大量破壊兵器の軍縮・不拡散 ―現状と今後の課題―

大量破壊兵器の軍縮・不拡散 ―現状と今後の課題―

2015年10月30日

大量破壊兵器とは

 「大量破壊兵器」(Weapons of Mass Destruction)には、核兵器の他に生物兵器、化学兵器などが含まれる。一発で大量の人を殺傷することができ、広範囲に被害を及ぼすことができるため、大量破壊兵器と呼ばれる。第二次世界大戦では広島と長崎に原爆が投下されたが、被害者の数だけ見れば東京大空襲の方が多かった。ではなぜ、核兵器、大量破壊兵器が注目されるのか。通常攻撃の場合は個別に合法的に狙いを定めることができ、「人道的」に攻撃することができる。しかし、大量破壊兵器は一発で甚大な被害を及ぼすだけでなく、例外なくすべての人やものを破壊する。極めて非人道的な兵器といえる。冷戦時代、米ソは何万発もの核兵器を保有していた。すべてを使えば世界中の都市をほぼ壊滅させるだけでなく、環境破壊により大規模な地球寒冷化に直面する可能性さえあった。

「核拡散防止条約」(NPT)再検討会議の失敗

 第二次世界大戦以後、各国は核不拡散のためのさまざまな努力を試みてきたが、核兵器はいまだ数多く存在している。「核拡散防止条約」(NPT)はその中でも大きな努力の一つといえる。核軍縮と不拡散を徹底するため、5年ごとに会議を開催して現状の見直しを図ってきた。NPT第六条は「各締約国は、核軍備競争の早期の停止および核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、ならびに厳格かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と定めている。今年の4~5月にも国連本部でNPT会議が開かれたが、最終文書を採択できないまま閉幕し、一カ月にも及ぶ会議は失敗に終わってしまった。関係者の間では、今後5年間、核軍縮の流れが停滞するのでは、と心配する声もある。ではなぜ失敗してしまったのか。
 近年、核軍縮は順調に進んでいるとはいえない。2009年にオバマ大統領がプラハにおける演説で、「核兵器のない世界を作り出す」と発表し、いよいよ米国が本腰を入れて核軍縮に向かうのではないかと世界中が期待した。この声明によってノーベル平和賞を受賞することにもなった。しかしその後、核軍縮はまったく進まず、関係国は話が違うと感じた。そもそもNPTは、核保有国は軍縮に努め、その他の国は核を造らないという双方の約束を前提として成り立っている。しかし非核保有国のあいだでは、厳しい査察を受けているにも関わらず、保有国の軍縮は殆ど進んでいないとの不満が募っていた。
 さらに今回大きな議論となったのが、中東WMD禁止地帯構想だ。中東に大量破壊兵器のない地帯を作ろうというこの構想の実現のために、中東で唯一核兵器を保有しているといわれるイスラエルをはじめ、エジプト、イラン、サウジなども含めた国際会議を2012年に開催することが2010年のNPT会議で決まっていた。特にエジプトがこの構想に関心を持っていた。
 しかし、実際に会議が開かれないまま今年のNPT会議を迎えた。エジプトを中心に不満が高まっていたため、今回のNPT会議を成功に終わらせることに抵抗感があったことは間違いない。
 NPT会議が失敗した理由には手続き的な要因もある。これまで半世紀にわたって開催されてきたNPT会議の半数は、何も結論が出ずに失敗に終わっている。それは「すべての国が賛成しなければ最終文書をまとめられない」という厳格なコンセンサスを強いているためだ。手続き規則には「最終的には三分の二以上の賛成で可決」と定めているが、実際には全会一致を基本としている。約190カ国の加盟国のうち核兵器を持っているのは米・英・仏・露・中の五カ国のみで、圧倒的に非保有国の割合が高い。核を持たない国々の主張は徹底した核軍縮であり、投票すれば常に核保有国が負けるため、全会一致を原則とすることになった。
 今回のNPT会議の失敗は各方面に大きな失望を与えることとなった。広島・長崎からはるばるニューヨークを訪ねた方々もいた。もちろん、今回のような不協和音のままで次の5年間を待つわけにはいかない。これからも世界全体として核軍縮の努力を続けていくべきなのは当然のことである。少なくとも現状から後退させてはならないが、現実は後退の危機に直面していると言わざるを得ない。
 米ソがかつて結んだ「中距離核戦力(INF)撤廃条約」では、欧州を挟んで米国とソ連が中距離弾道ミサイルを配備しないと約束し、すべて廃棄した。しかし、最近ロシアが一方的にINF条約からの脱退をほのめかし始めた。また、1991年に米ソ間で締結された「戦略兵器削減条約」(START)は戦略核兵器についても削減しようというものだった。後々深掘りして具体化していこうということであったが、ロシアがまったく乗ってこない。このままではSTART体制も止まってしまうのではないかと危惧されている。

