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高齢者介護の持続可能性と家族介護者支援
わが国では介護人材不足が懸念されており、今後も家族が一定の役割を担うと考えられます。将来世代にわたって高齢者が十分な介護を受けられるよう、介護保険制度と家族介護の最適な組合せを模索していく必要があります。
高齢化の見通しと介護需要
わが国では、高齢化の進行によって介護需要が増大し、公的介護サービスを担う人材の不足が懸念されています。公的介護サービスの不足を補うためには、家族などによるインフォーマルなケアとの適切な組み合わせが必要となりますが、わが国の家族介護者が置かれた状況も厳しいといえます。社会保障の適用などの家族介護者支援の基盤を整備するとともに、長期的には若者の結婚や家族規模の維持を支援して、将来世代にわたって高齢者介護の持続可能性を担保する必要があります。
今後数十年、わが国の高齢化率は高止まりすると予測されています。総務省の「人口推計」によれば、2023年現在、わが国の65歳以上人口は3618万人、75歳以上人口は1957万人です。また、65歳以上人口の全人口に占める割合は29%、75歳以上人口の割合は15.7%です(ともに2023年2月時点)。

出所:筆者作成
国立社会保障・人口問題研究所(2023)の推計(出生中位・死亡中位推計)によれば、今後高齢者人口はピークを迎えた後に減少するものの、全人口に占める割合は低下しません。65歳以上人口は2040年に3929万人、2070年には3367万人となります。そして、全人口に占める割合は、2040年に34.8%、2070年に38.7%となります。
さらに、注目すべきなのは、75歳以上人口とその割合の推移です。75歳以上人口は2040年には2227万人で割合は19.7%、2070年には2180万人で25.1%となります。75歳以上人口の割合が高くなるということは、介護需要も拡大することを意味します。なぜなら、75歳以上となると、要介護(要支援)認定を受ける人の割合が高まるからです。例えば、2020年度の介護保険の被保険者に占める要介護(要支援)認定者数の割合を見てみると、65歳以上の人では要支援者が1.4%、要介護者が3.0%であるのに対し、75歳以上では要支援者が8.9%、要介護者が23.4%となっています(厚生労働省「令和2年度介護保険事業状況報告」)。わが国は今後数十年、75歳以上人口の割合が高まることから、介護需要も増大すると考えられます。

出所:厚生労働省『国民生活基礎調査の概況』の2001(平成13)年版、及び2022(令和4)年版より抜粋して筆者作成
介護人材不足と家族介護
介護需要の増加が見込まれる中で懸念されているのが、公的介護サービスを担う介護人材(以下、介護職員)の不足です。
現在の介護労働市場の状況を見ると、必要な人材確保は簡単ではありません。2023(令和5)年版『高齢社会白書』によれば、2022年の介護職の有効求人倍率は3.71倍で、全職業の1.16倍と比較して高くなっています。一方、介護労働安定センターが2021年に1万8000事業所を対象に実施した調査(回収率51.8%)では、離職率は全職業の13.9%に対して、施設勤務の介護職員と訪問介護員(ホームヘルパー)の2職種計で14.3%とやや高くなっています。また、同調査では人材不足を感じている事業所は63%にのぼっています(「大いに不足」「不足」「やや不足」の総計)。加えて、介護の専門職養成も芳しくない状況で、介護福祉士養成校協会の調査によれば、2022年度における養成校の定員充足率は54.6%にとどまっています。
介護職員数自体は、2000年の制度創設から一貫して増加していますが、それでも将来の需要増加には追い付いていません。2021年時点の介護職員数は215万人となっていますが、厚労省が「第8期介護保険事業計画」における介護サービス見込み量に基づいて推計した必要職員数は、2025年には約243万人、2040年には約280万人となっています。少子高齢化の影響で生産年齢人口が減少するなか、少なくない数の職員の確保が必要とされており、介護職員不足は容易に解消しないと考えられます。
介護職員不足が慢性化することが予測されるなか注目されているのが、家族や友人、隣人、ボランティアなどのインフォーマルな介護の担い手(以下、家族等介護者)です。OECDが19か国の介護に関する状況をまとめたレポートによると、各国では家族等介護者によるインフォーマルな介護が欠かせなくなっており、総介護時間の実に80%が家族等介護者によって担われています(OECD、2005)。
わが国では、特に家族による介護が多くなっています。2022(令和4)年版『国民生活基礎調査』によれば、介護保険制度が定着している現在のわが国でも、「主な介護者」の56.4%は家族であり(配偶者22.9%、子16.2%、子の配偶者5.4%、父母0.1%、別居の家族等11.8%)、公的介護サービスを担う事業者は15.7%です。後に詳しく述べますが、このように家族が介護について大きな役割を担っており、介護職員数の増員があまり期待できない状況では、家族等介護者への支援が重要となります。

