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戦後教育からの脱却は「道徳教育」の教科化から始まる

―戦後教育における教育勅語否定と修身教育否定の呪縛からの脱却―
教育評論家・小林正

2013.11.28

 明治23年(1890年)10月30日、「教育に関する勅語」が発布された。起案者も相当配慮しており、特定の宗教・宗派に偏らず漢学にも洋学にも偏らず起草されたというのが特徴的である。戦後教育からの脱却は「道徳教育」の教科化から始まる。具体的なポイントについて考えてみたい。

「教育に関する勅語」の発布

 明治23年(1890年)10月30日、「教育に関する勅語」が発布された。起案者も相当配慮しており、特定の宗教・宗派に偏らず漢学にも洋学にも偏らず起草されたというのが特徴的である。また政治的な立場を超えた教育の指針として、天皇の署名のみで、関係大臣の副署なしで発布されている。教育勅語は、大東亜戦争終結まで日本人の精神的なバックボーンとなった。

 それが敗戦後の昭和23年6月、GHQから圧力がかかり、衆議院では「教育勅語等排除に関する決議」案が、そして参議院では「教育勅語等の失効確認に関する決議」案が可決され、教育勅語は排除されることになる。

 ここで教育勅語の内容を確認しておきたい。次の十二の徳目から成っている。

「孝行」-親に孝養を尽くそう。
「友愛」-兄弟・姉妹は仲良くしよう。
「夫婦の和」-夫婦はいつも仲むつまじくしよう。
「朋友の信」-友人はお互いに信じあって付き合おう。
「謙遜」-自分の言動を慎もう。
「博愛」-広くすべての人に愛の手を差し伸べよう。
「修学習業」-勉学に励み職業を身につけよう。
「知能啓発」-知識を養い才能を伸ばそう。
「徳器成就」-人格の向上につとめよう。
「公益世務」-広く世の人びとや社会のためになる仕事に励もう。
「遵法」-法律や規則を守り社会の秩序に従おう。
「義勇」-正しい勇気をもって国のため真心を尽くそう。

 終戦直後、当時の安部能成文相はGHQのダイク准将とのやりとりの中で、「教育勅語の内容は特に問題はない」と主張している。それに対してダイク准将は「徳目としては優れている。しかし『一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ』という文言があるではないか。これが問題だ」と指摘した。

 しかし、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」ない国は滅びる。例えばフランスの第三共和制がそうだ。そう考えれば、この文言自体は大きな問題ではないと思うが、結局、教育勅語は排除、失効という扱いになったのである。

国定教科書による「修身」教育

 明治37年(1904年)、国定教科書による「修身」教育が始まる。教科書は教育勅語の趣旨に基づいて編纂された。全体としては次の五期に分かれており、各々の時代を反映した教科書が作られた。

第一期-人物を取り上げる人物基本主義と、徳目を順番に取り上げる徳目基本主義の両方の長所を合わせた方針により編纂された。
第二期-「よい子ども」「よい日本人」。これはイギリスの人格形成教育が、ジェントルマンを一つの理想としているように、理想的な日本人のイメージを作ろうという発想で設けられたものである。
第三期-児童用の修身教科書は口語文になる。これは児童の理解を容易にしようという工夫である。この時期は大正デモクラシーの時期に重なっている。巻6には憲法に関する内容も取り上げられており、時代を反映している。
第四期-修身教科書の表紙が色刷りに、挿絵もカラーになった。教材も「児童の経験に即し、児童の心情に触れることに特に意を用いた」ということである。同時に厳しい時局に合わせて、巻1から天長節の説明などが取り上げられるようになっている。
第五期-昭和16年(1941年)は大東亜戦争が始まった年である。3月に小学校令が改正され、小学校は国民学校となった。この戦時体制への移行が修身教科書にも反映している。内容は上級生になるにしたがって、古代神話や戦争への協力などが深まっていくように作られた。

 第一期から第四期までは、取り上げられている内容項目に多少の変化はあるものの、天皇に関するもの、親孝行に関するものなど共通点も多い。

 GHQが特に問題にしたのは、軍国主義、超国家主義を鼓吹する教科としての修身である。その点で標的にされたのは第五期であった。

 GHQは占領初期、四大教育指令を発し、このうち昭和20年12月31日に出された「修身、日本史および地理停止に関する件」の指令により、授業は停止された。
 翌年、地理・歴史はGHQの許可により再開されたが、修身の再開は許可されなかった。理由は修身が軍国主義、超国家主義を養成し、戦争に国民を駆り立てる役割を担っていたとする認識に基づく。

 しかし、国民道徳にまで踏み込んで戦勝国として権力を行使する措置は、ハーグ陸戦法規(43条)、神道指令(46条)ともに違反であることは明瞭である。占領行政上、特に問題がなければ、他のことは全て従来通りというのが、ハーグ陸戦法規の規定である。その意味で完全に国際法規を無視した措置だったわけである。

戦後の道徳教育再興への道

 このように修身が排除された一方で、国民道義は退廃し、GHQも対応に苦慮した。そこで天皇に新しい勅語を出してもらってはどうかという提案まであった。これは「幻の京都勅語」と言われるもので、日の目を見なかったが、GHQも「勅語」という形式が日本人には最も効果があると考えていたことが分かる。