実現可能な目標に向けて

(1)イラン核合意の実施
 大量破壊兵器にまつわる複雑な国際情勢があるが、困難な状況の中でも実現可能な目標を達成することから進めるしかない。そこでまず挙げられるのが、今年7月のイラン核合意だ。イランの核開発に一定の制約を課した上で制裁措置を軽減・撤廃していくという合意がまとまった。現実的に考えれば、今回の合意は達成し得る最善の策といえるだろう。
 オバマ大統領は国内で大変な苦戦を強いられている。議会の多数を占める共和党からはオバマ大統領の実績を認めたくない、イランは思想的にも信用できないとの声も挙がっている。今回の合意は、制約を課すがウラン濃縮の継続は認めるというもので、交渉開始当初の「一切の濃縮を認めない」という内容からすれば、ある程度の妥協が見られたことになる。査察制度が緩くイランが誤魔化すかもしれないとの指摘もあり、実際にそのような懸念もないとはいえない。しかし、もし今回の合意を取り下げてより厳しい条件を提示しても、イランがそれを呑むことはないだろう。
 これまでイスラエルは、いざとなれば軍事力を行使して施設を破壊するという手段をとってきた。シリアやイラクに対しても正にそうだった。過去7~8年、米国とイスラエルはイランにも圧力をかけてきたが、結局、軍事的手段が取られることはなかった。恐らくイラン国内の核施設を軍事的に破壊するのは難しいのだろう。話し合い以外に選択肢はない。
 今回の核合意を認めたうえで、今後は実施面で約束どおり厳しく査察していけばよい。その際の注意として、米国とイランが対立的な状況のまま査察を進めるのは好ましくない。つまり、米国が厳しく細かく査察を行っていく際にイラン国内から抵抗が出れば、米国とイランの関係が悪化するだけでなく、良い結果も出ないだろう。願わくば、両国の総合的な信頼関係が醸成され、厳しい査察が必要なくなることがベストだ。険悪な関係のまま進めば、94年の北朝鮮のケースのように失敗に終わりかねない。

(2)「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の発効
 核軍縮におけるもう一つの身近な目標が「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の発効である。CTBTは96年に国連で採択されたが、いまだに発効していない。発効には原子炉を保有する44カ国すべてが批准しなければならないと規定したことが大きな原因だ。例えば、米国は未批准でロシアだけが批准した段階で条約が発効すれば、ロシアは核実験ができないが米国は自由に進められるといった不公平が生じてしまう。
 現段階では44カ国のうち8カ国(米、中、北朝鮮、印パ、イラン、イスラエル、エジプト)が未批准で、一番難しい国々が残っている。米国が批准すれば他の国も続くと見られているが、共和党を中心に反対が根強く見通しは立っていない。批准には上院で三分の二の賛成が必要なため、甘くはない。
 現状としては、少なくとも核実験の自粛、つまり「核実験モラトリアムの強化」が次善の策となってくる。米国、イギリス、フランス、ロシアは実験しないと宣言している。インド、パキスタンも同様だ。中国の立場は不明で、唯一実験を実施しているのは北朝鮮だけだ。モラトリアムを強化することで、事実上核実験を行えないようにしている。
 また、条約発効の前段階であっても、核実験を探知する探知網(IMS)の整備を進めるべきだ。核実験を行えば必ず核物質が漏れるので、これを調べればいつどこで実験したか明らかになる。これ自体が抑止力になる。

