国家目標と基本戦略—新たなグローバル文明を主導する日本

目標2.平和維持のための外交・安保体制の構築

概要

海洋交易国家である日本の基本的国家目標の一つは、平和で開放的な国際環境と自由貿易体制の維持である。そのために、米国との同盟を軸として、友好的海洋国とのネットワーク型の同盟を構築すること、とりわけ、「クアッド+α」として情報大国の英国、地政学的に死活的な重要性を持つ韓国との戦略的連携を強化することが重要である。また、全体主義的で覇権的膨張主義の中国の異質性を踏まえ、台湾有事に備えて日台関係及び防衛力を強化する。同時に、経済的政治的に中国との関係を保てるように管理し、中国が暴走に至らぬよう配慮しなければならない。緊急事態に備えた法整備と危機管理体制の強化、資源・エネルギーの安定確保も含めた経済安全保障の体制の強化も重要となる。

①日米安保体制の強化と「クアッド+α」の推進

日本の生存と繁栄にとって、米国との同盟関係が死活的に重要であることは言うまでもない。四面環海の特性に加え、資源に乏しく海外との交易に生存と発展を託さねばならない日本の進むべき道は、海洋交易国家としての発展にあり、それを可能とするには平和で開放的な国際環境と自由貿易体制が維持されねばならない。

そのような国際公共財を提供し得る国は、世界の中で米国をおいて他にない。したがって、米国との協力、即ち日米安保体制を一層強固なものとし、政治・軍事・経済の各面で日米の緊密な連携を図ることが、海洋国家日本の最も重要な国策となる。

これまでの米国は二国間同盟に基づく「ハブ・アンド・スポーク」の同盟でグローバルな安全保障対応をしてきた。すべての情報を米国に集め、米国が一つひとつの問題に対応してきた。ところが米国の国力が相対的に低下し、中国の影響力が増大する中で、米国は二国間同盟の国々に対してもっと負担をするように求めている。米国抜きの安全保障の同盟・連携をも認めるとともに、成長著しいインドやASEANをも取り込むことを狙っている。つまりネットワーク型の協力関係への転換を図り、米国の同盟国、友好国が協力し合って負担を分担し合う体制を構築して、中国に対するミリタリーバランスが崩れないようにしている。

日米豪に印を加えたQuad(クアッド)という枠組みもその一つである。クアッド首脳会談後の共同声明では、中国やロシアを名指で批判したことはない。しかし、扱うテーマは当初の新型コロナウイルスやインフラなどから、航行の自由や核心技術などの政治的分野にまで及ぶようになり、クアッドは確実に進化している。2023年5月の共同声明では「インド太平洋の海洋領域の平和と安定を維持するための強い決意を持ち続ける」と強調した。

日本の安全保障においては「自由で開かれたインド太平洋」の実現が極めて重要である。そのためにも、日本はクアッドの枠組みを拡大し「クアッド+α」を推し進めるべきである。

「クアッド+α」の第一候補は情報大国の英国である。日本では、旧大英帝国で構成されるファイブアイズに日本も入るべきだという議論があるが、この枠組みはアナログの無線通信を主流としていた旧時代のものである。今の時代に適した枠組みとしては、日米豪印のクアッドに英国を加えた枠組みがより戦略的である。

日英は戦前の同盟関係に見られるように歴史的に近いだけでなく、戦略的にも米国と最も近いことから、日本は「新日英同盟」の実現も目指すべきである。日米英三国からなる地球規模の「海洋同盟」が誕生すれば、中露の覇権膨張的な行動をグローバルに抑止することに大きく寄与できる。加えて、新日英同盟は日米安保体制を永続的に担保するにおいても効果的である。

「クアッド+α」の第二候補は韓国である。核心技術のサプライチェーンの再構築は自由で開かれたインド太平洋の実現において喫緊の課題であり、韓国と台湾は核心技術において最重要な国・地域である。対中経済安保戦略を念頭に、韓国を日米豪印の枠組みに加えるべきである。

