究会における発題内容を整理、文責事務局)