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地域でみんなが支え合う社会へ―「地域共生社会」とは?

「地域共生社会」は、厚生労働省が中心となって推進している政策です。この政策は、すべての人々が地域で支え合いながら共に暮らす社会の実現を目指しています。本記事では「地域共生社会」の概要と課題、モデル事例について紹介します。
「地域共生社会」とは、地域の誰もが参加し、お互いにつながりあって課題を解決する社会
地域共生社会は、「制度・分野ごとの『縦割り』や「支え手」「受け手」という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」と定義されています[1][2]。
ひとり暮らしの高齢者、孤立する子育て世帯、助けを求めにくい障がい者や若者たち。この理念が掲げられた背景には、地域や家族のつながりの弱まりによる社会的孤立の問題や、公的制度の対象外となる生活課題を抱えた人びと、いわゆる「制度の狭間」に置かれた人びとの存在があります[3]。
高齢者も子供も、障がいのある人も、誰ひとり取り残さない―そんな理念をもとに、「支える側」と「支えられる側」という立場を超えて、地域の誰もが参加し、お互いにつながり合って課題を解決する社会を目指しています。
地域共生社会とは

地域共生社会という言葉が初めて国の政策に登場したのは2016年。「一億総活躍プラン」の中で取り上げられたのがきっかけです。その後、厚生労働省に「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部が設置され、「地域共生社会の実現に向けて(当面の改革工程)」(2017年)が策定されました[4]。現在、各地で具体的な取り組みがすすめられています。
支え合いを難しくする「壁」とは?
各地で実際に地域共生社会を実現するにあたり、どのような課題があるのでしょうか。

出所:筆者作成
1.行政の「縦割り」で連携が取りにくい
医療、介護、福祉、子育てなど、それぞれの制度が別々に運営されているため、ひとつの家庭が複数の課題を抱えたときに、支援がバラバラになってしまうことがあります。たとえば、子育てと介護を同時に担う「ダブルケア」や、ひきこもる中高年の子を高齢の親が支える「8050問題」など、分野の垣根を越えた支援の必要性が高まっています。
2.担い手が足りない
支援を必要とする人が増える一方で、支える側の人材は不足しがちです。特に地方では、ボランティアや福祉の担い手が高齢化し、次の世代にバトンが渡りにくくなっています[1]。さらに、財政的な制約も課題となっており、限られた資源の中で効果的・効率的な支援体制を構築する必要があります [5] 。
3.孤立が進む地域社会
地域や家族のつながりが弱まっていることも支え合いを難しくしています。一人暮らしの高齢者は年々増加し、今後も増え続けると予想されています。「困っているけど誰にも言えない」「助けを呼ぶ相手がいない」―そんな声が、地方都市でも聞かれるようになりました。日ごろから助け合い・支え合いの関係が築かれているのが理想ですが、現実はそう簡単ではありません。
未来へのヒント
―どうしたら実現できる?
包括的な支援体制の強化

出所:筆者作成
厚生労働省は、地域共生社会の実現に向けて次の4つを柱にしています[4] [6]。
- 地域課題の解決力の強化
- 地域丸ごとのつながりの強化
- 地域を基盤とする包括的支援の強化
- 専門人材の機能強化・最大活用
この方針に基づいて、2020年に法律が改正され「重層的支援体制整備事業」がスタートしました。これは、さまざまな課題を抱える人たちに切れ目のない支援を提供するための新しい仕組みで、相談支援、参加支援(つながりづくり)、地域づくり支援(住民同士が支え合うしくみづくり)を一体的に行うものです[4]。2021年に本格始動し、全国の市区町村で導入が進められています。
具体的な取り組みとしては、どんな悩みでも「まずここに相談すれば大丈夫」と思えるような総合相談窓口の設置や、支援対象の絞り込みをなくしたワンストップ相談、孤立しがちな人の地域活動への誘導、就労支援・金銭管理・居住支援などのパッケージ提供、地域の住民・NPO・企業とのネットワーク構築などがあります [7] [8]。
複数の分野にまたがる困りごとを抱える個人や世帯に対して、切れ目のない“丸ごと支援”を提供する体制構築が進むこと、また、住民同士の支え合いを地域ぐるみで育てることが、この事業に期待されています[7] [8]。
デジタルの力を活用する
デジタル技術も、地域共生社会を支える力になります。栃木県宇都宮市では、スマートシティ構想の中で、AIや5Gを活用し、買い物や移動の支援、健康管理などのサービスを展開しています[9]。福岡県田川市では、NTTと連携し、デジタル技術を使った地域スポーツの配信や、移動手段の利便性向上を進めています[10]。こうした技術は、支援の担い手が足りない地域にとっても強力なサポーターになるはずです。
いろんな人が連携する
行政だけでなく、福祉法人、企業、地域団体、住民たちが連携して、地域の課題を「自分ごと」としてとらえることが求められます。
例えば2020年の社会福祉法改正で創設された「社会福祉連携推進法人制度」は、複数の福祉法人が連携し合い、地域の多様な福祉ニーズに対して効率的で幅広い支援を実現するための新しい制度です[4]。社会福祉連携推進法人では、それぞれの法人が独立性を保ちながら、グループとして人材を共有したり、合同で研修を開いたり、物品の購入や施設の利用を共同で行ったり、福祉サービスを共同で開発・提供したりすることができます。また、災害時の連携も迅速にできるようになります[11]。各法人が単独でできないことも、連携することで実現しやすくなり、地域全体として持続可能な仕組みを構築することができます。
他にも、住民一人ひとりの参加を促すために、ポイント制度の導入(ボランティア活動に応じた地域通貨付与)や、参加型予算編成の導入(住民が事業を直接提案・投票)などの工夫が考えられるでしょう。
地域におけるモデル事例:住民の手でつくるネットワーク