 道徳教育を再興しようという動きは、これまでもいくつかあった。

 その一つは昭和25年、吉田茂首相に三顧の礼で迎えられた天野貞祐文相が、敗戦による社会的混乱と道徳の退廃に対して、道徳教育の状況を憂え、これを強化すべく、道徳教育を独立教科で行う構想を打ち出した。ところが、この構想は「修身教育の復活」だとして、厳しい批判を浴びた。

 天野は、独立教科の設定を目指し、教育課程審議会に諮問。翌年、教課審は「道徳教育振興の方策として、道徳教育を主体とする教科或いは科目を設けることは望ましくない」とする答申を出した。理由として「ややもすれば過去の修身科に類似したものになりがちであるのみならず、過去の教育の弊に陥る糸口ともなる恐れがこれにつある」としている。

 この答申には社会科の教師が深く関係していた。彼らは一般的な市民道徳、社会道徳は、社会科という教科の中で十分教えることができる、目的は達成できると主張した。社会科を教科の中心に据えて拡大しようとしていたから、道徳もその中に入れれば特設の道徳は必要ないというわけである。

 二つ目は、国民実践要領」いわゆる「天野勅語」である。

 昭和26年、天野は国会において、次のような発言を行っている。

 「国民実践要領は実は新聞界の長老が私に福沢先生の修身要領というのを貸して下さって、一つの参考にしてはどうかと言われ、実践要領という名をつけました」。
 修身要領は明治32年2月11日の『時事新報』に公表されたものだが、福沢はこの年に亡くなっているので、福沢自身ではなく弟子達がまとめたもののようである。明治23年に教育勅語が出た後、文体としては一般に馴染まないため、もっと平易で分かりやすいものを作る必要があるという議論が慶応義塾の中ではあったようである。

 天野は、平易な文章で道徳を語る上で参考にしてはどうかということで『国民実践要領』と名付けたようである。

 ところが、国民実践要領について委員会に呼ばれた九人の参考人全てが反対したため、天野はこれを撤回せざるを得なかった。批判者の論法は「国家による道徳押し付け反対」「政治が悪いから社会が乱れる」「天皇が道徳の中心だという内容は論理的に矛盾する」「国が主導することは、市民道徳など新しい倫理を求める努力を無力なものにする」等々であった。

 ちなみに天野は、京都大学哲学科の出身で、カント哲学を日本に紹介した学者であった。学者の中では珍しいが、天野が戦前に書いた論文が戦後も全く修正無しに発表されている。つまり戦争に関係なく、自らの研究と主張を一貫して貫いたのである。そのように気骨のある哲学者であった。

 後に天野は獨協大学から、私費でこれを公刊して世に広めた。

 その後、教育課程審議会は道徳教育の教科化には反対したが、昭和33年に「道徳の時間」の特設を提言した。これを受けて文部省は、学習指導要領で週一時間の「道徳の時間」を導入。指導方針として次のことが示された。

①特設道徳は、学校における道徳教育を補充・深化・統合するものであること。
②評点による評定はしないこと。
③学級担任が担当すること(「道徳」の免許状は出さない)。
④教科書は作らず、読み物・説話・視聴覚資料等を用いること。

 こうした指導方針を広めるため伝達講習会を全国で開催するが、日教組は組織的に反対運動を展開した。当時の総評なども加わり、会場封鎖なども行われた。そのため、警官隊が会場周囲を取り囲んだ中で行われるという事態も生まれたほど、当時は特設道徳に対する抵抗が異常に強かったのである。

 こうした事態に、文部省は「特設道徳」が修身科の復活ではないことを強調したが、日教組、学者グループは「文部省が告示で国民の道徳を決めてよいのか」「教育行政権に国民の良心や価値観の決定を許していいのか」という論理を振りかざして激しい反対運動を展開した。ただし、この論理に立てば、児童・生徒の内面的価値観形成に深くかかわる営みである公教育そのものが成り立たなくなる。同じ論理での反対闘争は、国旗・国歌の取り組みなど後を絶たない。

 三番目として、平成12年(2000年)に小渕首相直属の諮問機関として設置された教育改革国民会議が「教育を変える17の提言」を出したことがあげられる。

 この報告書で「人間性豊かな日本人を育成する」ことを目指して、「教育の原点は家庭であることを自覚する-教育という川の流れの、最初の水源の清冽な一滴となり得るのは、家庭教育である」「親が人生最初の教師であることを自覚すべきである」として、家庭教育重視を打ち出したのである。

 そして、「学校は道徳を教えることをためらわない」として、「学校は、子どもの社会的自立を促す場であり、社会性の育成を重視し、自由と規律のバランスの回復を図ることが重要である。また、善悪をわきまえる感覚が、常に知育に優先して存在することを忘れてはならない」と指摘した。

