例年9月になると、ニューヨークの国連本部で国連総会が開催される。秋は国連の季節だ。そこで、ウクライナ戦争で問題が表面化した国連の機能不全状況について、その原因や背景、改善策、また日本の国連外交の在り方についても併せて考えてみたい。
1.ロシアのウクライナ侵略を阻止できなかった国連の実態
2022年2月23日夜(米東部時間)開かれたウクライナ情勢を巡る国連安全保障理事会の緊急会合で、グテーレス事務総長はロシアのプーチン大統領に「心の底から言いたいことはただ一つだけ。ウクライナへの攻撃中止を」と呼び掛けた。だがその10分後にロシアのウクライナ侵略が開始された。この日国連総会では、親露派支配地域の「独立」を承認したプーチン氏の決定は国際法に違反するなどと非難が相次ぎ、ロシアの孤立が鮮明になった。
しかし、安保理の常任理事国であるロシアはこうした声を一切無視し、侵略の正当性を繰り返すばかりだった。露軍撤退を求める安保理決議案はロシアの拒否権行使で葬り去られ、ロシア非難の決議案も同じ運命を辿った。それどころかロシアは、ウクライナには米国が関与する生物兵器開発計画があると訴えるなど逆に安保理での発言を自国の政治宣伝に利用した。国連に対するこうしたロシアの姿勢は、開戦以来今日まで全く変わらない。安保理がロシアのウクライナ攻撃を「侵略行為」(国連憲章39条)と認定し、制裁など厳しい対応をとるには安保理決議の採択が必要だが、ロシアが常任理事国に認められている拒否権を行使するため、法的拘束力のある決議は一度も成立していないのが現状だ。
ロシアの姿勢は国連加盟国、さらに常任理事国としての適格を欠き、加盟国の資格停止や除名処分が検討されて然るべきだ。だがそれらの措置は、安保理の勧告に基づき総会が行うが、安保理常任理事国の同意が必要とされる(憲章5,6条)。そのため常任理事国の排除は、当該常任理事国が自国の除名または資格停止に同意しない限り、現行の国連憲章を改正せずには為し得ない構造になっている。
2.国連はなぜ無力化していったか
1945年に国連が創設された当時は、米ソを中心とした連合国の協調(5大国協調)による戦後世界の運営が構想されていた。だが程なくして冷戦が勃発、東西対立が強まり5大国は対立関係に入り、国連は本来の機能発揮が忽ち困難になった。それから約半世紀が経過し、冷戦が終焉する。米ソの対立構造がようやく解消したことで、愈々国連の時代が到来したとの期待感が高まった。
だが、冷戦後の世界においても国連の活性化はならなかった。常任理事国の拒否権乱用(図1参照)や厳しい財政事情に加え、国連の権威を無視し、否定するような出来事が多発した。例えばユーゴ紛争ではスプレニツア虐殺でPKO隊員が捕虜となり、イラク戦争では国連本部を狙った爆弾テロ事件でデメロ特使が殺害された。またアフリカなどで内戦型紛争が増加し、平和維持部隊が攻撃を受けるケースも多発するようになった。
さらに、国連が大国への従属姿勢を強めてしまったことも機能不全を招く一因となった。ガリ事務総長は国連の平和維持活動の充実強化で大きな功績を残したが、アメリカと対立、1996年にはアメリカの拒否権行使で事務総長の再任が阻止された。これが影響し、彼の後継のアナンや潘基文、現在のグテーレスに至るまで近年の事務総長は国連の円滑な運営を図るため、アメリカ等常任理事国との対立を避け融和的姿勢を取りがちで、国連の独自性や存在感が薄れていった。そのうえ北朝鮮の核・ミサイル開発や中国による南シナ海島嶼の不法占拠等国際社会の平和を脅かすような事態が相次いだが、安保常任理事国が紛争の当事国であったり、当事国と深い関係を持つことから、拒否権を行使して制裁などの決議の採択を阻止するケースが多発した。
そうした弊害を是正すべく、長年にわたり安保理の改革が議論されてきた。しかし、常任理事国が自らの持つ権限の制限に強く抵抗すること、また国連憲章の改正が困難なことから、改革の実現を阻んできた。国際連合は1945年に51カ国の参加で発足し、現在加盟国は4倍近い193カ国まで増えた。拒否権を持たず、選挙で選ばれる非常任理事国は1965年に6カ国から10カ国に増やす決定がなされたが、常任理事国は当初から変わっていない。半世紀以上も構成が変わらないのは、見直しには国連憲章の改正が必要となるためだ。
憲章の改正は、常任理事国すべてを含む国連加盟国の3分の2が改正案を採択しそれぞれの国内手続きを経る必要がある。このハードルの高さから、憲章改正は国連創設からこれまで3度しか行われておらず、常任理事国の交代やその権限制約は一度も実現していない。
