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もしかして、その不調は「家族関係」が原因? 家族療法の視点で考える心と体のつながり
家庭医療専門医として日々患者さんの診療をしている長谷部先生(仮名)に、家族療法の視点から見た「心と体のつながり」についてお話を伺いました。原因のわからない不調の背景には、家族関係が影響していることも少なくありません。以下、長谷部先生のお話をEN-ICHI編集部がまとめました。家族療法の基礎理論から実際の症例、家庭で活かせるヒントまでを紹介します。
はじめに
原因のわからない身体の痛みや心の不調が、実はご家族との関係性に深く結びついているかもしれない—。そう聞くと、少し驚かれるでしょうか。心療内科の現場で日々患者さんと向き合っていると、心と体、そして「家族」という最も身近な人間関係が、いかに密接に影響し合っているかを実感させられます。
現代の家族の形は非常に多様化しています。「夫婦と子供」からなる、いわゆる「標準世帯」は、2022年のデータでは全世帯のわずか25%に過ぎません。最も多いのは単身世帯で、夫婦のみの世帯も核家族とほぼ同数です。しかし、どのような形の家族であっても、その関係性の質が私たちの心身の健康に大きな影響を与えるという事実は変わりません。
この記事では、家族療法という視点から、心と体の不思議なつながりを解き明かし、皆さんがご自身の家族関係を見つめ直すための具体的なヒントを提供します。
あるご夫婦の物語:痛みの裏にあった夫婦のすれ違い
専門的な理論に入る前に、まず一つの事例をご紹介させてください。具体的な物語を通して、家族関係が心身に与える影響を肌で感じていただくことが、何よりも深い理解につながると考えているからです。
事例の提示
私が外来で担当した、中高年の女性患者さんのお話です。数年前に娘さんが結婚して家を出てから、原因不明の全身の痛みに悩まされるようになりました。いくつもの病院を巡りましたが、痛みは一向に和らぎません。
それと時を同じくして、ご夫婦の関係も悪化の一途をたどります。喧嘩は激しさを増し、ついには警察が介入する事態にまで発展。その後、お二人は別居することになりました。
診察室で彼女が語るのは、痛みへの苦しみと、夫への不信感でした。「夫が浮気しているに違いないんです。もう、別れることしか考えられません」。そう強く訴える一方で、別の精神科では「それは妄想障害ではないか」と指摘され、誰にも本当の苦しみを理解してもらえない、という深い孤独感を抱えていらっしゃいました。
医療現場での葛藤
この事例で私は、さまざまな感情を経験しました。浮気や離婚といった家族の倫理的問題に向き合うとき、医療者という立場を超えて、私自身の価値観や家族観が触発され、それが患者さんを一人の人間として深く理解することを妨げているのを感じました。そして、それは患者さんとの信頼関係の構築を困難にしていることも実感しました。こうした体験は、私たち医療者が臨床でしばしば直面する葛藤を象徴しています。家族の倫理的課題は、私たち医療者自身の内面にも波紋を広げ、時には冷静さや客観性を揺るがすことさえあります。
そのようなとき、強力な羅針盤となるのが「家族療法」というアプローチです。
「個人」ではなく「関係性」に目を向ける家族療法
家族療法とは、心理療法の一つのアプローチです。その最大の特徴は、個人に生じている問題を、その人個人の問題として捉えるのではなく、家族というシステム全体の「関係性」の中で捉え直す点にあります。そして、その関係性をより良い形に整えていくことで、結果的に個人の問題も解決に向かうことを目指します。
家族の倫理的問題に向き合うとき、関係性の視点を持つことで、問題の本質が見えやすくなります。たとえば、浮気や離婚といった倫理的なテーマは、医療者自身の価値観を強く刺激しがちですが、それを「誰かの過失」や「倫理の問題」としてのみ扱うのではなく、「関係性の困難」として理解し直すことで、より冷静に、そして多面的に向き合いやすくなります。
また、個人の心身の不調問題を考える際にも「原因」を個人の内部だけに求めるのではなく、その人が日々暮らし、影響を受けている関係性のシステム全体へ目を向けることで、これまで見えてこなかった解決の糸口が見えてきます。
以下、「家族療法」について解説します。
