地域を基盤とした子育て支援の理論と実践 ―拠点事業と利用者支援事業の「地域支援」機能を中心に―

地域を基盤とした子育て支援の理論と実践 ―拠点事業と利用者支援事業の「地域支援」機能を中心に―

2024年1月5日
地域子育て支援の政策的経過

 地域子育て支援が実施されるようになって以降、保育所等に通わない乳幼児を育てる家庭への支援の少なさが把握されるようになってきた。これらの家庭は、一見何の問題も抱えていないように見えても、地域におけるつながりが少なく、様々な事情から手助けを必要としている場合がある。一方、子育て世代は社会で中心的に活躍する年代でもあり、互いに支え合える潜在的力も持っている。行政は地域子育て支援拠点事業(以下、拠点事業)やそこから派生した利用者支援事業を立ち上げ、子育て家庭が地域に子育てをサポートする態勢を自ら築くことへの支援を企図してきた。本稿では、両事業の概要と目指される展開について論じる。
 近年、地域子育て支援は子ども家庭福祉・子ども家庭支援の一領域として理解されるようになってきている。地域子育て支援は少子化を背景として、保育所の新たな役割を模索する中で、1990年代に保育所における地域子育て支援事業として開始された。2002年には、当事者の活動から始まった「つどいの広場」(以下、広場)事業が創設され、2007年には保育所が行っていたほぼ同じ対象と機能を有する地域子育て支援センター事業と共に再編され、現在の地域子育て支援拠点事業となった。
 地域子育て支援は、2008年には児童福祉法、そして社会福祉法に位置付けられ、第2種社会福祉事業として保育所と併記されることとなった。その後、2012年に告示された子ども・子育て支援法において、幼児教育・保育に加えて、地域の子ども・子育て支援が一つの領域として示された。この時、地域子育て支援は社会的養護、そして幼児教育、また保育に並ぶ子ども家庭福祉の一領域として政策的合意を得たといえる。
 さらに、拠点事業の支援が蓄積される中で、地域支援機能を強化する必要があると考えられるようになり、2015年に利用者支援事業が創設された。ちょうどこの時期、高齢者、障がい者を対象とする福祉領域では、地域共生社会の実現という理念が提唱された。そして、生活圏域での包括的な支援体制と近隣の人々との協同的な取り組みを連動して展開していくことにより、家庭と地域の人々の共生を支えるということが目指されるようになった。

未就園児のいる家庭への支援

 子ども家庭福祉領域においても、事業やサービスの多様化、量的拡充ということから、包括的な支援体制へと取り組みが移行していった時期でもある。その潮流において、2021年には他領域と一緒に取り組んでいくという重層的支援体制整備事業が創設された。その中の地域づくり事業に拠点事業が、そして包括的相談事業の中に利用者支援事業が、他領域との協働の担い手として示されることとなった。
 また、この頃になると、2歳未満の子どもに対する支援が乏しいということが捉えられるようになってきた。厚生労働省が令和3年度に公表した資料によると、0〜2歳で幼稚園、保育所、認定こども園に入所していない未就園児が62%いた。それを背景に、2022年に伴走型相談支援事業が創設された。この事業では、出産前後の時期に5万円相当のクーポンや現金を給付することとし、親がそれを受け取りに来るときに困りごとを尋ねたり、相談を受けたりする。主な担い手は保健師だが、拠点事業や利用者支援事業もサポートすることが期待されている。
 今後のことだが、2024年には、地域子育て相談機関が創設される。0〜2歳の未就園児とその保護者を対象に、継続的な相談が可能なように一定期間登録してもらい、その後も必要であれば継続する。このような仕組みがこども家庭庁で検討されている。

