家庭と地域の未来を拓く

夫婦が共に家庭関与を高められるワーク・ライフ・バランス

EN-ICHI編集部

2025年6月11日

現代日本において、子育て家庭は仕事と子育て・家族生活の両立に苦慮しています。保育拡大など両立支援政策によって就労の継続はしやすくなりましたが、子育て・家族生活の充実には働き方を変更する必要があります。

2023年度、児童虐待相談対応件数は22万5509件で、統計開始以来33年連続で過去最高を更新しました。現代日本では、多くの人が仕事を中心に時間と心身のエネルギーを配分し、子育て・家族生活には十分確保できない状況にあります。また、共働き家庭が増え、仕事と子育て・家族生活の間で多重役割を負うことも多くなっています。それらを背景に、子育て中の親がストレスをため、子供への接し方も荒いものになりやすくなっていると考えられます。

出所:こども家庭庁「令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」を元に筆者作成

今後、子供や家族の状況に応じて、時間や場所を柔軟に変化させられる働き方を実現することが重要です。本稿では、夫婦共に子育て・家族生活に関わることが養育の質を向上させることを確認し、男女がともに十分家庭に関わることを可能にする働き方として、正規雇用にパートタイム労働を導入することについて検討します。

男女が共に子育て・家族生活に関わることは、養育の質を向上させることが示唆されています。尾形・宮下(2003)は、父親の家事・育児への協力的関わりが、夫婦関係を良好にすることを通して、母親のストレスを減少させ、子供への養育行動を肯定的なものにすると主張しています。

尾形・宮下(2003)では、父親の協力的関わりを「子ども・妻とのコミュニケーション」および「家事への援助」の二因子で捉えました。そのうち、共働き家庭に関する分析結果は以下の通りです(尾形・宮下2003)。

出所:筆者作成

共働き家庭では、父親の「子ども・妻とのコミュニケーション」の指標が高いとき、母親の認知する夫婦関係が良好であり、母親の養育行動にも肯定的な影響がありました。夫婦関係に関する指標では、「夫に対する尊敬と信頼」「対等な関係」を増加させ、「夫の多忙に対する不満」の指標を減少させました(指標の詳細は下記「夫婦関係に関する指標」を参照)。このとき、母親の精神的ストレスを示す「自己閉塞感」「集中力の欠如」の指標が減少しており、母親の養育行動について「威圧的態度」と「拒否的態度」の指標を減少させ、「親和的態度」の指標を増加させました。

父親の「家事への援助」は、母親による夫婦関係の認知を示す「自分や家族に対する要望」を増加させ、これが養育行動の「親和的態度」を直接増加させる方向に影響を与えていました。また、父親の「家事への援助」は、直接的に母親の「威圧的態度」を減少させていました。ただ、「拒否的態度」の指標については、夫婦関係の「自分や家族に対する要望」の増加を介して高まっていました。

出所:尾形・宮下(2003)を元に筆者作成

このように、共働き家庭においては、父親の家庭への関わりは母親の養育行動に対して概ね肯定的な影響を与えています。

一方、父親も夫婦関係から子供への関わりに影響を受けます。特に、母親の父親に対する見方が父子関係に影響を及ぼし、さらに子供の心理的健康にも影響を及ぼすとする研究があります(大島 2016)。佐々木(2009)も、夫婦協力が大きいほど子供の習い事に対する父親の意識が高く、父親の意識と母親の夫婦協力が多いほど子どもの習い事に関連した父親の行動が多かったとしています。

以上から、夫も妻も十分に家庭に関与することが、子供の養育においては重要であるといえます。男女のどちらか一方ではなく、夫婦が共に子育て・家族生活に関われるような働き方、家族全体のワーク・ライフ・バランスのあり方を実現する必要があります。

夫婦が共に子育て・家族生活に十分関わろうとする場合、家族生活に必要な時間の確保という観点から働き方改革の効果が問題となります。

直近の政策動向としては、2018年7月の働き方改革関連法の成立が挙げられます。労働基準法をはじめとして8法が改正され、2019年4月より順次施行されています。改正のポイントは、36協定(法定労働時間を超える時間外労働(残業)を可能とする労使協定)でも超えられない労働時間の上限設定、使用者による年10日の年次有給休暇付与の義務化、正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差の禁止の三つです。

