家庭と地域の未来を拓く

MAHA Strategy:小児慢性疾患を根本から治す米国の国家的プロジェクト

瀬木 啓米国東洋医師(Oriental Medical Doctor)

2025年12月9日

本稿では、米国が進める国家的健康改革「MAHA Strategy」について紹介します。

MAHAとは“Make America Healthy Again(アメリカを再び健康にする)”の略称で、小児慢性疾患の急増に対する包括的対策として立ち上げられた連邦政府プロジェクトです。

2025年9月9日、米国保健福祉省(HHS)は、大統領令14212号に基づいて設置されたMAHA委員会の提言にもとづき、「MAHA Strategy」を正式に発表しました。この戦略は、同委員会が5月22日に公表したMAHA Reportの科学的分析を踏まえ、アメリカ社会の制度や環境を“健康中心のシステム”へ再構築することを目指すものです。

HHS長官ロバート・F・ケネディJr.は、MAHA Strategyについて「現代史における最も大規模な改革アジェンダであり、食と医療のシステムを再整備し、教育を前進させ、科学を解き放つことで、アメリカの子どもと家族を守るものだ」と述べています。ここで示されているように、MAHAは従来型医療の枠組みだけでは小児慢性疾患の増加に対応できないという問題意識を明確にしており、医療だけでなく食政策、環境行政、教育、農業、データ科学などを包括した多分野型アプローチが必要だと指摘しています。

MAHA Reportでは、小児慢性疾患の 4 大要因として、不健康な食習慣、環境化学物質の 蓄積、身体活動不足と慢性ストレス、そして過度な医療化が指摘されています。これらは互いに重なり合う複合要因であるため、単一施策では改善できません。そのため、 MAHA Strategyでは研究・制度改革・教育・農業・地域の多層的介入を統合した点が大きな特徴となっています。

米国国立衛生研究所(NIH)は、子どもの慢性疾患の原因をより総合的に理解するために「MAHA Chronic Disease Initiative」を立ち上げました。これは、代謝、免疫、神経発達、さらには環境要因までを一つの枠組みで扱い、慢性疾患を“複数の要因が絡み合って発生する病気”として研究する新しい方向性です。子どもの慢性疾患は、食事・睡眠・ストレス・化学物質曝露などが重なって現れることが多いため、従来のように分野ごとに分かれて研究するやり方では限界があるという認識が強まってきました。そのため、分野横断型の学際的研究が求められているのです。

さらに、保険請求データ、病院の電子カルテ、スマートウォッチの睡眠・活動データなど、日常生活に基づくさまざまな情報を安全にまとめて分析できる「Real World Data Platform」の構築も進められています。これは、私たちが日々の生活の中で生み出す“リアルな健康データ”を一つに統合し、AIがその関係性を読み解けるようにするための国家的なデータ基盤です。

AIがこれらのデータを組み合わせて分析することで、超加工食品(UPF)の摂取、睡眠不足、化学物質への曝露、慢性的なストレスなど、これまで明確な因果関係が分かりにくかった要因が、健康にどのような影響を及ぼしているのかを可視化できるようになります。こうした知見は、政策づくりや医療判断の精度を大きく高め、一人ひとりの生活に合わせた予防や治療を実現するための重要な基盤となります。生活習慣・環境・身体状態のつながりを全国規模のデータで継続的に追跡できる仕組みは、公衆衛生や臨床医学の進歩にとって大きな転換点となる可能性があります。

2025〜2030年の食事ガイドライン(DGA)は、全粒穀物・野菜・果物・タンパク質などのホールフードを中心とした内容へ改定され、学校給食や連邦栄養プログラムにも広く導入されます。米国食品医薬品局(FDA)は、石油由来着色料の規制強化や食品添加物の市場後審査を進め、企業自主申告で運用されてきた一般に安全と認められる添加物リスト(GRAS)についても透明性と科学的根拠を高めようとしています。さらに、超加工食品の統一定義が整備されることで、食政策(政府が食の安全や栄養基準を決めるしくみ)全体の方向性がより明確になります。

医療では、精神薬や刺激薬の過剰処方に対応するため、HHS・FDA・メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS:アメリカの公的保険制度である高齢者向けと低所得者向けを運営する連邦政府の機関)が診断基準や処方ガイドラインの見直しを進めています。また、研究者が企業から受け取る資金を可視化するデータベースが整備され、医療と科学の透明性が大きく高まります。こうした改革は、薬に頼りすぎる医療から、根本原因に向き合う医療への転換を促すものです。

