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向社会的行動の発達過程と学校での育成
人口減少が進行する中、地域社会では担い手の確保が課題となっています。他者の利益を意図する向社会的行動を育成する環境として、学校の可能性を感じさせる理論があります。
- 地域における相互扶助・互酬性の希薄化
- 向社会的行動とは他者の利益を意図した行動
- 向社会的動機と青年期
- 向社会的行動に対する周囲の評価・是認が重要
- 養育スタイル研究からの示唆
- 「倫理的学習共同体」の可能性
- 「倫理的学習共同体」を日本で導入する際の留意点
地域における相互扶助・互酬性の希薄化
少子高齢化・人口減少が進行する現代、公的福祉の大幅な拡大が見込めないことから、地域社会における住民同士の支え合いに注目が集まっています。そして、住民同士の支え合いを促すものとして、ソーシャル・キャピタルの重要性が訴えられることが増えています。ソーシャル・キャピタルとは、信頼、ネットワーク、互酬性規範の三要素からなる人々のつながりとされることが多い概念です。このうち、互酬性とは相互扶助の関係、お互い様、ギヴアンドテイクの関係が成立しているということであり、地域での支え合いを直接左右しうる要素といえます。

出所:筆者作成
しかし、近年では地域住民同士の交流が希薄化してきている可能性もあります。内閣府が実施している「社会意識に関する世論調査」によれば、「地域での付き合いをどの程度していますか」という問いに対し、「付き合っている」(「よく付き合っている」+「ある程度付き合っている」)と答えた人の割合は、令和3年に56.6%でしたが、令和5年には52.9%となりました(調査方式が異なるために単純比較はできませんが、平成14年の割合は69.5%でした)。
加えて、「地域での付き合いは、どの程度が望ましいと思いますか」という設問についても希薄化の傾向がみえます。「地域の行事や会合に参加したり、困った時に助け合う」という選択肢を選択した人の割合は令和3年には32.2%でしたが、令和5年には29.8%でした。同様に、「地域の行事や会合に参加する程度の付き合い」は令和3年が28.8%だったところから令和5年には27.2%となっています。逆に、「挨拶をする程度の地域付き合い」は17.8%から21.1%に上昇しており、浅いあるいは形式的な付き合いを望む人が増えているといえます。
向社会的行動とは他者の利益を意図した行動
地域の相互扶助、互酬性を高めていく方法を模索する必要があり、向社会的行動、あるいは向社会性は重要な概念となります。
向社会的行動とは、他者の利益を意図した行動を指す概念であり、向社会性は向社会的行動の実行に関わる人の性向を指します。向社会的行動は、見返りを求めず純粋に相手を思い助ける愛他的行動と、外的報酬や他者からの排斥の回避を目的に相手を助ける行為も含む援助行動という概念を含みます。

出所:筆者作成
向社会的行動は、利他的な意図から人間関係の形成や維持に寄与する行動であり、向社会的行動を行う人が多い地域では人々のつながりが増進されやすい傾向があります。反対に、つながりが豊富な地域では更なる向社会的行動が促されます(内田2020)。地域社会との関係では、地域内外の他者のサポート、(地域運営に関する)主体的な発案、地域への貢献活動としてとらえられることもあります(同上)。
多くの研究により、向社会的行動は行為者の幸福感の向上に資することが示されています。例えば、Helliwell et al.(2017)はアメリカで3万人を対象とした調査データを用い、ボランティア活動をする人ほど幸福感が高いことを示しました。また、Moynihan et al. (2015)は、仕事において向社会的な動機を持って取り組み、その成果を確認することがウェルビーイングの高さと関係があることを明らかにしました。
このように、向社会的行動は受け手にとっても行い手にとっても利益となり、向社会的行動を行う資質を育成することは大きな意義があります。
向社会的動機と青年期
向社会的な行動を行う動機(向社会的動機)には、自律的(内発的)な動機づけと統制的(外発的)な動機づけがあるとされ、統制的動機づけであるほど、個人の主観的幸福感や自尊感情は低くなる関係にあります。
こうした動機づけの種類による影響の違いは、子供が青年期に差し掛かったときに重要な意味を持ちます。青年期は子供と大人の間の時期といわれ、10歳前後からはじまります。この時期、子供はそれまで社会化の一環として親から世代間伝達されてきた価値観や規範を相対化し、問い直すようになります(例えば、大山2019)。そして、吟味の末に良いと思った価値観や規範を内在化するようになり、徐々に自己形成していくようになります。
向社会的行動も社会的望ましさという価値観を反映するため、青年期における吟味の対象となります。向社会的行動の生起頻度に関する研究からは、世界的に共通して、青年期初期の子供たちには向社会的行動の頻度が減少する時期があることが示されています(山本2022)。山本(2022)は、児童期までの向社会的行動は親をはじめとした周囲の大人からの被統制感を伴って行われており、自己形成過程で統制的動機づけに基づく向社会的行動が減少したからだとしています。また、こうした向社会的行動の生起頻度の減少は、自律的な動機づけによるものに移行していく途上でおこる発達上定型的なものであるとしています(山本2022)。
ただ、向社会的行動における統制的動機づけから自律的動機づけへの移行は、一足飛びに進むものではありません。向社会的行動研究の第一人者であるEisenbergらは、向社会的動機の発達的変化を六つの段階に分類しました(山本(2022)より引用)。(1)「快楽主義的・自己注目的指向段階」、(2)「他者の要求志向段階」、(3)「受容や対人関係志向およびステレオタイプ志向段階」、(4)「共感志向段階」、(5)「共感志向から内在化への移行段階」、(6)「強く内在化された段階」の6段階です(内容の詳細は表を参照)。

