重層化する多国間安保協力の枠組みと日本の役割

重層化する多国間安保協力の枠組みと日本の役割

2024年6月27日

 中国やロシアといった権威主義諸国の脅威が増大し国際緊張が高まる中、日米同盟の緊密化が進むが、それと並行して米国は韓国や豪州、フィリピン、ベトナム等との安保協力も進めており、岸田政権も米国に同調し、周辺諸国との関係強化に注力している。いまアジア・大洋州で見られるこうした安保協力枠組み再構築の動きを取り上げてみたい。

1.多国間安保協力に後ろ向きだったアジア・太平洋地域

 日本が位置するアジア・太平洋地域では、これまで多国間で政治・安全保障上の対話や協力を行う慣行や経験がほとんどなかった。それは、この地域の多様性と深い関連がある。アジアでは様々な人種、民族、言語、文化、風習、政治体制、宗教等が混在し、域内の共通項が少ない。発展段階の相違や格差も大きい。
 また域内には海洋国家もあれば大陸国家もあり、大陸国を中心としたヨ−ロッパ世界とは置かれた地政的戦略的環境が著しく異なるばかりか、華夷秩序という縦の国家関係が長らく支配したため、ヨ−ロッパのように対等な横の関係を前提とした国家間協力の枠組みは育たず、明確で一元化された対象脅威も不在であった。そのうえ冷戦後の今日も、朝鮮半島や中国の分裂、社会主義国家ベトナムの存在等未だにアジアでは冷戦対立の構造が生き残ったままである。
 そのため、アジア地域では欧州連合(EU)のような国家連合的な政治共同体や、北大西洋条約機構(NATO)の如く多国間による集団防衛的な安全保障機構は発達を見なかった。それに代わりこの地域の政治・安全保障の要となったのは、域外国ではありながらも冷戦の一方の主役であるアメリカとアジア各国がそれぞれ別途個別に締結した二国間の安全保障取り決めであった。アメリカを軸として域内各国が個別に米国と繋がり、そうした二国間安保体制の積み重ねによってアジア全域の平和と安定を維持する構造である。この枠組みは、一般に「ハブ・スポークス」の関係と称される。

2.冷戦の終焉と協調的安全保障の論理

 もっとも冷戦の終焉を受け、アジアでも変化が生まれた。アジア・太平洋をより安定的な地域とするとともに、重大化する地球規模問題などに迅速に対処するためには、個別問題に対応する二国間での協議、協力に加え、域内各国が一堂に会し協議できる場を設け、また各国間の信頼醸成を高める努力が必要とされた。
 そこで、これまでの勢力均衡や集団安全保障に加え、国際安全保障の実現をめざす新たなモデルとして提唱されるようになったのが「協調的安全保障(cooperative security)」の理論である。これは敵対関係の存在が不明瞭な一定の地域において、域内全ての国が加わった多国間協調の枠組みを設け、不特定潜在的な段階に留まっている脅威が顕在化することを防止するための活動プロセスで、欧州安全保障協力機構(OSCE)の活動が念頭にある。
 域内における特定脅威の存在を前提としない点、友好国だけでなく、潜在的な敵性国もメンバ−として取り込む点、信頼醸成や安保対話の積み重ねを主たるアプロ−チとする点に特徴があり、集団安全保障体制のように制裁能力の発揮によって安全を確保するのではなく、そうした強力な制裁力を欠く緩やかな多国間関係において、メンバ−相互の信頼関係を築き上げることで域内脅威の顕在化を防ごうとするものである。この多国間協調の代表的なモデルとされたのが、ASEAN地域フォーラム(ARF)であった。
 しかし、話合いや信頼醸成措置だけで利害の対立や特定国家の覇権的行動を抑制することは出来ない。国家間の誤解や相互の理解不足、認識の相違等が対立を紛争へと拡大させる因子となることが多いのは確かだが、逆に対話を重ねれば全ての紛争が回避されるというものでもない。アジアの場合、地域協力の歴史の浅いことやコンセンサス重視というアジア的な意思決定の影響もあり、政治・安保の地域協力が対話や協議の域にとどまり、具体的合意の達成や合意履行に必要な実行性の伴う機構や組織を含むタイトな枠組み形成等は決して容易ではない。
 ARFを例にとれば、加盟国の多様性のために意思決定においては全会一致原則をとらざるを得ない。これは全ての参加国が拒否権を持つに等しいわけで、ARF が域内の安全保障問題に対して効果的な措置を取れないことを意味している。
 しかも、本来協調的安全保障の考え方は、冷戦終焉直後の欧州地域における楽観的な国際情勢見通しを背景に提唱された概念である。だが欧州とは異なり、ソ連崩壊後もアジアでは冷戦構造は生き続けており、北朝鮮の核・ミサイル開発などアジアを取り巻く国際環境は厳しさを増した。中でも目覚ましい経済成長を遂げた中国が軍事力の増強を進め、南シナ海や台湾周辺での覇権主義的な行動が目に余るようになっている。そのため、多国間安保協力の枠組みが持つ長所や利点を生かしつつ、中国や北朝鮮の脅威に対応し得る新たな枠組みが模索されるようになる。

