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日本的人間関係のあり様と「迷惑」に関わる規範

EN-ICHI編集部

2025年6月11日

「迷惑」は日本の共同体における返報性規範に規定されてきましたが、現代では個人の感覚が規範にとって代わっているため「迷惑」の範囲は大きく広がっています。

近年、社会全体において、困りごとへのサポートを求めることが難しくなっていると思わせる事象が見られます。子供の病気で仕事を早退することにも厳しい目が向けられることがあるなど、「すべきこと」からの逸脱を許容するゆとりが社会から失われつつあります。

そうした背景には、他者へのサポート提供を負担、あるいは「迷惑」と感じる心性が関係しているのではないでしょうか。本稿では、社会での助け合いの復権を念頭に、「迷惑」の概念と、これまでの日本の人間関係におけるはたらきについて考察していきます。

まず、「迷惑」という表現が使われる際に背後ではたらく人々の心理を確認しておきましょう。横川(1997)は「迷惑」の用法について、「ある行為の結果感ずるところの不利益、負担、不快さを表す語として多く用いられる」と述べています。また、「他者とのかかわりの中で不利益を与える、受けることに伴う心情的な側面―具体的にはいやだという気持ち―を表出することに重きを置くように思われる」とも述べています(横川1997)。

また、電車内や公共の場でのルール・マナー違反などを表す社会的迷惑について研究した吉田ら(2009)は、次のように述べています。「『迷惑』という感覚の背後には、社会的合意を支えに行為者を責める気持ちがないだろうか。(中略)『みんな』『常識』『マナー』といった、共有され合意された社会規範の存在を仮定し、そこからの逸脱であることを根拠として当該行為を『迷惑』と位置づけ、糾弾する。」(吉田ら 2009)

加えて、大島(2014)は、社会的迷惑に言及する場合を指して、「『迷惑』は、違和感、反発、警戒、排除といった心情の表れとしての表現」だと述べています。

これらの文献からは、「迷惑」の語が使われる際には、総じて行為者に対してネガティブな心理が向けられていることがわかります。

行動次元の分類については、大島(2014)が、「迷惑」に関連する研究をレビューし、次の4つに分類しました。①日本語における「迷惑」の意味に関する研究、②「迷惑行為」に関する研究、③「迷惑施設」に関する研究、④高齢者および介護に関連する迷惑の表現に関する研究です(大島2014)。

出所:大島(2014)をもとに筆者作成

①の語の意味に関する研究は、特定の状況によらず、「迷惑」が指す意味を一般的に示した研究と言えます。横川(1997)はここに含まれています。②の研究では、「迷惑」は社会的迷惑を指しています。③の研究では、核燃料処分場やごみ処理施設など必要だが「有害」と判断される場合もある施設から受ける印象を指しています。④は高齢者が世話や介護を受ける、あるいは受けることを想像して「迷惑をかけたくない」と表現する際の「迷惑」を指し、世話や介護を提供する人にかかる負担を指しています。

ここで確認しておきたいのは、ネガティブなニュアンスのある「迷惑」が指し示す内容として、④のように他者から世話や介護など、困りごとへのサポートを受ける際、サポートの提供者が負う負担感や不利益などが含まれていることです。

日本人の人間関係は、困りごとへのサポート提供に伴う負担感という意味の「迷惑」について、かなり敏感です。

「迷惑」の位置づけを考えるにあたり、精神科医で精神分析家の土居健郎が唱えた「甘え」理論からみた人間関係の分析が参考になります。以下、土居(2007)から、日本人の人間関係における「迷惑」のはたらきに関わる内容の要旨を確認します。

土居(2007)によれば、「甘え」とは人が他者に抱く「受動的愛情希求」を表す概念です。「甘え」の心理的原型は、母子関係における乳児の心理にあり、「乳児の精神がある程度発達して、母親が自分とは別の存在であることを知覚した後に、その母親を求めることを指していう」(p.148)。また、より一般的に「相手の愛情をあてにする感情であり、一体化が許容されている場合に起きる感情」(p.291)とも述べています。

出所:土居(2007)をもとに筆者作成

土居(2007)によれば、日本人の人間関係は、甘えられる程度によって三つの層に分けられます。一層目は、身内など全面的に「甘え」が許される「内」の関係です。次に、隣近所のように、身内ほどではないが「甘え」を持ち込むことが許される「中間」の関係があります。そして、「中間」の外側は「外」の関係であり、無関係であるがゆえに無遠慮に振る舞うことができる他人の世界です。「外」の関係では「甘え」は意識されません。