理論的背景:システム理論
家族療法の考え方の基礎には、「システム理論」というものがあります。これは、人や社会を、個々の要素の集まりとしてではなく、互いに影響を与え合う「関係性」と「相互作用」のネットワークとして理解しようとする理論です。
システム理論には、主に2つの特徴があります。
① 還元的な視点と統合的な視点:
私たち医療者は、病気の原因を探るために、臓器や細胞といった細かい単位へと「還元」して物事を見ます。しかし同時に、その人が置かれている家族や社会といった全体像の中でどういう意味を持つのか、という「統合的」な視点も不可欠です。部分と全体、両方から捉えることが重要だと考えます。
② 相互作用の重視:
システム内の要素は、一方向だけでなく、双方向に影響し合います。例えば、会社のストレス(社会システム)が原因で暴飲暴食になり、病気(個人システム)につながることもあれば、逆に病気になったことで会社を休まざるを得なくなり、人間関係(社会システム)に影響が及ぶこともあります。このように、あらゆるものが連鎖していると捉えるのが特徴です。
なぜ「家族」に着目するのか
私たちの周りには、職場、地域社会、国家など、様々な人間関係のシステムが存在します。その中で、家族療法が特に「家族」という単位に着目するのには、明確な理由があります(図1)。臨床心理学者の遊佐安一郎先生は、その理由を3つのポイントで説明しています(遊佐 1984)。
①最も影響力を持つ:多くの人にとって、家族は幼少期から最も長く、深く関わる人間関係であり、その影響力は絶大です。
②アプローチ可能な程度の大きさ:国家や社会全体を変えることは困難ですが、目の前の家族の関係性に働きかけることは、現実的なアプローチとして可能です。
③探求に値する複雑さ:家族関係は非常に複雑であり、多くの人が悩みを抱えています。だからこそ、深く探求し、研究する価値があるのです。
図1 「家族」システムへの着目

出所:長谷部先生作成
事例への応用と解決への道筋
それでは、冒頭の中高年のご夫婦の事例に、この家族療法の視点を当てはめてみましょう。
診察を重ねる中で、ある日、女性の口からこれまでとは違う言葉がこぼれました。「別居中の夫の家に行ったら、生活道具が全部揃っていて、ふと寂しくなったんです。本当は、夫の心が自分から離れてしまったのかを知りたい。復縁したい気持ちも、正直あるんです」。これは、彼女が初めて夫への非難ではなく、ご自身の本当の気持ちを語ってくださった瞬間でした。
私はこの機会を捉え、「痛みや不安を、お二人の『関係性の問題』として捉え直してみませんか?」と提案し、ご夫婦での面接を行うことになりました。
面接を通して明らかになったのは、お二人の「愛情表現のすれ違い」という構造でした。
・妻が求めていたもの:「私に関心があるの?」という気持ちを、言葉で確認したかった。
・夫が示していたもの:妻が病気で家事ができなくなってからの数年間、毎日食事を作り、介護を続けるという行動で愛情を示していた。
妻は言葉を求め、夫は行動で示す。お互いに愛情はあったにもかかわらず、表現方法の違いから「相手は自分に関心がない」と思い込み、心が離れてしまっていたのです。
私の役割は、いわば「通訳」でした。お互いの行動の裏にある本当の気持ちを翻訳して伝えることで、ご夫婦は少しずつ相手の思いを理解し始めました。衝突を繰り返しながらも対話を重ね、ついに二人で旅行に出かけるまでに回復されました。その旅行後、奥様は「旦那は意外にロマンチックなんだなと思いました」と、はにかみながら教えてくれました。それからしばらくして、彼女の全身の痛みは嘘のように消え、再びご夫婦で同居を始められたのです。
この事例は、「生物的な痛みが、家族関係や心理面と密接につながっており、関係性が改善すると症状も良くなっていく」という、心と体の深いつながりを明確に示しています。では、こうした関係性の改善のために、私たちはどのような視点を持てばよいのでしょうか。具体的なヒントをご紹介します。
あなたの家族関係を見つめ直す3つのヒント
ここからは、皆さんがご自身の家族関係を客観的に振り返り、より良い方向へ調整していくための具体的な観点を3つご紹介します。専門的ですが、誰もが「自分事」として考えられるよう、分かりやすく解説していきます。
ヒント1:関係性の「現在地」を評価する(円環モデル)
