国家目標と基本戦略—新たなグローバル文明を主導する日本
目標1.地球規模課題解決に向けた積極的貢献
概要
混沌とする国際社会において、地球規模課題解決のために積極的に貢献し、新たなグローバル・ガバナンスの一翼を担うようになることが日本の基本的国家目標の一つである。地球規模での取り組みが必須となる気候変動・環境問題に対しては、技術力やソフト面でのノウハウといった強みを活かして国際的取り組みを展開する。また、自らの開発経験を活かした日本型開発協力によって開発途上国の自立的発展を支援し、それらの国々との信頼関係を維持しながら、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)を推進する。それにより、法の支配をはじめとする共通の価値や原則に基づく、自由で開かれた秩序を実現し、インド太平洋地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保することが国際社会に対する大きな貢献となるであろう。また、国際社会において「人権」と「共生」理念を調和させていくことが新たなグローバル文明の基調となる。
①日本の強みを活かした気候変動・環境問題への国際的取組み
自然と調和した新たな文明を実現するために、日本は技術力やソフト面でのノウハウといった独自の強みを活かして、気候変動・環境問題への国際的取り組みを推進すべきである。現在日本政府が環境外交にて主導しようとしている取組みは様々あるが、特に生物多様性の保護に向けたSATOYAMAイニシアティブや脱炭素移行促進に向けた二国間クレジット制度(JCM)、廃棄物処理・リサイクル・排水処理システムなどの国際展開による循環型社会への転換に注力することが望ましい。
SATOYAMAイニシアティブは、環境省と国連大学サステナビリティ高等研究所(UNU-IAS)が共同で提唱した枠組みで、日本で伝統的に人間の働きかけを通じて里地里山などの環境を形成・維持してきた点に着目しており、世界各地における自然資源の持続可能な管理・利用によって自然共生社会を実現することを目指している。UNU-IAS内に事務局を置く「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」が本イニシアティブに基づく取り組みを促進しており、参加団体は政府機関、NGO、地域コミュニティ、学術機関、国際機関、産業・民間団体など多岐にわたる。2024年2月時点で314団体が参加している。また、日本は国連開発計画(UNDP)によるSATOYAMAイニシアティブ推進プログラム(COMDEKS)を通して、現在までに世界20カ国・216地域のプロジェクトを支援しており、途上国において自然共生社会を実現するための活動に貢献している。
脱炭素移行促進に向けた二国間クレジット制度(JCM)は、日本の優れた低炭素技術の普及を通じ、地球規模での温室効果ガスの削減に貢献するものである。これまで200以上のプロジェクトを実施しており、2024年2月現在、29カ国がパートナーとなっている。2030年までの累積で1億トン程度の国際的なCO2排出削減・吸収量を確保することを目指している。今後は、民間資金を中心としたJCMプロジェクトを増やしていくことで、さらなる拡大を目指している。
循環型社会の実現に向けて日本の強みである技術力を活かすという点では、廃棄物処理・リサイクル分野にも着目すべきである。日本は限られた領土で廃棄物を処理する必要があったことから、廃棄物処理分野における技術は抜きんでている。実際にODAの廃棄物処理分野において、日本はEU、ドイツ、世銀などと並びトップドナーに位置している。
世界銀行の試算によれば、途上国の主要500都市における廃棄物資源循環分野のインフラ整備のための資金需要に対し、投資は圧倒的に不足している。廃棄物にかかる問題が深刻化している途上国も多く、日本の廃棄物処理・リサイクル技術(効率の良い収集技術、都市ごみ焼却技術、医療廃棄物処理技術、ペットボトルや家電のリサイクル技術、バイオマスの利活用技術、廃棄物埋め立て処分技術など)は、それらの国に大きく貢献しうる。廃棄物管理システムの改善や廃棄物管理行政を担う機関の能力強化など、ソフト面における支援も併せて行うことで、各地における循環型社会づくりに資するものとなるはずである。
②開発途上国の自立的発展を後押しする日本型開発協力の推進
日本の開発協力(ODA)の特徴として、被援助国の自助努力を尊重し、経済的自立を最終目標としてきた点があげられる。これは、貧困削減を重視してきた欧米諸国を中心とする国際援助コミュニティにおいては長らく異色であった。しかし中国の台頭をはじめ、新興諸国が援助供与国として存在感を強めてきた現在、国際援助コミュニティの援助スキームも見直されつつある。開発協力の目的や手法がより流動的になっている今こそ、日本は、自らの経験を踏まえ、被援助国の固有性を重視し自立的発展を目指す日本型開発協力を力強く推進すべきである。
