EN-ICHI家庭と地域の未来を拓く
市場化に向かう福祉の現状

福祉サービスの提供を、行政主体から企業も担えるようにするなど、多様化が進んでいます。その効果と課題についてまとめました。
「恵」グループの悪徳不正事件
2024年6月、全国的にグループホームを経営する「恵」が、障害者サービスの不正請求で、認可取り消しの重い処分を受けました。100箇所余りの施設がその対象となり、多くの入所者が影響を受ける事態となったことは関係者に大きな衝撃を与えました。資格者を設置していない虚偽の申告による報酬請求、入所者への、ちゃんとした食事を提供しない、殴るなどの虐待の数々も明らかになったためです。
企業は福祉を食い物にするか
1980年代の福祉系大学の授業では、企業に福祉を任せたら障がい者を食い物にするとの批判が一部の教員から上がっていました。その「予言」が成就したかのような事件と言えるのではないでしょうか。
「恵」グループは、まさに障がい者を食い物にして利益を上げていました。これは決して許されることではありません。
しかしながらそうだからといって、もはや企業には福祉サービスを提供させない、というわけにもいきません。善意を持って障がい者に向き合う企業もあります。また、マクロ的に言えば、社会保険料や国費などをもとに支払われる社会保障給付費(年金や医療保険も含む日本の社会福祉関係費用の総額)が、令和3年度で138兆7433億円と過去最高額となり(一般会計予算額をはるかに超える)、国民1人あたり110万5500円とこれまた過去最高額となっています。かつてのように行政にのみ福祉サービスを提供してもらう方式は現実的ではなく、福祉サービス提供の多様性は、あと戻り出来ない状況になっています。
福祉サービル提供主体の多様化の流れ
福祉サービスの提供をこれまでの行政主体から、多様なものにするべきとの「福祉多元主義」の模索が開始されたのは、イギリスでのウェルフェンデン報告(1978年)からだとされます。全国民を福祉の対象とすることになった「ベバレッジ報告」(1942年)以降、拡大する一方の福祉サービスに関して、民間のサービス提供主体もその中に加え、福祉サービス提供主体を多様化するべきとの試みでした。
我が国もその方向性を後追いすることになりました。具体的には1997年の介護保険法制定からでした。2000年から開始される介護保険市場に民間企業も参入できるとしたのです。

出所:筆者作成
介護サービス企業「コムスン」などは、当初の企業として脚光を浴び、批判も受けましたが、他のサービス提供主体が嫌がる離島や夜間のサービス提供にも熱心でした。しかしコムスンもまた不正請求などの事件を起こし廃業しています。対応の鈍さが指摘されていますが、福祉系企業への行政指導の強化を図るしかないでしょう。
準市場とは
もう一つ、現在の福祉サービスを提供する環境を規定する概念があります。それは、イギリスの社会政策学者ル・グランによる「準市場」(quasi-market)です。福祉市場に部分的に競争原理を取り入れるこの考え方は、わかりやすく言えば、福祉施設やサービス提供者に倒産しない程度の競争を促すということです。
「恵」事件でも発生したように、仮に入所者のいる施設の認可が取り消された(倒産した)となると、そこに住む人々の住居が失われる事態が発生してしまいます。急に代わりの住居を確保することは、容易ではありません。「恵」事件では、認可取消しの施設が他の法人に譲渡されました。
かといって、絶対に倒産しない制度の場合、施設やサービス提供側の経営努力が希薄となってしまう可能性があります。サービスの質が低下しがちとなり、たとえば、施設での臭いがきつい、職員の態度が横柄であるなどの状況が生じることが考えられます。2000年以前の社会福祉の基礎構造改革前の措置制度(行政中心の福祉制度)時代には、そうした傾向が見られました。施設や福祉サービス提供者側にとって、お客様(利用者)は行政が措置として連れてきてくれるため、お客様は神様との発想が生まれにくいのです。神様は行政であったのです。
こうした点を反省し、契約制度が開始されました。利用者が施設やサービス提供者を選び、契約を交わし、利用料を支払う仕組みとなっています。利用料は、国が支援費として提供します。これは、福祉サービスを準市場にするということでもありました。
多様化の実情と家族の役割
準市場における福祉サービス提供主体の多様化とは、具体的に①従来の行政主体、②ボランタリーシステム(民間非営利組織:NPO・ボランティア)、③インフォーマルシステム(非公式団体、家族・友人・近隣)、そして④民間企業の四つに、福祉サービス提供を行ってもらう制度です。

出所:筆者作成
このなかで、家族は、インフォーマル(非公式な)システムとして規定されています。その理由は、現在の福祉サービスはあまりに専門性が高くなった結果、専門家の力を借りずには適切なサービスを得られなくなったからです。家族ではとうてい、必要なサービスを確保することができません。家族のみで、たとえば介護を行おうとすると、また介護自殺や介護殺人などが起こりかねません。
サービス提供主体の多様化時代における、家族の役割は、具体的ケアには深く関わりにくい状況があるため、精神的支柱たることではないかと思われます。家族の誰かが福祉サービスの提供を受けなければならなくなった時、そのサービスの制度を学び、上手に制度を利用する主体に家族がなるということです。
しかし現実は、家族がその制度を学ぶまでに相当な時間がかかり、もっと悪い状況の場合、その制度の存在すら知らないということもあります。ニーズのある家族の周辺に、福祉に詳しい人や専門家がいるとこうした事態は避けられます。
最後に付け足しのようになりますが、精神的支柱という点では、民法の家族の扶養義務において、老親扶養と遺産分割の関係が整理できると良いのではないかと考えます。
精神的支柱たるには、ある程度の経済力が必要です。しかし均等相続では、介護の寄与分を含めたとしても、親を介護する経済的魅力は発生しません。
老親扶養を行う事と、さらに付け加えれば、墓守りを行うことに遺産相続上のメリットがあれば、家族が、具体的には家族内のキーパーソンが精神的支柱になりやすいのではないでしょうか。
(『EN-ICHI FORUM』2024年11月号記事に加筆修正して掲載)
参考文献
- 『社会福祉の原理と政策』日本ソーシャルワーク教育学校連盟編、中央法規、2021年。
- 『政策志向の社会学-福祉国家と市民社会』武川正吾、有斐閣、2012年。
- 『準市場、もう一つの見えざる手』ジュリアン・ルグラン著、後房雄訳、法律文化社、2010年。
- 『社会福祉の拡大と限定』古川孝順、中央法規、2009年。
- 『公共政策と人間-社会保障制度の準市場改革』ジュリアン・ルグラン著、郡司篤晃監修、聖学院出版会、2008年。