家族関係を評価するための代表的なモデルに「円環モデル」があります。これは、「凝集性」(きずな)と「適応性」(かじとり)という2つの軸で、家族の現在の状態を評価するものです。
2つの軸の定義
* 凝集性(きずな):家族メンバー間の情緒的な結びつきの強さ。
* 適応性(かじとり):状況の変化に応じて、家族内のルールや役割を柔軟に変化させる能力。
<凝集性の4段階>
1. 遊離: バラバラで、お互いに無関心な状態
(例:家族で集まっても、それぞれスマホを見ている)
2. 分離: 普段は自由だが、必要な時には関わる状態
(例:普段は別々に行動するが、家族旅行には一緒に行く)
3. 結合: 親密でありながら、個人の自由も尊重される状態
(例:夕食は一緒に食べるが、その後は各自自由に過ごす)
4. 膠着: 過干渉で距離が近すぎる状態
(例:何をするのも一緒で、個人の意思が尊重されない)
「結合」が個人の自由を尊重するのに対し、「膠着」は相手が何をしているかを常に把握し、コントロールしようとする点で大きく異なります。
<適応性の4段階>(子供の寝る時間のルールを例に)
1. 硬直: ルールが絶対的で、変化を許さない状態
(例:「絶対に夜9時に寝なさい。破ったら罰だ」)
2. 構造化: 基本的なルールはあるが、必要に応じて変更できる状態
(例:「基本は9時だけど、金曜の夜は少し遅くてもいいよ」)
3. 柔軟: ルールに幅があり、柔軟に対応できる状態
(例:「夜8時から10時の間には寝ようね」)
4. 無秩序: ルールが全くなく、一貫性がない状態
(例:「いつ寝てもいいよ、夜更かしも自由だ」)
図2 凝集性と適応性

出所:長谷部先生作成
このモデルでは、凝集性と適応性の両方が、極端(遊離・膠着、硬直・無秩序)ではなく、真ん中の2段階(分離・結合、構造化・柔軟)にある状態を「バランス群」と呼び、最も機能的で健康的であると考えます。「適度な距離感(きずな)」と「適度な柔軟性(かじとり)」、この2つのバランスが健全な家族関係の鍵となるのです(図2)。
ヒント2:関係性は「変化」し続けると知る(家族ライフサイクル)
家族関係は固定されたものではなく、時間の経過と共に常に変化し続けます。この変化のプロセスを理解するのが「家族ライフサイクル」という考え方です。
ライフサイクルの節目=「危機」
人の一生には、就職、結婚、子供の誕生、子供の巣立ちといった様々な「節目」があります。家族療法では、この節目を「危機(crisis)」と呼びます。これは「危険(risk)」と「機会(chance)」という2つの意味を含んでおり、まさに「ピンチはチャンス」です。節目において家族の役割やルールをうまく調整できなければ「危険」に陥りますが、乗り越えることができれば、関係性が深まる「機会」となるのです。
ライフサイクルの段階
様々な人生がありますが、それを分析すると大きく7つの段階に分けられます(表1)。
表1 ライフサイクルの段階

出所:長谷部先生作成
例えば以下のような段階があります。
ー
第1段階:巣立ち期
原家族から精神的・経済的に自立し、仲間関係や世界観を確立していく時期
第2段階:カップル形成期
パートナーと価値観や生活ルールをすり合わせ、新しい家族関係を築く時期
第3段階:小さい子供のいる家族期
子育て・家事・家計などの役割分担を話し合い、夫婦と拡大家族の関係を再調整する時期
第4段階:青年のいる家族期
子供の自立を見守り、親の関わり方を「世話」から「支援」へと切り替える時期
第5段階:子供の巣立ち期
子育ての終結に伴い、夫婦関係を再構築し、新たな人生の目的を模索する時期
第6段階:中高年期
身体の衰えや親の介護に向き合いながら、社会的役割や生きがいを再定義する時期
第7段階:人生の終末期
支える側から支えられる側へ移行し、死や老いを受け入れながら人生を総括する時期
ー
冒頭の事例のご夫婦は「第5段階:子供の巣立ち期」にこの危機に直面していました。「熟年離婚」が起こりやすいのもこの時期です。それぞれの段階に入るときに家族の関係性が変化することで生じやすい課題があります。
「人生は螺旋階段」
ある児童精神科の先生が「人生は螺旋階段のようなものだ」とおっしゃいました。上から見ると同じ場所をぐるぐる回っているように見えても、横から見れば着実に上へと登っている。人生とは、次々と現れる課題を乗り越えながら、個人として、また家族として成長していくプロセスなのです。変化を恐れず、その都度関係性を調整し続ける意識が大切です。