 具体的な提言として、「小学校には『道徳』、中学校には『人間科』、高校には『人生科』などの教科を設け、専門の教師や人生経験豊かな社会人が教えられるようにする。そこでは、死とは何か、生とは何かを含め、人間として生きていく上での基本の型を教え、自らの人生を切り拓く高い精神と志を持たせる」と述べている。

 さらに、「新しい時代にふさわしい教育基本法を」ということで、初めて教育基本法の改正に言及した。具体的には次の三つの観点を示している。

①新しい時代を生きる日本人の育成である。科学技術の進展とそれに伴う新しい生命倫理観、グローバル化の中での共生の必要性、環境の問題や地球規模での資源制約の顕在化、など時代の変化を考慮する必要がある。それに伴って新しい時代における学校教育の役割、家庭教育の重要性、学校、家庭、地域の連携の明確化。
②伝統、文化など次代に継承すべきものを尊重し、発展させていくことである。この観点からは、自然、伝統、文化の尊重、そして家庭、郷土、国家などの視点が必要である。宗教教育に関しては、宗教を人間の実存的な深みに関わるものとして捉え、宗教が長い年月を通じて蓄積してきた人間理解、人格陶冶の方策についても、宗教的情操を育むという視点から議論する必要がある。
③これからの時代にふさわしい教育を実現するために、教育基本法の内容に理念的事項だけでなく、具体的方策を規定することである。教育振興基本計画に関する規定を盛り込むべき。

 つまり、単年度方式ではなく、5カ年計画という中・長期的な教育目標を定めて、それを実現するための財政的な裏付けをするものとして、教育振興基本計画を策定するということである。

 提言を受けて、平成18年12月、新しい教育基本法が制定された。その17条に教育振興基本計画に関する条文がある。第一次計画の五カ年が終了し、今年4月に第二次計画の答申が中央教育審議会から出され、現在審議されているところである。

 四番目として、教育改革国民会議から7年後、安倍首相直属の諮問機関として設置された教育再生会議で再び道徳教育の教科化が取り上げられた。平成19年(2007年)に出された同会議の第二次報告書は、次の6項目を提言した。

①徳育を従来の教科とは異なる新たな教科と位置づける。
②授業時間を確保し、年間を通じて指導する。
③点数での評価はしない。
④多様な教科書と副教材をその機能に応じて使う。
⑤学級担任が指導し、中学校でも専門の免許は設けない。
⑥地域の社会人や各分野の人材が教壇に立つことを促進する。

 この提言について中教審は、前回同様冷ややかな態度をとった。山崎正和中教審会長(当時)は小・中学校における道徳教育の実施自体を疑問視する考えを示し、道徳の教科化は実現しなかった。

 五番目に、平成24年12月26日、第二次安倍内閣が発足し、教育再生が再起動、官邸に教育再生実行会議が設置された。

 同会議は今年2月、第一次提言として「いじめ問題等への対応について」を安倍首相に提出した。

 提言のポイントの一つが「道徳の教科化」である。これに基づいて4月4日、文科省に「道徳教育の充実に関する懇談会」が設置された。同懇談会では、教材の抜本的充実、新たな枠組みによる教科化、指導内容の充実、効果的な指導方法の明確化をテーマに掲げた。

 具体的には、一つは心のノートの全面改訂である。民主党政権でいったんは全ての児童・生徒への配布が打ち切られたが、これを復活させ、かつ内容を全面的に見直そうということである。同懇談会の下に「心のノート」改訂作業部会設置し、9月中を目処に「心のノート」改訂案を作成するため検討が行われている。

 また、教員の指導力向上方策、道徳の特性を踏まえた新たな枠組みによる教科化の具体的なあり方などについて検討を始めている。

 二つ目は「いじめ対策の問題」である。いじめに対峙していくための基本的理念や体制を整備する法律の制定である。

 いじめ対策については、4月11日に野党三党(民主・生活・社民)から「いじめ対策推進基本法案」が参議院に提出され、5月16日に与党から「いじめの防止等のための対策の推進に関する法律案」が衆議院に提出された。5月17日以降、与野党間で実務者協議を行った結果、6月18日に与野党6党から「いじめ防止対策推進法案」として新たに提出され、6月20日に衆議院、6月21日に参議院でそれぞれ可決され同日成立した。

 もう一つ出てきた課題が「体罰問題」である。懲戒と体罰の区別の明確化、子どもの自発的行動を促す部活動指導のガイドラインの策定が課題であった。

 これについては、3月13日に「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」(通知)を発出。体罰禁止の徹底、懲戒と体罰の区別、正当防衛と正当行為の明示、組織的な指導体制の構築等が提示された。

 また、同日に中体連と高体連が連名で「体罰根絶宣言」を発表。さらに4月25日に日本体育協会等スポーツ界全体で「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択し発表した。

 5月27日には、運動部活動の適切な指導のための「運動部活動での指導のガイドライン」を策定した。内容は、顧問のみに任せず学校組織全体で部活動指導、生徒のニーズの把握、コミュニケーションの充実、科学的な指導法の積極的な取り入れ等である。

