文明の転換期における日本の課題

2.日本が直面している国内の最重要課題

①少子高齢化と急激な人口減少

中長期的に見て、日本国内における最大の危機は、急速に進む少子高齢化と人口減少である。少子高齢化による人口減少と人口構造の変容は、社会機能の維持を困難にする。

第一に、経済に悪影響を及ぼす。人口減少が市場を縮小させるとともに、最も消費活動が盛んな現役世代が減少することで、個人消費が落ち込むことが予想される。同時に、生産年齢人口の減少は、労働力不足と労働生産性の低下をもたらし、国民一人当たりの実質GDPの伸びを鈍化させる懸念がある。その結果、経済力・国力が低下し、国際競争や安全保障面へ負の影響を及ぼす。

第二に、社会保障の縮小を余儀なくされ、制度の維持が困難になる可能性がある。社会保障制度のうち、少子高齢化によって直接的影響を受けるのは年金・医療・介護などの社会保険である。年金・医療・介護の給付は、現役世代に賦課される保険料(賦課方式)と公費負担(税収と公債)によって支えられている。高齢化が進展すれば、年金・医療・介護費用が増大する一方、現役世代が減少することで一人当たりの負担が限度を超えて増大する恐れがある。加えて、公費負担分の約4割は公債で賄われているため(2022年度予算ベース)、財政赤字が拡大する。

第三に、労働や社会活動の担い手が減り、地域社会が立ち行かなくなる。少子化が続いて現役世代が減少すれば、人々のネットワークも縮小し、相互扶助の維持も困難になる。現在都市部では元気な高齢者が強力な支えとなっているが、2025年には団塊の世代が75歳を超えて後期高齢者となる。後期高齢者の割合が高まれば、高齢者が社会の主たる支え手となることは難しくなっていく。

第四に、少子高齢化は子供の養育環境に悪影響を与える。地域が過疎化すれば、子育て家庭の孤立が深まり、虐待の増加につながる恐れがある。また、様々な年齢の子供同士の触れ合いが減り、子供たちが共通の規範や文化を習得したり、他者とは異なる自分の個性に気づいたりする機会が減る(集団社会化理論)。そうした多様な子供同士の関係や他所の家庭の様子に触れる機会の減少が、将来自分が親になったときの養育態度に影響し、少子化により養育環境が世代を越えて悪化する可能性がある。

日本では長年少子化対策が取り組まれてきたが、出生数・出生率は回復していない。その理由は、少子化の原因と少子化対策のミスマッチにある。

日本における少子化は、主に「未婚化」「晩婚化」が原因となって進んできた。未婚化の進行には、結婚意欲はあるが結婚できない人の増加と、結婚の意欲自体がない人の増加の2つの要因がある。

意欲があるのに結婚できない人が増加している理由の一つは、1990年代以降、主に若年層の雇用状況が悪化し、賃金が低下したり非正規雇用が増加したりしたことである。また、職縁を中心とした結婚相手と出会う機会の減少も挙げられる。結婚する意欲の減退はより深刻であるが、「一生結婚するつもりはない」と考える人は増加傾向にある(国立社会保障・人口問題研究所 2022b)。その主な理由として「自由や気楽さ」を求めるライフスタイルや経済的困難などが挙げられる。日本は婚外子が少ないことから、未婚化の進行はそのまま少子化に結びつく。

また、晩婚化は、高学歴化や個人のキャリア志向の高まりに応じて進行する傾向にある。結婚全体について、平均初婚年齢は男女ともに一貫して上昇しており、男女とも、年齢が高くなるほど子供をつくる力は弱まるため、晩婚化も少子化につながる。

これに対して、従来の少子化対策の中心は、保育の拡大政策、および仕事と子育ての「両立支援」であった。これらの施策は、正規雇用の女性の就業を継続しやすくするため、既婚で夫婦ともに正規雇用で働く世帯に対しては有益であったが、既婚の正規雇用者以外にとっての恩恵は多くない。

出生数・出生率を回復させるためには、第一に結婚前の若者の雇用状況の改善、結婚を希望する人への経済的支援、子供の教育費の支援などが有効と考えられる。第二に、結婚を希望しない人が増えていることから、若者が結婚したいと思えるような取り組みも重要となる。若者の結婚に対するイメージには、若者が育つ元の家族(源家族)での体験が影響する。家族・夫婦関係に関する問題解決の支援や、結婚・妊娠・出産や家族関係の特徴などに関する基礎知識を学ぶ機会を提供することも重要となる。そうした支援を形成するためには、包括的な「家族政策」(family policy)が必要になる。