拠点事業と子育て家庭の状況

 地域子育て支援が取り組まれる中で、子育て家庭の状況について二つのことが見えてきた。一つ目は、地域において、全世帯に占める子育て家庭の割合が少なくなっていることである。「2022年国民生活基礎調査の概況」で報告された児童がいる世帯の割合を見ると、児童がいる世帯は21.7%であり、児童がいない世帯は約80%となっている。地域の中で、子どもや子育ての存在感がなくなってくると、地域の人が子育て家庭の具体的な困り感を捉えられず、配慮や工夫を望めない状況が起こってくる。例えば、保育所の新設時に、子どもの声がうるさいという反対運動が起こるようなこともある。
 二つ目は、一見問題なさそうに見えても、多様な特性を持った親子が拠点事業を利用していることである。まず、利用している人の中には、「アウェー育児」をしている人が多い。「アウェー育児」とは、自分が育った市町村以外の地域で子育てをしていることを指した通称である。拠点事業を訪れる親子の72.1%が「アウェー育児」をしている。1990年代頃からの傾向として、25歳から40歳くらいまでの人々のうち、50%ほどの人が5年の間に別の地域に転居するといわれている。そういう人々は、自分や配偶者の両親や知り合いが周囲に全くいない中で子育てをすることも少なくない。
 他にも、拠点事業を対象とした調査から、以下のような特性がある家庭が拠点事業を利用していることが分かった。調査対象となった206か所の拠点事業のうち、発達の遅れや障がいのある子どもの家庭による利用があった拠点事業は85.9%であった。また多胎児のいる家庭の利用は81.5%、ひとり親家庭の利用は80%近くの拠点事業にあった。経済的に困窮している家庭の利用も、32%の拠点事業であった。
 拠点事業が対象とするような親子は、市区町村で要保護家庭・要支援家庭とされる家庭と比較すると、相対的に自力で問題を解決する力のあるリスクの低い家庭である。しかし、子育てに困りごとや苦労、不安がないわけではなく、何かのタイミングで問題に対応できなくなることもある。
 このように、現代では地域における子育て家庭の存在感は薄くなっており、一方で様々な特性を有する家庭が拠点事業を訪れている。また、拠点事業に集った親子が、拠点事業ごと地域から遊離しているという課題も指摘されるようになってきた。
 したがって、今、地域の中で人々の関係を繋ぎ、顔見知り程度の薄い関係でも良いので、人間関係の輪を広げていくことが重要になってきている。このような認識の下、拠点事業に集った親子を地域の人々や資源につなげる機能として、利用者支援事業が創設された。

制度的枠組み

 では、拠点事業と利用者支援事業は、それぞれどのような制度的枠組みとなっているのだろうか。
 まず、拠点事業は、地域に子育て親子の交流等を促進する子育て支援拠点である「広場」の設置を推進する。それによって、地域の子育て支援機能の充実を図り、子育ての不安感等を緩和して、子どもの健やかな育ちを支援することを目的としている。2022年度には全国で7970か所の拠点事業が設置されている。
 形態としては一般型と連携型があるが、ここでは一般型について説明する。一般型の拠点事業では、上記の目的を実現するため、四つの基本事業が設定されている。①子育て親子の交流の場(広場)の提供と交流の促進、②子育て等に関する相談、援助の実施、③地域の子育て関連情報の提供、④子育て及び子育て支援に関する講習等の実施の四つである。そして、地域支援には、加算事業として取り組むことになっている。
 一方、利用者支援事業は、上述のように親子を地域に繋ぎなおす地域支援機能を強化するために創設された。利用者支援事業には次の三つの形態がある。
 一つ目は特定型である。利用する親と保育所や一時預かり、幼稚園入所などの保育サービスをマッチングする事業である。現在はアプリなど代替できるようになってきたため、特定型の数は減少している。
 二つ目は母子保健型である。主に保育士や保健師が担い手になり、妊娠期から子育て期まで切れ目ない支援が受けられるよう、包括的な母子保健事業を展開している。ほぼ全国の市町村で展開されている。
 三つ目は基本型である。拠点事業から派生した、親子に対する地域支援機能を担うのが基本型である。個別の親子を対象に必要なサービスや資源につなげる「利用者支援」と、資源同士のつながりや不足している資源そのものをつくり出す「地域連携」の二つの機能がある。基本型では、この二つの機能を並行して展開していく。
 拠点事業が親子の交流の場となる広場という物理空間を持っているのに対し、利用者支援事業は地域資源のコーディネートやファシリテートの機能を果たすといえる。実際には、拠点事業が2階建てのようにして利用者支援事業を担っていることが多く、区別がつきにくい状況もある。