Ⅳ.日本教育新聞社による「道徳教科化」に関する市町村教育長アンケート調査結果から

 これまでの教育再生実行会議の提言、特に道徳の教科化について、日本教育新聞が市町村の教育長にアンケート調査を行っている。

 その中で「道徳教育の現状」について、「指導内容や指導方法に関し、学校や教員によって充実度に差があり、所期の目的が十分果されていない」(第一次提言)との現状認識をどう思うかを聞いたところ、「賛成(その通りである)」が22.5%、「反対(一部の自治体には当てはまるかも知れないが、全国の状況に関する認識としては適切でない等)」73.4%で、圧倒的に反対が多い。

 「道徳の教科化」については、「賛成」23.1%、「反対」63.0%であった。その理由を聞くと(複数回答)、賛成は「道徳教育の充実度が高まりそうだから」70.0%、「児童生徒の規範意識が高まりそうだから」70.0%、「いじめ問題が改善に向かいそうだから」32.5%。この回答からは「いじめ問題への対応としての道徳教育」という考え方は教育長の意識にはあまりないことが分かる。「いじめに対しては道徳教育は役に立たない」という考えが多いということであろう。

 一方、反対の理由(同)では、「学習状況の評価が困難・不可能だから」78.0%、「教育活動全体を通して道徳性を高めるという理念が揺らぎそうだから」69.7%、「一定の価値観を児童・生徒に強制することになりそうだから」45.9%である。生徒への強制というのは道徳教育に反対する人たちがかなり以前から言ってきたことである。今もこうした“古い”考えに捉われている人が少なくないということである。

 また、現在は「道徳教育推進教師」が各学校で任命されている。当初は「道徳主任」と呼ばれていたが、学習指導要領改訂により、一歩踏み込んだ役割を期待されて設けられた。これにより現場に変化があったかどうかという質問では、「変化があった」37.0%、「あまり変わっていない」53.8%、「全く変わっていない」6.9%である。名前を変えただけでは効果はないという認識であろう。

 教育再生に関する意識について、中央と地方、文科省と学校現場には大きな格差がある。これを埋める努力として地方でのタウンミーティング等を積極的に展開する必要がある。

 また現在、教育委員会制度改革がメインテーマに地方教育行政の抜本改革が進行中である。4月25日、下村文科相が地方教育行政の改革案を諮問した。今秋以降、中教審で論議され、具体化してくる。そして答申を受けて、来年の通常国会で法案審議が行われ、平成27年度から地方教育行政の抜本的な改革がスタートすることになるだろう。これらと併せた取り組みが求められる。

米国における教育再生の取り組み

 次に、米国における教育再生の取り組みについて述べてみたい。日本として参照すべきものがあると思われる。

 1960-70年代の米国の教育の実態は、教育目標が「殺すな」「妊娠するな」「麻薬に手を出すな」とするほどの荒れた状態にあった。

 その原因となったのが「進歩主義教育」と「教育の人間化=非管理主義化」であった。

 進歩主義教育(子ども中心主義)は、ジョン・デューイが提唱し30年代に流行した。しかし50年代になると様々な矛盾が出てきて、学界でも支持が減って衰退していく。我が国においては戦後教育の支配的教育理論になったことは事実である。「子どもの本性を自由に伸ばすこと」「学習の動機を子ども自身の興味関心におくこと」「教師は援助者であって決して監督者であってはならない」と主張された。

 二つ目の教育の人間化=非管理主義については、次のような経緯がある。

 リベラルな社会的風潮は、伝統的な古き良きアメリカ社会に混乱をもたらした。曰く、麻薬、暴力(教室)、フリーライダー(勝手発言)、フリーセックス、離婚、家庭崩壊など。反体制、反伝統主義である。

 そうした中で、リベラルな進歩的学者たちは「教育の人間化」と称する教育改革論を提唱する。「子供たちが悪いのではない。制度が悪い」との立場から、伝統的な教育態勢のすべてを排除してやれば、子どもたちは生き生きと甦り「真の人間性を取り戻す」であろうという教育改革運動であった。具体的な取り組みとして、学校の管理体制、規則、時間割、教科書、テスト、評価、教室などの伝統的な学校態勢を全て排除して、「子ども自身がプロジェクトを立て」、「子ども自身が経験して」、「子ども自身が問題を解決する」というものであった。教師はどこかに行ってしまったのである。これは、ゆとり教育や総合的な学習の時間について主張されていた教育理論と符合する。

 日本では、一番悪い授業は先生が質問をし、生徒が答える「師問児答」だと言われていた。一番良いのは、子どもが疑問を持って問題提起をし、それについて子ども自身が答える「児問児答」であると。そういう教育論が戦後あったが、これと全く同じである。

 全くの非管理・非指示的教育論だった。結果として70-80年代の米国の学校は、学力は低下し学校規律を一層乱し、麻薬、暴力、いじめ、教師への反抗の増加など最悪の事態を招いた。

 カリキュラムも、子どもたちの好みに寄り添うようなものとして選択教科を増やした。そのため「学校があたかもショッピングモールのようになった」とまで言われるほどで、子どもは自分が好きなことしかやらないという状況であった。