今後仮に有効な対策を実施しても、当面の間、少子高齢化と人口減少が進むことは避けられない。2050年には総人口が約9000万人、そのうち3000万人が高齢者になるという予測もある。少子化・人口減少の緩和と共に、少子化・人口減少が進んだ社会に対応するための社会システムの整備、移民政策と多文化共生社会の実現が必要となる。

②失われた30年と国家的活力の喪失

日本は戦後の高度経済成長期を経て飛躍的な経済発展を遂げ、1960年代終わりには米国に次ぐ世界第二位の経済大国となった。1980年代末に絶頂期を迎え、世界の企業の時価総額ランキングで日本企業が上位20社のうち13社を占めるまでに至った。欧米をはじめ世界各国が日本企業の経営手法に注目し、日本は世界経済の中心になるとさえみなされていた。

しかし1990年代以降はバブル経済の崩壊と共に低成長時代が永く続いている。過去30年間で名目GDPは米国が3.5倍、ドイツが2.3倍になったのに対して、日本は1.5倍にとどまった。経済規模は2010年に中国に抜かれて3位に後退した。スイスの民間研究機関(IMD)による国際競争力ランキングでも、1989年から4年連続で首位を保っていたが、1997年には17位に急落した。その後は20位台半ばで推移し、2019年以降は4年連続で30位台となっている。平成の時代を通じて、日本は「失われた20年」、さらには「失われた30年」と呼ばれる長期の低迷に陥った。

このような長期停滞の原因は、1990年代の不良債権処理の遅れや、2000年以降のデフレに効果的に対応できなかったこと、さらに冷戦の終結や中国の台頭、IT革命などによる世界経済の急激な変化の潮流を捉えきれず、製造業を中心とした産業構造の転換に遅れをとったことなどにあるとされる。

同時に、この時代は長く短命政権が続き、政治が安定しなかった。阪神淡路大震災や東日本大震災などの大型自然災害も頻発したが、政治が強いリーダーシップを発揮して危機に抜本的対処をすることもできなかった。

長期にわたる停滞の結果、社会システムに生じた様々なひずみが是正されずに放置されたままになっている。雇用や教育の格差拡大、少子高齢化による社会保障費用の増大などが重くのしかかり、多くの若者は希望ある将来を思い描くことが困難になっている。国際社会が不安定化していることもあり、国民とりわけ若者のあいだには将来を見通すことのできない漠然とした不安が蔓延している。「失われた30年」は、若者の希望が失われた30年だったとも言える。

このような長期停滞の克服には、経済においては海外からの直接投資を拡大する環境整備が重要である。中国やインドの目覚ましい経済発展は、いずれも外国からの投資に門戸を開放したことが大きな要因である。日本の経済はそれらと比べると閉鎖的と言わざるを得ない。日本は資本不足の国ではなく、むしろ資本が豊富な国だが、国内ではなく海外に投資がなされ、かつ海外からの投資は呼び込めないできた。これでは経済が成長しないのは当然である。経済のグローバル化が進む中で、日本から海外に投資するだけでなく、海外からの投資を積極的に受け入れる政策が不可欠である。

さらに、過去の制度や既得権に捕らわれない大胆な発想の転換と統治機構を含む社会システムの抜本的な変革が必要となろう。未来人材育成のための教育改革や最先端科学技術開発の振興、次世代に向けた新たな産業の創出、若い世代への投資などによって、再び国家の活力を取り戻してゆかなければならない。

③家族機能低下による家族病理の深刻化

近年、子供の養育環境は悪化し続けしており、児童虐待は1990年の統計開始以来、増加の一途をたどっている。

児童虐待は子供の心身を傷つけるだけでなく、幸福を追求する力そのものに悪影響を与える。心理面からみて、幼少期の中心的発達課題は、親をはじめとする特定の養育者との間に安定したアタッチメント(愛着)関係を形成することである。アタッチメントとは、子供が不安や恐怖を感じたとき、親にくっついて安心・安全を確保し、感情を立て直そうとする性向である。親との間に安定したアタッチメントを繰り返し経験できた子供は、他者への基本的信頼感と肯定的自己イメージを獲得しやすい。逆に、親から虐待を受けた子供は自己や他者への肯定的イメージを獲得し難くなる。

アタッチメントを土台とした自己と他者への肯定的イメージの獲得は、子供の社会的発達にも影響する。子供はある程度成長すると「しつけ」を受けるが、「しつけ」には心身の健康な発達のためにある程度の制限をともなう。子供の中に根本的に親から受容されているという感覚が無ければ、「しつけ」は単なる制限や禁止となりかねない。受容感なく制限・禁止を受け続けると、怒りや悲しみなどの不快な感情(ネガティブな感情)を安全に抱える力が育たず、成長後に攻撃衝動を制御できなくなったり、心身の不調に繋がったりしやすい。小中学校を中心としたいじめや不登校増加の背景には、こうした子供の社会的発達が十分になされていないことがあると考えられる。

