アメリカ社会の混乱と再生

アメリカ社会の混乱と再生

2020年12月12日
アメリカはもともと分断国家である

 2020年のアメリカ大統領選挙の前後において、日米の大手メディアが繰り返した文言の一つに、「トランプ大統領のせいでアメリカ社会が分断してしまった」という報道があった。しかし、残念ながらこうした認識には2つの点で大きな誤解がある。一つは、アメリカが分断しているのは別に今に始まったことではなく、もともと建国以来アメリカという国は分断国家なのである。
 もう一つは、アメリカの民主主義をおとしめて分断や対立を煽っているのは、トランプ大統領ではなく大手メディアご本人たちである。そもそもアメリカはさまざまな出自の移民によって作られている国家であるから、過去のそれぞれの時代において種々の争点をめぐる定期的な対立や混乱が起こってきた。現在のアメリカは、その何度目かの混乱の時代に突入しているのである。
 要するに、トランプ大統領はアメリカを分断させた犯人などではなく、分断による対立と混乱の結果として登場した政治家だったと言える。そして、分断を顕在化させて対立や衝突を煽り、社会を混乱させたのは、むしろ大手メディアによる偏向報道に他ならなかった。

アメリカの歴史は混乱と再生の歴史

 このように、アメリカとは、常に分断した勢力間の対立や競争が一つの国家の枠組みの内部で行われ、それらが衝突する混乱の中から独創的な新機軸を生み出すダイナミズムを真骨頂とする国である。そして、それこそが、アメリカをして世界の覇権国たらしめているパワーの源泉なのである。独立戦争、西部フロンティア、南北戦争、孤立主義、第一次世界大戦、第二次世界大戦、米ソ冷戦、ベトナム戦争、日米経済摩擦、湾岸戦争、イラク戦争、そして今日の米中冷戦など、アメリカはこれまで何度も混乱と復活を繰り返してきた。重要な点は、こうした歴史上の対立や混乱の原因となった原因が、残念ながらいまだに完全には解決されていないという事実である。

アメリカは永遠の課題を抱えている

 例えば、人種差別という社会問題は、独立戦争における宗主国と植民地、西部フロンティアにおける先住民族と入植者、南北戦争における奴隷制度など、実に200年以上前からアメリカに内包されてきた対立と混乱の要因に他ならない。また同様に、貧富の格差という経済問題も、農業と工業、労働者と資本家、ビジネスの成功者と失敗者など、この国の長きにわたる資本主義的発展の過程で生起してきた対立と混乱の要因である。さらに、国際協調という外交問題も、海外進出における孤立主義と国際主義、干渉主義と不干渉主義、国際組織への参加と不参加など、いわゆる西部フロンティアの消滅以来の外交方針をめぐる対立と混乱の要因であり、今日的課題としての米中冷戦や国際組織参加の是非なども、こうした文脈の延長線上に位置付けることができる。
 そして、これらの問題は、いずれもアメリカがさまざまな出自の移民によって建国された分断国家であり、資本主義や民主主義を国家建設の支柱として歩み始めて以来、連綿として継承されてきた課題であり、それぞれの問題が争点化して対立と混乱が噴出した時代に、当時の国民と為政者たちが全力で対応してきた構造的な問題、つまり永遠の課題であると言えよう。

社会問題の根底には経済の事情がある

 ところで、改めて総括的に見ると、これらの課題の根底には、常に国家全体としての経済状況の良し悪しという要素が存在していると考えられる。要するに、国家全体としての経済状況が良好な時代にはむしろこうした問題はあまり顕在化せず、それが悪い時には国民の不満が問題を顕在化させ、争点化し、対立や混乱が噴出するという構図である。今にして思えば、トランプ大統領がコロナ禍の中での経済活動の再開に執拗にこだわったのは、一流の経済人としての彼のこうした社会認識・歴史認識があったからではないか。

国民は真実を知る手段を求めている

 こうした状況下にあって、最近のアメリカにおける新たな社会問題の一つに、大手メディアの報道に対する国民の信頼喪失という現象がある。先の大統領選挙においても、ごく一部の例外を除き、テレビや新聞およびそれらの系列メディアのほとんどが、反トランプ一辺倒の報道を繰り広げていた。残念ながらそこでは、偏向、隠蔽、歪曲など、およそ国民に真実を伝えるべき良識あるジャーナリズムとはかけ離れた、まさしくフェイクニュースばりの言動が多々見られ、そうしたメディアの姿勢に国民が辟易する現象を生み出した。なお、この問題が特に深刻である理由は、他の諸問題とは異なり、それが経済状況の好転によっては緩和されにくいという特殊性を持つ点にある。

それでもアメリカは復活・再生する

 しかし、こうしたさまざまな構造的な難問を抱えつつも、それでもアメリカはいずれ現在の混乱の中から必ずや復活し、再生することだろう。なぜなら、アメリカは過去のいかなる対立や混乱においても、国全体の経済の復興・発展によってこれを乗り越えて来た経験があるからである。これまでもそうであったように、アメリカは今回もまた、強くて新しい国家として再生するだろう。その意味で、現在のアメリカ社会の混乱は、新しいアメリカが生まれてくる陣痛の苦しみに他ならないのである。

石井 貫太郎 目白大学教授
著者プロフィール
慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻後期博士課程修了。現在、目白大学社会学部教授・同大学大学院国際交流研究科教授。法学博士(慶應義塾大学)。『国際政治分析の基礎』(晃洋書房)、『現代国際政治理論』(ミネルヴァ書房)、『21世紀の国際政治理論』(ミネルヴァ書房)、『リーダーシップの政治学』(東信堂)など、政治学、政治経済学、国際関係論に関する著書・論文多数。

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