 ところが、高校を卒業しても卒業証書を読めない事態が起こった。自分の名前以外は何も読めない。そこで国の指導者も国民も大きな危機感を持つわけである。

 この後、「規律と礼儀を重んじる日本の教育に学ぶ」ため、米国教育視察団が来日したこともある。

 そして1983年、レーガン政権は「危機に立つ国家」(A nation at risk)を発表、新たな教育政策を打ち出す。

 「われわれは無謀にも『一方的な教育上の武装解除』という行為を犯してきているのである」「知識、学習、情報、それに訓練を受けた知性は、国際ビジネスでは新しい素材となっている。これらは、かつて特効薬や合成肥料、ブルージーンズが広まったときのように、すさまじい勢いで世界中に普及している」「アメリカ国民に喚起したいことは、新しい時代に必要とされる、技術水準、読み書き能力、教育水準を満たすことができなければ、成果に見合うだけの物質的な報酬を受けることができなくなるだけではなく、国民生活に参加していく機会さえも奪われてしまうということである」。

 宇宙開発競争で敗れ、学力が低下し、卒業証書に何が書いてあるかも読めない。大変なことだという危機感から、教育改革がスタートするわけである。

 1985年、教育長官にウィリアム・ジョン・ベネットが任命される。ベネットは保守主義の立場から積極的な差別是正措置、教育バウチャー(子どもがいる家庭が行政から利用券=バウチャーを受け取り、公私立に関係なく子どもが通いたい学校に通えるようにする。学校は集まった生徒数に応じて運営費を受け取る仕組み。行政が学校を決めるのではなく、保護者が子どもの通う学校を決めるという考え方)、教育カリキュラム改革(選択科目だけに偏るのではなく、基礎学力をしっかりつける)、宗教教育などで、既存の教育機関の抵抗を受けながら推進した。ベネットは以下の観点について改革案を提示した。

①教員資格試験を厳格にする、②教職課程を履修していない有識者に対する教員資格の開放、③能力給制度にする。頑張る人には多く出す、④教育に責任を持つ教育者の維持(マスターティーチャー制度の導入=優れた実践を行った教師を大統領が顕彰する)、⑤教育水準を計測する全国試験=英国でサッチャー政権が「教育水準局」を作り、学校のランク付けを行った。良い成績を取った学校は「教育体制がしっかりしている。教授陣もいい」と評価が上がり、その学校に子どもを転校させ、親もその校区に引っ越す。そのように人気を呼ぶと、その区域の不動産価格も上昇するという現象が起きた。学校選択制がそれほど大きなインパクトを持つというわけである。⑥親権者による学校選択。

 ベネットの著書に『魔法の糸-心が豊かになる世界の寓話・説話・逸話100選』『モラルコンパス』といった本がある。こうした考え方で教育の立て直しを図ったわけである。

 以後のブッシュ政権、クリントン政権でも、教育再生については継承されていく。

 1991年、G.ブッシュ大統領が「アメリカ2000教育戦略」を発表。米国を本来あるべき姿に戻すために「教育界の疲れ果てたうんざりする慣習、時代遅れの教育仮説から広範な変革を促す」と記している。つまり、アメリカの教育を伝統主義教育に回帰させることを宣言し、過去アメリカが失敗した進歩主義教育や教育の人間化論からの脱却を図れということである。これにより、アメリカは90年代に教育を建て直した。

 1996年、クリントン大統領は「私は全ての学校で人格教育を行うこと、そして善き価値、善き市民であることを教えるように挑戦していく」と人格教育の重要性を訴えた。その人格教育は、基本的な認識として、

①暴力、不正直、薬物乱用、乱交のような若者の破壊行為は、いずれも善い人格の欠如に起因するものである。
②人は、善い人格を自動的に育成することはできない。家庭、学校、宗教的な共同体、青年組織、政府、マスコミなど多くの機関が、若者の人格育成を促進するために意識的な努力をすることが必要である。
③善き人格は、道徳を知ること、道徳的な感情を持つこと、道徳的な行動をすることにより形成される。つまり、中核となる倫理的価値を理解し、それらに関心を持ち、それに基づいて行動することである。これらの価値には、尊敬、責任、信頼、公正、勤勉、節制、気配り、勇気などか含まれる。
 具体的に学校における「人格のための教育」の方策として、以下の項目が挙げられる。
①教師の役割-倫理的なモデルとして信頼される存在であること。
②クラスづくり-心を配りあう共同体として生徒相互が関心を持ち合い、尊重しあう。
③カリキュラム編成-倫理、道徳の実践について学ばせる。
④学校全体として-利他主義的行動を奨励し、地域社会への奉仕活動を行う。
⑤性教育-人格教育として自己抑制を中心とした指導を行う。

 それから、進歩主義教育から伝統的教育への回帰について指摘しておきたい。

 進歩主義教育とは以下のような概念である。

①子供の本性を自由に伸ばすこと。
②学習の動機を子供自身の興味関心におくこと。
③教師は援助者であって監督者であってはならないこと。
 一方、伝統的教育はJ・F・ヘルバルトが、教育の目的を倫理学に、方法を心理学に求め教育学を体系化したものである。教育の方法として、「管理」「教授」「訓練」の三要素を提唱。教育の目的は強固な道徳的品性と興味の多面的な陶冶にあるとしている。
①よく管理する-こうしなさい、こうしてはいけないと的確に指導管理する。
②よく教えこむ-先人から受け継いだ知識や文化遺産をよく教え込み、学ばせる。
③よく訓練する-繰り返し反復練習させ鍛錬し、しっかりと身につけさせる。