利用者支援事業の機能

 ここからは、利用者支援事業の基本型を中心にみていく。厚生労働省(2023年4月以降はこども家庭庁)がまとめてきた『利用者支援事業ガイドライン』によれば、利用者支援事業では、「一人一人の子どもが健やかに成長することができる地域社会の実現に寄与する」という目標の下、「利用者支援」と「地域連携」の機能を担う。
 「利用者支援」は個別支援である。個々の子育て家庭にとって身近な場所で相談に応じ、そのニーズを把握して適切な施設や事業等を円滑に利用できるように支援する。個別の子育て家庭に地域資源をつなげ、子育て家庭が自ら地域の中に子育てのサポート態勢をつくることを支援する。
 「地域連携」は、地域の人々や様々な関係機関、子育て支援団体などとネットワークを構築しつつ、不足している社会資源は開発していく働きである。問題が生じる前から地域の中に気にかけあう関係を築いておき、いざ個別の親子を支援する時のためのセーフティネットを準備していく。
 地域資源の開発というと、子ども食堂や拠点事業の出張広場など、地域の人々や行政に認知されやすい形態がイメージされることが多い。もちろん、それらも必要だが、もっと子育て家庭に身近で、必要な時に生まれ、親子のニーズが解消されれば消えていくような一時的なものも地域資源だといえる。例えば、様々な事情から保育所に通えない子どもに対する送迎支援が挙げられる。同じ保育所を利用している他の親が交代で送迎したり、利用者支援事業の従事者と社会福祉協議会などが連携して送迎バスを準備したりした事例がある。これらは、支援対象の親子のニーズが解消されれば消えていく、一時的な協力関係である。
 利用者支援事業の従事者は、「利用者支援」と「地域連携」の二つの働きを常に一体的に展開することになる。すなわち、個別に「利用者支援」を行おうとする場合でも、「地域連携」の活動を土台に地域の人々や関係機関、それらのつながりを俯瞰した上で、適切なプログラムを提供していく。したがって、「利用者支援」と「地域連携」は二項対立的なものではない。包括的に支援を展開していくことが、利用者支援事業の特徴なのである。

従事者のはたらき

 武庫川女子大学教授の倉石哲也氏との共同調査から、「地域連携」においては、従事者が子育て家庭と地域の人々の接点をつくり出す役割を果たしていることがわかった。従事者は、まず子育て家庭同士の支え合いをサポートしてきた。その支え合いに個別のニーズを抱えた親子を巻き込み、次に地域の人々を巻き込んでこの親子を支える働きを促す。そして、一組の親子を支援している中で新たな地域資源に出会ってつながり、その新しい地域資源が次に支援する親子のセーフティネットになっていく。そのような循環がはたらく。
 この循環の中で、従事者は地域の中に「肯定的な傍観者」を増やし、「多層的な承認関係」を創り出している。「肯定的な傍観者」とは、親子を具体的に手助けするわけではないが、親子の事情に理解を示してくれるような人である。例えば、子どもが大声で泣いている時、うるさいと邪険にするのではなく、「イヤイヤ期になったのかな」と共感してくれるような人である。この肯定的に傍観する関係を土台に、地域の中に親子が暮らしていることに気づき、親子や住民同士が気にかけあうという「多層的な承認関係」を構築していくのである。
 このようにして従事者がつくるつながりは、専門機関による連携と対比して、インフォーマルなつながりによる支援だということができる。専門機関による連携は、虐待など具体的な問題が発生した時に集まる連携で、専門的支援を合理的集中的に提供できるという特徴がある。一方、インフォーマルな支援とは、地域の人々や他の子育て中の親達、友人、親戚など、日常的な人間関係からの支援である。インフォーマルな支援を提供する人間関係は、そのまま子どもが育つ人的環境になる。ここに利用者支援事業の「地域連携」の必要性と特性がある。


 こうした従事者の働きを、東京都世田谷区で利用者支援事業の専門員をしている松田妙子氏は、「地域の中をハチのようにブンブン飛び回っている」と表現した。ハチは花の蜜を集めながら、花粉を運んで別の花を受粉させる。それにより、一つの生態系が成り立っていく。利用者支援事業の従事者も、一見無目的に地域をさまよっているようで、実はあちこちで挨拶を交わしたり立ち話をしたりして、人々やその活動の間につながりをつくっている。それらのつながりがセーフティネットになっていくのである。

