家庭と地域の未来を拓く

“甘え”は育ちの原点(前編)―感覚と野性で生きる子供

渡邊久子世界乳幼児精神保健学会地域副会長、児童精神科医

2025年11月17日

※This article is currently available in Japanese only.

子供の発達や家庭の問題に精通されている児童精神科医の渡邊久子先生に、幼少期の子育てについてお話をうかがいました。

――幼少期の育児において、もっとも大切なことは何でしょうか?

やはり、「命を育てるときは理屈ではやらない」ということです。命を育てるときは、理屈でやったら失敗します。命は命として向き合う必要があります。最近は共働きのご家庭も多いと思いますが、ビジネスの時間と家庭の時間のメリハリをつけてほしいと思います。家庭に入ったら命の時間です。命の時間は、絶対に理屈では回りません。

――理屈でやらないということは、どういうことなのでしょうか?

命と向き合うには、理屈ではなく感覚と直観で対応する必要があるのです。学歴は育児に必ずしもいい影響を及ぼさないという研究もあります。これは私が地域副会長を務めている世界乳幼児精神保健学会の先輩たちが明らかにしたことですが、中でも、メチルダ・パプシェクとハナス・パプシェクの夫妻は直観的育児(intuitive parenting)を科学的に研究しました。

その研究によって、母親のおなかの中にいる胎児期のような環境が、子供の発達を一番効率的に促す接し方であることが明らかになりました。つまり、体はどうやって命を育んだかということを見本にするわけです。命の出発点は、精子と卵子が合体して受精卵ができるところですね。受精卵、赤ちゃんはどうやって守られていますか。羊水にぷかぷか浮かんで、お母さんのへその緒から栄養をもらっていますね。胎児期に生きるためのヒントが全てあるのです。

具体的には、子供を床や布団にペタッと置いたりしないで、羊水の中にいるようにゆらゆらと抱っこする。そうすると、子供の表情は豊かになり、脳の発達が促されます。その後もハイハイ期、タッチの時など、成長に合わせて子供が好きに動いても安全である環境を作ってあげることが大切です。

イギリスでは1970年代に子育て世帯向けの公団住宅をつくりました。特に一階には2人目が生まれた夫婦のための住居が準備されていました。その家では庭が壁に囲われていて、お母さんが窓際で赤ちゃんに授乳しながら、上の子が安全に芝生の上で遊べるようになっていました。

――なるほど、理屈ではなく感覚を大切にするということですね。

その通りです。これは言い換えると「野性」を大切にすることでもあります。日本はどうして先進国の中で一番思春期の子供の自殺が多いのでしょうか。また、厚生労働省の公式の調査だけでも、14~60歳で約146万人の引きこもりの人がいると推計されています。私はその理由の一つは、子供の「野性」をつぶしてしまっていることだと思います。

野性というと乱暴なイメージがあるかもしれませんが、人間が本来持っている生きる力のことです。1歳半頃から始まる“ヤダヤダ期”は、まさにその野性の発露です。「やだー!」と叫びながらものをひっくり返すくらいの勢いがなければ、野性の人間としては失格ですよと言いたいです。それを抑えてしまったら、子供たちはロボットのように振る舞わなければなりません。

私の診察室には丸椅子がありますが、座った時にその椅子をゆらゆらと回さない子は心配になります。親の顔色を気にして、子供が委縮している可能性があるからです。私が子供の野性をつぶしてはいけないと指摘すると、そういう親御さんはびっくりしますね。

野性を発揮できることが、その子の精神的な健康につながり、将来の心のしなやかさや創造性につながるのです。でも、現代の親はその野性を嫌がる傾向がある。

――それはなぜでしょうか?

一つには、親が疲れているからですね。情報も多く、周囲の目も気になる。完璧な育児をしなきゃというプレッシャーもある。

また、直観的育児を研究しているパプシェクが言うように、知的に高いレベルにある人ほど、子供の野性が苦手な傾向があります。言葉は悪いですが、頭でっかちになってしまうということです。

でも、育児においては“理屈”よりも“感覚”が大事です。例えば、「今、この子はなぜ泣いているのか」を、理屈で考えるのではなく、体で感じ取ってみてほしい。泣き止まないときには、「お腹すいた?」って好きな食べ物を渡すとか、対応するためのレパートリーをたくさん準備しておくといいです。