そうしたなか、国連の無力さを最も強く示すことになったのが、常任理事国ロシアのウクライナ侵略であった。ウクライナのゼレンスキー大統領は22年4月、国連安全保障理事会でビデオ演説し、同国へのロシアの侵攻を止められない国連の実態を批判し、その改革を強く求めた。だが、現状では常任理事国の行動を抑える術がない。そのためか、グテーレス事務総長は気候変動や環境などの地球規模問題や食料安保、ジェンダー、人権問題での活動には熱意を見せるが、ウクライナ戦争の停戦や紛争解決など国連本来の使命である「国際の平和と安全」に関わる問題の解決はもはや諦観したかに映る。
3.是正すべき安保理の機能不全:総会の試み
国連による紛争解決の取り組みの一義的責任は、安保理にある。しかし常任理事国のロシアは自らに不利な決議は全て拒否権で葬り去る。ウクライナ紛争解決に全く機能を発揮出来ない国連の姿が曝け出され、あまりの無力さ故にいまや国連改革の声すらも出なくなってしまった。しかしそうした中でも、改善に向けた努力が試みられている。安保理に期待出来ない現状を踏まえ、総会が動き出したのだ。
ロシア軍の即時撤退などを求める安保理決議案がロシアの拒否権で否決されたことを受け、米国とアルバニアは「緊急特別総会( Emergency Special Session of the United Nations General Assembly:ESS)」の開催を提案した。安保理としては、40年ぶりの要請となった。同案は安保理で採決に付され、ESSの開催に必要な9カ国を超える国が賛成したことから、安保理は事務総長にESS開催を要請した。これを受け総会は22年3月2日、ロシアによるウクライナ侵攻に関わるESSを開催し、ロシア非難と軍事行動の即時停止を求める決議案を141カ国の圧倒的賛成多数で採択した。反対票を投じたのはベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアの5カ国のみで、棄権は35カ国だった。この決議案は日本を含む90カ国以上が共同提案したもので、法的拘束力はないものの、ロシアに対し「即時に完全かつ無条件で、国際的に認められたウクライナの領土からすべての軍隊を撤退させるよう」強い言葉で要請するものであった。
ところでポスト冷戦期に限らず、東西冷戦が激しかった頃も、常任理事国による拒否権の濫用を防止するため、幾つかの方法が編み出されてきた。その一つが、「平和のための結集(Uniting for peace)」決議(総会決議377A)である。1950年11月3日に総会で採択されたこの決議は、
①安保理が拒否権のために行動を妨げられたときは、総会に審議の場を移し、
②総会の3分の2の多数で集団的措置を勧告できるなど安保理が国際の平和および安全の維持のために果たすべき機能を総会が代行し得るようにするものである。
先のESSも、この平和のための結集決議に基づくものであった。今回は「軍事行動の即時停止を求め」たが、国連は、停戦勧告などの事態の悪化防止への暫定措置の要請(憲章40条)から、経済制裁や金融制裁などの非軍事的強制措置の適用(憲章41条)、海上封鎖などの軍事的強制措置の適用(憲章42条)、国連軍の組織と制裁行動(憲章43条)までの集団的措置を取ることができる。ESSを開催し、こうした機能を総会が代行することは理論上可能である。
またウクライナ戦争に対し、総会は新たな試みにも挑んだ。安保理常任理事国が拒否権を行使した場合、その理由について国連全加盟国が参加する総会で説明する責任を負わせようとするもので、リヒテンシュタインが主導して総会決議案を作成。決議には、ロシアや中国の拒否権乱用に一定の歯止めをかけるとともに、行使に説明責任を伴わせ拒否権行使の抑止や透明性の向上に繋げる狙いがあった。常任理事国の米英仏はじめ、日本など約80カ国が共同提案国となり、22年4月26日、同決議案は総会の総意として無投票で採択された。同決議は、拒否権が行使された場合、総会議長が公式会合を10日以内に招集するよう義務付け、拒否権を行使した常任理事国に理由の説明を求めている。