また、幼少期にネガティブな感情を受容してもらえなかった経験は、自身が子育てをするときにも影響しうる。自分が抑えてきた感情を子供が奔放に表現することに不安や怒りを感じ、子供のネガティブな感情に上手く対処できないことがある。育児する親一人が孤立した状態でこうした課題を抱えている場合、虐待など「マルトリートメント」(大人から子供に対する「不適切」なかかわり)に発展する可能性がある。

近年、家族の養育機能を支える仕組みが弱体化してきたことにより、「マルトリートメント」が増加している。具体的には、高度経済成長を機に、拡大家族から核家族へと家族規模が縮小し、地域共同体が弱体化することで相互扶助による福祉機能が縮小したことが影響している。

家族規模の縮小は、集団としての家族の機能を低下させる。それは、世帯内の大人が減少することによって、成員一人ひとりにかかる役割負担が増加するからである。例えば、拡大家族においては、父母世代が働いていても祖父母世代が家事・育児を分担することができる。しかし、核家族では祖父母の手を日常的に借りることはできず、父母世代が仕事と家事・育児の両方を引き受けることになる。

成員一人ひとりの役割負担が過大になれば家族のニーズ充足にほころびが生じ、家族機能が低下しうる。実際、「大人が一人の家庭」(ひとり親家庭)における相対的貧困率は、2019年で53.4%(総務省2021)である。貧困状態にある子供が増加している原因の一端は、多重役割負担を避けられないひとり親世帯の増加にあるといえる。

また、多重役割負担が増加すると、家族が共にする時空間が減少しやすくなる。多重役割に対応するために生活時間をずらしたり、生活ニーズの充足を外部、すなわち社会に依拠したりするようになるからである。家族が共有する時空間の減少は、コミュニケーションの不足・不全や、家族成員の健康維持に負の影響がある。家族が食卓を共にしない個食(孤食)の増加はその一例であり、共食とは逆に精神的健康や健康的食生活と負の関連があることが示唆されている(例えば、小西2003; 會退・衛藤2015 )。

加えて、1990年代頃からは、経済状況の悪化と自己実現重視の考え方の広がりを背景にして夫婦共働きが増え、家族成員一人ひとりにかかる役割負担は増加している。

このように、家族規模の縮小により、多重役割負担の増加と家族が共有する時空間の減少が進行した。一方で、地域の交流は減り、相互信頼を形成する機会は減少している。その結果、家族が互いに配慮してケアし合ったり、地域から援助を受けたりする機会が減り、親や子育て家庭がストレスを抱えやすくなるとともに孤立しやすくなった。

こうした状況を改善するには、様々な家庭環境にある子供たちの幸福を追求する力や生きる力を育むとともに、親を取り巻く心理的・社会的課題を解決できる環境を整備する必要がある。その際、家族規模の縮小と地域共同体の弱体化、日本経済などの社会状況を考慮に入れて、家族機能の充実と子育て家庭支援のための「家族政策」を立案する必要がある。

④孤独・孤立問題と取り残される社会的弱者

かつて日本では、地縁・血縁ネットワークが相互扶助機能を担ってきた。地縁は高度経済成長期の人口移動により縮小したが、その分終身雇用を基本とする会社縁が人々を包摂してきた。しかし、1990年代以降、家族と安定的な会社に揺らぎが生じ、孤独・孤立が世の中の問題として取り上げられるようになった。

家族については、1990年代以降、結婚しない人の数が急速に増えた。1985年以前、50歳時未婚率は男女ともに5%を切っていたが、2020年の国勢調査を基にした50歳時未婚率は男性が28.3%、女性が17.8%となっている(国立社会保障・人口問題研究所 2022a)。同時に単身世帯が増え、2010年以降は最も多い世帯形態となっている。社会構造の変化や社会福祉制度の発展とともに、家族関係の維持・生成と生活の必要性との結びつきが弱まり、地縁・血縁に頼らなくてもよい社会になったことがその一因である。

また、バブル崩壊に端を発した長期不況と経済停滞により、日本の企業体質も変化した。1990年代後半からは派遣労働が緩和され、正規雇用者が減少する中、非正規雇用者は増加し続け、会社に取り込まれない人々が増えた。その結果、家族や会社を通じて繋がりを自動的に見出すことが難しくなり、自らが人間関係を主体的に築いて維持しなければならない時代となった。地縁や会社縁が薄れた結果、血縁(家族関係・家庭環境)が直接的に個人の孤独・孤立に関わるようになったといえる。特に、家族との関係が希薄で社会福祉も届きにくい人々は、孤独・孤立に直面するリスクが高い。