地域共生社会のモデル事例として最も代表的かつ注目されているのは山形県川西町の「きらりよしじまネットワーク」(2007年設立)です[12]。
このネットワークは地区の全世帯(約750世帯)が加入しているという、全国でも非常に珍しい“全住民参加型”の地域組織です。「自分たちの地域は自分たちで守る」「次世代にこの地域を残す」という強い想いのもと、高齢者の見守り、雪かき、防災活動、買い物支援、子育て支援、スポーツ振興、地域のイベント運営など、多様な活動を展開しています[12] [13]。
きらりよしじまネットワークのポイントは、全住民参加型で支える人・支えられる人という関係性を超えたつながりが築かれていること、行政依存ではなく住民が自主的・自立的に動いていること、次世代に地域をつなぐ意識が根付いており持続可能な地域づくりを推進していることです[13]。
きらりよしじまネットワークは、厚生労働省による地域共生社会への取り組みが始まる前から、住民の皆さんによって進められてきた取り組みです。住民一人ひとりが「地域経営者」としての意識を持ち、互いに助け合いながら地域を運営しており、地域共生社会のモデルといえます[12][13]。
みんなで「わが事」に
―あなたも参加者のひとり
各地できらりよしじまネットワークと同じことをするのは難しいかもしれませんが、一人ひとりが「地域共生社会をつくる参加者」としての意識を持つことはとても重要なことです。地域共生社会は、行政や福祉の専門家だけのものではありません。みなさんの周りにも、ちょっとした支えを必要としている人がいるかもしれません。
例えば、スーパーで重い荷物を持つ高齢者を手伝う、ご近所さんに声をかけてみる、地域のイベントに少しだけ参加してみる、そんな一歩が地域の在り方を少しずつ変えていきます。
制度だけではなく、地域の中で暮らす私たち一人ひとりの関わりが、地域共生社会の実現を左右します。誰一人取り残されることなく、すべての人が自分らしく生きられる社会の実現に向けて、私たち一人ひとりが「わが事」として参画していくことが求められています。
持続可能な日本社会を築いていくにあたり、地域共生社会は重要な考え方です。現在は厚生労働省による政策にとどまっている印象を受けますが、この取り組みは福祉政策に限った話ではありません。私たち一人ひとりが安心して暮らし続けられる社会を再構築する取り組みでもあると言えます。
今後は、まちづくりや地域経済、移民の問題など、様々な文脈や観点からも地域共生社会について考える必要があるのではないでしょうか。
参考文献
- 1. 厚生労働省(2023)「『地域共生社会』とは村人Aが主役になる社会で会える【地域共生社会を考えるvol.1】」、地域言共生社会を考えるコラム、https://mhlw-communication-gov.note.jp/n/ned64272900cf (2025年3月26日閲覧)。
- 2. 厚生労働省「地域共生社会とは」、地域共生社会のポータルサイト、https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/(2025年3月26日閲覧)。
- 3. 石橋敏郎・木場千春(2020)「『我が事・丸ごと』地域共生社会の構想とその問題点」、アドミニストレーション 第26巻第2号pp.9-30、http://rp-kumakendai.pu-kumamoto.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/2051/1/260207_ishibashi_koba_9_30.pdf(2025年3月26日閲覧)。
- 4. 厚生労働省「『地域共生社会』の実現に向けて」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_00506.html?utm_source=chatgpt.com(2025年4月3日閲覧)。
- 5. 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2018)「地域包括ケア研究会 2040年:多元的社会における地域包括ケアシステム-『参加』と『協働』でつくる包摂的な社会-」https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2022/11/houkatsu_01_1_2.pdf(2025年4月3日閲覧)。
- 6. 全国社会福祉協議会(2018)「地域共生社会の実現に向けた地域福祉計画の策定・改定ガイドブック」https://www.shakyo.or.jp/tsuite/jigyo/research/20190405_book.pdf(2025年4月3日閲覧)。
- 7. 厚生労働省(2024)「地域共生社会の実現に向けた重層的支援体制整備事業の実施について」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/0f4a703f-3401-41d8-a066-f6359f892b8d/148da68f/20240911_councils_jisou-kaigi_r06_29.pdf(2025年4月3日閲覧)。
- 8. 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2021)「重層的支援体制整備事業に 関わることになった人に向けたガイドブック」https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2022/11/houkatsu_09_1-1.pdf(2025年4月11日閲覧)。
- 9. MOVE NEXT UTSUNOMIYA HP、https://supersmartcity.u-movenext.net/detail/220726-ssc(2025年4月3日閲覧)。
- 10. 福岡県田川市(2022年)「田川市、NTT ドコモ、NTT コミュニケーションズ デジタル技術の利活用による共生社会の実現に関する連携協定を締結」https://www.ntt.com/about-us/area-info/article/20220927_2.html (2025年4月3日閲覧)。
- 11. 厚生労働省「地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律(令和2年法律第52号)の概要」、https://www.mhlw.go.jp/content/000640392.pdf(2025年4月11日閲覧)。
- 12. 「きらりよしじまの創造」、きらりよしじまネットワークHP、https://www.e-yoshijima.org/(2025年3月26日閲覧)
- 13. 内閣府男女共同参画局(2011)「地域の活力と魅力を生み出す男女共同参画活動事例集」pp.12-13、https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/chiiki_danjyo_kyoudou/pdf/chiiki_danjyo_kyoudou_02.pdf (2025年3月26日閲覧)。