長期的かつグローバルな視点でいえば、どの国がインド太平洋の主導権を握るのかが死活的に重要である。自由や民主主義、法の支配を重視する日米などの国々が握るのか、あるいは社会主義強国を目指す中国が握るのか。「自由で開かれたインド太平洋」の実現が、新たなグローバル文明の基礎となるであろう。

②対中国基本戦略の再構築と台湾有事への備え

中国は日本にとって隣国である。日本が一貫した戦略に基づいて日中関係の管理に努めていくためには、「中国をどう認識するか」という対中国基本戦略の前提を明確にしておくべきである。

まず、中国は西側諸国とは異質の国である。欧米は普遍的価値観や国際ルールを尊重しようとするが、中国は共産党一党独裁の下、全体主義的で個人の自由を尊重しない抑圧的な体制である。

中国では古来より群雄割拠や統合と分裂が幾度となく繰り返されてきたが、人権尊重や民主主義を経験することはなかった。近年はICTなどの先端技術を最大限駆使し、国民一人ひとりに対する情報や行動の管理・統制を徹底させ、究極の管理監視国家を実現させた。

また習近平政権は発足以降、覇権膨張主義を露わにしている。2022年10月の第20回共産党大会では、習近平による長期政権を公式化するとともに、台湾の武力統一を明文化した。1時間44分の口頭報告では発表されなかったものの、配布された「政治報告書」には「平和的統一に努めるが武力解放の選択肢も捨てない」と初めて武力侵攻を明記した。

現実的に考えれば、台湾有事は日本有事でもある。台湾だけ攻撃されて南西諸島は無傷ということは考えられない。台湾有事への備えのみならず、対中基本戦略を前提として日台関係の強化を推し進めるべきである。まずは台湾有事に備えて防衛費を増強し、抑止力を高めることが最重要課題となる。

一方、かつての米ソ冷戦時代と異なり、経済のグローバル化と米国経済のパワーダウン、中国の経済大国化に伴い、中国を世界の経済システムから完全に切り離し封じ込めることは困難となっている。米国は、米中新冷戦下における対中国政策の基本を「デカップリングではなくデリスキング」とし、中国との競争関係を管理するという方針を取っている。

日本も経済的に中国のマーケットに大きく依存している。ことさら敵対意識を強調し、中国をあえて刺激する政策・言動が国益に資するとはいい難い。ただし、近年、安全保障の裾野は経済分野に急速に拡大している。日本も国家・国民の安全を経済面から確保するための取り組みを促進する必要がある。経済安全保障も含めた安保環境を強化するとともに、安全保障に支障をきたさない範囲で、中国と経済的にも政治的にも妥当な関係を継続的に実現させ、中国が暴走に至らぬよう配慮しなければならない。

米中対立の狭間で、日本のプレゼンスを最大限発揮できるように、前提となる対中国基本戦略を再構築させることが喫緊の課題である。

③戦略的朝鮮半島政策の構築

日本を取り巻く安全保障環境において、朝鮮半島は歴史的に非常に重要な地域であった。戦後は、冷戦構造の激化という情勢変化に伴い、日本は米国の世界戦略の一環として西側陣営に位置づけられた。日本の安全保障政策は日米安保条約に基づく同盟関係に安住したために、個別的戦略が欠如する「思考停止状態」(観念的安保観)に陥ってしまった。

さらに国内では、朝鮮半島に対する左右のイデオロギーからくる対立により、リアリズムに基づく認識と対応ができないままであった。その結果、朝鮮半島に関して現実的かつ生産的な議論ができず、政治においてもまともな関係を構築しようとしてこなかった。