――なるほど、子供の感覚やリズムに合わせることが大切なのですね。

そうですね。児童精神科医の父と呼ばれたマイケル・ラター先生が言っていましたが、ロシアの養護施設で1人の職員が10人も20人も面倒見なければならないところがありました。食事も時間通りに機械的に食べさせていたのですが、職員が「それでは子供が育たない」と考え新しい取り組みを始めました。子供にごはんを食べさせるとき、職員が「食べたい人、手を挙げて」と聞くようにしたのです。早い時間に聞くと、食べたい子は一人か二人ですが、その子たちにとっては食事時なので食べさせてしまいます。食べたくなった子を順番に世話していると、一人一人の子にしっかり声掛けしながら食事の介助をすることができたのです。そうしたら、子供たちがみんな自分から食べたいというようになったといいます。

日本の学校では子供に「じっとしなさい」と言うでしょう。これもあまりよくありません。子供が自分から座るようにする必要があります。強制するのではなく、自分のタイミングで選ばせること。これが野性を守る育て方です。

野性を大切にするということは、その子の内側からのリズムや欲求に耳を傾けるということでもあります。子供が走りたい、登りたい、投げたい、叫びたいという衝動は、命の動きです。それを「危ないから」「うるさいから」と止めてしまうと、命の躍動を抑え込むことになってしまう。そうした積み重ねが、後々の引きこもりや無気力の原因になることもあります。

――野性を大切にしていれば、子供はしっかり育っていくのでしょうか?

はい、その通りです。幼少期に十分に野性を発揮できた子供は、自然と次の発達段階に移行していきます。4歳、5歳くらいになると、部屋の中で絵を描いたり、文字を書いたりすることに関心を持つようになります。それまでの身体的な経験が、知的な活動への土台を作ってくれているのですね。だから、3、4歳くらいまでにどれくらいワイルドに体を使って脳を発達させるかが大切です。

――野性を十分に出せることで、学びの芽も自然に育つということですね。他方で、しつけの重要性についてはどうお考えですか?

私は「しつけは子宮にならえ」ということが大切だと思います。子宮を満たしている羊水はやわらかく、赤ちゃんが蹴っても波打って受け止めます。そして、絶対に裏切らず、赤ちゃんのところに帰ってきます。一方で、子宮は筋肉をぐっとしめて、羊水を一滴も漏らしません。これは規律です。つまり、やさしさと規律が共存しているのです。たとえば、挨拶など絶対に守らせる規律は設けておく。そして、子供に守らせる前に両親が必ず守る。それがしつけの本質です。

絶対に崩さないものを作っていないのに、がみがみと叱るのはしつけではありません。例えば、最低限家の中を安全にするということもしつけの一環です。お母さんは子供に羊水のように接し、お父さんはその母子を守るという形が大事です。そういうルールを家庭の中で整理するといいと思います。どんな時でも、子供を責める必要はありません。

――他に大切なことはありますか?

子供をしっかり甘えさせて、愛着を形成することが重要です。私のところには、30歳や40歳になって、全国の精神科医に行っても治らないような人が診療にやってくることがあります。そうすると、その人の親に「あなたに甘えないでこの人はどうやって大人になれるの?」と聞きたくなるような親子関係であることも多いです。

「甘え」は、人間にとって根源的な欲求だと思います。特に赤ちゃんにとっては、生きていくための命綱のようなもの。甘えることによって、自分が大切にされていると感じられる。実はそれが、その子の人生全体の自己肯定感の土台になるのです。ところが、今の日本の子供たちは、その甘えを十分に経験できずに育ってしまうことが多い。

――それはなぜでしょうか?

親の側が、甘えを「わがまま」と捉えてしまったり、「ちゃんとしつけなきゃ」と思ってしまったりするからです。とくに親が真面目な方であるほど、「ここで叱らないと」「育て方を間違えてはいけない」と思い詰めてしまう。でも、子供がめちゃくちゃな態度をとる時には、必ず理由があります。疲れているとか、寂しいとか、嫌なことがあったとかね。そういう時は、思い切り抱っこしてあげればいいと思います。

そして、もう一つ重要なのは、子供は親の瞳の奥の感情を見ているということです。子供は小さなころから親の感情を敏感に感じ取ります。たとえば、お母さんの目にお父さんへの愛情がにじんでいると、子供は安心します。家庭の中で夫婦関係が穏やかであること、それが何より子育ての土台になります。

――兄弟姉妹の関係性も子育てに大きな影響を与えると思いますが、いかがでしょうか。

まず大前提として、下の子が生まれるとき、上の子は大きなショックを受けます。2歳を過ぎれば、「自分を抱っこしてくれるはずのお母さんが、なぜ別の赤ちゃんを抱いているのか」と感じるのです。その感情は、不倫された衝撃にも近いと言えるほどです。

――その感情を和らげるには、どうすればよいでしょうか?