(3)「核兵器使用の人道上の影響」キャンペーンの継続
 すぐに結果が出なくても継続すべきこととして、「核兵器使用の人道的影響」を訴え続けることがある。核兵器を使えば多くの人々が亡くなる。生き延びても大変な痛手を負い、やがて亡くなる。あるいは放射線障害により長年苦しむことになり、極めて非人道的だ。「核兵器の恐ろしさを忘れてはいけない」というキャンペーンは常に継続してきたものであり、核廃絶運動の原点でもある。
 そのためには核兵器を使用した場合の影響について、実感をもって知ってもらう必要がある。広島や長崎を訪問すれば資料館がある。さらに、被爆者の体験談を通じてその悲惨さを痛感してもらう運動も進められている。

緊急の課題

 次に、差し迫っている緊急の課題について述べたい。第一に、核を使ったテロの危険性が挙げられる。国家が核を使うのも心配だが、最近ではテロリストがニューヨーク近辺に核兵器を持ってきて爆発させるのではないかと懸念されている。特に最近は、「イスラム国」が核兵器を獲得しようとしている。核兵器前段階の「汚い爆弾」というものもある。放射性物質を混ぜて爆薬を使って爆発させる。そうなれば、そこは人が立ち入れない地域になり、都市や国家の経済活動が麻痺する。このような危険性にどう対処していくかが緊急の課題である。
 第二に挙げられるのが北朝鮮問題だ。日本にとっては身近な問題だが、正直なところ手短な解決策はない。北朝鮮自身は核兵器を放棄するつもりなどなく、憲法の前文にも核抑止力を持つと明記している。六者協議については、中国は協議を再開しようとしているが、米国、韓国、そして日本も「核問題を話し合うならやってもいい」という姿勢だ。一方、北朝鮮は「核問題で話すつもりはない」というスタンスを貫いている。わが国の外交としては「核の問題を話すならいつでも話す」という交渉の道は常にあけておくべきだろう。
 当面は、抑止と防衛で対応するしかない。核抑止力、通常戦力による抑止力をもって、北朝鮮が問題行動をとった場合には即座に対抗手段がとられることを明確にしておく。それによって北朝鮮に変な考えを起こさせない。日米で進めている弾道ミサイル防衛も非常に有効だといえる。
 ところで、北朝鮮が核実験やミサイル発射などをしてきた際に、日本も軍事力で対抗すべきだという声がしばしば聞こえてくる。しかし、この考え方は十分気をつけるべきだ。ミサイル防衛などを極度に強化すれば、北朝鮮は日本が攻撃力を強化しているのだから、こちらもしっかり対応すべきと捉え、軍拡競争になりかねない。備えは備えとしてやるが、軍拡競争の口実を与えてはならない。

