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「0.78ショック」に揺れる韓国

一藤木 充誠ソウル在住ジャーナリスト

2025年6月4日

韓国の出生率が過去最低を更新し、またも世界最低を記録した。韓国政府はこれまで多額の予算を投入して対策を講じてきたが、一向に改善される兆しは見えない。「子供を生みたい」と思う社会に変える抜本的な対策が迫られている。

韓国統計庁は2023年2月、2022年の合計特殊出生率(15~49歳までの既婚・未婚問わない全女性の年齢別出生率の合計。一人の女性が生涯に生む子供の数に相当)が0.78人だったと発表した。1970年代に3人台だった出生率は18年に1人を切り、さらに0.8人を下回るという急速な少子化が続いている。

年間の出生児数は20数年前は50万~60万人に達していたが、昨年は約25万人に半減。高齢化と相まってこのままいけば1人の青年および中年が2人の高齢者を扶養しなければならない社会が到来するとみられている。

北東部の江原道の場合、保育園が相次いで閉園に追い込まれ、その場所に老人ホームが建てられるケースが増えているという。

まさに超少子化と呼べる現象であり、韓国のメディアは「0.78ショック」と呼んで警鐘を鳴らしているが、最も懸念されているのは近い将来、生産可能人口の減少に伴う成長率の鈍化、公的年金の財政悪化などだ。このほか内需縮小でさらに輸出依存度が高まり外部要因に対する経済的脆弱度が高まること、徴用軍人の減少で国防力が低下することも心配されている。

米金融大手ゴールドマン・サックスによると、韓国の経済規模は60年ごろから縮小し始め、約半世紀後の75年にはフィリピンやマレーシアより小さくなるという厳しい見通しを示した。

なぜこれほどまで超少子化が続くのか。大きく分けると、結婚自体をためらう若者が増えたこととが一つ、またもう一つは結婚しても子供を一人か多くて二人しか産まないと最初から考える夫婦が圧倒的に多いことが挙げられる。

「0.78ショック」を受けて保健福祉省は3月、20代から30代の若者15人と緊急に懇談会を開き、意見を聴取した。未婚男女に「なぜ結婚しないのか」と尋ねたところ、「資産形成と融資の難しさ」と「安定的な住居確保の難しさ」を理由に挙げたという。また両家が負担する結婚関連資金を祝儀金で回収する意味合いが強い韓国独特の結婚式文化に対する抵抗感、結婚イコール出産という圧迫感なども理由に挙げられた。

懇談会では出なかったようだが、20代の就職難も結婚を諦める原因だと言われる。

結婚をためらう若者が増加している理由としては、生涯結婚しない女性、いわゆる「非婚女」の増加も挙げられる。韓国保険社会研究院がこのほど公開した報告書「結婚・出産形態変化と低出産(少子化)対策のパラダイム転換」によると、女性の独身率(満50歳の時点で一度も結婚していない女性の率)は15年の3.8%から20年には7.1%まで上がり、25年は10%を超えるとみられるという。10人に1人は「非婚女」という時代がすぐ目の前まで来ている。

一方、もう一つ少子化に拍車を掛けている「結婚しても多く生まない」傾向に関し、ある民間企業が最近、成人男女約1100人を対象に実施した世論調査を発表した。それによると、出産をためらう理由として最も多かったのが「養育費負担」で66.3%に達し、次いで「まっすぐに育ってくれるか不安」(28.1%)だった。

韓国人が養育費負担で最も重荷に感じているのが幼稚園生時からスタートする法外な課外授業費だ。このほど統計庁がまとめた「2022年の小中高生課外授業費調査」によると、児童・学生一人当たりの課外授業費は前年より11%増えて41万ウォン(約4万5000円)、課外授業を受けていない児童・学生を除くと約52万ウォン(約5万7000円)に達する。いずれも2007年の統計開始以来、最多だという。

この養育費負担こそ少子化の元凶と見る専門家らは多い。もともと儒教的な価値観が強い韓国では学業偏重の学校教育と学歴至上主義の影響が色濃く残り、難関大学合格を最終目標とする学力アップに向けた課外授業が過度に行われており、その弊害を指摘する声は多い。

子供の課外授業費を捻出するため、持ち家を売却したり、金融機関に教育ローンを申し込む父兄も多く、そのために家計が苦しくなった世帯を教育(エデュケーション)が原因で貧しい(プア)という意味で「エデュ・プア」と呼ばれたりもする。

韓国政府は過去15年間に総額約280兆ウォン(約31兆円)の少子化対策予算を投じてきたが、結果的に失敗に終わった。ソウル新聞はこの点について社説で「単純なバラ撒き政策では効果がないことを示すもので、子供を生み育てるのが難しくない住みやすい魅力ある国を作らなければならない」と指摘している。

尹錫悦大統領(当時)は2023年3月28日、就任後初めて主催した大統領直属の少子高齢化社会委員会の会議で「少子化問題は重要な国家アジェンダであり、政府と民間が協力して解決すべき。福祉・教育・雇用・住居・税制などの社会問題と女性の経済活動などさまざまな文化的要素が複雑に絡まっている」と指摘。また「過度で不必要な競争に巻き込まれる文化がなくならない限り、少子化問題に根本的な答えを出すのは簡単でないと思う」と述べた。

会議では4大推進戦略と5大核心分野から成る尹政権の少子高齢化政策の推進方向と課題が発表された。このうち5大核心分野と関連し、子守りサービスの3倍化や仕事・育児両立支援のための実態調査と制度補強、女性の経歴断絶を防ぐ労働時間短縮支援の拡大、住宅購入難に対応する新婚世帯向け公共住宅分譲拡大や子女数に合わせた公共住宅入居条件の緩和などが盛り込まれた。

尹大統領の言葉通り、根本的解決には文化や国民の意識が変わることが前提になりそうだが、果たして今回の政府主導による少子化対策はどこまで成果をあげられるだろうか。

(初出は『EN-ICHI FORUM』2023年5月号)

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