「Westlessness」(?)と中国の台頭 米・中・欧州の攻防

「Westlessness」(?)と中国の台頭 米・中・欧州の攻防

2020年3月24日
1.ミュンヘン安全保障会議で露呈した「Westlessness」と「チャイナギャップ」

 Westlessness(消える西側)は今年214日から16日にかけて、110ヵ国の首脳や閣僚が参加したドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議のメインテーマだった。いま、西側諸国は徐々に分裂し、また西側諸国の一部では自由主義に反する動きがみられ、さらに自由主義はグローバルに後退している。自由や民主主義などの価値規範を共有する「西側(West)」という概念はぼやけはじめ、その存在は自明ではなくなってきている。こうした世界的な潮流への懸念から、今回のミュンヘン安全保障会議のテーマはWestlessnessと設定された。
 しかしながら、今年のミュンヘン安全保障会議では、結局、Westlessnessに対する西側諸国の一致した対策を打ち出すことはできず、むしろWestlessnessの現状を露呈させたのである。
 トランプ政権が掲げる米国第一主義により、西側による同盟の結束に亀裂が生じ始め、欧州の安全保障情勢は不透明になりつつある。米国は北大西洋条約機構(NATO)加盟国に軍事費の負担増を求めているが、フランスのマクロン大統領は欧州自立の必要性を唱え、欧州独自の防衛力強化を訴えた。そのうえで、マクロン大統領はロシアとの関係を見直し、関与していく政策を打ち出した。
 欧州の安全保障に関するマクロン大統領のこうした大胆な政策提案は、ドイツ、そしてロシアに地理的に近い東欧諸国からの賛同を得ることは難しい。また、米国はそもそも自由主義や多国間主義が消えつつあるという西欧諸国の懸念を共有していない。会議に出席したポンペイオ米国務長官は「西側は勝っているのだ(The West is winning)」と反論した。
 米国はむしろ中国との覇権争いを視野に入れて行動している。米国にしてみれば、次世代通信技術5Gをめぐる競争はいまや安全保障上の最大の懸念であり、中国、ロシア、イランこそが既存の世界秩序にとっての脅威である。ポンペイオ米国務長官、エスパー米国防長官のみならず、会議に参加した民主党幹部であるペロシ下院議長も、「Huaweiの技術は一見無害であるが知らない間に攻撃してくる」と力説し、中国への情報漏出の懸念から欧州の同盟国が中国の5G技術を採用ないよう必死に遊説した。
 西欧諸国の間で中国に対する懸念が高まりつつあるのは事実である。20193月に、欧州連合(EU)の執行機関である欧州理事会が発表した「EU-中国:戦略的展望」において、中国は「異なるガバナンスのモデルを促進している体系的なライバル」と定義づけ、そして201912月に出されたNATOのロンドン宣言では、中国の影響力と対外政策が「チャレンジ」であると表現された。
 それでも、中国に対してとるべき政策については、西欧諸国と米国の間で大きなギャップが存在している。イギリスはすでに一般向けの通信事業においてHuaweiを排除しない方針を示し、ドイツもフランスも米国の呼びかけに応じていない。
 欧米の間で「チャイナギャップ」(対中政策における温度差)をもたらした背景には、安全保障上は米国へ依存し、経済は中国に依存する構造がヨーロッパではすでに出来上がっているという現状がある。ドイツの4Gネットワークでいえば、Huaweiは今そのうちの70%の設備を提供しているという。テクノロジー分野で中国に依存し、そしてHuaweiなど中国の大手通信業者を排除した場合にほかの選択肢がうまく見つからないなか、西欧各国は対米、対中関係のバランスに腐心している。

2.中国による積極的な外交攻勢

 他方中国は、西欧諸国が抱くWestlessnessという懸念を一蹴した。ミュンヘン安全保障会議に出席した王毅外相は演説のなかで、西側諸国は常に繁栄と進歩を遂げ、西側に属さない国々が常に遅れているという認識は間違えており...西側諸国は自身の文明に関する優位意識を捨て、東方大国の台頭を受け入れるべきだ」と主張した。自由や民主主義などの価値規範を支える多国間協調という「West」の概念に対し、中国は「東西文明論」を持ち出し、中国脅威論を批判した多国間協調論を展開した。
 新型コロナウイルスの感染が広まるさなか、中国政府が前例のない武漢封鎖の強硬措置をとった後のドイツ訪問ということもあり、会議において王毅外相は「中国スピード」、「中国規模」、「中国効率」は感染抑止に有効であると強調し、中国の政治制度の優位性をアピールした。むろん、ミュンヘン安全保障会議で王毅外交のこうした発言は同調を得ることはできなかった。
 ミュンヘン安全保障会議後、新型コロナウイルスの感染は欧州や米国に広まり、特にイタリアやスペインなどで状況は深刻化した。他方新型コロナウイルスの感染が国内での収束を迎えるなか、中国はワクチンや治療薬の開発に力を入れ、イタリア、セルビア、イランなどの国々に医療チームを派遣し医療物資の支援を行い、公衆衛生の緊急事態において国際的なリーダーシップを発揮しようとしている。
 中国によるマスクや呼吸器などの医療機器などの援助を受けたイタリアは、G7のなかで最初に一帯一路への参加意思を表明した国でもあった。また一帯一路構想のもとで、中国はバルカン半島諸国に積極的に働きかけている。新型コロナウイルス感染拡大のさなかの中国による援助に対し、イタリアの外相Luigi Di Maioはフェイスブックで謝辞を述べ、そして他の欧州国家はマスクなどをイタリアに輸出しようとせず、また株式指数が下落した際に欧州中央銀行もイタリアに対する救済の意思を示さなかったことについて不満をほのめかした。ブチッチセルビア大統領も「我々を救ってくれるのは中国だけだ。ヨーロッパの求心性など存在しない」と発言した。

3.新たな国際秩序をどう構築するのか

 ミュンヘン安全保障会議、そして現在進行中の新型コロナウイルスとの戦いは、移行期にある国際情勢を顕著に映し出している。西欧諸国の対ロシア政策の変化はインド太平洋地域の安全保障環境と直結しており、チャイナギャップや中東に対する政策の不一致もWestlessnessを助長しかねない。そして、重要な国際問題に際し指導力を発揮してきた西側諸国は内向きの姿勢を強める。他方中国は国際的な指導力の発揮に意欲を見せている。
 中国が積極的な外交を展開しているなか、西側諸国は今後も引き続き国際秩序を主導し続けられるのか。そのためにはWestlessnessに対する処方箋が必要であり、そして資本主義体制の再建にかかっているかもしれない。

青山 瑠妙 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
著者プロフィール
1999年、慶大大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。2017年から現職。2018年から同大現代中国研究所所長を兼務。博士(法学)。

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