3.ハブスポークスからメッシュ型の安保協力へ

 一方、米国の姿勢にも変化が現れた。冷戦期と同様、冷戦終焉直後、米国はアジア・太平洋地域に多国間安全保障協力の枠組みを構築することには消極的であった。1990年に報告された「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み」でも、この地域における米国の安全保障政策は、同盟国及び友好国に前方展開する米軍のプレゼンスと受入れ諸国の協力というハブ・スポークス関係を軸とする意向が示された。
 米国が二国間主義(bilateralism)を重視し、多国間主義(multilateralism) ないし多国間の安全保障協力に懐疑的であったのは、二国間対話の方が米国が主導権を握りやすいことに加え、多国間の枠組みが既存の同盟関係に悪影響を及ぼすことへの懸念や海軍軍縮に関心が集まることへの不安があったためと言われる。
 しかし、そうした問題が特段表面化することはなかった。そして何よりも予想以上のスピードで中国の軍備増強が進む事態が、多国間の安保協力に肯定的な姿勢を取らせる契機となった。対テロ戦争で消耗し影響力を低下させた米国は、域内各国に応分の負担を求め自らの力の不足を補うとともに、NATOのような柔軟でしかも弾力性の強い網の目状(メッシュ型)の同盟関係を重層的に発展させることで高まる中国の脅威に対処しようと動き出すようになる。

4.多国間安保協力の枠組み整備

 2017年米国のトランプ政権は日米豪印4か国による戦略対話の枠組みとして「QUAD:Quadrilateral Security Dialogue(クアッド):日米豪印戦略対話」を立ち上げた。QUADは、米国がアジア・太平洋地域における多国間安保協力枠組み整備に乗り出した嚆矢といえる。QUADは2007年に当時の安倍首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」を基礎とするもので、バイデン政権もこれを継承し、2019年9月には国連総会の機会にニューヨークで初の外相会合が、2021年9月には米国で初の対面での首脳会合も開催された。22年5月 東京での首脳会合、翌年23年5月にはG7広島サミットにあわせ広島で首脳会合が開催されるなど、これまで首脳会談が4回開催されている。
 またバイデン政権は21年9月、米英豪の3カ国で「インド太平洋地域の平和と安定の維持」に向けた新たな安全保障の枠組みを構築すると発表し、加盟国の頭文字をとって「AUKUS(オークス)」と名付けられた。特定の国を名指ししてはいないが、米英豪の安全保障協力であるAUKUSが中国の覇権的な海洋進出を睨んだ3カ国の連携強化に狙いがあることは明らかだ。3カ国は連携の一環として、次期潜水艦の開発と配備を目指す豪州に対し、米英が原子力潜水艦の技術を提供することで合意したことも明らかにした。
 QUADに比べAUKUSは軍事的な色彩が強いが、AUKUSを構成する米英豪3か国は「ファイブアイズ(Five Eyes)」のメンバーでもある。ファイブアイズとは、米国・カナダ・ニュージーランド・豪州・英国の英語圏5カ国の機密情報共有の同盟である。1946年に米国と英国がソ連など共産圏との冷戦に対応するため協定を締結したのが始まりだ。