 日本では今、これらが全くと言っていいほどなされていないという状況である。これらが踏まえられていなければ、児童の権利条約、子どもの興味関心に寄り添って子どもの目線で物を考えるといった、一見優しそうだけど無責任な教育論がまかり通ってきたということである。

 この伝統主義教育への回帰の具体的な実践が以下の取り組みである。それはゼロトレランス方式による学校の正常化であった。ゼロトレランスとは「寛容さゼロ」という意味である。物を作る会社で言えば「欠陥商品を出さない」という標語である。学校教育に転じて言えば、社会に役立つ有為な人材を出すようにして、問題を抱えた子はきちんと指導してから世に出す。ルールを破った生徒は容赦なく罰則を与える。ルール違反が続くと矯正施設のオルタナティブスクールに送り、立ち直ったら元の学校に戻す。問題ある生徒も決して見捨てるわけではなく、きちんと矯正して卒業させるのである。

 暴力、麻薬、いじめ、教師に反抗などの悪徳非行に対処するために、その理由の如何を問わず、厳罰に処すというゼロトレランス宣言を行う。この方式は90年代前半、全米に燎原の火の如く広がり、アメリカの学校の規律はほぼ正常に正された。

 もう一つ、ノーイクスキューズ(言い訳なし)の精神が大切だという考えも広がった。自分の行動に対しては、言い訳なし、弁解なしに責任をとり、規律と秩序を守る。これをスクールモットーとする運動として発展している。

わが国の教育学の病弊

 翻って、わが国の教育はどのような経過をたどってきたのかを見てみたい。

1.「戦後教育は、宗像誠也、宮原誠一、勝田守一の3氏、すなわち東大の3Mの左翼教授が、教育は革命の道具として行われるべきであるという論拠のもとに、日教組を指導してきて、この3Mの思想の流れが現在の二代目、三代目の教育学者たちを席巻し、地方大学にまで広く波及し教育学の主流をなしている」(『教育再生』平成21年8月号)。

 ちなみに、3Mの教授は今の公教育は信用できないとして、自分の子どもは私立に通わせたという。実は、自分たちが言っていることに自信がないのである。

2.「教育学を学問らしく見せようとして、奇妙な教育論を展開するという通弊がある。例えば、総合学習や学びあい学習で真の学力や生きる力が育成されるとか、信頼関係やカウンセリングマインド(刺激を与えず、待つこと、聞くこと)で生徒指導ができるとか、とにかくウソッポイことを、あたかも教育学という学問的根拠があるかのように主張する」(加藤十八著書)。

3.「総合学習は文部省の役人と少数の教育学者が考案したものです。また、生きる力とか人間力は、外国から見れば不可解なミステリアスな一種の宗教的な表現といった感じがします。生きる力は英語では表現できません。日本では非行や犯罪の問題を心の問題として捉えますが、これも奇妙なことです。この種の問題は、社会の秩序、法の重要性、しつけや教育指導の問題として捉えるべきです。日本で教育標語ともなっている心のケアなどの表現は、欧米では一切通用しません」(島原宣男氏・在米教育学者)。

 「心のケア」あるいは「心の闇」といった言葉を持ち出されると、何が何だか分からなくなる。心の闇と言っても、子どもたちの思考の中でどのような回路から出てきたのか分からない。これも教育学の一種の犯罪行為だ。さりげなく使われている言葉の中に、まやかしがあるということを指摘されている。

 この延長として、いじめ問題とスクールカウンセラーについて指摘しておきたい。

いじめ問題とスクールカウンセラーについて

 4月の教育委員会月報で、文科省の本年度の重要施策として「スクールカウンセラーの配置拡充-全ての公立中学校に配置し、心のケアに加え、教員のカウンセリング能力等の向上のための校内研修を実施するとともに、公立小学校への配置を拡充」するとしている。つまりスクールカウンセラーを配置することによって、いじめ問題の早期発見、治療に役に立つというわけである。では、スクールカウンセラーとは何かということが問題である。

 不思議なのは、この文言が教育委員会月報の4月号に掲載されるためには、2月には発行元の第一法規に原稿を入れなければならない。

 ところがこれと同じような文言が、教育再生実行会議の第一次提言の中に入っているのである。前後関係から言うと、教育再生実行会議が後である。ということは、教育制裁実行会議で委員の有識者が議論して決める下敷きを、すでに文部科学省が作っているということである。その下敷きに則って有識者が議論をして、提言ができあがった。

 つまり、首相官邸に教育再生実行会議が設置されて、教育改革の主導権は官邸が握るということが形の上ではできたけれども、お膳立ては文科省がやっているため、文科省の主張通りの案が出来上がるわけである。ここをしっかり見抜く人がいなければ、従来通り文科省の思う通りになってしまうということになりかねない。

