ポスト・コロナの日本社会 ―在宅勤務が変える企業や家族の形―

ポスト・コロナの日本社会 ―在宅勤務が変える企業や家族の形―

2021年6月21日
後れを取った日本政府のコロナ対策

 2020年はじめから始まった新型コロナウイルスの蔓延は,ほとんどの日本国民にとって,人生初体験の出来事であり,夢にも思わなかった事態の続出であった。感染拡大防止のため,政府は緊急事態宣言を行って,国民の権利を制限する要望を多発した。感染は人間同士の接触からのみ起きることがわかっていたため,企業に対しては社員の70%を在宅勤務・テレワークとすること,学校に対してはパソコンを利用したe-learningを奨励(それが不可能な場合は,長期休校),市民生活では外食,エンターテイメント,イベント,旅行などの禁止やきびしい制限が設けられた。
 飲食業を筆頭に多くの事業者が営業時間の短縮,休業を余儀なくされたが,損失補償の給付金だけでは不十分で,倒産,廃業が相次いだ。また,外出するな,stay at homeといわれた国民,特に大都市住民はストレスの蓄積に不満をぶちまける映像が流れた。
 コロナウイルスの蔓延は引いたと思ったら,またやってきて2年目の21年もなかなか収束の気配が感じられない。政府の最大の関心事である東京オリンピック・パラリンピックは2020年開催の予定を1年延期という前代未聞の措置をとった。
 コロナ感染が大問題となってから,1年数カ月の政府のコロナ対策は,伝えられる海外諸国のそれに比べると,やはり褒められたものではなかった。感染検査の体制,感染者・重症者を治療する医療体制,ワクチン接種の準備体制など,遅れを見せつけられて,ためいきの出た国民も多かったのではなかろうか。特にわが国では感染予防のワクチン開発が進んでおらず,海外からの供給に仰がなければならないことを知った時の国民の失望感は大きかった。わが国は世界最先端の科学技術水準の国家ではなかったのか,という思いである。ただ,長期化する緊急事態宣言下で発揮された日本国民の我慢強さ,寛大さには感銘を受ける。

在宅勤務,テレワークを促進

 今,コロナ禍の収束を語ることは,何ともむずかしい問題であるが,それでも何とか収束という表現が使え,ウイズ・コロナ時代の幕開けといえる時期は,それほど遠いことではなかろう。コロナと共存する社会ではニューノーマルと表現される規則や約束事が日常になるようだが,私はコロナ禍で発生した事態で,今後の日本社会を変えるほどの影響を及ぼすのは,在宅勤務,テレワークの定着,拡大ではないかと考える。
 コロナ禍で緊急事態宣言が発せられた時,企業は社員の70%を在宅勤務とするように要請された。もちろん業種,職種によって様々な事情があるから,すべての企業がその要請に応えることは不可能である。大都市に拠点を置く大企業が中心となるのは当然である。それでも,テレビ映像の伝える通勤電車,オフィス,オフィス街の様子などは多くの企業が要請に応じたことがうかがえた。
 在宅勤務は安倍内閣時代,重点政策として,「働き方改革」が取り上げられた際,労働時間の短縮や柔軟かつ多様な労働形態といったテーマに関連して議論されていた。在宅勤務・テレワークが政府から要請されてまもなくして,日本の代表的な大手メーカーがこれから従業員は在宅勤務を原則とすると発表したことには驚いたが,この企業は自社の働き方改革を検討する中で,在宅勤務を実施,拡大していく研究,準備を着々と進めていたのである。私はこれを知って,在宅勤務がコロナ禍後も常態となるだろう,日本社会,国民生活を大きく変えるドライバーになるのではないか,と直感した。

家族関係,産業構造の変容

 在宅勤務は人が仕事場へ出かけるのではなく,仕事が人の所へやってくる。仕事はテレワークだからIT機器さえあれば,社員はどこに住んでいようと,ある企業の一員として働き,自分の望むようなライフワークバランスを実現させることができる。
 しかし,在宅勤務が多数派の企業では,社員の一体感を醸成することがむずかしく,孤独感が労働意欲の低下,生産性の低下などへつながり,企業経営が劣化していく懸念はないのか。在宅勤務中の近親者に聞いてみたところ,今のところ快適に働いており,何の問題もないとのことだった。通勤がなくなったことが本当にうれしいという。しかし,彼は50歳のIT企業のプレーイング・マネージャーという,在宅勤務に適した,恵まれた立場にいる。産業界全体をみれば,在宅勤務はやはり様々な問題を引き起こし,企業はその対策に頭を悩ますことだろう。それでも在宅勤務の定着,拡大の方向は変わるまい。
 在宅勤務の家庭では,一家の主がほぼ毎日,家で仕事をしている。家族関係,親子関係は自然に様相を変えていくだろう。判断がむずかしいが,良い方向へ変わっていくとみたい。
 在宅勤務の広がりは,オフィス関連の需要を減らす。通勤交通機関や従業員の衣食,勤務後のレジャー需要などである。一方,家庭で使用するテレワーク用機器,巣ごもり消費などは増加する。すでに消費財産業では,都心立地企業と郊外立地企業,地方立地企業との間で明暗が生じている。不動産業では,オフィス需要,住宅需要に在宅勤務の増加を反映する複雑な変化が起きつつある。在宅勤務は産業構造も変え始めた。

木村 由紀雄 目白大学名誉教授
著者プロフィール
1967年京都大学法学部卒。目白大学社会学部教授などを歴任し,現在,目白大学名誉教授。専門は経営学。主な著書に『株価指数入門』,共著に『新しい証券市場の創造―日本版ビッグバンへの最終報告―』『入門 現代の証券市場』『景気と株価はどう動く』,編著に『誰にもわかる店頭株入門』ほか。

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