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学生の「卓越」と卓越教育プログラムを観る―Society5.0の科学技術社会に向けて―
卓越教育プログラムは、学内で特に優秀とされる、いわば卓越学生に対する教育プログラムである。オナーズプログラムと呼ばれることもある。
Society5.0という新たな段階の科学技術社会において、課題の発見や解決に期待されるのは、卓越的な資質を有する実践者である。つまり、社会と協働する「知のプロフェッショナル」の育成が、わが国の早急の課題として求められている。その育成に向けて、大学では卓越教育プログラムが企画されている。
卓越教育プログラムの発展
オナーズを冠した呼称は、1920年代にアメリカで頻繁に使われた。当時の大学授業は、小規模のセミナー形式を特徴とした。これが、現在のオナーズプログラムのモデルとなった。1920年代から20年間、学生の量的拡大と質的維持という現実的な課題がオナーズの発展を後押しした。その後、60年代までに少なくとも4つのオナーズ関連協会が設立された。90年代にオナーズの要件・特徴が公表されたが、そこには、入所にあたっては明確な判定基準があること、担当教員は学生に対してリーダーシップ性を与えることができること、などの実施要件が記されている。2002年までに、全米で600弱のオナーズプログラムが稼働している*¹。
中国では、1970年代に卓越教育プログラムが始まった。その後、急速にその実施数を増やし、2005年までに約40の卓越教育プログラムが稼働している。
卓越教育プログラムの実施形式はさまざまである。概ね共通するのは、入所にあたって厳格な判定基準があること、入所後に成績不良となったら退所を余儀なくされることである。入所期間はさまざまで、学士課程の4年間や前半の2年間などの事例がある。
21世紀に入り、日本では「卓越」を推進する大学院改革に対する関心が高まっている*²。
学力、研究力、リーダーシップ力

出所: 筆者作成
学生の卓越性は、多くの場合、ペーパーテストに基づく学力で測定される。しかし、先々の職業に資する「知のプロフェッショナル」に向けては、大学のカリキュラムポリシーとして、学力、研究力、リーダーシップ力の3つの育成を計らうことが必要になる。実践社会における職業的活動を想定すると、リーダーシップ力は、これにコミュニケーション力、調整力等を含めて人間力と総称するのが現実的であろう。いわば「集団をまとめる力」である。
このうち、学力の卓越は、教育プログラムの参加資格や修了要件に直接かかわる事柄であり、ふつう、ペーパーテストで測定される。大学院の入学資格の場合は、これに面接の評価結果が付加されることもあるだろう。
研究力の卓越は、大学院で特に博士課程生に求められる。その評価は、国内/国際学術論文数、受賞数等でなされる。専門性の高い研究力が求められる職業に向けては、博士の学位が必須となる。後述する東北大学の卓越大学院プログラムは、社会的課題解決能力の育成を含めている。高い専門力を持ちつつ俯瞰力や実践力を含むような研究力を意図するものである。
日本の卓越大学院プログラム
文部科学省は、世界的研究拠点の形成のため、2002年度より、大学院博士課程を中心とする「21世紀COE プログラム」の募集を開始した。このプログラムは、その後若手人材育成にも重点を置く「グローバルCOE プログラム」に継承された。約40大学140件が採択されている。
他の例として、筑波大学では、2010年度から、5年間の文科省産学連携プロジェクトとして、ナノテク分野での大学院オナーズプログラムを開始した。海外連携・受講を含む国際的な企画である。3年目には、国内外研究者や企業幹部による中間評価が行われている。
最近の企画としては、2018年度以降に実施されている卓越大学院プログラムが挙げられる。東北大学の例を挙げてみよう。
これは、人工知能エレクトロニクスとも呼ぶべき既存の研究環境を基礎とする企画である。そこでは、学生には、産学・社会連携を意識しつつ社会的な課題の解決と新たな価値の創出を実現する「実践力」と、Society5.0における現実空間とサイバー空間を含むあらゆる空間を見通せる「俯瞰力」を習得させる。そして、異分野技術を巻き込みつつ、継続的にイノベーションを起こすことができる卓越した博士人材を育成することを目的とする。
このように、21世紀の日本の大学には、世界的研究拠点の形成もさることながら、人材育成に重点を置いた企画を計らうという特色がある。
根源力
図示の3つの力、すなわち、学力、研究力、リーダーシップ力(または人間力)のいずれも、その推進は、当然ながら本人の意思の発現による。著名な研究者や実業家の中には、幼少時の家庭環境、夢中で取り組んだ遊戯、偶然の出会い等がそのような力の根源を形成した例が少なくない。思想・信条が3つの力の強化に寄与することもあるだろう。このような「力を強める力」が、「根源力」である。「根源力」は、一生を左右する重要事でもあり得るが、日本の正規の大学授業の中で語られることは少ないであろう。
卓越大学院生の各個には、根源力および根源力が押し上げる先の3つの力を俯瞰するという主旨で、著名な研究者・実業家を選び、その生涯を学ぶことが望まれる。大学院生時代の教養的な学びと呼んでよい。
図示のように、根源力(灰色)を背景とした学力(赤色)、研究力(青色)およびリーダーシップ力(または人間力)(緑色)の3つが、「知のプロフェッショナル」に求められる資質である。
(『EN-ICHI FORUM』2025 年2月号記事に加筆修正して掲載)
(注)
*1 Digby Joan(2002) Peterson’ s Smart Choices: Honors Programs & Colleges, Thomson.
*2 北垣郁雄編著(2017):学生エリート養成プログラム―日本、アメリカ、中国. 東信堂.