5.重層化する多国間安保協力

 高まる中国の脅威に対処するため、米国は安倍元首相の提唱したFOIPを基に日米豪印からなるQUADを発足させたのに続き、英国をメンバーとするより軍事的色彩の強い米豪英のAUKUSも立ち上げた。またバイデン政権は、中朝の脅威に備えるべく日韓の関係改善を促し、日米韓三国による安保協力体制を整備するとともに、台湾有事への対応を意識し、また中国の南シナ海における島嶼不法占拠や威圧的行動を牽制抑止する目的で日米比による安保協力の枠組みを構築し、さらにベトナムや豪州をこれに加える動きも加速させている。

日米韓の安保枠組み

 まず日米韓の連携であるが、台湾有事の場合、中国は核・ミサイル開発を進める北朝鮮を取り込み朝鮮半島の脅威と緊張を高め、いわば第二戦線を開くことで米軍や自衛隊の台湾への関与を妨げようとすることが考えられる。台湾と朝鮮半島情勢は深く関連しており無関係ではないのだ。台湾と朝鮮半島の危機・脅威の連動・一体化を阻むには、北朝鮮に備える韓国軍や在韓米軍も含め日米韓3か国の密接な連携協力の体制を築くことが重要である。
 しかるに文在寅政権の成立後、日韓関係は戦後最悪の状況に陥ってしまった。徴用工問題などの歴史問題に加え、2018年に起こった韓国海軍駆逐艦による海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題で日韓防衛当局者間の交流は完全に途絶えた。この状況を憂慮したバイデン政権は、事態の改善を図るため日韓両国に対し関係改善を強く促すようになる。その結果、22年2月には日米韓三国の防衛相会談が2年3カ月ぶりに実現。同月3か国外相会談も開かれ、5年ぶりの共同声明も発出された。声明では、北朝鮮の新型ミサイルの探知や防御能力の向上を念頭に「日米韓の安全保障協力の推進」が盛り込まれた。
 折から韓国では検察官出身の尹錫悦氏が大統領に就任。政党政治家の経歴を持たない尹氏は韓国政治の枠に縛られず、それまでの反日姿勢を改めるようになった。米国も尹政権を強力に後押しし、22年6月にはシンガポールで日米韓三国の防衛相会談がもたれ、共同訓練の再開で合意、また韓国の李鐘燮国防相は同地で開かれているアジア安全保障会議(通称シャングリラ会合)で演説し、日韓の懸案の解決に向け「日本と真摯に対話する意思がある」と関係改善に意欲を示した。
 23年3月には尹大統領が訪日、韓国大統領が単独で来日するのは12年ぶりであった。そして岸田首相との首脳会談で、極度に悪化した日韓関係の正常化に取り組む方針を確認するとともに、両首脳が相互訪問する「シャトル外交」や外務・防衛当局による「日韓安全保障対話」を約5年ぶりに再開させることで合意した。
 これを受け5月には岸田首相が訪韓、同じ5月に広島で開かれた主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)では短時間ながら日米韓の首脳会談がもたれ、対北朝鮮に加え、経済安全保障やインド太平洋戦略での3カ国の協力を「新たな高み」に引き上げることが確認された。以後、日韓両首脳は頻繁に首脳会談を重ねるようになり、日韓及び日米韓の安保協力も急速な進展を見せ、日米韓の共同訓練も活発化する。
 翌6月にシンガポールで行われた日米韓防衛相会談では、北朝鮮が発射したミサイルの探知情報をリアルタイムで共有する取り組みを2023年中に始めることで合意。また同月、東京で日米韓3か国の安全保障担当の高官が会談し、北朝鮮の完全な非核化を実現するため連携して対応していくことを確認。そして8月にはバイデン大統領が日韓首脳をキャンプデービッドの別荘に招待して3か国首脳会談を実施、北朝鮮の核・ミサイル開発問題で、資金源となるサイバー活動に対応するワーキンググループを設置することで合意、ミサイル情報の即時共有の早期開始を確認した。陸海空など複数領域で実施する自衛隊と米韓両軍による合同演習の定例化でも一致した。
 会談後、中長期的な協力の指針「キャンプデービッド原則」が発表され、国際法や共通の価値観に基づき「自由で開かれたインド太平洋」を推進し、力による現状変更に反対することがうたわれた。また中国を念頭に、台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認。北朝鮮については、完全な非核化に向けた結束を誓った。さらに3首脳は、協力の具体的内容を盛り込んだ共同声明「キャンプデービッド精神」も発表。「日米、米韓同盟の連携を強化し、安保協力を新たな高みに引き上げる」と強調するとともに、3カ国の首脳会談を今後少なくとも年1回実施することで一致した(図表1参照)。