上の子に「あなたが私をはじめてお母さんにしてくれた世界でたった一人の子。だから、あなたが一番」とはっきり伝えてあげることです。抱きしめながら、体ごと納得するまで何度でも言ってあげてください。そうすることで、上の子は安心し、自分の居場所を再確認できます。

――下の子は、兄や姉をどのように見ているのでしょうか?

下の子は、上の子に張り合いたいという気持ちと、憧れの両方を持っています。特に歳が近い場合、上の子に負けじと主張してきます。これが成長の原動力でもあります。でも、気をつけなければならないのは、上の子が感受性豊かで繊細な場合、下の子の勢いに押されてしぼんでしまうことです。そうなってしまうと問題が起きてきます。

――そのような時、親はどのように関わるべきでしょうか?

そういう時は、上の子に「君がわたしをはじめてお母さんにしてくれた世界一大事な子供だ!」と言い切ってしまうのです。その時に下の子が割り込んでこようとするなら、「今はお兄ちゃんと話しているでしょう。あなたは後よ」と言っていいのです。上の子は自分が尊重されて年上のプライドがみたされ、腑におちます。下の子は勢いで押してとおせるものではないことを知ります。年上として尊重されていると、不意に下の子があぶない時など、さっと下の子を守る気転をきかせたり、ゆとりあるこころをもつ子になります。

また、具体的な時間やスキンシップも必要です。例えば、お母さんは週に一度は下の子をお父さんに預けて、上の子と二人だけの時間を過ごす。そうすると、上の子は「自分がちゃんと見てもらえている」と体で理解できます。

――兄弟げんかへの対応も、悩まれる親御さんは多いです。

兄弟げんかは、親からの大切なプレゼントです。脳は動きによって発達します。兄弟げんかもその一つです。どこまでが許容されるのかという限界を知り、自分の感情をどう扱うかを学ぶ貴重な機会ですから、基本的には止める必要はありません。

ただし、親を巻き込もうとしてくることもあります。そういうときも、理屈で対応しません。例えば、姉妹がけんかをしていて、妹が自分が悪いのにお姉ちゃんのせいにしようとしたら、私なら「なあに?」ととぼけますね。「あなた、母さんがあなたの嘘を見抜けないと思っているの?」とは言いません。理屈で言い負かすのではないのです。見抜いているからこそ「ん~、よくわかんないわ」ととぼけてかわします。それでお姉ちゃんがにこにこ笑っていたら、やっぱりお姉ちゃんは悪くないのです。深読みすることが大事ですね。

――手が出るなど、激しいけんかもあるかと思います。

特に男の子は、悔しさを身体で表現します。手が出るのは自然なこと。むしろ、手が出ない子の方が何かを我慢しているのではないかと心配です。衝動を安全に発散させられるものを準備するのも良い方法ですよ。重要なのは、「悔しかったんだね」「寂しかったんだね」と共感してあげることです。そうすれば、子供は安心して甘えることができます。

――小さい子を育てる親御さんは、どのような心持ちでいたらよいでしょうか。

育児は理屈ではありません。口で言うより、ハグをしたり、目を見つめたり、手をつないだりする方が、子供には響きます。子供は親が自分から手を握ってくれるような態度を待っています。子供が帰ってきたらまず「帰ってきたね!」とハグをして、その子から「離してよ」と言われたり、もういいというそぶりがあれば、それはその子の心のガソリンは満タンなのです。

そして、子供が怒ったり無茶をするときには、背後にある悔しさや寂しさに思いをはせてあげてください。育児とは、「この子が生まれてきてくれて本当にうれしい」というメッセージを、日々のふれあいの中で伝え続けることなのです。

時には、言葉を使わず、ただ黙って抱きしめてあげることが何よりのメッセージになります。そうやって体で納得させてあげられたらいいと思います。

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