出所:2022(令和4)年版『国民生活基礎調査』を元に筆者作成
家族介護者が置かれた状況
わが国における家族等介護者の置かれた状況は、厳しいものがあります。高齢化の進行とともに家族規模が縮小し、老老介護や介護負担の集中が進んでいると考えられます。
まず、要介護者がいる世帯の家族規模の変遷を見てみましょう。2022年版『国民生活基礎調査』によれば、2001年時点では、「核家族世帯」が29.3%(うち「夫婦のみの世帯」は18.3%)、「単身世帯」は15.7%、「三世代世帯」は32.5%でした。それが、2022年になると、「核家族世帯」が42.1%(うち「夫婦のみの世帯」が25%)、「単身世帯」が30.7%、「三世代世帯」は10.9%となり、家族規模が縮小しています。

出所:2022(令和4)年版『国民生活基礎調査』を元に筆者作成
次に、要介護者と「主な介護者」の年齢の組合せを見ると、「65歳以上同士」である割合は、2001年に40.6%だったところから2022年には63.5%になりました。同様に「75歳以上同士」である割合は、2001年の18.7%から2022年には35.7%になっています。高齢の配偶者同士、高齢者となった子供による親の介護という、老老介護が増加していると考えられます。
一方で、「主な介護者」が介護のために使う時間には大きな変化がありません。同調査から「同居の主な介護者」のうち、「ほとんど終日」介護を行っている者の割合を見ると、介護保険制度が施行された2001年と比べ、2022年はわずかに割合が減少するにとどまっています(ただし、要介護5は微増)(表を参照)。要介護度ごとの割合を見ると、要介護度が高くなるほど「ほとんど終日」という介護者の割合は高くなっています。2022年では、「ほとんど終日」は要支援1で3.1%、要介護3で31.9%、要介護5では63.1%となっています。
これらのデータからは、介護保険施行後も介護時間はそれほど変わっておらず、一方で老老介護が増加したために介護負担が相対的に増加したことがうかがえます。また、家族規模が縮小したことから、主な介護者以外の手助けが減り、介護負担の集中が進んでいることも考えられます。近年では、過大な介護負担から介護者がうつになったり、要介護者への虐待や傷害、極まった場合には無理心中などの介護殺人につながったりすることが懸念されています(例えば湯淺2023)。家族等介護者への支援が焦眉の急となっています。
日本の介護者支援に関する制度
しかし、わが国の家族等介護者支援に関する体制は充実しているとは言えません。わが国の介護保険制度は、要介護者本人の自立支援を主目的としており、家族介護者支援は制度の目的として想定されていません(増田2022)。そのため、介護保険の地域支援事業のうち、各市町村に実施するか否かが任されている任意事業としてのみ、家族介護者支援事業が位置づけけられています。
市町村が任意事業として実施できる家族介護者支援事業は、以下の3つです。①介護教室の開催、②認知症高齢者見守り事業、③家族介護継続支援事業です。③の家族介護継続支援事業とは、家族の身体的・精神的・経済的負担の軽減を目的とした事業であり、「健康相談・疾病予防事業」「介護者交流会の開催」「介護自立支援事業」が含まれます(厚生労働省2016)。しかし、実施市町村が少なかったり、利用条件を満たす介護者がほとんどいなかったりするなどの課題が指摘されています(増田2022)。
ドイツ介護保険からの示唆
この点、ドイツの介護保険制度は家族等介護者支援の参考になります。ドイツの介護保険制度では、制度設立の当初から、外部の介護サービスよりも家族による介護が優先されることが法で定められています(ドイツ社会法典11編3条)。そのため、ドイツの介護保険制度には、家族等介護者が要介護者の介護を継続しつつ、社会生活から断絶されないような支援が含まれています。家族等介護者を支援する主な制度は、社会保障の適用、代替介護休暇の補助、介護休業制度、そして要介護者への介護手当の支給です。