 今年に入ると、1月にワシントンで政府高官レベルによる初の日米韓インド太平洋対話が開催され、中国や北朝鮮への対応を協議。台湾海峡や南シナ海で、軍事力を背景にした威圧的な行為を強める中国を念頭に、「インド太平洋のいかなる海域でも、力による一方的な現状変更の試みに反対する」と表明した。2月にはリオデジャネイロで3国の外相会談を実施。6月のシンガポールでの3国防衛相会談では、昨夏の首脳合意に基づく共同訓練の定例化について、陸海空やサイバー、宇宙などの複数領域にまたがる共同訓練「フリーダム・エッジ」を今夏実施することやハイレベル政策協議など3か国の安全保障協力を制度化することで合意した。
 同じ時期、日韓防衛相会談も開かれ、2018 年に起きた韓国軍艦艇の自衛隊機へのレーダー照射問題に関する再発防止策を確認し、問題以降途絶えていた自衛隊と韓国軍のハイレベルの交流を再開することで一致した。事件の事実解明を棚上げする形で両国の防衛協力推進の方針を打ち出したのは、日米韓安保協力の枠組みを真に機能させるための措置であり、三国連携を重視する米国の強い意思が働いたといえる。7月にはワシントンで開かれる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に併せて日米韓による首脳会談が開催される予定だ。
 なお米韓の間では、23年4月の尹大統領訪米時に出された「ワシントン宣言」で、拡大抑止の強化を話し合う「米韓核協議グループ(NCG)」の新設が決まり、既に会合が重ねられている。今後、日米韓安保協力の枠組みの中で日本もこの協議に加わり、日米韓三国による拡大抑止強化の政策を検討すべきである。

日米比の安保枠組み

 日米韓と並行して、日米比の安保協力の枠組みも整えられつつある。日米韓の安保協力が中国及び北朝鮮シフトであるのに対し、日米比の安保協力は台湾有事を睨んだもの、具体的には米軍の前進展開拠点確保のための枠組みである。それとともに、南シナ海における中国の島嶼占拠の行動を牽制する狙いも込められている(図2参照)。