保険制度でも、メディケイド(低所得者や障害のある人、妊婦、子どもなど、経済的に医療費負担が難しい人を対象に、医療費を国と州が共同で支援する公的保険制度)や子ども医療保険プログラム(CHIP)が「医療サービスの量」ではなく「栄養・運動・睡眠・メンタルヘルス」といった健康アウトカムを重視する評価モデルへ移行する方向性を示されています。また、食料支援制度の補助的栄養支援プログラム(SNAP)では、ジャンクフードの購入制限やホールフードの導入が検討され、医療が“病気を治す”仕組みから“健康をつくる”仕組みへと変わることが提示されています。

米国農務省(USDA)、米国教育省(ED)、そして大統領スポーツ・フィットネス・栄養評議会(PCSFN)が連携し、全国の学校で「Make American Schools Healthy Again」キャンペーンが始まります。これは、身体活動、睡眠、栄養、ストレス管理を組み合わせた新しい教育モデルを学校に導入し、学校そのものを“健康を生み出す拠点”へと変えていく取り組みです。学校教育の変化は家庭や地域にも広がり、子どもを中心に社会全体の健康行動を改善するきっかけになると期待されています。

米国環境保護庁(EPA)が展開するアメリカにおける子どもの環境リスク評価プログラム(ACE)データプラットフォームでは、水質、空気、化学物質、農薬曝露などの環境リスクを地図上で分かりやすく表示します。これにより、専門知識がなくても、自分が住む地域の環境が子どもの健康にどのような影響を与えているかを直感的に理解できます。家庭での換気、浄水、食品選択といった日常の行動も、科学的根拠に基づいて改善しやすくなり、“科学を生活に活かす”ための基盤が整います。

さらに、前述の食事ガイドラインをもとにした全国キャンペーン「Real Food First」では、家庭での調理スキルや食品の選び方を支援し、ホールフード中心の食文化の定着をめざします。また、米国公衆衛生局長官は、スクリーンタイムや電子タバコ、そして 大麻の主要な精神活性成分であるTHCの健康リスクに関する警告を強化しています。

HHSは、地域コミュニティが主体となって慢性疾患を減らすための取り組みを支援し、学校・小児科医・家庭が連携する「地域健康エコシステム」の構築を進めています。ヘルスナビゲーター制度や家庭訪問型の支援サービスが導入されることで、家庭の生活環境や地域の状況に合わせた具体的な健康介入が可能になります。医療機関に頼るだけでなく、日常生活そのものを健康的に変える取り組みが地域レベルで加速していきます。

また、学校給食、刑務所、退役軍人病院(VA)など、政府が提供する食環境(人々がどんな食品を選びやすい状況にあるかという環境)はホールフード中心に見直され、地元の農家や食品企業と協力しながら“健康を生み出す食インフラ”が整備されます。レストラン業界とも連携し、子ども向けの健康的なメニューが広がるよう支援することで、食市場全体が健康を後押しする構造へと変わりつつあります。社会の「デフォルト選択(もっとも選ばれやすい選択肢)」を健康的な方向へ誘導する設計思想が強く反映されています。

さらに、USDAとEPAは土壌の健康を高める農法、ドローンやAIを使った精密農業、農薬の最適化などを進め、農業を低負荷で高栄養価なモデルへと転換しようとしています。加えて、不妊症の根本原因に取り組む 「Root Causes of Infertility(不妊症の根本原因)」プログラムも展開され、子どもの健康改善と将来の家族形成を同時に支える政策が進められています。農業・環境・家族政策が連動して健康を支えるという、これまでにない統合的アプローチが特徴です。

RFK Jr.が米国の健康・医療政策を革新的に推進している一方で、MAHA Strategy をめぐっては医学界からいくつかの重要な懸念も示されています。特に、(1)MAHA Report における科学的根拠の扱いが不正確である点(存在しない研究の引用、因果関係の誤読など)や、(2)米国予防医療作業部会(USPSTF)といった公衆衛生制度への政治介入が、がん検診や予防医療の科学的基盤を揺るがしかねない点、そして(3)学術出版と研究の独立性を損なう可能性(主要医学誌への圧力、論文撤回要求、政府系ジャーナル構想など)が懸念されています。これらは、MAHA Strategy の理念そのものではなく、政策運営のプロセスに対して医学界が注意を促しているものであり、科学的透明性と制度の独立性を維持するための健全な議論が求められています。

MAHA Strategyは、食品、医療、教育、科学、農業、環境の仕組みを総合的に再設計し、健康が“自然に生まれる社会構造”を作り上げる壮大な取り組みです。健康は個人の努力ではなく、社会デザインによって大きく左右されるという新しい公衆衛生観がその中心にあります。

日本でも超加工食品依存、化学物質曝露、メンタルヘルス、スクリーン依存など同様の課題が進行しており、MAHA Strategyが示す方向性は極めて重要です。アメリカの挑戦は、21世紀の公衆衛生モデルの新たな国際標準となる可能性を秘めていると思います。

参考文献

社会政策 海外情報