「地域連携」の例

 「地域連携」が展開した例に、ウクライナの子ども達にカイロを送ろうというプロジェクトがあった。このプロジェクトは、拠点事業を利用している親たちから立ち上がり、拠点事業のスタッフや保健師、社会福祉協議会のコーディネーターなどとも連携して取り組まれた。拠点事業を利用する人々から集めるだけでは足りず、地域の人や、子どもがいない人もカイロを持ってきてくれるなど、プロジェクトに関わる人の輪は大きくなっていった。
 活動に参加した親たちは20代から40代の社会で活躍している世代であり、非常に力を発揮していた。インターネットを駆使し、どのようなカイロなら税関で止められずに送れるかなどを瞬く間に調べていた。乳幼児を育てているような世代は、子育てに戸惑ったり苦労したりしていても、仕事やその他の活動に携わり、それぞれ力を発揮している人々である。そのため、交流を持ち始めれば非常に盛んになるという特徴がある。
 そのような人々のつながりを創り出そうとする際は、心配事や困りごとを聞き出そうとするアプローチだけではなく、主体的に参加できる活動を入口にすることが効果的である。利用者が主体的に参加できる活動は敷居が低くなり、要保護家庭・要支援家庭のような人々も参加することが多い。同様な狙いのもと、拠点事業で良く取り組まれるテーマには防災がある。「地域連携」においては、柔軟な発想で、子育てや保育の分野にとらわれない入口をつくることが重要である。

個を支える地域をつくる

 ロバート・パットナムが扱ったことで有名な社会関係資本の理論によれば、社会関係資本には、同じ立場の当事者を繋ぐボンディング型と、環境、価値観、世代、文化などにおいて異なる背景を持つ人々を繋ぐブリッジング型がある。拠点事業、利用者支援事業においても、今後は様々な特性を持つ地域の人々と子育て家庭を繋ぐ、ブリッジング型に焦点を当てた取り組みが必要になってくる。
 子育て家庭にとって、地域の様々な人々とのつながりが重要ということは、先に述べたインフォーマルな支援が鍵になるということを意味する。多くの子育て家庭は、他の子育て家庭や近所の人々、友人や仕事仲間、親戚などからなるインフォーマルな支援のみで子育てと生活を成り立たせている。もちろん、要保護家庭・要支援家庭のように専門機関の支援を必要としている家庭もあるが、それらの家庭もインフォーマルな支援を必要としている。そうすると、実は、子育て家庭全体にとって普遍的な支援とは、地域の様々な人々から日常的に提供されるインフォーマルな支援なのである。
 そして、子育て家庭自身も、他の子育て家庭を支える存在となりうる。子育て中の親は、子育てに困りごとや苦労、不安を抱えていても、一方では日常の中で他の親子に小さな手助けできる人でもある。例えば、疲れ果ててみえる親でも、拠点事業の利用中に他の家庭の子どもが部屋から飛び出そうとすれば、安全のために止めてくれるということはよくある。
 拠点事業や利用者支援事業の特徴は、親子と暮らしの中で関わっていくことである。そうすると、親子自身が発揮する力や工夫が見えてくる。専門機関による支援の場では、親子のしんどさや支援が必要な側面が強調されて見えるが、子育て家庭は互いに気にかけあう関係を築いていける存在でもあるのである。
 Yi-Fu Tuanという臨床的地理学の第一人者の言葉に、次のようなものがある。「『空間』は『場所』よりも抽象性を帯びている。最初はまだ不分明な空間は、われわれがそれをもっとよく知り、それに価値をあたえていくにつれて次第に場所になっていく」。
 拠点事業、利用者支援事業も地域という空間を人々の暮らし、子育ち子育てが成り立つ場所に変えていく、そういう働きではないかと私は思っている。

(本稿は2023年10月27日に開催された政策研究会の発題をまとめたものである。)

政策オピニオン
橋本 真紀 関西学院大学教授
著者プロフィール
1965 年生まれ。大阪市立大学大学院生活科学専攻修了。博士(学術)。現在、関西学院大学教育学部教育学科教授。主著に『よくわかる家族援助論』、『保育者の保護者支援:保育指導の原理と技術』『地域を基盤とした子育て支援の専門的機能』、『保育相談支援』『よくわかる子ども家庭支援論』、『詳解地域子育て支援拠点ガイドラインの手引-子ども家庭福祉の制度・実践をふまえて』、ほか多数。
行政は地域子育て支援拠点事業やそこから派生した利用者支援事業を立ち上げ、子育て家庭が地域に子育てをサポートする態勢を自ら築くことへの支援を企図してきた。本稿では、両事業の概要と目指される展開について論じる。

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