このほかロシアの暴挙を少しでも食い止めるため、総会では様々な決議が採択された(図2参照)。長年の検討にも拘わらず安保理改革が実現していない現状にあって、可能な範囲で安保理の機能不全を補おうとする動きは、過去にも見られた。例えば1992年、ベネズエラの国連大使だったディエゴ・アリア氏は、安保理事国以外や利害関係国以外にも、安保理の場を開放する新しい形の会合を考えた。これは「アリア・フォーミュラ会合」と呼ばれ、現在も活用されている。地道な取り組みではあるが、こうした試みは今後も弛まず続けていかねばなるまい。
4.国連に代わる国際平和機構の整備:G7の機能強化を
もっとも、国連憲章改正が困難で、常任理事国の拒否権制限が難しい状況が基本的に改まらぬ限り、現在の国連改革には限界が伴うとして、国連に代わる新たな国際平和機構の創設を説く声もある。中露などの権威主義国を外し、民主主義国で構成するいわば“第二の国連”を作るべしとの主張だ。ブルガリアの外交官出身で国連大学の教授などをつとめたヴェセリン・ポポフスキー氏は昨年、「国連に代わる新たな世界機関」という論文で、ロシアと中号を除いた新たな国際平和機関の創設を提案している。
しかし、既存の国連とは別の新たな機構を作り上げることは容易ではない。むしろ既に機能しているG7(先進7か国首脳会議)の枠組みを活用することが好ましい。先の広島サミットでの活動を見ても、ウクライナ戦争や中台危機の問題を正面から取り上げ、侵略阻止や平和と安定維持のための声明を発出し、国際社会をリードしている。
そこで、不定期に開催される現在のG7サミットの在り方を見直し、常設の事務局を設置するなど体制を整え、常時各国間で事務レベルの協議や意見調整を行い、必要に応じ首脳会合の場を設けるなど恒常的に活動できる国際機関へと改組してはどうだろうか。
G7開催に向けて各国の外交当局はシェルパと呼ばれる専属の外交官や政府職員を配置している。このシェルパの規模や任務、権限を拡大させ、G7の専属事務局として整備するのが迅速な機構整備に資するであろう。常設化されるG7は欧州連合(EU)や東南アジア諸国連合(ASEAN)などの地域協力機構と連携を深めるとともに、世界の民主主義諸国に働きかけ、侵略行為に対する制裁措置発動での合意取り付けや紛争仲介努力などの平和活動を行うべきだ。今年日本はG7の議長国だ。岸田首相は、G7機能強化の献策を示してはどうか。
中露を排除した国際機構は全世界を包含する普遍的な枠組みとは言えず、世界平和維持の組織として機能を発揮できるのか、またそれに相応しい組織と言えるのかとの疑問を抱く向きもあろう。それに関してドイツの哲学者エマヌエル・カントは、『永久平和のために』の中で、世界平和実現の条件(国家間の永遠平和のための確定条項)として、「各国家が民主主義的であること(各国家における市民的体制は、共和的でなければならない)」、「国際法が自由な諸国家の連合制度に基礎を置いていること」、それに「世界のどこにあっても人々の人格など普遍亭な価値観が尊重されること(世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならない)。」の三つの条件を挙げている。
権威主義国のロシアや中国は第一の要件を満たしておらず、中国のウイグルなど少数民族の扱いやロシアにおける民主派勢力に対する弾圧を見れば、第三の要件もクリア出来ないことは自明だ。他方、G7の構成国はそれらを満たし、かつ人権などの基本的価値観の擁護を掲げており第二の要件にも合致している。中露が加わるG20は合意が得られず、共同声明が採択出来ない事態が続く。G7も各国の利害対立や激しい駆け引きが展開されるが、構成する諸国家の間には民主主義の紐帯があり、話し合いの手続きを経ることで合意の形成は十分可能であり、国際平和の組織足り得るものだ。
もっとも、新たな国際平和機構の創設によって既存の国連が不要になるわけではない。新機構から除外されたことで権威主義国と自由民主主義国の対立が助長され、核戦争勃発のような事態を生起させてはならない。そのためには権威主義国とのコミュニケーションを維持し、また協議する場として国連はなお必要である。よって、新たな国際平和機構創設の取り組みと国連の内部改革の努力を並行して進めていくことが肝要だ。
5.国連改革で日本が果たすべき役割1:総会の機能強化
ところで日本は、国連の機能強化や改革問題に対しどのような活動をしているのか、またすべきであるのか。この問題に目を向けたい。国連改革に対するこれまでの日本の取組みは、安保理改革に集中し、それも日本の安保常任理事国入りと一体化したものであった。その一環として2005年に独印、それにブラジルと常任・非常任理事国拡大などの安保理改革決議案を提出した。日本の常任理事国入りが最も実現性を高めた時だ。