 フィリピンは海上交通路の要衝で、九州、台湾、南シナ海を結ぶ「第1列島線」上に位置し、台湾とはバシー海峡を挟んで約300キロの距離にあり、戦略的重要性は極めて高い。そのため日本は22年4月にフィリピンと初の外務・防衛担当閣僚会合(2+2)を開催し、自衛隊とフィリピン軍の部隊の往来を円滑にする「円滑化協定」(RAA)や物資を融通し合う「物品役務相互提供協定」(ACSA)の締結に向けて検討を開始することで一致した。
 また台湾に近接するフィリピンの北部に使用可能な基地や拠点を確保する目的で、米国もフィリピンとの関係改善に動き出している。ドゥテルテ前政権は親中反米の色彩が強かったが、22年6月に誕生したマルコス政権は南シナ海で強引な海洋進出を続ける中国への懸念を強め、対米関係改善に動いた。これを機に日米両国がともにフィリピンに接近、23年6月にはシンガポールで、日米比3カ国にオーストラリアを加えた初の4カ国防衛相会談を開催。QUADにフィリピンを組み込む動きと言える。同月上旬にはマニラ湾沖で、米比両国の沿岸警備隊と日本の海上保安庁による合同訓練も行われた。
 さらに同じ6月には、東京で日米比三国の安全保障担当者による新たな協議の枠組みが立ち上げられ、その初会合で中国などを念頭に3か国の防衛協力推進が申し合わされた。台湾海峡の平和と安定の重要性も確認された。3カ国は防衛・安保能力を強化するための取り組みとして、インド太平洋地域で自衛隊、米軍、フィリピン軍による共同訓練や合同海洋活動を実施する方針を確認したほか、中国漁船の違法操業も念頭に、日本の新たな「政府安全保障能力強化支援(OSA)」などを活用して「海洋状況把握(MDA)」の促進に取り組むことでも合意。また経済安全保障や経済的強靭性を推進するための取り組みを行うとともに、他のパートナー国とも連携し、経済的威圧に対処することを申し合わせたほか、防衛協力や情報共有を拡大するため、定期的に3カ国協議を開催することも決められた。
 7月には初の日米比3か国外相会合がインドネシアで開かれ、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持、強化に向け、同盟国・同志国との重層的な協力が重要との認識を共有した。9月には国連総会開催中のニューヨークで2回目の外相会合がもたれ、東・南シナ海で覇権主義的な動きを続ける中国への抑止力強化について協議、南シナ海でのフィリピン船への航行妨害を含め、国際法に反する中国の行為を非難し続ける旨表明している。
 次いで11月、岸田首相が首相就任後初めてフィリピンを訪問し、マルコス大統領との会談で、自衛隊とフィリピン軍が共同訓練をする際の入国手続きなどを簡略化する「円滑化協定」(RAA)締結へ向けて正式交渉に入ることで合意した(図表3参照)。また「同志国」の軍隊に防衛装備品などを無償で提供する新制度「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の枠組みを初めてフィリピンに適用し、6億円相当の沿岸監視レーダーを供与することでも合意した(図表4参照)。

 今年に入ると、4月の岸田文雄首相の訪米に合わせ、ワシントンで初の3国首脳会談が開かれ、中国による南シナ海での攻撃的な行動や、東シナ海での一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念を共有した上で、3か国の海上保安機関による合同訓練に加え、海域のパトロールを行うなど、海洋安全保障協力を強化していくことで一致した。またニッケルなどの重要鉱物や半導体の供給網の構築など経済安全保障分野での協力強化を申し合わせたほか、フィリピンの港湾施設などのインフラ整備を推進していくことでも合意した。会談の直前には、南シナ海で日米豪比4か国の初の本格的な共同訓練が行われ、同海域で威圧を続ける中国をけん制した。また5月には昨年6月の初開催に続き、2回目の日米豪比の防衛相会談が催され、東・南シナ海で強引な海洋進出を続ける中国を名指しして、「航行の自由の行使に対する度重なる妨害」への深刻な懸念を盛り込んだ共同文書が発表された。
 米国はフィリピンとの二国間関係でも関与を強めている。昨年、フィリピンとの防衛協力強化協定に基づき、米軍が一時使用できる拠点を、それまでの5カ所から4カ所増やすことで合意。うち3カ所はバシー海峡を挟んで台湾と向かい合う北部に集中しており、中国牽制の狙いが強い。今年5月にはフィリピンと大規模な合同軍事演習バリカタンを実施、初めて中距離ミサイルをフィリピンに展開させている。米国と歩調を合わせ、日本も南シナ海の領有権をめぐって中国と対立するフィリピンとの二国間の安保協力を進めており、5月には円借款で大型巡視船5隻を新たに供与することとし、マニラで署名式が行われた。7月には「円滑化協定(RAA)」の締結を目指し、2回目となる日比2+2がマニラで開催される予定だ。