自助努力とは、開発途上国自身が主体的に自国の将来に責任を負い、また、開発途上国の国民が自らの手により自国の発展に努めることである(外務省 2007)。国際援助コミュニティは、ワシントン・コンセンサス以降、新自由主義を基にする政治的条件をODAと共に被援助国に課してきた。他方で、日本のODAは伝統的にその非政治性を特色とし、援助に政治的条件を付けることを内政不干渉の見地より差し控えてきた。これは、日本の発展過程で外来のものを自国の実情に合うように修正し適応させること(翻訳的適応)の重要性や、自主性の重みを理解していたからである。
また、1990年代以降、開発協力において貧困削減が重視され、経済的自立について明示的に言及されることが少なくなった状況でも、日本は経済的自立を開発協力の最終目標に据えてきた。日本は戦後、国際社会から支援を受けながら復興を遂げた経験から、最終的に経済的自立を達成することの重要性を痛感していた。特に、東アジア・東南アジア諸国に対して援助・投資・貿易の相乗効果を重視し、タイの「東部臨海地区」やベトナムの「ハノイ・ハイフォン回路」の産業集積などで、十分な成果をあげてきた。
近年、中国が援助供与国として台頭しており、中国の対外援助は欧米諸国の援助スキームに対する新たなオルタナティブとしての位置を確立しつつある。国際援助コミュニティは既存のルール(譲許性、政治的条件、アンタイド等)を逸脱する中国に懸念を持っている。これらは、かつて日本のODAが直面した批判でもある。実際中国は日本のODA政策から多くを学んでおり、通産省が1980年代半ばに提示した援助・貿易・投資の「三位一体協力アプローチ」が、現在の中国対外援助政策の基礎となっている。
内政不干渉原則や、タイド援助であるため工期が短く費用も安いこと、経済成長の重視など、途上国の開発ニーズに応えているという観点から中国の対外援助が評価される側面もある。「質の高い成長」を重視し、経済的自立をゴールに据える点などは、日本のODAと共通しており、欧米型援助スキームの課題を補填しうる要素である。
他方で、中国の対外援助は深刻な債務問題を引き起こしている。また、対外援助が覇権主義的な国家戦略の一環となっていることも明らかとなっており、総合的な視点で中長期的なリスクに鑑みる必要がある。中国は自国の利益保護に必要な場合は、国際援助コミュニティの規範に接近することがあり得るが、完全に既存の秩序・規範に沿ってくることはないだろう。ドナー間に健全な競合関係が存在することは、被援助国に「選ぶ権利」を与えるが、権威主義的な中国共産党の覇権が世界に及ぶことの代償はあまりにも大きい。
中国の台頭によってより鮮明となった従来の開発援助の課題を克服していく努力はあってしかるべきであり、欧米型援助スキームの課題を補填しうるアプローチをとってきた日本こそがそのイニシアティブをとるべきである。自らの開発経験で培った哲学や方法論、知識や技術などを様々な形で共有していく知的協力は、これからの日本の開発協力の強みとなりうる。例えば、被援助国の指導者と開発政策対話を積極的に行うことや、知日・親日人材を発掘・育成し積極的に支援すること等が考えられる。東西冷戦下の欧米や現在の中国の対外援助のように、政治的国益のための手段や覇権主義の一環としてではなく、平和の戦略として、現地の自立的発展および課題解決のための開発協力を展開することが求められる。
③「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に向けた社会経済基盤づくり
自由で開かれたインド太平洋(FOIP)とは、インド太平洋地域において、法の支配をはじめとする共通の価値や原則に基づく、自由で開かれた秩序を実現することにより、地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保するという構想である。FOIPの中核的な理念は、自由、開放性、多様性、包摂性、法の支配の尊重であり、世界人口の半数以上を要するインド太平洋地域において、「力」による主張ではなく、法の支配に基づく秩序を構築することが、国際社会全体に対する貢献となる。
