2020年国際情勢の展望

2020年国際情勢の展望

2020年3月24日

 2020年の国際情勢を日本から展望すると、国際政治を動かす米国、中国、ロシア、EUの「4極」の動向とこれらとの関係、そして近隣アジア諸国との関係が重要である。
 まず、米国であるが、トランプ政権の登場で米国は大きく変わりつつある。米国は自由と民主主義の理念のもとに、第二次世界大戦後の世界の秩序を作りその維持に努めてきた。それがオバマ時代から世界の警察官であることをやめ、トランプの登場でその傾向は強まった。イラク戦争などで米国の対外関与が増え過ぎ、大きな負担となったことへの反省から生まれたものである。それにトランプ大統領は、自由・民主主義といった伝統的な米国の価値観よりは経済的なディールを重視している。また世界に対する関与を弱め、その傾向はとくに中東で目立つ。その背景には、米国がシェール・オイルの開発でエネルギーの独立を果たし、中東に依存する必要がなくなったという事情がある。
 トランプの米国は、もはや西側のリーダーの名にふさわしくない。
 今年は米大統領選挙年である。大統領選挙では外交より経済がカギを握っている。新型コロナウイルスの影響が、米国経済に負の影響を与えるおそれがあり、トランプ再選に黄色信号がともる。
 米国は日本にとって安全保障上の重要なパートナーであり、日米関係は日本の外交の根幹である。トランプ大統領の貿易志向はあるものの、日本は日米関係の堅持を外交の最優先課題とし続けるべきである。
 中国では、習近平が独裁体制を強化する一方で、軍事力の増強を背景に対外影響力の強化を図っている。東シナ海でのプレゼンスを強めるとともに、一帯一路政策で東アジアからヨーロッパに至るまでインフラ投資を中心に経済的影響力を強めようとしている。中国は、米国の覇権に挑戦している。経済では2030年までにGDPで米国を抜くと予想されている。
 トランプは対中貿易の大幅赤字(2018年で3233億ドル)は許せないとして中国からの輸入品に関税をかけ、米中貿易戦争が始まった。現在は、一時休戦の形となっているが、米中の貿易摩擦は続くだろう。
 中国は「中国製造2025」計画を発表し、5Gを含む次世代情報技術など10の重点分野で製造業の高度化を目指している。米国は脅威を感じ、中国政府に対し、補助金など政府支援の中止を含む計画の抜本的見直しを要求した。安全保障面では、中国は国防費の増強を続けており、とくに先端兵器の開発に力を入れていて、米国はこれを脅威と受け止めている。
 日本は中国と経済関係を重視する一方、安全保障面では中国の軍事力強化、とくに東シナ海の要塞化など、アジア・太平洋地域での中国の影響力増大を警戒すべきである。アジア・太平洋地域での航行の自由を保障するため、米国やインド、オーストラリアなどとの協力を強めるべきである。
 中国との関係で重要な問題に台湾がある。トランプ政権は、昨年8月、F16V戦闘機66機を売却すると発表、また米台間の閣僚や政府高官の訪問を可能にする法を制定するなど、台湾支援の姿勢を強めている。蔡英文政権は、台湾の独立は口にしないが、すでに事実上独立しているとの見方に立ち、中国の圧力に対し毅然とした態度で処している。
 台湾は、日本の経済と安全保障にとって重要である。台湾は日本の通商路に位置するとともに、日本の防衛に対する南の盾となっている。日本は台湾の強靭性を少しでも高めるよう、正式の政府間レベルの交流は無理としても、台湾との交流を促進するなど、関係強化に努めることが望ましい。
 ロシアも「軸」の一つである。プーチンはソ連邦の崩壊を「20世紀最悪の地政学的惨事」と呼び、その屈辱を晴らすべく影響力の増大を図っている。クリミア併合、ウクライナへの干渉は典型的な例であり、そのほかバルト3国などに圧力を加えるとともに、シリアなど中東への進出を図っている。また核をはじめ軍事力の強化に努めている。
 しかし、ロシアのGDPは世界12位、韓国、カナダより少ない。国防予算は米国の16分の1である。ロシアの軍事力はソ連時代と比べるべくもなく、米国と張り合うのが無理であるのみならず、中国に比べても劣り、ロシアの影響力は限定的である。日本はロシアとの間に北方領土問題を抱えている。ロシアの態度は厳しいが、日本は忍耐強く北方4島の返還をロシアに要求し続ける以外にない。
 EUは米国と並んで西側の「極」である。しかし最近では国際的地位が低下している。EUは旧東欧諸国をメンバーに加えて27カ国の大組織となり、一体性の確保が難しくなっているうえに、ハンガリーやポーランドなどは専制的政治体制でEUの理念と相いれない。具体的政策でも難民の受け入れに強硬に反対しており、EUの共通政策の実施を難しくしている。
 それにメルケル首相の指導力が低下している。EUは元来独仏が指導的役割を果たしてきており、中でもメルケルがリーダーシップを発揮してきた。そのメルケルの引退が近づき、EUは強力な指導力を欠くようになって、国際政治における発言力が低下している。
 EUは日本にとって重要な貿易のパートナーであるとともに、基本的な価値観を共有する相手であり、EUとの関係の促進が望まれる。
 4極のほかに、日本の対外関係にとって重要なのが、近隣アジア諸国、とくに南北朝鮮との関係である。
 韓国は歴史認識の問題で、日本に厳しい態度をとっている。文在寅大統領は、北朝鮮との関係を重視しており、北朝鮮政策で日本や米国と必ずしも歩調が合わない。韓国は日本にとって経済のみならず、安全保障面でも重要な隣国であるが、文在寅が大統領である間は、日韓関係の大幅な好転は望めないだろう。
 北朝鮮の核は、日本の安全保障にとって重大な脅威であり、日本は米韓と協力して北朝鮮の非核化に努めるべきであるが、北朝鮮にとって核は安全保障を担保するもので、容易なことでは手放さないだろう。拉致問題は人道上許されないものであり、日本は引き続き根気強く拉致被害者の帰国の実現に努めるべきである。

太田 博 岡崎研究所相談役
著者プロフィール
兵庫県出身。東京大学教養学部卒。外務省に入省し、駐韓公使、駐サウジアラビア大使、駐タイ大使などを歴任。その後、日本国際フォーラム専務理事、岡崎研究所所長、理事長を経て、現在、岡崎研究所相談役。

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