6.要の役割を担う日本:ユーラシアの東西結ぶ日英安保協力

 NATOのような集団防衛態勢を取らないアジア太平洋の安保枠組みは、コアである米国が日米、米韓などアジア諸国と結ぶ二国間の同盟関係(ハブスポークスの枠組み)が基本で阿あったが、バイデン政権はそれを多国間安保の枠組みに発展強化させようと急いでいる。メッシュ型とも呼べる網の目状の多層多重的な安保枠組みの整備は、低下した米国のパワーをアジア諸国が補完する取り組みであり、この構想で最も重要な役割と位置を占めているのが日本だ。
 米国がアジア太平洋地域で多国間安保協力の枠組み整備を進めるうえで、日米の間で結ばれている日米安保条約が、そして日米同盟がその碇(アンカー)になっている。米国が構築する多国間安保の枠組みのほとんどに日本は参画しており、日本の占める位置や果たす役割の大きさがわかろう。日本が多国間安保の枠組み運営で主導権を発揮することなくただ米国に追随するだけでは、新たな枠組みも形を変えたハブスポークスの延長に留まってしまう。日本は日米の緊密な関係を軸に、韓国やフィリピンなど枠組みに加わる各国との意思疎通や連携を深め、さらに共同訓練や共同での海洋監視活動などを重ねていくことで、メッシュ型同盟の機能発揮に尽力する必要がある。
 唯一現時点で日本が構成国になっていないのがAUKUSだが、防衛装備移転三原則が見直され、殺傷力のある武器(自衛隊法上の武器)の輸出が可能となったことで、日本もAUKUSに参加する途が開かれた。さらに我が国でもスパイ防止法が制定されれば、ファイブアイズのメンバー入りも視野に入ってこよう。しかも日本は、アジア太平洋域内に限らず、かねてより英国との二国間の安保協力を進めてきた経緯もある。この日英の安保協力が多国間安保協力枠組みの中で日本の存在感を一層大きなものとしている。
 そもそも日本はAUKUSやファイブアイズの中心メンバーである英国とこれまで二国間の安保協力を推し進めてきた実績を持つ。ともに米国の同盟国である日英は、お互いを「準同盟国」と位置づけ、安保協力の強化を進めてきた。近年も、2017年には食料や燃料などを提供しあう「物品役務相互提供協定(ACSA)」を締結。22年12月には、日英にイタリアを加えた3か国で、航空自衛隊の次期戦闘機の共同開発でも合意した。
 また23年1月には岸田首相が訪英し英国のスナク首相と会談した後、自衛隊と英軍が互いの国に滞在した際の法的地位を定める「円滑化協定」(RAA)に署名。10月15日に発効した。RAA締結は豪州に次いで2か国目。双方の部隊が相手国を訪問する際の武器持ち込みなどの手続きを事前に定めるRAA締結で共同訓練のたびにルールを決める必要がなくなり、訓練が行い易くなる。安全保障協力の深化に加え、経済分野での連携強化も確認した。
 「欧州とインド太平洋の安全保障は不可分」との認識で一致する日英は、自衛隊と英軍の運用面での協力関係も進めており、毎年共同訓練を重ねている。21年には英国の最新鋭空母クイーン・エリザベスが日本に寄港した際、沖縄南西沖で、海上自衛隊の護衛艦いせや米海軍の原子力空母ロナルド・レーガンなどと訓練を実施している。
 さらに昨年5月のG7広島サミットで日英両首脳は、安全保障や経済分野の協力強化をうたう共同文書「強化された日英のグローバルな戦略的パートナーシップに関する広島アコード」(日英広島アコード)を発表した。広島アコードでは、ロシアのウクライナ侵略を踏まえ「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を強化する」ことが明記された。また中国が進出を強める東・南シナ情勢に「深刻な懸念」を共有。台湾海峡の平和と安定の重要性も再確認された。さらに北朝鮮の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)実現や日本人拉致問題の即時解決に向け緊密な連携でも一致した。
 そのうえで日本は、自衛隊による英軍への武器等防護の検討を打ち出し、英側は空母打撃群を2025年にインド太平洋に再派遣する計画を表明した。自衛隊が他国軍の艦艇や航空機を守る武器等防護は米国と豪州対象に実施済みで、英国に対し実現すれば3カ国目となる。先に締結された円滑化協定(RAA)を活用した合同演習も明記された。宇宙・サイバー分野での協力強化のため、「日英サイバーパートナーシップ」の創設もうたわれている。
 そのほか経済分野の協力促進も確認し、重要技術である先端半導体の共同研究開発で連携する「半導体パートナーシップ」の立ち上げを盛り込んだほか、英国の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)加入が実質合意されたことも踏まえ、両国間での閣僚級会合創設が明記された。この広島アコードの発表で、日英は新日英同盟の段階に進んだとの見方もある。日本を介して、アジア太平洋と欧州・大西洋の海洋国家が一体化し、世界的な海洋同盟の構築へと視野が広がっていくことになる。