日本はFOIPを具現化するために、海洋秩序に関する政策発信や海洋法の知見の共有、自由で公正な経済圏を拡げるためのルール作り、インド洋と太平洋にまたがる連結性の実現、能力構築支援を通じたガバナンスの強化、海洋安全保障及び海上安全の確保をはじめとした取り組みを戦略的に推進してきた。既に、米国、オーストラリア、インド、欧州諸国、ASEAN・東南アジア諸国、韓国、カナダ、ニュージーランド、太平洋島嶼国などと連携・協力体制を構築している。中東やアフリカ、中南米諸国に対しても、FOIPの理念の重要性の確認をするなど、FOIPのビジョンを共有する輪を広げている。2023年3月には、「平和の原則と繁栄のルール」、「インド太平洋流の課題対処」、「多層な連結性」、「『海』から『空』へ拡がる安全保障・安全利用の取組」、の4つを柱とする「FOIPのための新たなプラン」を発表した。その下で推進される具体的な取組みも提示されており、FOIPはより総合的な枠組みとして推進されている。
今後は、外交、開発協力、ビジネスなど、産官学にまたがる多様な分野において、有機的かつ戦略的にFOIPのための取組みを推進することが求められている。
また、FOIPは中国の一帯一路構想を意識したものであり、インド太平洋地域を武力や強制によらない自由と法の支配を重んじる地域に育てて繁栄させることを目的としている。中国は一帯一路構想に関わる関係諸国との間で、物流、貿易、金融、政治、シンクタンクなどの分野における協力を通じて、国際社会における影響力を拡大させる狙いがある。中国は2023年9月時点で150以上の国と30以上の国際機関との間で「一帯一路」協力文書に調印しており、2013年に構想が提唱されてから世界各地でインフラ建設などを急速に進めてきた。
しかし、関係諸国の債務問題が深刻化するなど課題も多く、米国による「Build Back Better World;B3W」やEUの「グローバル・ゲートウェイ」など、一帯一路構想に対抗するインフラ支援のスキームも出てきている。
中国の一帯一路構想と自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)は対立した構想と見られることが多いが、日本の提唱したFOIPは、特定の国を排除するような性格のものではない。覇権主義に基づく競争により世界を分断させるのではなく、自由と法の支配・共通ルールの下に世界を包摂していく枠組みである。日本は、FOIPについてその目的や具体化の手段を今後も丁寧に諸国と共有しながら、平和の土台を再構築し、新たなグローバル文明の繁栄につながる新たな国際秩序作りと、それを具現化するための社会経済基盤づくりを牽引すべきである。
④「人権」と「共生」理念が調和した国際社会の実現
現代の世界は新たなグローバル文明への移行期にあり、その覇権をめぐって、米中が激しく衝突すると同時に、自由と人権を重視する欧米や日本などの自由主義陣営と、中国・ロシアといった全体主義的な統制国家が鋭く対立する不安定な世界となっている。国連は機能不全に陥っており、新たなグローバル・ガバナンスをどのように再構築していくかが、これからの国際社会の課題となっている。
21世紀のグローバル文明が展開する時代に必要とされる理念は、個人主義に基づく「人権」の理念と、家族やコミュニティを基盤とした「共生」の理念が調和したものであろう。
世界人権宣言の前文には「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」とあり、社会を構成する個人の尊厳に焦点が当てられている。人間個人の尊厳、権利が重要であるのはもちろんだが、同時に、共同体 としての人類全体の存続や繁栄も重要であろう。個人の尊重と共に、互いに助け合って集団を維持しようとする共生の価値観も重視されるべきである。
特に非西欧諸国では、個人の権利のみを強調する価値観は受け入れがたいという指摘もある。つまり、個人の人権とともに、個人が所属しているコミュニティを共生の基盤としていかに維持し、繁栄させていくかという観点が重要である。社会をバラバラな個人の集合体とみるのではなく、家庭を基本単位とした様々なコミュニティによって成り立つ共同体と捉え、個人の人権の尊重と併せて、いかに他者と共生していくか、共同体としてのコミュニティや社会をいかに守っていくか、という観点を国際社会で共有する必要がある。人権の理念とともに共生の理念を重視することで、より多様な社会にとって受け入れ可能なものとなるだろう。
具体的には、日本は「世界人権宣言」と並ぶ「世界共生宣言」の制定にリーダーシップを発揮し、人権と共生の理念が調和した新たな世界秩序とグローバル・ガバナンス構築に向けて主導的役割を果たすべきである。
また、国際的な潮流となっている持続可能な開発目標(SDGs)は、「誰一人取り残さない」というスローガンを掲げ、社会を構成している個人の尊厳、人権の尊重を基本的な理念としている。ポストSDGsの理念には、人権の理念と併せて共生の理念も掲げることが望ましい。日本は SDGsを支える「人間の安全保障」と「持続可能な開発」という理念の発展に積極的に貢献してきた。新たな理念や規範形成への積極的な参加は、国際社会における日本のプレゼンスを示す一つの方法となるだろう。