「子どものウェルビーイング」を高める家庭、学校、地域社会 ―子どもの安全と健康を保障するために―

「子どものウェルビーイング」を高める家庭、学校、地域社会 ―子どもの安全と健康を保障するために―

2021年8月23日
家庭教育が困難な状況に

 家庭教育は全ての教育の出発点であり、父母その他の保護者は子の教育について第一義的責任を有するとされている(教育基本法第10条)。家庭に教育の基盤をしっかりと築くことが、全ての教育の基本になる。
 しかし現状は、家族構成の変化や地域における人間関係の希薄化の影響を受けて、育児の孤立化や、家庭教育の適切な情報を取捨選択できないなど、保護者が悩みを深めてしまう事例も指摘されている。さらに、ひとり親家庭の増加や貧困など、今日の社会は家庭教育が困難な状況にあると言うことができよう。
 こうした状況を改善し、親が安心でき、子どもの安全と健康が保障されるには、子どもの発達を総合的に捉える必要がある。それを表すのが「子どものウェルビーイング」である。
 子どものウェルビーイングとは、「子どもが心安らぐ安定した生活環境を持ち、希望や夢への期待を持って生活できている状態=子どもが健康で安定した生活を実現できている状態」を指す。内容は、身体面、心理面、社会的場面、そして自分の未来を創造する力という四つの領域から成っている。

子の中でバランスよくあることが大切

 ウェルビーイングの概念は、世界保健機関(WHO)の健康の定義にも示されている。子どもの健康を、単に身体的・精神的・社会的に病気でないというだけでなく、子どもの発達を総合的に捉え、良い状態にあることを重要視するという考え方である。
(WHOの健康の定義:Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.)。
 福祉の分野でウェルビーイング(well-being)は、ウェルフェア(welfare)という概念と対比される。ウェルフェアは、上記四つの領域が全て一定のラインを超えている時が、より良い健康な状態だと考えられている。ゆえにボーダーラインに到達していない状態に手当や支援を行う(図1)。

 それに対してウェルビーイングのイメージは、目に見えないボーダーラインで線を引くのではなく、各々の領域の大きさは異なっていても、全体としてバランスを取り均衡しているホールサムな状態を指している(図2)(ホールサムの概念は、日本国憲法の第25条「すべて国民は健康(wholesome)で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」にも示されている)。

 ゆえに、「この子は、これができていないからウェルビーイングではない」というのではない。何らかのハンディキャップを持っていても、他の領域が成長し、その子の中でバランスよくあることが大切なのである。子どもの内面でバランスの取れたウェルビーイングを指向していくことこそが、家族と学校、そして地域社会の中で子どもの安全と健康の問題の本質や解決の方向を探索することにつながると考えている。

「関係性を生きる力」

 また、子どものウェルビーイングを考えるにあたって私が着目している概念は、「関係性を生きる力」である。この定義は、「対人関係において、他者に飲み込まれることなく、また自己に固執し閉じこもることもなく、人と人との相互作用のなかに関係性を存在させることのできる力」である。言い換えれば「自分と他人の境界が明確でありながら、人と交わることのできる力」ということになる。
 これまで現代社会は、家庭と学校、地域の中に子どものための良い環境をいかに準備するかに尽力してきた。もちろんそれは大切なことである。それと同時に、子どもたち自身が周囲の環境に働きかけて、より良い状態になるように自分で道を切り開いていく力(生きる力)を身につける必要がある。子どものウェルビーイングを不安定化させるリスクのある環境下であっても、他者との関係性をどのように生きるかが子どもの健やかさを保つ“緩衝効果”になると考えられる。
 さて、子どものウェルビーイングについて、四つの領域をバランスよく育成するために、家庭、学校、地域社会が果たす役割を考えてみたい。

家族との情緒的関係性

 実証研究から言えるのは、子ども自身が家族との情緒的関係性を肯定的に捉えていることがウェルビーイングの実現につながっているということである。
 家族との情緒的関係とは、次の八つの局面を捉えたものである。①コミュニケーション(家で家族とよく話し合う)、②配慮(家族はあなたのことを気にかけてくれる)、③信頼(家族の中であなたは信頼されている)、④容認(家族はそのままのあなたを受け入れてくれている)、⑤理解(家族はあなたのことを理解してくれている)、⑥愛情(家族に愛されていると感じている)、⑦本位(家族は、あなたが中心である)、⑧意見の尊重(家族で何かを決めるとき、あなたの意見を聞いてくれる)。

