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地域再生と社会関係資本の構築

EN-ICHI編集部

2025年6月15日

「社会関係資本」の概念が、社会学をはじめ多方面で見受けられるようになりました。ここでは、地域再生の観点から、社会関係資本構築について取り上げます。

近年、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の概念があちこちで見られます。代表的な学者として米ハーバード大学のロバート・パットナム教授(政治学)があげられますが、パットナムの定義によると社会関係資本とは、「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」(『孤独なボウリング』14頁)であるといいます。

社会学はもちろんのこと、政治学や経営学などにおいて盛んに用いられる概念となっているSocial Capitalは、「社会資本」と訳するべきですが、物的資本ではなく、社会的ネットワークを指すとの意味で「社会関係資本」と訳されます。

社会関係資本をコミュニティに応用すれば、それの構築によって、そのコミュニティには協調性がうまれ、ほとんどのものがうまく行くようになります。治安、防災、社会福祉など、コミュニティが必要とするものが潤滑に回ることになると考えられています。

出所:筆者作成

地域福祉が福祉の中心となる今日、地域福祉を充実させるためにはコミュニティ作りを先行させる必要があるとされています。コミュニティ作りには、地域における社会関係資本の構築が必要です。このパターンは、都市であるか農山村であるかを問わず、ほとんどの地域再生の試みに適用されると考えられます。

社会関係資本のキーワードである互酬性は、お互い様という感覚のことです。「情けは人の為ならず」、と言えば古臭いと思われるかもしれませんが、互酬性の意味するところはこれです。それを、パットナムは「一般的互酬性」と言い換えています。そこには、困っている近隣を助ければ、自分もそのうち助けられるとの「信念」があります。

近年の社会関係資本研究は、実証的な研究がほとんどです。指標を設定し、それによって数値化して社会関係資本を見える化する努力が行われてきました。かつて家父長制的とも批判されていた「助け合い」の効果が、証拠に基づいている(EB)として見直されたりもしています。

また、かねてからシカゴ学派を中心に展開されてきた都市化によって都市コミュニティは崩壊するとの考え方も修正され、都市コミュニティ維持論を主張したウェルマンの理論が支持されることにもなりました。

それでは社会関係資本はどのように構築することができるのでしょうか。現在、数多く行われている社会的ネットワークを測定する研究も必要でしょうが、地方再生・地域再生に資する社会関係資本の構築をどのように行うかがむしろ重要です。

実は社会関係資本において宗教の果たす役割が注目されています。パットナムは「人々がともに祈る信仰のコミュニティ(筆者注:=キリスト教の教会とその関連団体)は、米国の社会関係資本の蓄積において、唯一最大の重要性を持つ」(『孤独なボウリング』73頁)と指摘しています。

さらにパットナムは、「直接何かがすぐ返ってくることは期待しないし、あるいはあなたが誰であるかすら知らなくとも、いずれはあなたか誰か他の人がお返しをしてくれることを信じて、いまこれをあなたのためにしてあげる」(同)のだといいます。

パットナムは『孤独なボウリング』刊行から10年後に『アメリカの恩寵』を共同出版しましたが、これこそアメリカ社会関係資本の核心ともいうべきものでした。表紙には「宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか」と記されています。西洋社会において最も熱心にキリスト教各派の信仰が行われつつも、多様性を排除しないアメリカキリスト教社会の在り方が、アメリカの社会関係資本を豊かにしてきた源泉だといいます。

しかしながらその場合、単なる復古主義でよいというわけではありません。宗教性を基盤にしたコミュニティの結束力は非常に強固ですが、その副作用もあります。かつてから社会学において議論されている「共同体の理論」において、ある集団の結束力が強いということは、他の集団に対しては排他的であるということと同義となると言われています。マックス・ウェーバーが指摘した「共同体の二重倫理」(『経済史』下巻)です。パットナムも社会関係資本の暗黒面(ダークサイド)としてこの問題を提起しています。共同体内のメンバーにはどこまでも寛容でありながら、共同体外の人々には排撃的であるということが生じます。

排他性を回避しながらコミュニティの社会関係資本を構築するには、どうしたらよいのでしょうか。パットナムは、米国内で低下している「市民参加」が鍵となると主張しています。日本においても、同様のことが言えるのでしょうか。これまで行政主導で何度も強調されてきた「市民参加」が、形式的なものに留まっている現状をどのように考えるべきでしょうか。

目指すべき社会関係資本とは、結合型であると同時に、パットナムが指摘したもう一つの社会関係資本のタイプである「橋渡し型」(bridging)とのバランスの取れたものではないかと考えます。

出所:筆者作成

結束力がありながらも、排他的でなく外に開かれた社会関係資本を日本においてどう構築し、あるいは育成していくのか、かねてからの共同体の課題解決の模索が続きます。その鍵は日本型とも言うべき社会関係資本の研究になるかも知れませんが、近年議論されるローカルガバナンス(行政+NPO+企業+市民による統治+筆者はこれに学校も加えたい)を誰がコーディネートするかという問題とも重なるかもしれません。

(『EN-ICHI FORUM』2024年2月号記事に加筆修正して掲載)

参考文献

  • 『哲学する民主主義-伝統と改革の市民的構造』ロバート・パットナム著、河田潤一訳NTT出版2001年。
  • 『孤独なボウリング-米国コミュニティの崩壊と再生』ロバート・パットナム著、柴内康文訳、柏書房2006年。
  • 『流動化する民主主義-先進8か国におけるソーシャル・キャピタル』ロバート・パットナム他著、猪口孝訳、ミネルヴァ書房2013年。
  • 『アメリカの恩寵-宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか』ロバート・パットナム他著、柴内康文訳、柏書房2019年。
  • 『共同体の基礎理論』大塚久雄著、岩波書店1950年。
  • 『宗教生活の原初形態 上下』エミール・デュルケム著、古野清人訳、岩波文庫1975年。
  • 『一般社会経済史要論 上下』マックス・ウェーバー著、黒正巌他訳、岩波書店1954年。
  • 『社会関係資本の地域分析』埴淵知哉編、ナカニシヤ出版2018年。
  • 『ソーシャル・キャピタルと格差社会』辻竜平他編、東京大学出版会2014年。
  • 『アジアの宗教とソーシャル・キャピタル』櫻井義秀他編、明石書店2012年。
  • 『ソーシャル・キャピタル入門-孤独から絆へ』稲葉陽二著、中公新書2011年。

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