出所:筆者作成

このうち、一つ目の労働時間の上限設定についてみてみましょう。今回の改正では、36協定でも超えることができない上限規制が設定され、時間外労働は月45時間以内、年360時間以内に収めなければならなくなりました。繁忙期などで臨時に業務量が増加する場合でも、複数月平均が80時間以内であること、単月では100時間未満という条件を満たさなければならないとされました。

労働時間に上限が設定されたことは画期的といってよいですが、家族生活を考えると、制限の内容は十分ではありません。藤井(2023)によれば、上限いっぱいまで働いた場合、人々の主観的健康感に悪影響がでます。藤井(2023)によれば、月間労働時間が210時間を超えると労働者の健康状態が悪化します。月間労働時間210時間を時間外労働に換算すると50時間に相当することから、2019年4月に設けられた時間外労働の基準では、労働者の健康障害を防止する観点からすると、必ずしも十分でないといいます(藤井2023)。また、性別により労働者の主観的健康感が悪化する労働時間数が異なり、男性は月間労働時間230時間で主観的健康感が悪化するのに対して、女性は200時間で悪化するといいます(藤井2023)。

主観的健康感の悪化はストレスを増加させ、子育て・家族生活に悪影響を与える可能性があります。加えて、月の時間外労働が労働基準法に定める45時間であっても、1日1~2時間の所定外労働をすることになります。所定の労働時間と合わせて9~10時間の労働時間となり、子育て・家族生活に十分な時間が確保できるとは思えません。子育て家庭には、一般労働者よりも労働時間を抑えられる仕組みが必要と考えられます。

現行制度において、子育て家庭が一般労働者よりも労働時間を抑えるための制度には、育児短時間勤務制度があります。

育児短時間勤務制度とは、育児・介護休業法23条で「3歳に満たない子を養育する労働者に関して、1日の所定労働時間を原則として6時間とする短時間勤務制度を設けなければならない」と定められている制度です。この制度を利用すれば、一般的時間帯で働く労働者であれば16時頃に退勤でき、家族生活を切り盛りしやすくなります。加えて、2023年6月13日に閣議決定された「こども未来戦略方針」にて、2025年より「育児時短就業給付」という制度利用中の給付金を創設するとされています。これが実現すれば、よりワーク・ライフ・バランスを取りやすくなると考えられます。

しかし、育児短時間勤務制度にも、子育てが落ち着くまで、子育て・家族生活に十分な時間やエネルギーを配分するという点では限界があります。まず、3歳以降の短時間勤務制度の設置については、企業の努力義務にとどまっています。子供が3歳を過ぎても家事・育児にかかる時間や労力が減るわけではありません。フルタイム労働に戻ることで家族生活の時間がずれ込めば、子供の睡眠時間などに影響が出ることも考えられます。

また、制度を利用する人・できる人に偏りがあります。日本能率協会総合研究所が2022年に行った調査によると、育児のための短時間勤務制度を「利用している」または「以前利用していたが、現在は利用していない」と回答した人の合計は、女性正社員51.2%、女性非正社員24.3%、男性正社員7.6%、男性非正社員12.3%でした(日本能率協会総合研究所2023)。このような偏りがある背景には、短時間勤務制度が、正規雇用の女性を対象とする仕事と子育て・家族生活の両立支援として行われてきたことがあると考えられます。対照的に、非正規雇用は、使用者が契約の更新・終了を適宜選ぶことで労働調整を容易にする労働力として位置づけられてきました。

このように、現行の短時間勤務制度は、必要とする人が必要な期間、十分に利用できる制度であるとはいえません。

上記のような育児短時間勤務制度の課題を踏まえると、性別や雇用形態に関わらず、希望する人がより長期にわたって労働時間を調整できる仕組みが必要だといえます。そのような仕組みを考えるに当たり、オランダにおける「パートタイム労働」のあり方が参考になります。

オランダにおける「パートタイム労働」は、日本における「パート」などの非正規雇用や有期雇用を指す言葉ではありません(それらはフレックスワークと呼ばれています)。フルタイム労働と比較して短時間の労働全般を指すものと解することができます。また、権丈(2011)によれば、オランダのパートタイム労働のほとんどは正規雇用であり、非熟練労働者だけでなく様々な職種に広がっています。そのため、フルタイム労働者との賃金格差は非常に小さいです(権丈2011)。