子どものウェルビーイングを保障する家庭

 研究では、「家族生活の充実」(食事をともにする、子どもの帰宅時に家族成員の大人の誰かが在宅している、家族生活の優先性、父母の仲、一緒に過ごす時間、家族行事、親族との交流、他の家族成員への関心等、家族の生活を重要視していること)と、子ども自身が感じている「家族の情緒的関係に対する肯定的な認識」が相まって、子どものウェルビーイングを高めることが分かっている。もちろん、こういう生活をすれば子どもの情緒的関係が必ず深まるとまで断言はできないが、家族の集団としての生活を重視することで情緒的関係を深める機会を増やすことができる。
 現代社会では個の生き方が重視される風潮があり、親であっても子育てのみならず、社会的な場面での自己実現が強く求められ、忙しい。共働き家庭が多い現在では、子どもが一人で過ごす時間に注意を払うなど、子どもと過ごす時間を取るための意識的な努力がなされている。家庭生活が子どもにどのような影響を及ぼすかを考え、子どものウェルビーイングを保障する家庭環境を模索することが求められる。

学校は「プラットフォーム」

 次に、学校の役割である。地縁関係が希薄になっている時代に、子どもたちの学びや育ちに目を配る学校の役割は非常に大きい。就学前の幼稚園や保育所、認定こども園では、保育者が一人ひとりの子どもと家庭に対する子育て支援を密に行っている。学齢期にあがっても、やはり一人ひとりの子どもとその家庭への細やかな手当ができるように施策を実行すべきであろう。
 また、学校を核として新たな地域コミュニティを形成していくことが、ひいては地域社会の再活性化にもつながると思われる。この新たなコミュニティ作りの視点で実施しているのが、徳島県の保護者向け家庭教育推進ワークショップである。詳しくは後述する。
 さらに、学校は家庭と地域を繋ぐ「プラットフォーム」となることが期待されている(『子供の貧困対策に関する大綱』2014年)。学校が学力保障はもちろんのこと、子どもの豊かな育ちとしてのウェルビーイングを指向し、家族問題に適切に対応していくために、教員には子どもの姿をよく把握し、適切な対応をとる資質能力が求められている。これは私が所属している教員養成大学の責務でもある。ただし、多忙な教員にとっては負担が大きいことも確かで、それに配慮した施策が必要であろう。
 次に社会の役割としては、家族の主体性を尊重しながら、家族文化を守る風潮や環境、施策が求められる。家族が子育てについての第一義的責任を担っていることは確かであるが、その責任を実行できるように支えるのは社会の役割である。
 家族・学校・社会は、子どものウェルビーイングを実現し、自立した人に育むという同じ課題に共に取り組んでいる。学校には子どもを含む家族を丸ごと、ありのまま包み込む器のような役割が求められている。また、地域社会は家族と学校を丸ごと包み込めるような、社会は家族と学校、地域社会を丸ごと包み込めるような、そのような器が求められていると思う。

発達のプロセスの順序性

 子どものウェルビーイングを考える際、胎児期や乳幼児期からの特定の養育者との二者関係を基礎にして、家族という最小単位の中での関係を積み重ねていき、そして最初の社会集団である就学前の保育施設における二者関係、小さな集団体験から、学校、社会という大きな集団の中での関係性を築いていく—、この発達のプロセスの順序性が大切である。どの段階の関係性につまずきがあるのかを捉え、そこから始める必要がある。
 その際、親自身が子どもの発達のプロセスを見極めるというより、親自身も二者関係の当事者であることを忘れてはならない。子どもは一人で発達を遂げるわけではない。親密な他者との二者関係が、子どもが社会の中で築く関係性の基盤になる。したがって親が子どもとの関係を築いていけるよう支援していく必要がある。
 それと共に考えなければならないのは、子どもの発達というのは常にうまくいくというわけではないということである。当然、立ち止まっているように見えることもある。関係性をうまく築けない時は、保護者も子育てが苦しくなる。もちろん虐待などの危機がある家庭には個別の支援が必要だが、子育てで行きつ戻りつしている保護者同士が本音で繋がることも、新しい家族支援のあり方として重要である。