冷戦後の日本の対韓国政策と対北朝鮮政策はその証左である。1990年代以降の対韓国外交は韓国の出方に振り回される状況対応型に終始することが少なくなかった。対北朝鮮外交にも特段の戦略があるわけではなく、拉致問題は今に至るまでほとんど前進していない。2010年代には嫌韓意識の高まりから、韓国無視や無関与の政策を唱える風潮も生まれた。一時の感情に流された排他的政策に戦略性はなく、長期的にみて国益を損なう可能性も否めない。

また日本は、朝鮮半島における南北分断の状況を所与不変の前提として外交を進めてきた。朝鮮半島の統一が急に実現する機運はないとしても、南北分断が将来にわたって永続すると決めつけるべきではない。万が一、「統一国家」が反日を国是とすれば、日本の安保環境は壊滅的な損害を被らざるをえないため、長期的視点を持って統一問題に関わりを持つべきであろう。

朝鮮半島が本来日本の安全保障上死活的に重要であることを再認識し、戦略的朝鮮半島政策を構築すべきである。日韓両国は共通点も少なくない。ともに北東アジアの平和と安定を願う立場であり、地政学的には外交と安保の前提を共有できるはずである。また、日韓経済はともに成長率が鈍化しており、今後は少子高齢化による深刻な影響を避けられない。日本は長期的視点で一貫性のある朝鮮半島政策を確立させ、日米韓の戦略的連携を主導的に推進していく必要がある。

④緊急事態に備えた法整備と危機管理の強化

日本は近代立憲主義に基づく国家であり、その基本理念は民主主義と法の支配である。日本国憲法前文にも記されている通り、日本国憲法は立憲秩序そのものを破壊する危機や脅威にさらされていない平時を想定している。

しかし立憲主義国家だからといって、重篤な国家的危機に遭遇しない保障はない。21世紀は、9.11米国同時多発テロに始まる武力攻撃・戦争の危機から始まり、サイバー・テロ、大規模な自然災害、昨今のコロナ・パンデミックやロシアによるウクライナ侵略など、さまざまな危機が世界中を覆いつくしている。

日本では、新型コロナ感染拡大の初期において、感染症の危機に対して緊急事態宣言を発出しても適切に対応できず、改めて体制的課題が露呈することになった。また、2024年元旦に発生した能登半島地震における避難所対応をみると、阪神・淡路大震災当時とほぼ同じような対応をしており、その後30年近く経過するなか7回の大規模地震を経験しながらも、その教訓をほとんど学んでこなかったことが露呈した。加えて日本を取り巻く東アジア情勢をみても、差し迫った軍事的脅威を身近に感じる状況にある。

こうした危機に対応した国家の危機管理態勢を整備することは焦眉の急務である。ここ四半世紀をかけて国家安全保障会議など体制整備は進んできたが、危機管理を包括的にとらえる「オールハザード」への視点が欠如している。さらに有事に備えた一般市民の避難・退避対策は国民保護法という平時における法律を前提として組み立てられており、有事に際して強制力を持って一般市民を避難させることはできない。また、諸外国に比べてシェルターの整備がまったくなされておらず、有事に国民を保護することができない。国の重要施設やライフライン施設へのEMP(電子パルス)攻撃への対策もまったく手つかずの状態である。

その問題の根本には、日本国憲法に国家危機に対応した国家緊急権の権限が規定されていないことがあり、憲法改正による緊急事態条項の創設が不可欠である。

政府与党は超党派的に憲法改正に向けた議論を活発化させてはいるものの、その実現までのハードルは高い。そこで、次善の策として、一般法と憲法の間を埋める「緊急事態基本法」の制定をまず進めるべきである。併せて緊急事態基本法制定による司令塔の設置など、緊急事態において迅速に判断し効果的に対応するための、関連する法律の整備も不可欠である。

⑤資源・エネルギーの安定確保

日本のエネルギー自給率は極めて低く、2021年度は13.3%となっている。特に東日本大震災後は原子力の発電量が減少し、2014年度には過去最低の6.3%に落ち込んだ。2015年以降は、再エネの導入や原子力発電所の再稼働により上昇しているが、東日本大震災前の20.2%(2010年度)には及ばない。さらに、2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵略は、エネルギー市場の安定を根底から揺さぶった(経済産業省2022a、経済産業省2023a)。