まず、家族等介護者には、通常の就労のように社会保障が適用されます。「在宅において週に10時間以上かつ定期的に週2日以上、介護度2~5の要介護者を1人以上介護する介護者」は社会保障の適用を受けることができると規定されています。また、年金保険と失業保険の保険料は介護保険の保険者である介護金庫から、労災保険の保険料は市町村から支払われます。また、疾病(医療)保険料、介護保険料には介護金庫から補助金が給付されます。
次に、家族等介護者には、病気などの理由で介護できなくなった場合、事業者に代行を依頼するための費用への補助金が給付されます。この補助金は介護者がリフレッシュするための休暇にも適用することができます(宮本2016)。
また、家族等介護者には介護のための休暇制度が保障されています。2014年12月制定の「家族・介護と仕事のより良い調和に関する法律」により、10日間の介護休暇、6か月の家族介護時間(完全休業または時間短縮)、24か月間の長期家族介護時間(週15時間以上就労することを条件に労働時間の短縮)という3種類の介護休暇・休業制度が制定されました。いずれも、法律上の解雇禁止規定が設けられています(増田2022)。
最後に、要介護者への介護手当の支給が、間接的に家族等介護者への支援になります。介護手当とは現金給付のことです。ドイツでは、要介護者は専門的な事業者によるサービスの提供(現物給付)だけでなく、現金給付を受け家族等介護者による介護の費用に充てることができます。現金給付の受給にあたっては、要介護認定を行う医療メディカルサービスが審査をするとともに、適切な介護が行われるかを継続してモニターします。給付額は要介護度に応じて設定されていますが、現物給付の約2分の1から3分の1です(宮本2016)。現金給付は、介護のために就労が制限される家族等介護者にとって、大きな支援となります。
以上のように、ドイツの介護保険制度では家族等介護者への支援が充実しています。社会保障の適用や現金給付の利用によって、介護によって就労が制限されることへの支援が行われています。また、代替介護への補助によって、心身の状態に合わせて休息を取りやすくなっています。持続可能な家族介護を支援するために、ドイツの介護保険制度は大いに参考になります。
高齢者介護への中長期的な対応
介護需要の増大と介護人材の不足から、今後は公的介護サービスと家族等介護者によるインフォーマルケアを適切に組み合わせていくことが必要になります。ここまで見てきたように、家族等介護者は高齢化と家族規模の縮小の影響により、老老介護の増加や介護負担の集中という状況におかれていると考えられます。加えて一人で複数の要介護者を介護する多重介護や、介護と就労・稼得などとの両立を迫られる多重役割の問題も指摘されています。

出所:筆者作成
これらの問題は、短期的にはドイツのように家族介護者に社会保障を適用したり、代替介護費用を補助したりすることで緩和が可能です。しかし、昨今わが国では生涯未婚率が上昇し、家族形成しない人が増えています。現在介護を行う層を対象にした短期的な対策だけでは、さらなる家族規模の縮小から将来困難な状況に陥る家族介護者が増えるおそれがあります。近年は地域包括ケアが推進されていますが、高齢化に加え、人々が家族内のケアに集中せざるをえなくなれば、地域社会の担い手も減少していくでしょう。
将来の困難な状況を予防するためには、中長期的視点から高齢者介護を引き受けられる家族規模の維持・回復を図っていく必要があります。その方途としては、若者の結婚を支援すること、そして希望者が三世代同居できるよう、対応した住宅供給を増やすことなどが考えられます。
高齢者介護を持続可能なものとするためには、短期的に家族介護者の支援を充実させるとともに、中長期的に家族形成を支援するという包括的家族政策が必要だといえます。
(『EN-ICHI FORUM』2023年8月号記事に加筆修正して掲載)
参考文献
- 介護福祉士養成校協会(2022)「介護福祉士養成施設への入学者数と外国人留学生」
- 介護労働安定センター(2022)「令和3年度 「介護労働実態調査」結果の概要について」
- 厚生労働省「介護人材確保に向けた取り組み」
- 厚生労働省「令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」
- 厚生労働省(2001)『2001(平成13)年 国民生活基礎調査の概況』
- 厚生労働省(2016)「『地域支援事業の実施について』の一部改正について」
- 厚生労働省(2023)『2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況』
- 国立社会保障・人口問題研究所(2023)「日本の将来人口推計」
- 総務省「人口推計(令和5年7月報)」
- 内閣府(2023)『令和5年版 高齢社会白書』
- 増田雅暢(2022)『介護保険はどのようにつくられたか―介護保険の政策過程と家族介護者支援の提案』TAC出版.
- 宮本恭子(2016)「ドイツにおける家族介護の社会的評価」『経済科学論集』、42、pp.1-21.
- 湯淺美佐子(2023)「介護殺人の背景要因に関する一考察―家族介護者支援制度の現状と課題について」『佛教大学大学院紀要社会福祉学研究科篇』、51、pp.53-70.
- OECD (2005), Long-term Care for Older People, The OECD Health Project, OECD Publishing, Paris,
