日本の国際協力と人材育成の課題

日本の国際協力と人材育成の課題

2020年3月5日

 私の国際協力との出会いは、青年海外協力隊としてシリア国ラッカ市で過ごした2年間が最初で、その後、イラク国バグダード市でイラン・イラク戦争の勃発時に民間建設会社の派遣社員として従事した数カ月間、JICAのエジプト国稲作機械化プロジェクトの業務調整員として派遣された2年間、そしてJICA職員となって在学事務所員として赴任した、バングラデシュ、ケニア、パレスチナでの12年間、通算して17年間以上に亘り、国際協力の最前線を経験してきた。その経験の中で培われた、所謂、国際協力の実務経験者として感じた「日本の国際協力と人材育成の課題」について述べさせて頂く。

人材育成のインキュベーターとしての日本の国際協力

 日本のODA総額は1980年代に世界1位にまで登りつめ、援助大国となったにも拘らず、現在の立ち位置は世界5位まで後退しており、そのODAの中身は人道支援から経済支援に大幅にシフトしている。要は、手間暇が掛る人を通じた無償協力(例えば、技術協力や青年海外協力隊派遣)から、1件あたり数百億円の有償インフラ協力(例えば、港湾建設、新幹線・地下鉄建設)に重点が移されている。
 日本が1951年に加盟したコロンボ・プラン以降、70年近く営々と繋いできた人から人への協力は、謂わば、日本の善意を伝える協力で、その間に、日本は世界中から友情と尊敬の念を以って評価される存在となった。そこには、大戦の災禍を経験し、その大いなる反省から、平和こそが人類共存の唯一の道であるという、日本のメッセージが込められていたからである。その証として、2011年の東日本大震災の際に、日本の援助を受け取ったことがある最貧国の人達からも「ほんの僅かでも、日本の皆様にお返しをしたい・・」と義援金の提供があったのは記憶にも新しい。
 「人は助けられるよりも、助けたことで得られる悦びにより、より慈悲深い人格に成長する」と私は確信している。実際に、NGOの友人、青年海外協力隊の経験者、JICA専門家の方々の中には、後に、復興庁の職員になり東日本大震災後の地方再生に奔走したり、教員になって子供達に熱心に人格教育を施したり、リタイア後も自らNGOを立ち上げて社会福祉活動に尽力している方々が沢山いる。日本の国際協力は、対外援助で果たした成果以上に、優しい日本を維持するために必要な人材を育成するインキュベーターの役割を担ってきたといえる。是非、その点を再確認し、インフラ中心の援助に偏らないようにして頂きたい。

国際協力の継承者育成の重要性とその課題

 国際協力の意義の再認識と並行して重要なことは、日本の資産である国際協力を継承してくれる人材の育成である。19951月に起きた阪神淡路大震災と、20113月に起きた東日本大震災の経験を通じて、日本中が被災地の人々に寄り添う気持ちこそが、ボランティアのボランティアたる所以であることを学んだ気がする。国際協力を行う上で、最も重要なポイントは、この相手に寄り添って、一緒に問題解決に臨む姿勢だと思っている。昨今、「今時の若者は・・」とよく批判的にいわれるように、多くの若者達は一見大人しく、自ら動くことを躊躇っている様に見えるが、その実は、社会や人の役に立てる人間になりたいと思っている子が多い。要すれば、機会さえ与えれば、国際協力に関心をもち、国際協力の道を志す若者は潜在的にかなりいるのである。
 もっとも、国際協力人材のプロフェッショナルになる為の道筋はそれほど簡単な事ではない。他言語の習得、総合的なコミュニケーション力、他人事を我がことのように考えられるメンタリティ、課題発見・問題解決力、理論的な思考と表現力、体力・気力を順次兼ね備えて行かなければならない長い道のりである。出来る事なら、小学校から国際化教育を取り入れて、言語と地理・歴史に興味を抱かせ、中学校ではチームで課題解決を目指すアクティブ・ラーニングを取り入れ、高校ではボランティア実習(NGOインターン等)を必須とし、大学ではPBL“Project Based Learning”を通年課題として取り組ませ、在学中に「とびたて留学JAPAN」や、卒業後または卒業後一定期間の実務経験を積んだ上で、青年海外協力隊に参加する。その後、開発に関するテーマで大学院に進めば、資質的には国際機関、国際NGOJICA等で十分に活躍できる人材になるに違いない。その様な道筋の中で、非常に重要な役割を担うのが教員であることは間違いない。
 現在、青年海外協力隊の経験者が特別枠で各地方自治体の教員に採用されるようにはなって来ているが、その数はまだまだ少ない。大学においては国際協力の実務経験者が教授職に任用されているケースは極めて少ないのが現状である。
 名将、山本五十六は人育ての極意として「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は育たず」という名言を残しているが、国際協力人材を育てるために一番重要なのは、教育現場にもっと実務経験者を任用することではないだろうか。

成瀬 猛 立命館大学客員教授
著者プロフィール
法政大学卒。1977年青年海外協力隊員としてシリア国に派遣。その後、イラク・エジプトでの長期滞在を経て、85年国際協力機構(JICA) 職員となり、JICAバングラデシュ 事務所、JICA本部各部署、ケニア事務所次長、パレスチナ事務所所長等を務めた。その後、麗澤大学教授を経て、現在、立命館大学客員教授。専門は国際協力論、中東地政学、平和構築。主な著書に『マイウェイ国際協力:中東・アフリカ・アジア30 年の軌跡』『紛争と開発協力』他。

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