資源が乏しい日本にとって、エネルギーの安定供給を確保することは死活的に重要であり、2050年カーボンニュートラルをはじめ、野心的な温室効果ガス削減の目標を掲げるなかにあっても、エネルギーが途絶えないように危機感を持ったリスク管理を行い、冷静な判断を下していく必要がある。

また、ロシア軍によるウクライナ侵略のように、資源・エネルギーの安定確保と政治問題がぶつかることもありうる。そのような状況に柔軟に対応するためにも、①再生可能エネルギーや原子力も含めたエネルギー源の多様化と②エネルギー供給や輸入先の多角化が必須である。

エネルギー源の多様化については、再生可能エネルギーの開発・普及とともに原子力の着実な利用拡大を図ることで国産のエネルギー確保を拡大することが重要である。近年再生可能エネルギーに注目が集まっており、その主電源化も目指されているが、太陽光や風力といった自然条件に左右され安定供給が難しいエネルギーを活用するためには、安定したエネルギー源との併用が欠かせない。

東日本大震災以降、原子力発電は敬遠されてきたが、安全性の確保を最優先したうえで、利用拡大を進めるべきである。併せて、高い製造能力を持つ日本企業とも連携して、高速炉、小型炉、高温ガス炉、核融合等、原子力技術のイノベーションを加速していくことも必要である。

エネルギー供給や輸入先の多角化については、外交の強化、日本企業の競争力の強化により新たな産資源国の開拓を図るなど、海外エネルギー資源を確保する必要がある。同時に、自主権益資源の獲得を進めることも重要である。自主権益資源とは、日本企業が資源国で油ガス田を開発・操業する自主開発を行うことによって、引き取る権益を得た資源のことである。

2022年度の自主開発率(石油・天然ガスの輸入量及び国内生産量に占める、日本企業の権益に関する引取量及び国内生産量の割合)は、33.4%であった(経済産業省2023b)。日本政府は安定供給をより強固なものにするため、石油・天然ガスの自主開発比率を2030年度に50%以上、2040年度に60%以上に引き上げる目標を掲げている。資源獲得競争は決して甘くないため、資源国との信頼関係を築きながら共同開発を推進し、資源の権益獲得を推進する必要がある。

中長期的に見て、カーボンニュートラル実現のカギとなるのは水素である。水素エネルギーは、様々な資源からつくることができるため、エネルギー供給や輸入先の多角化や自給率の向上への貢献が期待されている。日本は2017年に世界で初めてとなる水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定するなど、世界で水素社会の構築をけん引してきたが、ウクライナ情勢と世界エネルギー危機を契機とし、水素をめぐる国際競争は激化しつつある(再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議2023)。日本は技術的な優位性を活かし、水素の社会実装を促進して早期に水素社会の実現を目指すべきである。

再エネ推進には蓄電技術も欠かせないが、その電池に欠かせないのがレアメタルである。日本はレアメタルのほぼ100%を輸入に頼っているため、再エネ発電設備の需要増加が見込まれる中で、今後レアメタルなどの鉱物資源の確保についてもますます重要性が増すと考えられる。鉱物資源についても、可能な限り資源開発の初期段階から日本企業が関わり資源国の経済や人材育成に貢献することが重要である。

一つの鉱山を開くには多数のプロセスや許認可を経なければならず、商業生産に到るまで10〜15年の時間が必要である。この間、多くのリスクと向き合うことになるため、それらのリスクを日本企業が資源国と共有し、共に汗し涙する関係を持って開発に臨むことにより資源の安定供給を確保する道が開けるだろう。そういったリスクの一部を国が企業と共に負担するために設置されている石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)をはじめ、官民の組織が総力を挙げて資源獲得に臨むことが重要である。

参考文献