家庭と地域の未来を拓く

生活の質向上に注目するフランスの自治体の取り組み

辰本 雅哉在仏ジャーナリスト

2025年6月4日

フランスではコロナ禍を経て、国民の生活の質向上を目指した町づくりに関心が集まっている。自然に恵まれた地方の暮らしやすさはもちろん、大都市では薄れた地域コミュニティーによる子育て支援のモデルが注目されている。

欧州でトップの出生率を誇るフランスは少子化対策で注目を集めることが多いが、実はコロナ禍の3年間で人々の働き方が大きく変わった。そのため、国民一人一人の生活の質(幸福感)向上が最も注目を集めている。

仏日刊紙ル・パリジアンは2023年2月、子育て環境に関する調査を実施し、トップだったのは仏北東部バ=ラン県にある人口約2万7000人の町イルキルヒ=グラフェンスタデンだった。調査には健康、家族、安全の3つの柱で小児科医の数、強盗発生件数(治安)、大気汚染、緑地面積、住宅価格、薬局、教育施設、移動時間など係数は多岐にわたっている。

同調査は、コロナ禍でリモートワークが増え続け、子育てのために大都市から田舎に移り住む世帯が知りたい情報を提供するために行われた。係数が大きいほど評価が高いことになり、独自の評価係数を入力し、町を検索することもできる。町単体ではなく、周辺3キロ以内に適応して係数を計算することもできる。

そもそもパリに住む80%以上の市民が田舎生活を切望しており、大都市に住むメリットより、デメリットを感じている。理由は生活の質を追求する願望がヨーロッパの中でも非常に強く、広い庭、きれいな空気など、コロナ禍前からストレスの多い大都市脱出を考えるフランス人は非常に多かった。

住む地域を縛っていた職場がコロナ禍で解放され、2021年にはパリを脱出したパリ住人は10万人を超えた。就職や学習理由でパリに住んでいる82%が脱出を希望するという統計もある。その結果、過疎化に苦しんでいた人口2万人前後の町が息を吹き返し、リモートワークの条件となるWiFi環境の整備、教育と医療、交通インフラの整備が進んだ。

パリから西部ブルターニュの人口5万人のヴァンヌ郊外に引っ越した友人女性は「太陽が降り注ぐ小さな町に行って、パリよりもずっと安い物件価格で娘に広いスペースを与えられることや、もう一人子どもを産んでもいいと考え、選択は正しかった」と言っている。

コロナ禍での子育て対応で柔軟な対応を迫られた仏西部ノルマンディー地方のアランソンでは、コロナ禍で学校閉鎖が相次ぐ中、温かい学校給食の提供が困難になった。そこで自治体はケータリングサービス閉鎖を避けるため当該施設の各小学校クラスに冷たいピクニックスタイルの食事を交代で提供し、家からのサンドイッチ持参も可能とした。

ある母親は「食堂を閉めるよりはずっといい」といい、別のネットユーザーは「子供たちには温かくてバランスの取れた食事を食べる権利がある」と不満を述べた。だが、自治体は「大事なことは親が子供の世話をすることだ」と強調し、学校周辺の自然の中でピクニックしながら昼食をとることも推奨し、都会からの移住者は「感動している」と言っている。

人口2万人以上の444の町の中で家族に最適な町トップに選ばれたイルキルヒ=グラフェンスタデンのフィリップス市長は「子どもたちの福祉は市の市政活動の中心です」と述べている。警備を強化するため、学校前にはビデオ防犯カメラが設置され、インフレにもかかわらず学校給食の価格は据え置いている。

地域の特性から、ドイツ語またはアルザス語の二言語の習得を含む教育プロジェクトが幼児教育施設から実施されている。校庭は緑に覆われ、市長は「真の家族の楽園にするための継続的な努力」に取り組んでいるとしている。

ストラスブールの南郊外に位置する同市はル・パリジアン紙の取材によると「幼い子供たちが定住するのに夢のような場所」と指摘し、判断基準の全てで高得点だったと指摘している。小さな町のデメリットの一つは高校、大学がないため進学のために親元を離れることを強いられることだが、同町は大都市ストラスブールにも近い。

それより注目されるのは、都会にはなかった住民たちで構成されるコミュニティーの存在だ。地域コミュニティーこそ、子育てにおいてきめ細かな支援サービスができるという考えで、家族法には6歳未満の子ども向けの保育サービスを開発するための複数年計画を自治体は採用することができると定められている。

フランスの最近の託児所や学童保育など集団保育施設では、保護者が就労中、研修中、求職中の6歳未満の子どもを日中受け入れることができる。最近は就労だけでなく、親が気晴らしをするための親同士だけの食事会やリクレーションも受け入れ理由に含む場合が多い。フランスでは集団保育施設に営利目的の民間企業が入り込むことはほとんどない。

テレワーク中心の働き方の世帯が都会から引っ越してきた場合、これらの施設は欠かせない。コミュニティー全員が子育てに参加する意識が醸成され、その安心感は子どもを産むモチベーションを後押ししている。ル・パリジアンの調査で上位15位に選ばれた自治体は全て、施設およびサービスは母子保護の部門サービスを担当する医師がいる。

さらに子どもが身体的、心理的脅威にさらされた場合、自治体は施設の閉鎖命令も出せる。市民の安全のため、人口2万7000人のイルキルヒ=グラフェンスタデンには100個の防犯カメラが設置されている。

フランスは快適な街づくりの伝統があり、花に覆われた美しい街はすでに国中に点在する。厳しい住宅建設の規制が存在し、街づくりは個人の土地の私権を超えて存在する。そこに今は幸福追求のため町全体で子育てする持続可能な発展モデルが加わり、いい意味で町同士が競争している。

(初出は『EN-ICHI FORUM』2023年11月号)

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