この三つの関係のうち、迷惑をかける・かけられることが意識されるのは、「中間」の関係です。「中間」の関係では、人情があるべき関係という通念(義理)から、「甘え」を持ち込むことが許されるが、甘えすぎて嫌われることを恐れるため、遠慮がはたらきます。

また、「中間」の関係では「すまない」という感情が経験されることが三つの関係のうちでもっとも多くあります。「すまない」の語源は、自分のすべきことが「済まない」ことにあり、親切な行為をすることが相手の負担、すなわち「迷惑」となったことを慮って詫びる際に用いられます。そうしなければ、相手の心証を悪くするのではないかと危惧するからです。

「中間」の関係では、恩を受けることで義理をはたさねばならないというように、甘えさせてもらったら(迷惑をかけたら)お返しをしなければなりません。甘えさせてもらうことをきっかけに、相互扶助の関係が成立します。

以上が、土居の「甘え」理論から見た、日本人の人間関係と「迷惑」の関係です。

「迷惑」は「中間」の関係において「甘え」をやり取りする際、すなわち相互扶助を行う際に認識され、甘えすぎない、あるいは甘えさせてもらったらお返しをする必要があるという返報性の規範を構成してきたとみることができます。「中間」の関係は、家族など身内を除いた日常生活で出会う人間関係と言ってよく、「迷惑」はもともと共同体内の規範の中で意識されていたと考えられます。

出所:筆者作成

現代でも、この返報性の規範は比較的有効なまま保存されています。例えば、星野ら(2012)は、日本とスウェーデンの援助規範意識を比較し、日本は人から世話を受けたことへの返済に力を注ぐ一方、不特定多数の人への救済はスウェーデンより低くなることを見出しています。アンケートの結果、「人にかけた迷惑は、いかなる犠牲を払っても償うべきである」「以前私を助けてくれた人には、特に親切にすべきである」などの項目では、日本人がスウェーデン人よりも当てはまり具合を高く評価しました(星野ら 2012)。日本人のサポート意識が「迷惑」をかけたという思いとつながっており、社会一般よりも相互扶助の関係にある人に向いていることの証左と言えるでしょう。

ここまで、日本人の人間関係において「迷惑」が共同体の規範に包含されていることを概観してきました。ここからは、現代において「迷惑」の概念を取り巻く事情が変化している可能性を示し、その変化が現代社会にもたらす影響を考察します。

土居の分析に見てきたように、「迷惑」は、相互扶助を行う共同体内の返報性の規範を構成してきました。しかし、高度経済成長を経た現代では、移動を前提としたライフスタイルの普及や職住分離が定着し、地域ではかつてのように密な共同体は維持されておらず、復興も容易ではありません。加えて、特に1990年代以降、それまで擬似共同体として機能していた会社が変容し、効率重視の人事戦略や派遣労働者の増加によって会社に取り込まれない人が増加しました。そのため、人々の間で共有される規範についての合意が希薄化しています。

さらに、加藤(2019)は、消費社会が共同体よりも個人の選好や事情を優先する気風を生み出してきたことを指摘しています。加藤(2019)によれば、1980年代頃までの消費者は、他者を意識して消費するという点で均質でした。しかし、1990年代以降は、バブル崩壊に伴う購買力の低下を背景に、100円ショップやドラッグストア、プライベートブランドが脚光を浴び、消費に際して他者を意識すること自体が希薄化し、意思決定は個人の事情に沿って行われる場面が増えていったといいます(加藤2019)。

このように、共同体の規範が希薄化し、代わって社会の規範になったのが「社会性」です。滝川(2017)は、現代の規範と他者への配慮のあり方について、次のように述べています。「高度消費社会に入るにつれ、人々は共同体的なものへの帰属や一体性よりも、個人性・私性のほうを大きな価値とするようになった。勤勉の倫理(規範)も消え、『社会性』の倫理に変わった。『社会性』の倫理も他者配慮を求めるが、かつての他者配慮性が『仕事で同僚に迷惑をかけない』というような役割的な配慮性だったのに対して、ひとに不快感や嫌悪感を与えないという、よりパーソナルで私的な配慮性に変わった」(滝川2017、p.437)。

すなわち、相手の感情を害さずに、協調的にうまくやれることが規範となっているということです。

滝川(2017)の言葉に見られるように、この規範の変容は他者への配慮ができないという意味で「迷惑」の範囲も広げています。社会性のあるなしは多分に主観的なものであり、人によって相手のコミュニケーション力の評価や気分を害する点は異なってきます。感覚的であり、ここまで配慮すれば大丈夫という範囲がありません。したがって、配慮を求められる時は際限がなく、改善方法もわからなくなっているといえるでしょう。

