家庭と地域の未来を拓く

社会資本主義における三大資本を活かした地方創生

金子 勇北海道大学名誉教授

2025年6月16日

新しい資本主義(社会資本主義)として、「社会的共通資本」「社会関係資本」「人間文化資本」による地方創生論を提案する。

3 年がかりでまとめた『社会資本主義』では、新しい資本主義として「生活の質」を支える「社会的共通資本」と災害予防のための治山治水を優先し、国民が持つ「社会関係資本」を豊かにすること、合わせて「こどもまんなか」の政策により、義務教育・高等教育を通じて一人一人の「人間文化資本」を育てることを強調した(図1)。

図1 社会資本主義モデル 

出所:筆者作成

「社会資本主義」は民間経済資本とこれら三大資本を融合させて、全世代の生活安定と未来展望を可能とし、経済社会システムの全領域で「適応能力上昇」を維持して、世代間協力(金子編、2024)と社会移動が可能な開放型社会の創造をめざすとした(金子、2023:368)。

「社会資本主義」構想を打ち出した最終章で「地方創生」を論じたのは、全国的に出生数が70万人台まで落ち込み、少子化が進む一方で、高齢者は15 年くらいは増加するという「人口変容」に対応する戦略として、「地方創生」を位置づけていたからである。新しく彫琢したコミュニティのDLR理論に基づいて、「まち、ひと、しごと」のバランスを考慮して、大都市から過疎地域までの各種の地方創生の復活を目指そうとした(金子、前掲書:第11 章)。

ここでいうD(ディレクション)は、「まちづくりの目標」すなわち生産、物流、販売、消費、観光、教育、医療、介護、福祉など、どれに焦点を絞るかを明らかにすることである。そして、その目標達成のためには「地域のリーダーシップと住民の意欲」が重要であり、これがL(レベル)になる。さらに具体的には「どんな資源を媒体として何を生産するか」というしごとが生みだされ、R(リソース)の軸が構成される。

図1 でいえば、大都市から過疎地域まで「まち」の重点的基盤は、道路、港湾、鉄道、上下水道、電力、ガス、通信、学校、病院など「社会的共通資本」(宇沢、1995:137)の「修繕・更新、集約・複合化」である。しかしすでに老朽化が激しく、岸田内閣が6月21日に発表した『経済財政運営と改革の基本方針 2024』でも、行政課題として「戦略的な社会資本整備」(:49)が取り上げられた(図2)。

図2 建設後50年以上経過する社会的共通資本の割合

(注)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)「経済財政運営と改革の基本方針~政策ファイル」(2024年6月)より転載

災害予防の意義も大きい治山治水に直結する「社会的共通資本」の整備こそが、新しい経済社会システムとしての「社会資本主義」の根底を支える。その「修繕・更新、集約・複合化」は、しばしば強調されるDX(デジタル化)やGX(エネルギーのグリーン化)などよりも、大切な国民生活を災害から守り、多方面での経済活動の裾野を広げるであろう。

第二の「社会関係資本」とは、パットナム(2000=2006)がこの専門語を使って、個人的つながりの活用が健康づくりやまちづくり、それに民主主義にも有効であることを支持する証拠を揃えたことで、学術概念がもつ実践力を際立たせた。

ハード部門に特化した「まち」の「社会的共通資本」の整備に加えて、「社会関係資本」は「ひと」が織りなす社会参加、そして関係の相互性や信頼などの心理的要素が凝縮されている。だから、個人の強弱のつながりで構成される社会関係から得られる有益な情報が、多方面の方面に関わる「しごと」への「人脈」を培い、地方創生の原動力にも発火点にもなる。

第三の「人間文化資本」は、

①身体化された文化資本(家庭教育や学校を通して個人に蓄積された知識・教養・価値)
②客体化された文化資本(書物・絵画・道具・機械などの物質として所有可能な文化財)
③制度化された文化資本(学校制度などで与えられた学歴・資格)

に分けられる(ブルデュー、1979=2020:7)。このうち特に重要なのは、①育った家庭で「ひと」が身につけた知識・教養・価値である。

興味深いことに「人間文化資本」という用語は使われていないが、岸田内閣『経済財政運営と改革の基本方針2024について』でも「はじめの100か月の育ちのビジョン」(:46)と表現され、幼児期の8年4か月の育て方の重要性が強調されている。

「資本主義終焉論のその先」に想定した「社会資本主義」が成功するには、これら三大資本の積極的活用に尽きる。なぜなら、拙著冒頭で紹介した、森嶋(1999)による「土台となる人間の質が悪ければ、日本が没落する」という結論への私なりの回答でもあるからである。

したがって図1とは別に、第Ⅱ部「人口変容社会の動態」と第Ⅲ部「脱炭素社会」もまた合わせて論じたい。予想される社会的な「日本沈没」を避けるためにも、①< M >モビリティ(移動と前進)、②< I >イノベーション(創意工夫)、③< S >セットルメント(定住と日常の絆)、④< D >ダイバーシティ(多様化と個性)の実践軸を活かしながら、全国的な地方創生の積み上げが求められる。


(初出は『EN-ICHI FORUM』2024 年8 月号)

参考文献

  • Bourdieu,P.,1979,La distinction:critique sociale du judgement, Éditions de Minuit.( = 2020 石井洋二郎訳『ディスタンクシオン1』[ 普及版] 藤原書店).
  • 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇編,2024,『世代と人口』ミネルヴァ書房.
  • 森嶋通夫,1999,『なぜ日本は没落するか』岩波書店.
  • Putnam,R,D.,2000,Bowling Alone:The Collapse and Revival of American Community,Simon & Shuster.( = 2006, 柴内康文訳『孤独なボウリング』柏書房).
  • 宇沢弘文,2000,『社会的共通資本』岩波書店.

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