 教育委員会制度については、次のように言っている。この60年間、教育委員会制度は「政治的中立性と、安定性、継続性。この三つが保たれてきた」と。しかし、そういうことはありえない。例えば教科書採択の問題、あるいは日教組をはじめとする教職員団体等の圧力団体に非常に弱い。だから教科書採択でも偏りが出てくる。にもかかわらず、政治的中立性が保たれてきた。安定性、継続性も守られてきたから、制度としてよかったという言い方である。ならばなぜ制度改革しようとするのか。

 こうした点から、教育再生実行会議の委員が目を皿のようにして下敷きを見抜いて、官僚の姿勢を正していかなければならないと思う。現在の官僚は、前任者のやったことを決して否定しない。前任者はその前の前任者がやったことを絶対に否定しない。そうでなければ官僚機構は崩壊する。

 官邸が主導権を持ったけれども、実際にはこのようなことが起こってくるわけである。文部官僚は面従腹背であると、不信感を持って見ていかなければならないと私は思っている。

 スクールカウンセラーの問題も同様である。

 いじめ防止対策推進法第十八条に「生徒指導に係る体制等の充実のための教諭、養護教諭その他の教員の配置、心理、福祉等に関する専門的知識を有する者であっていじめの防止を含む教育相談に応じるものの確保、いじめへの対処に関し助言を行うために学校の求めに応じて派遣される者の確保等必要な措置を講ずるものとする」と書かれている。つまり、生徒指導とスクールカウンセリングは両立するという前提に立っている。

 ところが、スクールカウンセリングの実態は次の通りである。

 スクールカウンセラーの理論と実践は、カール・ロジャース(1902-1987。20世紀に最も影響の大きかった心理療法家)の大きな影響を受けている。ロジャースの理論は次のようなものである。

 「人間には、有機体として自己実現する力が自然に備わっている。有機体としての成長と可能性の実現を行うのは、人間そのものの性質であり、本能である。カウンセリングの使命は、この成長と可能性の実現を促す環境をつくることにある。自分自身を受容したとき、人間には変化と成長が起こる。カウンセラーは、クライエント(カウンセリングを受ける人)を無条件に受容し、尊重することによってクライエントが自分自身を受容し、尊重することを促すのである」。

 生徒指導は規律を重んじる。必要なときは罰則を与えることもある。それに対してカウンセリングは、クライエントを無条件に受け入れ、絶対に指示を与えない。ゆえにこの二つは全く両立しない性質のものである。両立しないものを同じ条項の中で謳っているのである。ということは、この法律自体が文科省の官僚によって都合のいいようにまとめられたのではないかと思う。

 なぜそう考えるかと言うと、首都圏でカウンセラーをしている方から次のような内容の手紙をいただいたからである。

 「私は、臨床心理士として現在、○○市教育センターで心理カウンセラーの仕事をしています。教育界へカウンセリングマインドというカウンセリングという甘い衣を着た左翼思想が入り込んで、すっかりリベラルな子供中心主義教育が浸透してしまいました。子供の成長にとって大切な規範意識が育たない環境になっています。ある教師は、指導するのは命令するのと同じであるという教育観を持っていたので、学級崩壊寸前になった教室もあります。子供に指示や指導という命令をしないのです。いわゆる放任された教室を教師が作り上げていました。これが自由なのだそうです。この思想はまさしく日教組の思想と同じで、生徒は悪くない、学校の制度が悪いのである。というもので、さらに個人が悪いのではない、社会制度が悪いのである、という共産主義思想と全く同じ構造を持っています。日本に普及しているカウンセリングは、リベラルな思想でできたロジャーズ派カウンセリング(非指示的)で、カウンセリングの手法は、傾聴と全面受容がカウンセリングだというイメージを定着させました。そのため、教育の根幹である指導や指示を禁止させてしまい、教師を巧みに抑制し、刺激を与えることはタブーというムードを作り上げています」。

 カウンセリングで考えると、発達障害の問題や心の闇の問題といったことに対応するため、白衣を着たカウンセラーが学校にたくさんいることになって、学校が精神病棟になる危険性さえあると言えよう。きとんとした生徒指導、規律を重んじる教育を再興させなければ、カウンセリングのやり方で、ゆとり教育や子ども中心主義の教育をやってきた官僚たちはカウンセリングで生き残りをかけている。ここもきちんと見ていかなければならないと思う。これでは道徳教育は成り立たない。相手の言うことをよく聞いてあげて、非指示的にやって終わりなのだから。方向性を与えないのであるから。

 これについて、加藤十八氏は次のように述べている。

「学校カウンセリングは廃止する。非指示的カウンセリングは生徒指導とは異質で、学校教育とはなじまない。真に必要なカウンセリングは学校外の専門家に委任する」
 平成24年度の文部科学白書の中に、いじめ体罰等の課題への対応の項で、「相談体制の充実=スクールカウンセラーの配置に関する経費の補助」が出ている。平成24年度、公立小中約2万校分。補正予算により、通常1回4時間勤務を6-7時間に拡充する。つまり、今までより担当時間を増やす。スクールカウンセラーを増やすということである。