一人一人の「迷惑」判断がそれぞれの主観や感情によっているとすると、現代社会で助け合いの機運を取り戻すためには、個人のパーソナリティの安定も必要になる可能性があります。

小池・吉田(2007)によれば、個人の元々の性質としての共感性、および状況依存的な共感性が高いことが、迷惑の認知を低下させています。状況依存的な共感性とは、一見迷惑行為とも取れそうな行為でも、状況によってなぜそのような行為を行ったかを行為者の立場に立って推論する観察者の特性といえます。また、行為者への共感、状況依存的共感は、観察者と行為者との関係が顔見知り程度であるときよりも、友人であるときの方が高いです(小池・吉田 2007)。すなわち、行為者が顔見知りよりも友人であるときに、観察者は愚痴を聞かされるなどの行為を迷惑と捉えず対応しました。

小池・吉田(2007)が扱った愚痴を聞くというような行為は、ある意味、不安定な気持ちを静める手助けを求めるサポートの希求であるともとれます。このように、誰かのストレスを受け止める行為は、受け手にとっては「迷惑」ともなりうるし、相手の気持ちを支えるサポートにもなりえます。小池・吉田(2007)の内容を踏まえれば、「迷惑」とサポートどちらに解釈するかは、サポートの希求を向けられた人のパーソナリティにも影響を受けるでしょう。

実際、愛着スタイルが援助希求への態度に影響することを示した研究もあります。Simpson et al.(1992)によれば、愛着スタイルが、不快感情が無かったかのように振る舞う回避型の人は、相手が不安感を示すほどサポートを提供しませんでした。一方、愛着スタイルが安定型の人は、相手が不安感を示すほどサポートを提供しようとしました(Simpson et al., 1992)。このように、サポート希求を受ける側の心のゆとりが援助希求への反応に影響しています。

内閣府が実施している「人々のつながりに関する基礎調査」からも同様の示唆が得られています。同調査を分析した石田(2024)は、「男性より女性、高齢世代より若年世代、暮らし向きの苦しい人よりゆとりのある人、相談相手のいる人、孤独感のない、あるいはほとんどない人に手助けしようと思う人が多い」(p.7)と述べています。

2023(令和5)年版「人々のつながりに関する基礎調査」では、調査に参加した人の72.9%が日常生活において不安や悩みを感じています。一方で、不安や悩みを感じている人のうち、家族や友人などから支援を受けていない人は43.3%おり、さらにそのうち86.7%は行政機関や民間団体の支援も受けていません。

石田(2024)は「日本社会ではボランティアの意識はもっているものの、実際に活動に結びつかない人も多い。(中略)これらの人を実際の行動に結びつける仕組みが必要であろう。」(p.7)と述べています。共同体の相互扶助という規範が希薄化した今、個人の心の安定も含め、積極的に助け合いを生み出す道を模索する必要があるでしょう。


(『EN-ICHI FORUM』2025年2月号記事に加筆修正して掲載)

参考文献

  • 石田光規(2024)「3年間の調査の振り返り」『⼈々のつながりに関する基礎調査−令和3年、4年、5年−調査結果に関する有識者による考察』、pp.1-15.
  • 大島操(2014)「高齢者が「迷惑」と表現する状況に関する考察」『熊本大学社会文化研究』12、pp.111-127.
  • 加藤祥子(2019)「日本の消費社会60年における個人と他者との関係性 : 横並び志向・差別化・個別化」『流通經濟大學論集』53(3)、pp.131-145.
  • 小池はるか・吉田俊和(2007)「共感性と対人的迷惑認知,迷惑認知の根拠との関連」『パーソナリティ研究』15(3)、pp.266-275.
  • 滝川一廣(2017)『子どものための精神医学』医学書院.
  • 土居健郎(2007)『甘えの構造』増補普及版、弘文堂.
  • 星野晴彦・大塚明子・秋山美栄子・森恭子(2012)「日本とスウェーデンの援助規範意識比較に関する研究 : 福祉政策に影響する両国の援助規範意識の特性に着目して」『生活科学研究 = Bulletin of Living Science』34、pp.27-36.
  • 横川澄江(1997)「迷惑の意味の変遷についての一考察」『言語文化と日本語教育』14、pp.52-64.
  • 吉田俊和・斎藤和志・北折充隆編(2009)『社会的迷惑の心理学』ナカニシヤ出版.
  • Simpson, J. A., Rholes, W. S. & Nelligan, J. S. (1992) Support seeking and support giving within couples in an anxiety-provoking situation: The role of attachment style. Journal of Personality and Social Psychology, 62, pp.434-446.

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