オランダでは、1990年代にパートタイム労働に関する法整備が大幅に進みました。1993年に労働法が改正され、同一職種にある労働者に、フルタイム雇用、パートタイム雇用に関わらず、労働時間に相応した均等の賃金を得る権利を与えることが義務化されました(明石2018)。加えて、1996年には、賃金・手当・福利厚生・職場訓練・企業年金など、労働条件のすべてにわたって、フルタイム労働者と同等の権利が保障されるようになりました(権丈2011)。さらに、2000年には労働時間調整法により、労働者は時間当たり賃金を維持したままで、自ら労働時間を短縮・延長する権利が認められるようになりました(権丈2011)。

出所:筆者作成

オランダにおけるパートタイム労働のあり方からは、幾つか重要な示唆が得られます。まず、正規雇用者がフルタイム以外の労働時間を選択する権利を保障されていることです。正規雇用者が労働時間を選択できることは、子育てや介護などの家族ケアを担いつつ働く人々の雇用の安定を増進すると考えられます。次に、労働時間を調整する権利が労働者側にある点です。労働時間の短縮のみならず、延長の権利までが労働者にあることは、短時間勤務をいつまで続けるかの選択が労働者に委ねられていることを意味します。これにより、各自のケアニーズが解消されるタイミングまで、安心して短時間勤務を続けられると考えられます。

オランダにおけるパートタイム労働のあり方は、日本の子育て家庭のワーク・ライフ・バランス実現にとっても有効だと考えられます。日本においてもパートタイム労働への法的保護が強化されれば、現行の育児短時間勤務制度の課題である子供の年齢による取得制限はなくなります。

そして、より重要なのは、従来の正規雇用はフルタイム労働という固定観念を変化させられる可能性があることです。フルタイム労働とパートタイム労働の労働条件の差が無くなれば、現在労働時間を理由に非正規雇用となっている人々が正規雇用に転換する契機になります。それは、より多くの人が正規雇用に就ける機会を増やすのと同時に、長時間労働を前提とした正規雇用という図式を変更することになります。育児短時間勤務制度を利用しにくかった男性正社員も、短時間勤務を活用しやすくなると考えられます。

ただ、パートタイム労働は時間当たり賃金が同じでも、フルタイムで働く場合よりどうしても総収入が少なくなります。オランダでは、ライフコース貯蓄制度という、課税前所得の一部を貯蓄し、後に育休などの無給休暇を取る際に引き出すことができる制度が存在します。無給休暇と短時間勤務の期間とで対象は異なりますが、課税前所得からの貯蓄を税制優遇するという点は、一時的にパートタイム労働を選択する人々の助けとなりえます。

本稿では、子供の養育に夫婦関係が重要な影響を及ぼすことを前提に、夫婦が共に家庭関与を高められるワーク・ライフ・バランスの実現方法を検討してきました。現行の労働時間政策とオランダのパートタイム労働の検討から、日本でも正規雇用におけるパートタイム労働を可能とすることには、意義があると考えられます。今後は、日本企業の人材マネジメント戦略などを踏まえて、議論を精緻化していくことが重要です。

(『EN-ICHI FORUM』2023年11月号記事に加筆修正して掲載)

参考文献

  • 明石留美子(2018)「ワーキングマザーのワーク・ライフ・バランス:女性のウェルビーイングが保たれる社会へ─オランダの在り方から考える─」『明治学院大学社会学・社会福祉学研究』150、pp.21-45.
  • 大島聖美(2016)「夫婦関係の子どもの養育―夫婦間のコペアレンティングに向けて」『広島国際大学心理学部紀要』3、pp.79-90.
  • 尾形和男・宮下一博(2003)「母親の養育行動に及ぼす要因の検討―父親の協力的関わりに基づく夫婦関係、母親のストレスを中心にして」『千葉大学教育学部研究紀要』51、pp.5-15.
  • こども家庭庁(2023)「こども未来戦略方針―次元の異なる少子化対策の実現のための『こども未来戦略』の策定に向けて ―」(2023年6月13日閣議決定).
  • 権丈英子(2011)「オランダにおけるワーク・ライフ・バランス―労働時間と就業場所の柔軟性が高い社会」、RIETI Discussion Paper Series 11-J-030.
  • 佐々木卓代(2009)「子どもの習い事を媒介とする父親の子育て参加と子どもの自己受容感」『家族社会学研究』21(1)、pp.65-77.
  • 藤井英彦(2023)「労働時間と主観的健康感との関係に関するパネル分析」『労働安全衛生学研究』16(1)、pp.3-10.
  • 日本能率協会総合研究所(2023)「仕事と育児の両立等に関する実態把握のための調査研究事業」(労働者調査)令和4年度厚生労働省委託事業.

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