家庭生活を見直す機会

 2013年度から2017年度にかけて、0歳から15歳の養育者を対象に家庭生活と子どものウェルビーイングに関する共同研究を行った。
 この中で、保護者の多くは、子どものウェルビーイングにとってより良い家庭生活のあり方(早寝・早起き・朝ごはんといった規則正しい生活、ゲームやインターネットを使い過ぎない、一緒に食事をするなどの共同行為)を心がけたいと思っているが、十分に実行できていないことが明らかになった。自分たちのライフスタイルを変えるきっかけがなかなかつかめないのである。
 また、関係性においては、親は子どもに「このように育って欲しい」、子は親のライフスタイルを見ながら「こういう生活が送れるはず」という相手に求めるものがある。それが実際の生活とずれてくると、関係性が不安定になる。夫婦関係においても同じで、相手に求める理想をどう捉えるかが大切である。
 このような状況を打開するためには、望ましい家庭生活のあり方を啓発するだけでなく、自分の家庭生活を見直す機会や自分の家庭生活に取り入れることができる実際的な工夫や改善策を知る機会が必要である。
 家族生活の中でできそうなこと、例えば1日1回は家族が食事を共にすることが望ましいが、それが難しければ、温かいお茶とおやつの時間を10分でも15分でも共有する。1週間のうち何日かは、子どもが帰宅した時に家族の誰かが家にいて「おかえり」と言ってくれる。1カ月に1度家族みんなで散歩する。普段の家事の役割分担を交代してみる。具体的な行動が分かったほうが変化が起こりやすい。それを同じ子育て期の親同士で語り合い、自分たちのライフスタイルの中でできることが示されると前向きな気持ちになれる。

トライアンドエラーを受容する

 関係性を生きるという意味では、人は生まれた時からトレーニングをしている。赤ちゃんは泣くことを通して親に何かを伝えている。親はその泣き声で、赤ちゃんが何を求めているかを感じ取る。まさにトライアンドエラー、試行錯誤の連続である。それで7、8カ月後には親子のやりとりが成立するようになる。
 本来は社会に出て集団の中で初めて出会う人との間にも、トライアンドエラーで関係が築かれるはずだが、今は一度のエラーも許容されない風潮がある。トライアンドエラーを受容する誠実な社会が求められる。誰でも試行錯誤しながら子育てしているということを知ると、安心感が得られると思う。
 少しの時間でも同じ子育て中の親の話を聴き、「私にもそういうしんどい思いがある」と共感しながら、立ち止まることが大切だと思う。特にコロナ禍になって、関係性がいかに重要かを改めて感じている。
 その立ち止まるきっかけとしているのが、徳島県の家庭教育推進ワークショップである。私も徳島県教育委員会の家庭教育推進に関わるアドバイザーとして、この事業に携わってきた。

徳島県の家庭教育推進ワークショップ

 ワークショップのプログラムは2016年に作成し、コロナ禍前には年間1000名以上の保護者が参加している。学校の参観日などに実施し、保護者同士が自分の子育ての悩みや子どもとの接し方等を話し合い、お互いの良さや他の家庭のあり方や取り組みに触れながら学んでいく「保護者相互の学びや気付きを取り入れたワークショップ」である。保護者同士のつながりを深め、子育てや家庭生活について気軽に相談し学びあう仲間づくりを進めることを目的にしている。ワークショップを進めるファシリテーターも、県の養成講座に参加した子育て中の保護者が務める。
 プログラムのテーマには、子育てにおいて悩みやすいこと、例えば子どもに自信をつけるほめ方や、我が家のルール作り、子どもが話したくなる聞き方、ストレス発散法など27のテーマがある。“正しい子育て”や“良い家庭教育”について教える(伝える)ためのものではなく、プログラムを元に4、5人のグループで楽しい時間を共有したり、互いの思いに共感したりすることで、それぞれの親が子育てを振り返ったり、家庭教育について考えるきっかけとすることをねらいにしている。