7.今後の課題と方向性 海洋同盟の構築に向けて

 高まる中国や北朝鮮、さらに両国と連動するロシアの脅威に対処するためには、重層的な多国間安保協力の枠組みをさらに強靭なものとなす必要がある。そのための具体的なアプローチや政策として、以下の3点を指摘したい。
 まず東南アジア諸国連合(ASEAN)各国との関係を深めていくことが重要だ。中でもフィリピンに加え、ベトナム、マレーシア、それにインドネシアといったASEAN海洋国家との関係を強化する必要がある。既にベトナムへの接近が急速に進んでいる。昨年9月、バイデン大統領は初めてベトナムを訪問、最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長と会談し、両国関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げした。米国は1995年にベトナムと国交を正常化し、武器禁輸措置を段階的に緩和。2016年に全面解禁したが限定的な協力にとどまっていた。関係格上げを受け、早速F16戦闘機を含む大規模な武器取引に関する交渉が両国間では始まっている。
 米国の動きを受け昨年11月、来日したべトナムのボー・バン・トゥオン国家主席と岸田首相の会談で、日本はベトナムへの防衛装備品・技術移転に取り組むほか、海上保安当局による合同訓練など中国を念頭に置いた安全保障分野の協力を強化する方針で一致。これまでの「広範な戦略的パートナーシップ」の2国間関係を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げする共同声明を発表した。今年はベトナムとの外交関係樹立50年の節目の年にあたるが、南シナ海での中国の行動を牽制するため、日越の関係をさらに強めていく必要がある(図表5参照)。昨年9月にはインドネシアとの関係も同様に、「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げしている。さらに岸田首相は昨年12月の日・ASEAN特別首脳会議の際の個別会談で、マレーシアに、政府安全保障能力強化支援(OSA)として救難艇や警戒監視用ドローンの提供を表明。インドネシアとは途上国援助(ODA)を活用し、大型巡視船の供与で合意した(図表6参照)。日米のASEAN諸国との関係強化に向けた動きは今後も続くであろう。