北朝鮮の核能力

 次に北朝鮮の核能力をまとめた。核弾頭を搭載できる弾道ミサイルについては、現在、北朝鮮は「KN-08」という米国本土に届くICBMを開発中だ。「ムスダン」という中距離弾道ミサイルは本土には届かないまでも、アラスカやグアムには届く。それなりの戦力で10発前後保有している。「ノドン」は日本全土が射程範囲で、90発前後保有している。
 「ノドン」に対して、日本はイージス艦でミサイル防衛できると考えられてきた。しかし最近は、それでも北朝鮮が日本を攻撃できるかもしれないといわれている。一隻のイージス艦は迎撃ミサイルを10発~12発しか積んでいない。多数のミサイルで攻撃されれば対応できなくなる。海軍の艦船についても同様だ。北朝鮮が性能で劣っていたとしても、やはり多数発射されるとやられてしまう可能性がある。韓国を射程範囲とする「スカッド」は200発以上で、大変な数を保有している。(※1)
 核弾頭数については、これまでに生産したプルトニウムの量を計算すると、6~8発を保有していると考えられている。(※2)今年2月、米国の研究所から、北朝鮮が2020年までに最大100発の核弾頭を保有するかもしれないという分析が出された。(※3)現在、濃縮ウランの施設や軽水炉も建設中で、これらが完成して動き出せばウランを燃やして使用済み燃料が大量に出てくる。再処理すればプルトニウムを取り出すことができる。濃縮ウランそのものから爆弾を作り出すこともできる。ワシントンでは危険視されている問題だ。
 核弾頭を多く保有すれば、少数の迎撃ミサイルでは防げなくなる。数に余裕ができると国外に売却する可能性も出てくる。さまざまな対応策が議論されているが、残念ながら今のところ抑止する手立ては見当たらない。
 北朝鮮の非核化に対しては94年の米朝枠組み合意から始まり、その後の六者協議における共同宣言、最近では2012年に米朝合意がなされた。米国も手を打とうと努めてきたが、いつも頓挫してきた。北朝鮮にとって利益になる条件だけを取って、最後は破棄する。特に、米国は米朝合意の破棄に関して恥をかかされたと感じている。それ以降、米国が北朝鮮との協議に乗る気配はみられない。

東アジアの緊張激化回避

 アジア情勢では、北朝鮮以外にも心配な状況は少なくない。領土問題をはじめ、殆どが中国を囲む問題だが、これがエスカレートして核兵器の使用につながらないようにする必要がある。これらの問題の回避策も議論されているが、危機管理策が重要になってくる。例えば、軍同士、国防・当局同士のホットラインを設置して、思わぬ事態が生じたときにお互いに意図を確認しあえるようにする。これは米中間、日中間でも必要になるだろう。
 別の観点で懸念されることがある。尖閣問題で「中国はけしからん」となったとき、米国の核抑止力が頼りになるのかとの意見が一部にある。議論の飛躍も甚だしい。米国は日本に促されて「尖閣は日米安保の対象だ」と確認している。だからといって、すぐに米国が核兵器を使うわけではない。そもそも自国の安全保障について他国の戦力を当てにするべきではなく、少なくとも領土問題は自国で解決していくべきだ。安保条約はまず日本が自分で自分を守る努力をした後に、やむを得ない状況において米国も支援するというものだ。

今後のNPT

 今年のNPT会議は失敗に終わってしまったが、5年後の会議を成功させるためにどうすべきか。やはり中東のWMD禁止地帯について関係国が実現に向けた努力を重ねていかない限り、エジプトを始めとする各国の不満は解消されないだろう。鍵になるのはイスラエルだ。イスラエルがこの会議に乗ってくるように、米国が影響力を行使していく必要がある。
 そして、核軍縮の努力を米露間でどれだけ進めていけるかが問われている。最近は、クリミア・ウクライナ問題で対立状況にあるが、核軍縮に関しては冷静に議論を続けてもらわなければならない。日本からもできる限り声を上げていくことが必要だろう。

(2015年9月16日に開催された「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめた)

※1 英国国際戦略研究所(IISS).2015年版ミリタリー・バランス.
※2 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI).2014年版年鑑.
※3 U.S.-Korea Institute, Johns Hopkins Univ., Feb. 2015.

 
政策オピニオン
阿部 信泰 元軍縮担当国連事務次長
著者プロフィール
1945年、秋田県生まれ。東京大学法学部中退後、67年外務省入省。米国アマースト大学卒業。軍備管理・科学審議官や在ウィーン国際機関代表部大使、駐サウジアラビア大使を歴任したのち、コフィー・アナン国連事務総長の下で軍縮担当国連事務次長(2003~ 06年)を務めた。その後、駐スイス兼リヒテンシュタイン大使、核不拡散・核軍縮に関する日豪国際委員会諮問委員、日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長等を経て、2014 年から内閣府・原子力委員会委員を務める。

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