だがアフリカ諸国の票読みが狂い、同案は廃案に追い込まれた。以降、日本の国連外交は失速する。常任理事国入りの夢が潰えたことに加え、国連自体の安保理改革の動きが停滞に陥ったことも影響した。以後、今日にいたるまで日本の常任理事国入りのめどは全く立っていない。そうしたなか、昨年6月の国連総会で、日本は安全保障理事会の次期非常任理事国に選出された。任期は2023年1月から2年間。日本の非常任理事国入りは5年ぶり12回目で、全加盟国の中で最多となった。非常任理事国として安保理内の議論や各国の動向を把握するとともに、将来の常任理事国入りに向け相応しい実績作りを狙っているのだ、
しかし、日本の安保常任理事国入りの青写真が描けぬ現状に鑑みれば、日本は安保理の改革だけではなく、それと並行して国連総会の場を積極的に活用するアプローチを採ることが重要だ。非常任理事国として安保理内の大国間調整に動くだけでなく、総会での存在感を高め、かつ安保理の機能麻痺に対処するための議論を総会の場で日本が主導することは、我が国のナショナルブランディング向上にも資する。グローバルサウスが多数を占める総会で、総会の視点から日本が積極的に発信することは、グローバルサウス諸国との距離感を縮めることにも資するであろう。
先述したように、ロシアの拒否権乱用に対しリヒテンシュタインが中心となり、常任理事国による拒否権行使の理由説明を国連総会で義務づける決議が採択された。日本も共同提案国に名を連ねはしたが、こうした動議こそ日本が率先して発案、提出すべきではなかったか。2007年以降総会の在り方については、総会再活性化作業部会」で①総会の役割の明確化②事務総長の選出と任命③作業方法の改善・効率化④総会議長室の強化等について協議が重ねられている。日本はこの部会の活動に強くコミットすべきである。
6.国連改革で日本が果たすべき役割2:国連憲章の改正
国連全体を視野に収めた幅の広いそして思い切った改革案を提起、提唱することによって日本の存在感を高める努力も重要だ。国連憲章の改正も視野に入れた機構改革だ。日本で国連憲章の改正というと即敵国条項の廃止が頭に浮かぶが、それに留まらず拒否権の制限等意思決定プロセスの見直しや財政の安定、総会の権限強化など憲章全体の問題点を洗い出す総点検作業で主導力を発揮することが肝要だ。
いま国連の無力さが問題視されているが、そもそも創設以来これまで国連は本来の機能を発揮してきたのかと問われれば、答えは否定的にならざるを得ない。国連の主たる目的は、「国際の平和と安全を維持すること」(憲章1条)であり、そのため「武力による威嚇または武力行使」を国際紛争解決の手段として禁じ、違反した国に安保理が経済的軍事的な制裁措置を発動するメカニズムが定められている。
しかし、国連が誕生して80年近くになるが、侵略に対し安保理が武力行使を許可したのは僅か2回に過ぎない。一回目は1950年の朝鮮戦争。ソ連が安全保障理事会を欠席した間隙を縫って行われた。二回目が1991年の湾岸戦争だが、イラク軍が国境を越えてクウェートに侵略、占領に出た行為に対し、米ソ協調の下、武力行使容認の決議が採択された。極めて限定的な状況下でなければ侵略国に武力制裁を加える集団安全保障システムが機能しない現実がある。国連憲章が想定する本来の国連軍さえ未だに創設されていない。
また国連が創設された20世紀半ばと現在では国際的な安全保障環境は大きく変化した。国連憲章が想定する国境を越えた侵略よりも、一国の国境内で発生する脅威が増大している。アフリカで多発する内戦型紛争やテロがその代表だ。侵略行為は伴わずとも、ならず者国家(ローグステイト)が大量破壊兵器を保有し近隣諸国を脅したり、テロリストを匿いあるいは送り込むケースも深刻な脅威を与えている。さらに通信技術の急速な発展に伴い、サイバー攻撃や偽情報の流布、SNSを用いた謀略宣伝活動など国家に深刻なダメージを与える活動も急増している。こうした新たな脅威に対処し得る国連となすべく、憲章第7章を全面的に見直すべき時期に来ている。
加えてNPOやNGO、多国籍企業等の非国家アクターとの連携を強化する必要もある。国連発足当時、国際関係のアクターは主権国家と僅かな国際機関だけだったが、その後、国際関係のアクターは多様化した。国際社会が抱える問題の解決には、主権国家だけで構成される現在の国連では不十分だ。様々な異質のアクターを吸収し、それらと連携して国連の機能不全を是正しなければならない。