 第二に、中国の南太平洋への中国の進出・接近が急速に進む中、その動きを牽制阻止するため、太平洋島嶼諸国との関係を強化することも必要だ。中国は第三列島線を設定しており、南太平洋への中国の進出や影響力の拡大を許せば、米国とアジア域内諸国とのシーレーンが寸断され、また米海軍の行動が大きく制約されてしまうからだ。第三列島線を無力化するためには、南太平洋島嶼国との協力は不可欠である(図表7参照)。そしてASEAN各国や南太平洋島嶼国との安保関係強化にあたっては、オーストラリアとの緊密な連携や一体化が必要である。ベトナムやオーストラリア、インドネシアなどの海洋諸国家を逐次構成メンバーに加えていくことで、多国間の安保枠組みは、西太平洋のシーレーン防衛と海洋秩序を守るための強固な同盟へと発展を遂げていくことになるだろう。

 第三に、日本は日米同盟と新日英同盟を連携、深化させ、日米英の海洋トライアングルを形成すべきだ。それにより日本を結節として、アジアと欧州、太平洋と大西洋が結ばれ、グローバルな海洋同盟の構築が視野に入ることになる。

8.留意点

 重層的多国間安保協力の枠組みを整備するにあたって日本が留意すべき点もある。これも三点挙げておきたい。
 第一は日米同盟の抜きん出た重要性である。確かに多国間安保協力は重要な政策だが、日本にとっての基軸同盟は日米安保に変わりはない。戦前、基軸の日英同盟を失った日本は国を滅ぼしてしまった。多国間の枠組みは日米同盟を補完するものであり、日米同盟にとって代わるものではない。
 いま一つの留意点は、自主防衛努力の重要性だ。多層多角的な同盟関係の強化と並行し、日本は防衛力の強化を急ぐとともに、自力で国を守るという強い意識を持つことだ。同盟国や準同盟国の数が増えたとしても、国を守る最後の力となり砦となるのは、自らの国防力であり、自分の国は自らの手で守るという覚悟以外にはない。
 第三は、東南アジア諸国の微妙な立ち位置を理解する必要がある。ASEAN加盟国の中でも、ラオスやカンボジアといった陸系諸国は親中色が強いが、中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」に関わる事業や経済協力、投資活動の影響で、海洋諸国でも「遠い米国よりも近い中国」を重視する傾向が出ており、単純に親米反中とは言い切れなくなっている。
 今年4月、シンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」がASEAN加盟10か国の政府や民間企業、研究機関に所属する職員ら約2千人を対象に今年1〜2月にかけて行った意識調査によれば、米国と中国の選択を迫られた場合、どちらの国を選ぶかとの質問に対し、「米国よりも中国を選ぶ」と回答した人が2020年以降初めて過半数を超えた(50.5%)。米国を選ぶ人が減少し、中国を選ぶ人が増えつつあるのだ。中国を選んだ人の割合が最も高い国はマレーシア(75%)で、インドネシア(73%)、ラオス(71%)と続く。
 同研究所はこの3か国が「一帯一路」事業で中国からの投資が増えたことが背景にあると指摘する。逆に米国を選んだのは、フィリピン(83%)が最高で、次いでベトナム(79%)、シンガポール(62%)で、南シナ海で一方的な海洋進出を強める中国への警戒感が一因とみられる。同様に、南太平洋の島嶼国の中にもソロモン諸島やキリバス、ニューギニアなど米豪よりも中国に近い動きを見せる国が増えつつある。
 そうした国々との間で多国間の安保協力関係を深めていくためには、ただ中国の脅威や権威主義政治体制の問題点を取り上げるだけでなく、経済協力を始め社会インフラの整備支援や環境保護等幅の広い、そして各国の置かれた事情に対応したきめの細かい支援と協力の姿勢が重要である。枠組みを立ち上げただけで即効果的な同盟としての機能発揮を求めるのではなく、時間をかけ、長期的な視点に立って、自由諸国の同盟としての発展と成熟を促す覚悟と努力が求められよう。

(2024年6月20日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
これまでアジア・太平洋地域の安保枠組みは米国とのハブ・ポークス型を基本としていたが、情勢変化に伴い多層多重的な枠組みに発展しつつあり、そこにおける日本の役割は大きい。

関連記事