出所:山本(2022)の記述より筆者作成
この分類によれば、自己中心的な動機づけから他者の存在を考慮した動機づけへと移行し、徐々に内在化した価値観による動機づけに至ることが分かります。Eisenbergの分類では、多くの青年は(3)または(4)、すなわち他者からの承認や共感を起点とした動機づけの段階にあるとされます。この点、伊藤(2012)も向社会的行動の出現は、価値観のみから影響を受ける段階から、価値観とともに効力感(向社会的にふるまえるという自信)の影響も受ける段階に変化するとしており、整合的だといえます。
向社会的行動に対する周囲の評価・是認が重要
こうした青年期の特徴から、向社会的行動を育成しようとする際、向社会的行動が評価され是認される環境が重要となります。Tashjian et al. (2021) は平均年齢16歳の青年達を対象に調査を行い、向社会的行動を評価してくれる仲間関係を築いている青年は、仲間関係から肯定的なフィードバックを受けられるため、心理的報酬を得やすいことを示しました。対照的に、向社会的行動をとっても評価されることが少ない青年は、向社会的行動とウェルビーイングの間に関連が見られませんでした(Tashjian et al., 2021)。仲間関係による向社会的行動に対する評価や是認が、さらなる向社会的行動の動機となることが分かります。また、尾関ら(2008)は、地域における人間関係と文化が中学生の向社会的行動に与える影響を調査し、大人たちが協力し合う姿をより多く目にしていることが、子供たちの向社会性を高めるという研究を支持する結果を得ました。
養育スタイル研究からの示唆
親の養育スタイルと子供の向社会的動機の関連に関する研究からは、子供の声を丁寧に聴いた上で向社会的価値観が提示された場合、内在化が進むことが示唆されます。
16~18歳の青年610人を対象に質問紙調査を行ったKarmakar(2017)によれば、両親が温かい思いやり・ケアと健康な発達のための要求の両方を兼ね備えた権威的スタイルであるとき、子供は内発的動機から向社会的行動を行いやすくなります。反対に、思いやりやケアが少なく、親の都合による禁止や指示が多くなる権威主義(独裁)的スタイルであるとき、外発的動機による向社会的行動が多くなるとしています(Karmakar 2017)。Karmakar(2017)によれば、権威的スタイルの両親のもとでは、子供は「やさしいしつけ」と「相互応答的な親子関係」により安心・安全な状態であるため、良心的な行動を内面化できるといいます。
まとめると、向社会的行動の育成には、向社会的行動を評価し合う環境と、双方向的な関係性のもとで向社会的な価値観を提示されることが有効といえます。

出所:筆者作成
そのような環境を準備する場の候補として、やはり学校は有力です。要藤(2019)は、子供時代にソーシャル・キャピタルに恵まれた家庭や地域で過ごした人は、その後ソーシャル・キャピタルが少ない地域に移動しても、互酬性や地域資源の共有意識が高くなる傾向にあるというデータを示しています。したがって、学校という限られた集団・空間における経験であっても、子供たちの互酬性の意識、ひいては向社会的行動に肯定的な影響を与えると考えられます。
「倫理的学習共同体」の可能性
アメリカでは、学校において知能的発達という意味での優秀さと、道徳的成熟という意味での善良さを統合的に育成することを目指す「倫理的学習共同体」の概念がまとめられています(リコーナとデイビッドソン2012)。倫理的学習共同体は教師、子供、保護者、地域社会が協働し、学校をできる限り最善のものにすることを目指します。
リコーナとデイビッドソン(2012)によれば、倫理的学習共同体を形成している学校は、以下の6つの「原則」を実践しているといいます。
①共有された目的やアイデンティティの保持:優秀さと善良さの向上を学校の教育目的、アイデンティティ、共同体への帰属意識の礎とする。
②さまざまな実践と期待される成果や関連した研究との結合:既存の実践が、優秀さと善良さの統合、つまりパフォーマンス的人格と道徳的人格にどう結びついたかを確認する。
③発言し態度で示すこと:優秀さと善良さを追求することにできるかぎり参加する民主的な共同体を創り出す。そのために、教師、子供、保護者が誠実に勇気をもって発言するように促す。
④持続的な自己成長のために個人的責任を持つこと:自分自身を制作中の作品とみなして最善を尽くす。
⑤優秀さと善良さに集団的責任を持つこと:他の人たちが最善でいられるように、十分な思いやりを持つ。人間関係にケア・フロンテーション(相手を大切にしながら、必要なことを伝えたり、問題に直面してもらう方法)の規範を取り入れる。
⑥困難な課題に取り組むこと:学校の内外でしばしば見過ごされ、優秀さと善良さに影響を及ぼす課題に取り組む。

