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COVID-19後の米国における青年のメンタルヘルス問題と家族

瀬木 啓米国東洋医師(Oriental Medical Doctor)

2025年6月14日

新型コロナウイルスの流行後、アメリカでは青年のメンタルヘルスの問題が注目されています。コミュニケーションスキルのトレーニングなどを提供し、家族の交流を支援することで、青年のメンタルヘルスを改善しようという取り組みがあります。

COVID-19パンデミックは世界中の生活様式を一変させましたが、米国の青年にとっては特に深刻な影響をもたらしました。学校の閉鎖、社会的距離の維持、社会活動の制限によって、青年は友人や地域社会との交流を絶たれ、不安やうつ病など多様なメンタルヘルスの問題を抱える状況に陥っています。

米国疾病予防管理センター(CDC)の調査によれば、2023年における高校生の不安障害やうつ病といったメンタルヘルスの不調は29%であり、高校生の約40%が持続的な悲しみや絶望感に苦しんでいたと報告されています。また、同年10人のうち2人の生徒が自殺を図ることを真剣に考え、そしてほぼ10人に1人の生徒が実際に自殺未遂を試みました。さらに、オンラインサービスが普及する一方で、デジタルデバイド(インターネットの恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる格差のこと)によって十分な支援を受けられない青年も多く、問題は一層複雑化しています。

出典:Centers for Disease Control and Prevention (2024)p.58より(翻訳は編集部)

こうした状況において、青年のメンタルヘルスを左右する鍵となるのが家族の絆です。家族が感情的な安心感を提供し、ストレスや不安に対応するためのレジリエンス(困難をしなやかに乗り越える力)を育むことは、青年自身が抱える課題を早期に解決する上で極めて重要です。

たとえば、家庭内でのコミュニケーションが円滑な家族は、青年が抱える小さな悩みや気分の変化にいち早く気づきやすく、その段階で適切な助言やサポートを行うことができるようになります。また、学習支援や一緒に過ごす時間の確保は、青年の孤立感を軽減して自尊心や自己肯定感を高める有効な手段となり得ます。これに加え、家族との趣味やレクリエーション活動を通じてポジティブな体験を共有することは、青年に「自分が大切にされている」という実感を与え、精神的な安定に寄与します。

さらに、家族が青年のメンタルヘルスに関心を寄せることは、青年自身が「困難に直面しても誰かに頼れる」と感じる土壌をつくることにつながります。実際、家族の理解と協力を得られる青年は、不安やストレスに直面した際にサポートを求めるハードルが下がるため、深刻化する前に対策を講じやすくなります。このように、家族が果たす安心感とレジリエンス強化の役割は、パンデミック後の混乱期において、ますます大きな意味を持ちます。

家族のサポートが青年のメンタルヘルスに大きく影響するという事実は、ナショナル・アライアンス・オン・メンタル・イリネス(NAMI)の取り組みからも裏付けられています。NAMIは、米国最大のメンタルヘルス非営利団体として知られ、家族と青年を対象とした多様なプログラムを提供していますが、その中心にあるのは家族の役割を重視した支援です。

まず、無料の8週間コース「Family-to-Family」では、家族がメンタルヘルスの正しい知識やコミュニケーション方法、危機管理を学ぶことで家庭内のサポート力を高めています。NAMIによると、このプログラム修了者の約80%が「家族内での会話の質が向上した」と回答し、青年が自らの状態を話しやすくなったとの報告がなされています。

次に、オンラインでの6週間コース「NAMI Basics」では、青年自身がメンタルヘルスについて理解を深め、症状を管理するスキルを習得します。ピアサポートを重視し、同じ経験を持つ仲間との交流を促進することで、青年の孤立感が軽減されると言われます。さらに、家族が青年の学んだ内容を把握し共に取り組む姿勢を持つケースでは、青年の不安や落ち込みの頻度が約30%減少したとする内部調査データもあります。

また、地域社会でのプレゼンテーションを行う「Ending the Silence」を通じて、精神的な健康問題に対する偏見や差別を軽減し、早期介入を促進している点も見逃せません。家族がこのようなコミュニティ啓発活動に参加することで、地域においてメンタルヘルスの問題にオープンに向き合う文化が育まれ、青年を取り巻くサポート体制がさらに強固になります。

NAMIのプログラム全体に共通するのは「家族が当事者と共に学び、共に行動する」という姿勢であり、多くの参加者からは「家庭内の相互理解が深まり、青年のメンタルヘルス状態が改善した」との声が寄せられています。

家族を中心としたサポート体制が青年のメンタルヘルスを大きく左右することは、NAMIの具体的な事例が強く示唆しています。こうした取り組みを一層広げるためには、家族向けメンタルヘルス教育プログラムの拡充や非営利団体との連携促進、さらにはオンラインリソースの整備などが不可欠となってきます。

また、政府や自治体が包括的な政策を打ち出し、資金面・制度面から継続的に支援することも重要であると言えます。家族と地域社会、教育機関、政策立案者が一体となって連携を深めることで、青年たちが安心して自分の悩みを打ち明け、早期に適切なサポートを受けられる環境が整うと考えられます。

ポストCOVID-19の過酷な状況の中でも、家族の絆が生み出す安心感とレジリエンスは青年を強力に支え、地域社会との連携がそれをさらに補完します。こうした相互補完の枠組みをより多くの地域に普及させることこそ、青年たちの健全な成長と幸福を保証する最も確実な道と言えるでしょう。

(『EN-ICHI FORUM』2025年2月号記事に加筆修正して掲載)

参考文献

  • Bell, I. H., Nicholas, J., Broomhall, A., Bailey, E., Bendall, S., Boland, A., Robinson, J., Adams, S., McGorry, P. and Thompson, A. (2023). The impact of COVID-19 on youth mental health: A mixed methods survey. Psychiatry Research, vol.321, 115082.
  • Centers for Disease Control and Prevention (2024). Youth Risk Behavior Survey Data Summary & Trends Report: 2013–2023, US Department of Health and Human Services.
  • National Alliance on Mental Illness (NAMI), Official Website: https://www.nami.org/Home
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