ヒント3:関係性は「伝播」すると理解する(自己分化)
家族の中で繰り返される関係性のパターンは、世代を超えて受け継がれていくことがあります。この現象を理解する鍵が「自己分化」という概念です。
自己分化度とは
自己分化とは、私たちの内にある「知性(理性)」と「感情」のバランスを取る能力のことです。
自己分化度が低い状態は、両者のバランスが取れていない状態です。感情に振り回されやすく、「相手のせいでこうなった」と考えがちです。自己分化度が高い状態は、知性と感情のバランスがとれ、精神的に自立し、「自分は自分、相手は相手」と冷静に考えられる状態です。
図3 自己分化度

出所:Bowen, M. Family Therapy in Clinical Practice. New York: Jason Aronson:1970.を参考に長谷部先生作成
対人関係への影響
この自己分化度は、対人関係の築き方に大きく影響します。自己分化度が低いと、他者に過度に依存したり、逆に親密さを避けて回避的になったりしがちです。一方、自己分化度が高いと、相手を尊重しつつ自分の意見も持つことができ、柔軟で適度な距離感の人間関係を築きやすくなります。
世代間伝播
この自己分化度は、親から子へと学習され、世代を超えて伝播する傾向があります。自己分化度が低い夫婦は、二人の間の緊張関係に耐えられず、その不安を和らげるために無意識のうちに子供を巻き込んでしまうことがあります。例えば、子供に過干渉になることで、夫婦の問題から目をそらすのです。そうした環境で育った子供は、自分の感情と理性を切り分ける訓練ができず、自己分化度が低いまま成長し、さらにまた自分と似た自己分化度の相手をパートナーに選びやすい、という連鎖が起こりうるのです。
この連鎖を断ち切るために大切なのは、感情的になった時こそ一歩引いて、「相手は相手、自分は自分」と考える姿勢を持つことです。
おわりに:より良い関係性を築くために
この記事では、心身の不調と家族関係の深いつながりを、家族療法という視点から探ってきました。最後に、大切なポイントを改めて振り返ります。
1. 関係性の現在地を評価する(円環モデル): 「きずな」と「かじとり」のバランスが取れているか。
2. 関係性は変化し続けると知る(家族ライフサイクル): 人生の節目は、関係性を見直すチャンスである。
3. 関係性は伝播すると理解する(自己分化): 感情に流されず、「自分は自分、相手は相手」と考える。
家族によって、構成員や生活スタイルはさまざまです。しかし、どのような形であれ、大切なのはその「関係性の質」であるという事実は変わりません。もし今、あなたが原因のわからない不調を抱えているなら、少しだけ視点を変えて、ご自身の最も身近な人間関係を見つめ直してみてください。そこには、心と体を健やかに保つための、大切なヒントが隠されているかもしれません。
参考文献
- 遊佐安一郎. 家族療法入門:システムズアプローチの理論と実際. 東京:星和書店;1984.
- 若林英樹, 宮本侑達, 田中道徳, 山田宇以, 松下明. ラダーと事例から学ぶ家族志向のケア. 東京:中外医学社;2024.
- McDaniel SH, Campbell TL, Hepworth J, Lorenz A. Family-Oriented Primary Care. 2nd ed. New York: Springer; 2005.
- Olson DH, Portner J, Lavee Y. FACES III: Family Adaptability and Cohesion Evaluation Scales. St Paul: Family Social Science, University of Minnesota; 1985.
- McGoldrick M, Gerson R, Petry S. Genograms: Mapping Family Systems. In: McGoldrick M, Gerson R, Petry S, editors. Genograms: Assessment and Intervention. 3rd ed. New York: W.W. Norton; 2008.