中高生版のプログラム

 さらに、2020年には、中高生・次世代版の家庭教育推進プログラム集を作成した。中高生の段階から子育てや家庭教育について理解を深め、将来親になる世代、あるいは自分では家族を築かなくても次世代を支える社会人になる子どもたちを想定し、子育てや家庭教育を社会全体で支援する機運を一層高めることを目標にしている。
 具体的な方針は「学習指導要領の要である『生きる力』を育み、家庭教育及び社会的自立を目指す」「家庭教育の主体として、家庭や地域、学校で様々な役割を持ち、自分を生かしていく力を身につけることができ、人と人とのつながりや社会とのつながりを大切にする人材を育成する」「地域の人材を活用した中高生のワークショップにより、地域の教育力向上につなげる」というものである。
 作成した時点ですでにコロナ禍ではあったが、6つの高校等で実施することができた。将来親にならないという生徒もいるので学校現場ではこうした教育がやりにくいという話も聞くが、全員が社会に生きる人として、次の世代と共に生きていることは確かである。どのような立場であっても、次世代を育てていく大人になるという発想が重要だと思う。
 ワークショップの留意点は、生徒や参加者に“正しい家庭生活”や“良い生き方”について教えようとするものではないということだ。自分ごととして考えたり、他の人の考えや思いに気付いたり共感したりすることで、それぞれが現在の生活を振り返り、これからの生き方について考えるきっかけとすることをねらいとしている。

親役割を引き受けられる施策

 では、今後重視すべき課題、施策について考えてみたい。
 一つは、「人生のスタートを力強く」とOECDが述べているように、日本においても、乳幼児期から始まる子どもや家族への教育に力を入れるべきだと思う。子どもの福祉や教育にかかる施策を策定する際には、「子どもの最善の利益の保障」という視点が欠かせない。子どもには「子どもらしくあることができる子ども時代の享受」が必要である。親も子どもを授かった時から初めて親となり、正解のない子育てに取り組んでいく。親が困難を抱えてからの支援だけでなく、 親が親として成長できる機会、親の実行機能を高められるような、親役割を引き受けていけるような施策や社会の評価が求められていると思う。
 子どもであっても自分とは異なる人格を持った存在である。そういう存在を育てるということは、自分以外の人生を共に歩む機会を得るということである。そのように子どもと関わることで、別の人生も歩むことができるというのは、とても意義深いことだと思う。子どもとそのような関係を築けるということは、大人の人生にとって大きな意味がある。ゆえに親が親としての役割を引き受けることは、幸福なことだと思う。

困難家庭への支援と全家庭支援を一体で

 もう一つ、困難さやリスクのある家庭への支援、社会福祉でいうところのウェルフェアの発想と、家庭教育支援のように全ての家庭への支援を一体化して捉えていくことが必要だと考える。ワークショップは子育て期の全ての家族が対象であり、その中で気にかかる保護者が支援につながるきっかけとなったり、他の保護者との交流につながったりしている。子育ては合理化できるものではない。保護者、専門家、担当者、ボランティアなどが重なり合って、一体化した取り組みを行うのである。
 子どもたちが暮らす様々な社会(家族、学校、地域社会)の中で、子どものウェルビーイングを促進する、保障するという理念を共有し、子どもの最善の利益が保障される環境下で、子どもたちが育ち、学びを深める。そして見守る複数の特定の大人がいれば、紆余曲折があっても、子どもは生きる力を身につけ、関係性を生きる力を発揮して、自らを見失わず社会に主体的に関わっていける、よりよい社会や人生を切り拓いていけると感じている。

政策オピニオン
木村 直子 鳴門教育大学准教授
著者プロフィール
京都府生まれ。大阪市立大学生活科学部卒。同大学院生活科学研究科博士課程修了。学術博士。鳴門教育大学講師を経て、現職。0歳から18歳までのすべての子どものウェルビーイングを実現するために、家族に求められること、保育・教育機関、社会的養育の場に求められること、地域に求められることを探究している。また、徳島県の家庭教育や子どもの居場所づくりのアドバイザーとして、学校園の家庭生活調査、家庭教育に関するワークショップ実施など、地域や学校と家庭の連携に関する実践を行っている。
今日の社会は育児の孤立化をはじめ、家庭教育が困難な状況にある。こうした状況を改善し、子どもの安全と健康を保障するために重要なのが、「子どものウェルビーイング」の考え方である。

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