8月に南アフリカで開かれたBRICSの拡大首脳会合に出席したグテーレス事務総長は、国連安保理や既存の国際金融システムは「昨日の世界を反映したもの」だとして早急な改革を促した。この発言の背景には、改革を急がねば西側中心の国際秩序に不満を持つ国々が中国主導のBRICS拡大に動き、権威主義国の影響力が高まるとともに、米欧との対立、亀裂が深まることへの危機感がある。
日本は一連の課題を整理し、議論検討を進める専門部会を立ち上げ、その運営を主導して憲章の改正を含む改革案の取り纏めに動くことだ。大国の反対に直面し、また実現至難な提案も多数含まれようが、機能不全に陥った安保理常任理事国のポストを狙うよりも、国連再生のための活動をリードする方がより日本を世界にアピールできるのではないか。
7.日本人職員の増加
国連改革に向けた日本の声やメッセージを発信し続けていくためには、数少ない日本人国連職員を増やす必要もある。国連に関係する42の機関で働く日本人職員が2022年末時点で961人と過去最多になった。日本の存在感を高め、また国連加盟国としての責務を果たすうえでも、日本人職員の増加は歓迎すべきことだが、主要国に比べればまだまだ少ない。
日本も冷戦後の一時期、政府開発援助(ODA)世界一の実績を背景に、世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(ユネスコ)の事務局長、また緒方貞子氏が日本人初の国連難民高等弁務官に就任するなど主要国際機関のトップに人材を送り出していた。だが2005年に安保常任理事国入りの夢が破れて以降、日本の国連外交は勢いを失っていく。財政難を指摘する声もあるが、日本よりも経済力で劣る国が国連の要職を得ている現実を見れば、言い訳にはならない。
しかも近年、日本の国連における存在感が弱まるのと対照的に、中国が国連など国際機関への働きかけを強めている。自国に有利な国際世論の醸成や標準化の主導権を握ることが狙いで、15ある国連の専門機関のうち4機関のトップを中国人が占めている。日本は一つだけだ。国連分担金も中国は2019年に日本を抜き、米国に次いで2番目となった。だが、国連重視を唱え「全ての国の主権と領土を尊重すべきだ」と訴えておきながら、ロシアの国際法違反の侵略を黙認する中国の姿勢は筋が通らない。国連がこうした権威主義の国に左右され、壟断される事態を防ぐためにも、日本は国連への関与、働きかけを強めていくべきだ。日本人職員を増やすことは、そのための重要な施策の一つである。
日本政府も「2025年までに国連関係機関で働く日本人職員を1,000名とする」目標を掲げ、日本人職員の増加に努めているが、日本人職員を増やすには、優秀な国際人材の育成・確保が重要となる。大学の国際化教育の充実をはじめ、学生に対する国際機関の情報提供や採用に必要な学位の取得を促す等幅広く手厚い措置が国に求められる。官僚に加え、若手政治家の起用も一考だ。また人を送り出すだけではなく、帰国後のキャリア形成で不利益を被らない人事制度の導入なども不可欠だ。
8.総括
ロシアのウクライナ侵略直後に実施されたネット世論調査では、「日本政府は何に注力するのがよいか」の質問に対し、回答の1位は「欧米との協調と経済制裁」57.6%、2位は「人道支援策の検討」15.2%。だが「国連との協調」は最下位の6位で僅か2.7%だった。これまで日本に根強かった国連信仰にも変化が起きている。国連崇拝から脱却し、等身大の国連を直視する姿勢は正しい。
だが中国のような権威主義国が自国の影響力行使の手段として国連を利用する実態を黙認していてはだめだ。日本が国連に対する関心を無くし、日本が国連で存在感を失えば中国の支配を許すだけだ。常任理事国でありながら拒否権を乱用し、平然と侵略を続けるロシアの行為も改めさせねばならない。国連に代わる平和機構が存在しない以上、国連強化の努力は国際公共剤整備として必要である。国連中心主義とは決別しても、国連から遠ざかり、関与を厭っている時ではない。国際情勢の緊張に対処し、世界秩序回復のため再び国連外交を活性化させる必要がある。国連を権威主義国の横暴や覇権拡大の場としてはならず、民主主義に裏打ちされた国際ルールを中露両国に遵守させねばならない。日本はそうした取り組みにおいて指導的な役割を果たすべきである。
(2023年8月25日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)