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大学教育・人材育成の課題を考える―職業力vs.基礎・根源力―

大学教育の再生戦略として、知の継承/創造をはじめ、概ね三つの方向が示されている。再生戦略に向けた人材育成では、専門知だけでなく、職業力を支える人間力や根源力等も重要である。
大学教育再生戦略推進事業
Society5.0 の実現に向けた広範な事業が、文部科学省から公示されている。図1 に示すように、概ね、3 つの方向を見据えた再生戦略である。
図1

出所: 筆者作成.
第一の方向は、知の継承/創造である。世界最高水準の教育・研究力を結集した卓越大学院プログラムの構築を図る(*1)。成長分野における即戦力を意図したリカレント教育やイノベーションを狙う人材育成も、これに該当する。
第二の方向は、学内外の連携である。学内では、全学的な教育実施責任体制を有効に機能させることで、学修の質の向上を図る。国内の連携としては、オープンイノベーションに向けた持続的な産学協同人材育成システムや、大学が地方公共団体や企業等と協働して作成する地方創生人材教育プログラムが挙げられる。国際的な連携では、海外トップ大学との組織的な連携が挙げられる。
第三の方向は、分野である。分野(横断)では、領域を越えた連携によって学際的な新領域を求めたり新産業の創出を計らうなど、学術の多様さを特徴とする。分野(重点)としては、次世代の臨床教育・研究を推進する事業がある。
職業力を支えるもの
先に述べた推進事業は、学生に対して将来の職業に資する専門知を付与するために、大学を中心とした組織的体制を構築することを一つの主旨とする。専門知とは、先端研究、イノベーション、地域社会が求める実務など、特定の実世界における問題解決に資する専門的知識を意味する。この専門知が、実社会における職業力を支えることになる。人材育成も、この職業力に準ずる。
図2 は、職業力や専門知を高める諸要素を図式モデルとして示したものである。再生戦略の方向の一つである「知の創造/ 継承」は、大学では、図内の「専門知(力)」と「基礎力」に該当する。そして、専門知(力)は、学士課程の上位学年と大学院修士・博士課程に対応し、基礎力は主に学士課程の下位学年に対応すると考えてよい。
図2

出所: 筆者作成.
基礎力には、専門基礎力と人間力がある。専門基礎力は、「知の創造/ 継承」を直接支えるものであり、重要な学力である。理数系における専門基礎力は、基礎数学や初等物理学等がこれに該当する。さらに、知の国際連携を計る場合は、語学力もこれに該当しよう。
人間力とは、リーダーシップ力、コミュニケーション力等を意味する。これらは、グループワークとしての「知の創造」の推進に不可欠である。特に、リーダーシップ力は実務の方向性を定める重大な任務を負う。人間力は、先々の職業力を発揮するのに直接資するものと言える。
根源力は、大学等における学修や就業の方向性を定めるような内発的な力である。著名な実業家や研究家の多くは、職業的信念や奉仕の精神に溢れている。また、ロボット工学には、子供のころ親しんだ鉄腕アトムに触発されてその道を選んだという研究者がいるが、これも根源力として機能する。幼少時の家庭環境が根源力を生み出したという、大リーガーの事例もある。
つぎに、図2 に示されたいくつかの「力」に関し、その可視・可測性を考えてみよう。
専門知の習熟や成果は、その専門知を生かした職業力の観点からは可視・可測性が高い。例えば、先端研究では、論文が形になったか、他の論文から何回参照されたかなどが評価の対象になる。
イノベーションにかかわる職業力では、特許数や新規に開発した製品の販売実績が評価の対象になる。可視・可測なその評価結果が、直接当人の職業的キャリアに影響を与える。一方、職業力を支える根源力は、定性的には理解できても、可視・可測性が低い。
基礎力の可視・可測性は、状況によって、その高低を特定しにくい。つまり、個別の授業範囲の中では、評価つまり客観的な学力測定が可能ではあっても、職業面からの評価は不明確なものが多いのである。例えば、理数系における専門基礎力は、基礎数学や初等物理学がこれに該当する。これらは、ペーパーテストという評価ツールを用いることで各学力の可視・可測性が高いと言えるのであるが、その学力がどの程度職業力に資するかという点では、可視・可測性は低い。人間力も、その性質上、可視・可測性が高いとは言えない。
一方、昨今のデータサイエンスや生成AI は、即戦力に資するとみなされることが多い。これらは、守備範囲は時々刻々変わりつつあるものの、専門知(力)と職業力のいずれから見ても、可視・可測性が高い分野と言えよう。
基礎・根源力が強化されると、職業力に弾みがつく。逆に、職業的実績が評価されれば、基礎・根源力に自信を得て、根源的意思が強まる。だから、定性的には、職業力と基礎・根源力とは正相関の相互作用を呈すると言える。
樹木モデルにおける均衡感
職業力と基礎・根源力に関し、均衡感のある人材像を考えてみよう。
これを、人材の資質を樹木に見立てるという樹木理論® の枠組として捉える(*2)。人間と樹木は、もともと見た目が異なるので、大まかな見立てに止まる。しかし、樹木モデルを用いると、概ね、地上部分が職業力で地中部分が基礎・根源力と見立てることができる。職業力は可視・可測であるが、基礎・根源力の職業への影響は、一つの傾向としては理解できても、その様態が不可視・不可測に近いと思われるからである。
図3
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出所:筆者作成
図3 ⒜の小さな樹木は、地上の幹・枝葉と地中の根がほぼ同時に生長して⒝になる。⒞のように地上部分のみ生長する樹木は、自然界には存在しない。⒜と⒝が均衡状態で、⒞が不均衡状態と言える。
⒝と⒞は地上部分の形と大きさが同じであるから、可視・可測的な資質が同じとみなされる。しかし、強風に吹かれると、⒞が先に倒れる。また、⒝と⒞で地上部分の各中程を綱で結び、疑似的に綱引きをしたものとする。すると、やはり⒞が先に倒れる。地中部分が不可視・不可測とはいえ、強靭な樹木を維持するためには、地中部分が如何に重要な存在であるかが理解できるはずである。均衡感のある⒝であってこそ、強風や綱引きにも耐えうるような「皆に一目置かれる樹木」となる。渋沢栄一氏の主著「論語と算盤」は、先の均衡感を想起させるタイトルと言えよう。
地中部分の資質を養成するのには、何を学び、何を実践したらよいのであろうか。先の強風や綱引きとは、実世界ではどのような社会事象に対応するのであろうか。一本の樹木を一つの国に対応させたら、どう解釈できるであろうか。樹木モデルをイソップ物語の植物版とみなして、あれこれ空想してみるのも面白い。
冒頭に述べた推進事業の推進では、均衡上、職業力と対比させるべき基礎・根源力という重要課題があったのである。
(『EN-ICHI FORUM』2023 年11 月号記事に加筆修正して掲載)
(注)
*1 拙編著(2017)『学生エリート養成プログラム―日本、アメリカ、中国』東信堂.
*2 拙著(2018)「大学における学生エリート養成プログラム」『政策オピニオン』No.104, 平和政策研究所. https://ippjapan.org/pdf/Opinion104_IKitagaki.pdf