 これによって学校の秩序が維持できるのか、あるいは生徒指導は成功するのか。こうした課題との関連をきちんと見ていかなければならないと思う。

教科書法の制定と教科書検定の改革を

 自民党で、教科書検定制度見直しの話が出ている。その中で近隣諸国条項の見直しということも課題にあがっている。

 私はそうではなく、教科書法を制定することが根本的に大切だと言っている。現在は、昭和二十三年の戦後の混乱期に作られた「教科用図書の配布に関する臨時措置法」がもとになっている。つまり、教科書の用紙がない時代にどう確保するかという法律なのである。

 その後、昭和30年に「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)」と「教科書法」を教育二法として提出した。これは衆議院は通過したが、参議院の段階でどちらか一つということになり、地教行法を通して、教科書法は廃案にしたのである。そして不足な点は文部省令などで、お茶を濁してきた。

 昭和38年には「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」が制定された。その中に教科書検定など様々な内容を入れ込んだのである。教科書無償措置の法律にそうしたものを入れるというのは、本来の法の理念から見ておかしな話である。

 これで問題になったのが、沖縄県竹富町の歴史教科書採択の問題である。つまり地教行法上は教育委員会固有の権限として教科書採択ができる。しかし無償措置法では広域採択を認めている。広域採択で認めて、集まって合意したものを採択する。どちらが優先するかと言えば、閣議決定では自治法が優先する。この場合は無償措置法が優先して、地教行法の教育委員会固有の権限の方が下位になる。結局、現在ももめているという状況である。

 こうした矛盾を一気に解決するには、近隣諸国条項云々を言う前に、検定制度、検定基準なりを含んだ、総合的な「教科書法」を作ってしまえば、特段問題はない。

 このことを下村文科相に提案したところ、法案の作成を依頼され、1カ月かけて作成して文科相に届けている。

 自民党の中でも、ようやく教科書法を検討しようという雰囲気になっている。

 明らかに国益に反するような、おかしな教科書が検定を通るのは、教育学者たちが教科書検定の調査官を連れてくるからである。法律上は文科相が任命することになっているが、学者たちが「子分」を連れてくるのである。左翼の歴史学者が調査官については別の考え方の人を連れてくるということはあり得ない。必ず学界の系列の人が来るわけである。

 この仕組みを変えなければならない。そうしなければ、本当の意味の教育基本法に基づく教科書検定はできない。

教員を国家公務員とする

 戦後、吉田茂首相が考えたのは、地方公務員の身分である教員を国家公務員にするという法律であった。この法律ができれば、国家公務員法が適用できる。そうすると政治活動を罰則で取り締まることができたのである。しかし、この時は廃案に追い込まれた。

 今回、自民党の教育再生実行本部は、教員の給与を全額国庫負担とする検討をしている。現在は三分の一である。全額国庫負担にするのであれば、身分を国家公務員にすればいいという理論も成り立つ。そうすれば義務教育については、国が直接責任を持つ。そして現在は都道府県単位で行われている教員採用試験を国家試験にする。医師、薬剤師など専門職と言われる職には国家試験がある。今、教育専門職という言葉も定着しつつある。とすれば、やはり共通の国家試験で国家公務員にする。そして法の網をかけるべきであろう。このことは私も安倍内閣に提言している。

 それと共に、先生のやる気を引き出す手段の一つとして、教員給与の配分についてメリハリをつけるという話が出ている。頑張っている先生に報いるということである。これをやれば、もう少し意識が高まるのではないかと期待される。これを検討中である。

 教員給与と、専門職としての資格要件、国家公務員化。これがセットになって、総合的な政策として今後議論していく必要がある。
学校に必要な人材を増やし、教師は教育に専心する体制に

 本来、学校に必要な、あらゆる職種を置く。これが大事である。そして教師から雑務を排除する。

 学校という公共の場に必ず必要な職種がある。今、学校にいるのは教員以外では事務職員、養護教諭、栄養教諭、用務員。果たしてこれだけでいいのかである。本当は、学校全体をもっと活性化していくために、教師の肩にかかっている教育以外の仕事を担う担当者が必要である。それだけでも学校は相当変わる。

 今、教育委員会は何かと学校に調査をさせ、報告させる。それで議会とうまくやろうとする。しかし本来、そのような調査は年に何回か絞ってやるべきであろう。また、文科省からの通知・通達が非常に増えている。こうしたことについては、担当する部署をきちんと設けて、校長、教頭、副校長と、事務を担当する職員の数が適当かどうか精査して、必要なら増やす。教員は雑務を排除して、子どもの教育に専心する体制をつくるべきである。

 ◇

 安倍首相は秋以降、教育再生実行国会にしていきたいという思いがある。その中で様々な課題が具体化していくであろうが、「アベジュケーション」と言えるような、首相のお手並み拝見というわけにはいかない。常に政策の進行状況をチャックし、国民の声を反映させていかなければ、どのような提言が出ても、既得権益が守られるだけという結果になりかねない。これは避けなければならない。我々は常に問題提起をしていく必要がある。

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