出所:筆者作成
向社会的行動との関連では、①共有された目的をもつこと、③発言し態度で示すこと、⑤他者が最善でいられるように思いやりを持つことが特に大きく関わるといえるでしょう。①の共有された目的として向社会的行動の育成を掲げることは、向社会的行動を価値視するというメッセージを全体で共有することに繋がります。③の発言し態度で示すことは、子供たちが自分たちに影響を及ぼす事柄について発言し実行する機会を持ち、双方向的なやり取りによって共同体を構成することに繋がります。そして⑤他者が最善でいられるように努めることは、具体的に向社会的行動を取ることを互いに促し合い、肯定的に認め合うことで行為者の心理的報酬を高めます。こうした心理的報酬は次の向社会的行動の誘因となることが知られており、向社会的行動を価値視する考え方を内在化する上で重要な要素となります。
以上のように、倫理的学習共同体は子供たちが向社会的行動を内在化していく環境として適しているといえます。
「倫理的学習共同体」を日本で導入する際の留意点
ただし、倫理的学習共同体はアメリカで提起された概念であり、アメリカの文化、思考様式に基づいているため、日本において実践する場合にはいくつか留意するべき点があると考えられます。
第一に、優秀さに集団的責任を持つために、リコーナとデイビッドソン(2012)は最善を尽くしていない友人に対して思いやりを持ちつつも明確に指摘をすることを挙げています。この点、日本文化のもとでは相手に直言することが大きな心理的ハードルになることが考えられ、集団を重視する文化のもとで互いの気づきを促し合う方策を別途考える必要があります。
第二に、倫理的学習共同体は、優秀さと善良さを追求するための最善の努力を要請しますが、それは一つの目標であり、即全ての子供に求められるものではないことを念頭に置く必要があります。家庭環境等様々な事情により、心理的な安心感を持てていない子供もいる。そうした子供については安心感を獲得し、居場所を保障されることが目標となります。そのような多段階性を想定する必要があります。
第三に、倫理的学習共同体を実現するためには、教職員に対して子供たちと同様の扱いが重要であるとされます。すなわち、自分たちの生活や業務について発言できる機会や、互いに助け合うことを是とし称賛し合うような同僚性の構築が必要なのです。この点は、現在教員の働き方改革における主な課題としても挙げられるでしょう。
これらの課題を克服できれば、日本においても倫理的学習共同体を実現していくことは一考の価値があります。
(『EN-ICHI FORUM』2024年11月号記事に加筆修正して掲載)
参考文献
- 伊藤順子(2012)「向社会性と動機づけ:関係論的・発達的視点からの提案」『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学』59、pp.29-34.
- 内田由紀子(2020)『これからの幸福について―文化的幸福観のすすめ』新曜社.
- 大山泰宏(2019)『思春期・青年期の心理臨床』放送大学教育振興会.
- 尾関美喜、朴賢晶、中島誠、吉澤寛之、原田知佳、吉田俊和(2008)「社会環境が子どもの向社会的行動に及ぼす影響」『名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学』55、pp.47-55.
- 山本琢俟(2022)「向社会的行動の発達的変化に対する 向社会的動機づけからの説明の試み―児童期後期から青年期初期を対象に―」博士論文、早稲田大学.
- 要藤正任(2019)「まちづくり・地域づくりとソーシャル・キャピタル」国土交通政策研究所政策課題勉強会資料.
- リコーナ,トーマス、デイビッドソン,マシュー著、柳沼良太監訳(2012)『優秀で善良な学校―新しい人格教育の手引き』慶応義塾大学出版
- Helliwell, J. F., Aknin, L. B., Shiplett, H., Huang, H. and Wang, S. (2017) Social capital and prosocial behaviour as sources of well-being. NBER Working paper No.23761. National Bureau of Economic Research.
- Karmakar, R. (2017) The impact of perception of consistency and inconsistency in parenting style on pro-social motives of adolescents. Social psychology and society, 8(2), pp.101-115.
- Moynihan, D. P., DeLeire, T. and Enami, K. (2015) A life worth living: evidence on the relationship between prosocial values and happiness. The American review of public administration, 45(3), pp.311-326.
- Tashjian, S. M., Rahal, D., Karan, M., Eisenberger, N., Galván, A., Cole, S. W. and Fuligni, A. J. (2021) Evidence from a randomized controlled trial that altruism moderates the effect of prosocial acts on adolescent well-being. Journal of youth and adolescence, 50(1), pp.29-43.