ただし、孤独・孤立をめぐっては、問題に繋がるケースと繋がらないケースが混在している。ライフスタイルとしての孤立は尊重されるべきであり、孤立それ自体が問題になることはない。そこから精神疾患や貧困、孤独死、自殺などに至って初めて問題になる。

孤独・孤立による問題を社会で広く予防するためには、結婚したい人が結婚しやすい社会にすること(経済政策、雇用政策等)、家族をサポートする取組み(家族政策等)、多くの人を包摂しうる地域における居場所の提供(コミュニティ政策等)などが有効だろう。和合・親密・友愛などを特徴とするゲマインシャフト(地縁・血縁などによる自然発生的集団)的な共同体を、現代にあった形の社会関係資本として再構築することが求められている。

現代は新自由主義に基づくグローバリズムにより、貧富の格差は拡大しており、日本国内も例外ではない。そのような構造の中で、失業者、高齢者、障がい者、被災者、難民、貧困層の人々等は、社会的に不利な立場にある社会的弱者となりやすい。深刻な状況にある人ほど、行政からの情報も届かず、困窮しているケースが少なくない。複合的な要因で社会的弱者となっている人々が孤立しないように、あらゆる人々を包摂していく社会政策が必要である。

⑤自然災害の頻発・激甚化 とインフラの老朽化

21世紀に入り、世界中で気象災害が頻発しており、自然災害による被害は確実に拡大している。地球温暖化による気候変動と地震活動の活発化によって災害は巨大化し、複雑化している。日本はその自然的条件から各種災害が発生しやすい特性があり、毎年のように水害・土砂災害、地震・津波などの自然災害が発生している。戦後に死者が1000名を超えた自然災害は9回(地震4回、風水害5回)を数える。

特に、2011年の東日本大震災では、想定外の地震による大津波で、災害関連死を入れて約2万2000名が犠牲となり、ストック被害額は16.9兆円(内閣府2011)に上った。また、1995年の阪神・淡路大震災では、高度経済成長に取り残された老朽木造密集地域が、災害に極めて脆いことが浮き彫りになった。

今後30年で南海トラフ地震の発生率は70~80%、首都直下地震は70%程度とされる。いずれが起きても「国難災害」となり、日本という国家自体が衰退する。同時に、東京湾の高潮や、利根川あるいは荒川氾濫でも国難災害になり得ることが指摘されている。また、近年は豪雨災害によっても大きな被害がもたらされており、頻発・激甚化する災害への備えと対応が急務となっている。

現状では、国難災害への対策は順調とは言い難い。もし、南海トラフ地震が生じた場合、現在の災害救助法や災害対策基本法は有効に適応できず、被害者生活再建支援法も被害が大きすぎて適用できないと言われている。また対策推進による減災目標(2014年からの10年間)として、「想定死者数を33.2万人から概ね8割、想定全壊棟数を約250万件から概ね5割減」(内閣府2014)が掲げられたが、2020年時点で目標の半分にも届いていない。

また首都直下地震が起きた場合、「都市の漸弱性」が問題となる。東京では超高層マンションが乱立しているが、水道や電気などのライフラインはマンション独立ではない。地震が起きてインフラが被災すれば、超高層マンション自体に被害がなくても、停電や断水によりマンションでの生活は不可能となる。東京都23区では、マンション住民が大挙して避難所に避難してくることを想定しなければならない。

インフラの老朽化も、災害拡大の一因となっている。国土交通省によれば、高度経済成長期以降に整備された道路橋、トンネル、河川、下水道、港湾などのインフラは、今後20年で建設後50年以上経過するものが急増する。既に補修が必要とされながらも行われていない橋やトンネルが全国に多数あり、補修できない老朽化したインフラは今後も増えていくとみられる。日常生活における安全を守ることが重要であるのはもちろんのこと、災害時には大きな被害をもたらしかねない。

近年では、財政支出を削減するために国においても地方自治体においても公共事業費は縮小されており、限られた財源の中で難しいかじ取りを行わなければならない。さらに、地域社会の高齢化やコミュニティの衰退、人口減少と東京への一極集中も、災害への耐性を弱めている。

今後の巨大災害に備えるには、防災施設整備などのハード対策、災害情報や避難体制、防災教育などのソフト対策を駆使し、総合的防災対策を精力的に展開する必要がある。また緊急事態に備えた法的整備や、首都機能の分散化など、防災大国にふさわしい体制づくりを検討すべきである。

参考文献